新人さん
翌日。
『緑の風』の新入り従業員コーザワさんに業務マニュアルを渡し、開店前に私と一緒に行動してもらって作業と各種の魔法樽の扱い方を教えた。
「さすがコーザワさんは、トップクラスの冒険者ですね。仕事を覚えるのが早いです」
「お? そうか? きっと、シワラの嬢ちゃんの教え方が上手いんだよ」
コーザワさんはあっというまに仕事を覚えてしまった。飲み込みが早くて、なんでもテキパキとこなしていく。
初日から即戦力になってくれるのは、ありがたい。ただ、私のここでの先輩としての立場が早くも危ういですけど……。
「魔法樽ってのは、便利なもんだなー」
イブキさんは、コーザワさんと私にお店を任せてお昼過ぎにドーメキさんの工房へ出かけて行った。
お客さんが引いてきたので、私たちは一階の受付と売店部分に『自動掃除機』の魔法樽を走らせている。
「得意じゃねぇ作業も魔法樽に任せられるからいいな。俺、ちまちました掃除は好きじゃねぇんだけどよ。コイツらが代わりにやってくれるのは有り難てぇ」
「えぇ。苦手なことでもそれなりに出来るようになるのも魔法樽のいいところですねー」
各部屋を自動で掃除する『掃除機』が気に入ったのか、コーザワさんはペットを可愛がるようにヨシヨシと魔法樽を撫でている。
コーザワさん、見た目はいかつくて怖そうだけど、こういう可愛い所があるよな。
「大体のことは業務マニュアルを見れば書いてあるし、ここまでお膳立てしてくれるなら俺にも宿屋が運営出来そうな気がするな。俺も冒険者を引退したら宿屋のオーナーになろうか」
「コーザワさんが『緑の風』の新店舗オーナーになりたいのなら、歓迎しますよ」
声をする方を見ると、ドーメキさんの工房から帰ってきたイブキさんがニコニコしながら立っていた。
「俺が引退するまで、待っててくれるかい?」
「コーザワさんの引退までですか。それなら、あと50年は頑張らないとなぁ」
「おいおい、イブキの兄ちゃんは俺を人間以外の種族だと思ってねぇか?」
「あれ? コーザワさん、違うんですか? 人間離れしてるので、てっきりそうなのかと」
「シワラの嬢ちゃんまでもか!?」
そこまで話すと、みんなでワハハと笑いあった。
「俺じゃなくても、これなら宿屋をやりてぇって奴らがわんさか出てくるだろうさ。それを見越して用意してたんだろ?」
「えぇ。新しい店舗を出すために、不慣れな人や苦手な作業だったとしても、誰でも仕事を出来るようにしたかったんです。魔法樽を使えば、サービスの品質もある程度は保てますし」
へぇ。イブキさんはそこまで考えた上で魔法樽を導入してたんだ。
この前の魔法樽のことでワガママを言っていた自分がちょっと恥ずかしい。
「最終的には、無人で営業できる宿も作りたいんです」
「えっ。やっぱり従業員はいらなくなっちゃうんですか?」
「そうじゃなくて、従業員を置けない土地でも宿をやってみたいんだ」
「従業員を置けない土地?」
街や村以外でも、『緑の風』のお店をやりたいってことなのかな。
しかし、人がいない場所にお客さんが来るものなのか。
「標高の高い山やモンスターが多くて危険が多い土地など、人の居ない僻地でも冒険者の休憩所として無人の店舗を作るのが目標なんだ」
「そりゃ助かるぜ、イブキの兄ちゃん。是非とも作ってくれよ!」
「確かに雨風が防げる宿場があるとありがたいですね。野宿ではないだけで、体力の消費が格段に変わりますもん」
すごいな。そんな宿があちこちにできたら、冒険できる範囲も変わってくるかもしれない。
冒険者の私にとっても、ワクワクする計画だった。
「でも、人が居ないのなら設備の管理やお金の支払いはどうするんですか?」
さすがにイブキさんといえど、冒険者全員を無料で泊めるわけはないだろう。仮に無料だとしても、大赤字になって続けることは難しいと思う。
設備も何もない小屋だったらできるかもしれないけど、『宿』って言ってたしな。
「そこは、まだ秘密だけどね。ドーメキさんが頑張ってくれてるよ」
イブキさんは、しぃーっと人差し指を立てて口元に持っていき、悪戯っ子のような表情をする。
これは何か企んでいる顔だな? と思いつつも見て見ぬふりをした。
「近いうちにギルドに置く魔法樽も準備できるようですよ。『緑の風』の新店舗に置く予定だったものを先にギルド用に回してくれるそうです」
「よっしゃ、明日にでもギルドに行って話つけてくるわ」
「なるべく穏便にお願いしますよ、コーザワさん」
「俺ぁ、いつも紳士的に交渉してるつもりだぞ?」
コーザワさんがそういうと、イブキさんは「はて?」みたいな顔をする。
もしかして、紳士的な交渉(物理的に)だったりしますか、コーザワさん?
しかし、とうとうギルドにも魔法樽が導入か。ドーメキさん大忙しだろうな。
「イブキさん。魔法樽の注文が増えて大変だと思うんですが、ドーメキさんはちゃんと休めてますかね?」
この間も泊まり込みをしてるみたいなことを言っていたから、気になるところだ。
「開発はドーメキさんだけど、今は魔法樽を作るのはドーメキさんの工房の人たちが担っているからね。工房のチーフに聞いたら大丈夫だって」
「よかった。さすがに1人では出来ませんもんねー」
工房ではたぶん何人もの作業者が働いているのだろう。
実際にどんな人たちが働いているか想像できないので、私の頭の中のイメージではたくさんのドーメキさんが働いていた。
頭の中の面白い映像にうふふ、あはは、と意識が飛んでいるところにコーザワさんがイブキさんに声をかけた。
「イブキの兄ちゃんよ。こんな便利なもん作っているところなんだ。技術を狙うスパイや危険な奴に目をつけられてもおかしくねぇ。働いている奴らの素性はハッキリしてるのか?」
「その辺は、雇い入れる時に僕も立ち会っているので安心してください。工房では警護も兼ねて元冒険者の方も働いていますよ」
「そうか。お前さんが『鑑定』してからの雇用なら心配ねぇか」
頭をワシワシとかきながらコーザワさんが言った。
『鑑定』かぁ。
そういえば、イブキさんの『鑑定』ってどこまでわかるんだろう。もしかして、性格や悪意の有無までわかるとか。
……まさかね。
名前や出身地を偽ってドーメキさんの工房に近づいても、イブキさんの『鑑定』で見破られるから大丈夫ってことなのだろう。
「でもまぁ、技術を狙うスパイに関しては心配しなくてもいいですよ」
イブキさんがにこやかに言う。
「なんでだよ、イブキの兄ちゃん。こんな売れそうなもん作る方法は、いろんな奴らが盗もうと狙ってくるに決まってるじゃねぇか」
「だから、盗まれる前にドーメキさんが無料で仕組みを公開しているんです。だから、材料とコピー元の魔法やスキルさえ用意できれば『魔法樽』が作れるんだ。製造技術は必要になるけど」
「「はぁぁぁぁぁ!?」」
見事に私とコーザワさんの声が揃った。
『魔法樽』は、ドーメキさんが苦労して出来た発明品なのに『無料』で技術公開!??
「せっかく作ったのに、もったいないです!!」
「そうだぜ、何考えてんだ! 独占するか、誰がが作るにしても仕組みの使用料金を取ればきっと大儲けできるぞ!?」
「ドーメキさんは、儲けたいのではなくて『世の中に広まって欲しい』そうです。あちらこちらで売りに出されれば、手に取る人も増えますからね」
「そのドーメキって発明者も、随分なお人好しなことで。イブキの兄ちゃんと一緒だな」
コーザワさんは、呆れた顔をしている。
「産業スパイに狙われる心配もなくなるし、製造できる個数もドーメキさんの工房だけでは限りがあるからね。そのうち工房の製造が追いつかなくなるだろうから、他所で作れるメリットも多少はあるんだけど」
「他の人が『俺が発明した』とか言い出さないんですか?」
誰でも作れるなら、手柄を横取りしようと悪い奴が現れる可能性もある。
「商業ギルドでドーメキさんの名前で『魔法樽』の特許登録は済ませてあるから、その辺は心配いらないよ。ちゃんと発明者は証明できるようになってる」
「そうですか……」
そこは安心できそうだ。
しかし大儲けできるチャンスなのに、普及のために『魔法樽』の仕組みをタダで公開するとは。ドーメキさんも『情けは人のためならず』ってことなのかなぁ。
脳裏にキラキラした瞳で発明品のことを語るドーメキさんが思い浮かぶ。
……いや、違うな。ドーメキさんはお金儲けに振り回されることなく、ひたすら開発に没頭したいだけなのかも。
そんなことを思ったりした。
「さて、お客さんも引いてきたし、夕食の仕込みを2人に手伝って貰おうかな」
「そういえば、今日はお昼からお客さん少ないですね?」
急にお客さんが増えたり減ったり。客商売は難しいなぁ。
……と、思っていたら。
「おう。朝方に俺が情報屋も兼業している冒険者にもうすぐギルドにも鑑定機を置くって言ったからな。おおかた情報が回って、ギルド導入まで待つヤツが増えたんだろうよ」
「ええええぇー!? コーザワさん、もしもギルドが魔法樽を置いてくれなかったらどうするんですか!?」
「それを防ぐためにも情報を流したんだよ。ギルドが断れば冒険者どもが大騒ぎする、って言えばギルド側も首を縦に振るしかねぇてことさ」
え、それいいんですか!? と、イブキさんに視線で訴えると。
「コーザワさん、お主も悪よのう」
「なんだぁそりゃ! イブキの兄ちゃん!」
「ふふふ。このセリフ、一度言ってみたかったんですよ」
イブキさん的にはOKだったみたいです。




