たまの旅行
青い海。白い砂浜。波の音。それに時折、カモメの声。最高のバランスのBGM。パラソルの下。気品と高級感あふれる白いビーチチェアに体を沈め、ふと手にしている本から目を逸らせば澄み渡る青空。
久々の休日……最高だ。遠出、それに奮発してこのホテルを予約して良かった。ああ、そう思っているのは僕だけじゃない。部屋を見た瞬間の二人のあの喜ぶ顔……思い出すと胸が熱くなるなぁ。
と、胸が。これまた厚みのある……ほほほうっと、なんだい? マッサージしてくれるのかい? 参ったなぁ。妻帯者なんだ。
でも君みたいな美女のご厚意を断るのもなぁ。お手柔らかに頼むよ? お、ほぉ、柔らかい……柔らかい……。
――コンコン
「お客様。お夕食をお持ちしました」
あ、君もかい? もーしょうがないなぁ……。
――コンコン
「お客様? ドアを開けさせていただきますね。失礼します……お客様、もしもし」
「あ、そこそこ……ん、ああ、ん。あ、夕食?」
「はい。お持ちいたしました」
「あ、うん、そう。そうか、もうそんな時間か。じゃあ、テーブルに、うん。頼むよ。えっと、おーい。ほら、ほらってば。夕食だってさ」
「え、あら? もうそんな時間? さっきお昼食べたばかりの気が……あら本当ね」
「そうみたいなんだよな。おーい、ほら、やめなさい」
「あっ! もーなんだよ! 今いいとこだったのにぃ!」
不貞腐れる我が子の頭を撫でつつ、父親はホテルの従業員に目を向ける。
「ご飯だってさ、はい、どーもね。あー、食べ終わったら、そのワゴンに載せて部屋の外に出しとけばいいね?」
「はい。ありがとうございます。では失礼いたします。ごゆっくりと」
従業員の男は深々と頭を下げ、速やかに部屋から出て行った。
「ふぁーあ、さっさとたべちゃおーっと」
「ああ、ほらほら、手を洗いなさい」
「それにしても、もう夜なのねぇ……あら、部屋の外、海なのね。ほら見て」
「あ? 本当だ。潮の匂いがするな。くっせぇなぁ窓閉めてくれよ」
「ははは! くっせぇくっせぇ」
「ふふふっ、本当ねぇ」
窓を閉めた母親がテーブルにつき、一家は無言で食事を始める。
「……あ、うぐ、うぐっ」
「ああ、ほら、そんなにかき込まないの。水飲んで、ほら」
「……ふぅー、だってこんなのちゃっちゃと食べて戻らないとさぁ」
「ふふっ、まあ気持ちはわかるけどね。ねえ、あなた」
「ん、そうだなぁ……でもそう、たまにはレトロゲームとかやらないか? 家族で一緒にさ。ほら、部屋にあるしさ」
と、父親がちらと部屋のテレビに目を向けた。そのテレビ台の下には各メーカーのゲーム機が一通り揃っている。
「えー、つまんないよぉ」
「そうねぇ、確かにテレビは大きいけどねぇ。せっかくの旅行だし……。でも何か一緒にやるのもいいわよね」
「んー、あ、そういえばさ! 今夜イベントがあるみたいだよ! 海エリアで夜光虫狩り! それならいいんじゃない! 一緒にやろうよ!」
「あらいいわね。たまには家族でチーム組むのも、ね、あなた」
「お、そうだな。ふふっ、じゃあちょっとパパのカッコいいとこ見せちゃおうかなぁ」
「ふふふ、ほんとー?」
「あら、ママも負けてないわよぉ」
ホテルの部屋の中。家族三人の幸せそうな笑顔がはじける。
夕食を終えた一家は、またいそいそとグローブとゴーグルを装着した。
一家がその身に着たボディースーツは温度や刺激、それこそマッサージなどリアルな感覚で味わうことができる。
最先端のVR設備が整ったホテルの部屋。家にあるものとは比べものにならない、ああ、来てよかった……と一家は思い、また仮想空間の中へ入るのだった。