あっさり冒険者になれるわけじゃないの?
モンスターを討伐し、レアなアイテムを採取、また様々な依頼を受けて生業とする冒険者たち。
根無草、乱暴者、荒くれ者など揶揄されることもあるが、功績によっては英雄扱いもされる。
常人では辿り着けない危険な場所、過酷な状況下を潜り抜けて旅をしながら仕事をこなす姿に羨望の眼差しを若者も向ける者も少なくない。
私は、その冒険者の中のサポート職業『荷物持ち』として働いていくことを目指し、田舎から王都へ出て来た1人なのだが。
「あっさり冒険者になれるわけじゃないのかぁ……」
手元のメモから目を離して視線を上へと移動させる。見えたのは、建物に囲まれ切り取られて小さくなった青い空。
視線を前に向ければ、曲がりくねった埃っぽい細い路地。行く手にまだ目的地は見えない。
メモに書かれた通りのルートを進んでいるはずだが、大通りを離れてどんどん細い道に入っていくので心配になってくる。
……現在、私は冒険者としての一歩を踏み出すため、王都の細い路地裏を進んでいた。
冒険者になるにはギルドに登録が必要。
辺境の田舎から出てきた、あまりモノを知らない私でもそれくらいは知っている。
なので、朝方に王都に着いて真っ先に冒険者ギルドへ向かったのだが、登録案内のお姉さんに言われたのは「まずは『能力鑑定』を受けてください」だった。
『能力鑑定』……何それ。
冒険者は命がけの危険な仕事も多く受ける。だから、そのような仕事に適性のない者が冒険者になるとあっさり亡くなってしまうこともある。
しかし『鑑定』のスキルを使えば、その対象者が冒険者に向いているのか、事前にある程度の判別はつく。
だから、命を落としてしまう者を少しでも減らすためにも、『鑑定』を受けてもらう必要がある。
『能力鑑定士』に個人のスキルや能力を見てもらい、冒険者への適性を見てギルドに登録できるかを判断するのが決まりなのだ。
……と、いう内容を説明された。
冒険者として登録された後もパーティに所属するメンバーのスキルや経験によって、ギルドから振られる仕事も変わってくるので『能力鑑定』は重要らしい。
えーっと、それは知らなかったです。
私が知らなかっただけで、冒険者界隈では割と常識のようで……。
まぁ、それはともかく『能力鑑定士』に会って、自分に冒険者としての適性があるのかどうかを確かめなければならない。
「ここに行けば鑑定士がいる」とギルドの人に紹介してもらったのは、大通りから脇道に入って細い路地の角を何回も曲がった先の奥まった場所にある所だった。
手書きのメモを何度も確かめながら、耳慣れない『能力鑑定士』が居る場所を目指して細い道を進む。
実は大通りに面した冒険者ギルドの隣にも『鑑定士』の店はあった。
しかし、ギルドで聞いた鑑定料金は、ここひと月ほどの生活費が飛ぶほどのお金。
青い顔をして困っていると、冒険者の登録案内のお姉さんに「ここなら格安で鑑定してもらえるよ」とこっそり教えてもらえたのが、いま向かっている場所だ。
こっち? いや違うような……と、右往左往しつつも目的地へと足を進める。
故郷の田舎では、道なんてほぼ真っ直ぐ。何かに遮られることなく、建物もまばらに建っていてすぐ目的地が見えるのが普通だった。
王都の見慣れない密集した建物は、圧迫感さえ漂わせるので何だか不安になる。
だが、進まなければならないのだ。私の冒険者人生が掛かっているのだから。
そして何度か行き止まりに阻まれつつも、どうにか辿り着いた場所にあったのは、大通りに並んだ店舗と比べると一回りも二回りも小さく見えるこじんまりとした建物だった。
「宿屋『緑の風』?」
宿屋? おかしいな、とメモを見返すが指定された場所は確かにここだ。
ここに鑑定士の人が宿泊しているってことかな?
とりあえず聞いてみようと、そっと宿屋のドアを開ける。
カランカランと鳴るドアベルの音と共に中に入ると、受付に黒髪の男の人がいた。
黒々とした肩くらいまである髪を無造作に1つに結んでいる人だった。こちらを見る目も黒い瞳。
黒髪と黒い瞳を持つ人は、私の故郷ではあまり見たことがない。
さすが『異邦人から神獣までが訪れる』と言われる王都だ。田舎では、滅多にお目にかかることのない人もいるみたいだ。
きっと、この黒髪の人もどこか遠いところから来た人なんだろう。
そんなことを考えていると、
「いらっしゃい。宿泊かい?」
「あ、違います。ここで鑑定士さんがいるって聞いたんですけど」
「あぁ、冒険者希望の方だね。こちらへどうぞ」
「え? は、はい……」
「ここに座って」と、黒髪のお兄さんに受付横のカウンター席に案内される。
背もたれがない簡易的な椅子が置いてあって、そのちょっと高い座面にヨイショと登るように腰かける。
ちょうどカウンターを挟んで受付のお兄さんと向かい合う形になった。
「その、鑑定士さんは……」
「あ、僕がその『能力鑑定士』です」
あなたが鑑定士さんでしたか!?
てっきり、宿屋のスタッフだと思っていたから戸惑ってしまう。
「よ、よろしくお願いします」
「よろしくね。僕は『鑑定士』のイブキ。ここ、宿屋『緑の風』のオーナーも兼ねてるんだ」
「オーナー……?」
なるほど……それで受付のお兄さんが『鑑定士』で、宿屋の仕事もやってるんだ。
「この宿、辺鄙な場所にあるだろ? ここまで、迷わず来れたかい?」
「ええ、まぁなんとか……」
「ごめんね。安くて僕が借りられる物件だと、どうしてもこういう場所になっちゃって。その代わり鑑定料金も格安にしているんだけど」
心苦しいという風に、お兄さんは眉を下げる。
「いえ! 冒険者を目指す者としては、この程度は辿り着けて当然です。実際のダンジョンに比べたら、なんてことないですよ!! ……たぶん」
思わず適当なことを言ってしまった。
実際は、迷いに迷って店までたどり着けるのか不安で途中で泣きそうだったのだが。
その格安の鑑定額に見事に釣られたので文句なんて言えない。
「ははっ、面白い子だなぁ。じゃあ早速、鑑定に移ろうか。名前と希望の職業を教えてくれるかい?」
「名前はシワラです。えっと、職業は『荷物持ち』を希望です」
「オッケー。シワラちゃんだね」
宿屋の受付……もとい、鑑定士のイブキさんは、頷きながらさらさらと手元の紙にペンを走らせ私の名前と希望の職業を書いていく。
いきなり『シワラちゃん』呼びされるとは……このお兄さん軽いなぁ。大丈夫かな。