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16 ふくよか同盟

 篠束結姫は付いてくる。どこまでも、どこまでも羽澄俊の後を付いてくる。いつもニコニコと微笑みを絶やさず、軽やかな足取りで、彼の傍を離れようとはしない。


 しかし、そんな2人を分かつ時は存在する。風呂やトイレは言わずもがな。男子寮も、篠束にとっては禁足地であった。


――警告、警告。進入禁止区間です。速やかに立ち去ってください。警告を無視する場合、懲罰対象となる可能性があります。


 モバイルバンドが無機質に鳴る。篠束は飛び跳ねてまで驚き、今にも泣きだしそうな仕草を見せた。



「羽澄さぁん。まだ陽は高いですから、お外で遊びましょうよ。紅葉狩りとか、バッタ集めとか」


「オレは少し考え事がしたい」


「そう言えば、シアタールームで名作映画をやるそうですよ! 『排他ニック』っていう、涙無しには見られない大長編スペクタクル!」


「うん。だから、少し考え事をしたい。篠束もどっか安全な場所でノンビリ過ごせよ」


「そんなぁ〜〜。行かないでぇ〜〜」



 後ろ髪を鷲掴みにする勢いで篠束が泣く。



「あのな、別に永遠の別れじゃないんだ。そこは分かるな?」


「ヒクッ、ヒクッ。はい。分がりまず」


「色々頭の中を整理したいんだよ。そのためには、1人で過ごすに限る。それも分かるな?」


「はい、はい。分がりまずぅぅ」


「じゃあオレに時間をくれるよな?」


「はいぃ。一日千秋の想いでお待ちしていますのでぇぇぇ!」



 そうして、ようやく寮の入り口で別れた。


 羽澄が玄関を通る最中、背後から声援が飛ぶ。篠束が純白のハンカチを振っては、別れを惜しむのだ。


 そうして羽澄が自室へ戻った頃、かなりの疲労感を背負い込んでいた。



「まったく……。アイツの居場所になると言った手前、多少は覚悟してたが」



 務めは想定以上に重たかった。今や1日の大半を篠束と供に過ごす有様だ。篠束は気遣いの出来るタイプなので、それほど不快ではないが、窮屈さだけは避けられない。


 そんな最中、ようやく手にした自由時間だ。おあつらえ向きにも同居人は不在。これまで積み上がった出来事をまとめるには、最適なタイミングだと言えた。



「ええと、まずは何から考えたもんか……」



 思考を巡らせようとした、その時だ。部屋の入口が騒がしくなり、乱入された。


 根岸遊真である。



「羽澄ぃ、ヒマしてんだろ? どっか遊び行こうぜ!」


「いや、今は忙しい」


「ハァ? 何もしてねぇじゃん嘘つくな」


「どう受け止めても構わん。とにかく無理だぞ」



 根岸を部屋から追い出すと、羽澄は再び熟考した。


 まず脳裏に浮かぶのは、緒野寺の顔だ。羽澄より異界知識に詳しく、敵の内情すらも把握している様子だった。



「そういや、緒野寺にもタトゥーがあるのか? 聞きそびれたな。あとタトゥーと言えば、篠束にも、それらしきモンが……」



 そこまで考えた所で、外が騒がしくなる。壁すら響くほどの足音を立てて現れたのは、またもや根岸だった。



「おい羽澄この野郎! 外に結姫ちゃん待たせといて、テメェは何やってんだ!」


「知るかよ……アイツこそ何やってんだ……」


「あんな可愛い子を放置するなんて、お前は悪魔か! それともモテ男だけに許される遠回しな惚気かッ!」


「うるさい出ていけ。いいから邪魔すんな」


「ヌァ!? そんな押すなよ、すげぇ力だなオイ!」



 無理やり締め出した。その後も根岸は外で喚き続けたが、やがて静けさが戻る。


 やっと落ち着けそうだ。そう思って、腰を降ろした所、またまた邪魔が入る。ドアノックだ。


 さすがの羽澄も我慢の限界だった。怒りを滲ませながら歩み寄り、力一杯にドアを開いた。



「しつこいぞ根岸! オレに構うな!」


「ヒエッ、違う違う。僕だよ!」


「伊藤……か。スマン、間違えた」


「いや構わないよ。驚いたけどさ」



 現れたのは、同居人の1人伊藤公好イトウキミヨシである。彼は細長の茶封筒を羽澄に手渡した。



「なんだこれ?」


「郵便だよ。君宛の」


「今日も奉仕か。がんばるな」


「お金がある程度手元にないと、不安になるからね」



 伊藤は腕の腕章を見せながら、朗らかに笑った。そこには『共成奉仕』と、大きく書かれている。


 そして用を終えると、彼は速やかに立ち去っていった。配達が多いなとボヤきつつ。



「手紙って、誰から……?」



 羽澄は警戒した。先日、送りつけられた写真の衝撃は、今も生々しい。前回と同じく差出人が無い事も、不審感に拍車をかける。


 だがこの封筒には、消印どころか切手も貼られていない。宛先に『男子寮 羽澄俊』とあるだけだ。つまりは共成所の人間が出した事を示唆している。


 しかし心当たりなし。実に怪しい。それでも中身が気になって仕方がなく、様子を窺いながら開封した。


 中は意外にもシンプル。折りたたまれた紙が一枚あるだけだった。



「手書きの便箋だけ……らしいな」



 ひとます目を通してみる。すると、送り主は不明でたるのに、何故か顔立ちや表情がありありと浮かんできた。



◆ ◆ ◆


親愛なる羽澄殿


目に映るものが涼し気に変わりゆく時分、いかがお過ごしかな?


諸事情から、敢えて名前は伏せさせてもらったよ。

だが私は心配していない。

君ほどに聡い人間であれば、この程度の謎くらい容易く看破するだろうからね。


さて本題だが、少し話がしたい。

ただし人目につくのは好ましくない為、時と場所を指定させてもらう。

今週木曜日の19時に、島の南東部にあるバーベキュー場で落ち合おう。


手間を取らせるようで気が引けるが、篠束結姫君にも声をかけてくれ。彼女にも関係のある話さ。


追伸 また近い内、例の介護をさせておくれ。お礼には特盛生乳などを検討しているよ。それ以上の対価を期待するなら、君にも更なる覚悟を求めることになる。


かしこ。


◆ ◆ ◆



「アイツ、知性があるんだか欠如してんだか。絶妙な文を寄越しやがって」



 手紙の意図は分かるものの、読後に無視できない不快感がつきまとった。その最中、緒野寺のしたり顔が脳裏に浮かんで離れない。



「篠束も呼べ、とも書いてあるな。まぁそれくらい動いてやるか。今夜は質問攻めになりそうだし」



 羽澄は手紙をキャビネットに突っ込むと、部屋を後にした。ひとまず外へ。さすがに篠束は移動しただろうから、めぼしい所を探す事になりそうだ。


 だが羽澄の予想は外れる。篠束は男子寮の傍で、まだウロついていたのだ。



「おい、お前はまだこんな所に……」


「あっ、いや、草むらにバッタを見かけましたんで! ちょっと捕まえてみようかなと! 決して窓から覗き込もうだなんて、不届きな振る舞いはやってませんから!」


「まぁ良いけどさ。ところでお前、今夜は空いてるか?」


「こっ、こっ、こここ今夜っ……!?」


「おい。しっかりしろ。都合が悪いなら、別のやりようが」


「空いてます! 暇すぎてキノコ生えそうなくらい!」


「意味合いは分からんが、暇なら付き合え。19時にバーベキュー場へ行くぞ」


「なるほど、なるほど。あまり人気ひとけの無い場所です。お肉で腹ごしらえをして、その後は、やっぱり……?」


「ともかく19時に間に合うよう、余裕をもって18時に出発だ。忘れるなよ」


「はい、分かりました! では私、これより乙女の準備を開始します!」


「お、おう。頑張れ……?」



 篠束は、自らその場を立ち去った。また絡まれるのだろうと踏んでいた羽澄は、肩透かしを食らった気分である。


 だが渡りに船。考え事に丁度良いスキマ時間となったのだ。おかげで、緒野寺に投げる質問もまとまった。


 それから迎えた夕暮れ時。羽澄は篠束を連れて、バーベキュー場に向かった。島の南東に位置し、中央棟から徒歩で小一時間ほどの距離だ。



「羽澄さん。今日は待ち合わせしてるんですか?」


「すまん、言いそびれてたか。副所長の緒野寺が来るはずだ」


「副所長って……あの仕事できそうで、メチャクチャ美人の?」


「オレはそんな印象を全く抱いてないが、女性所員で、肩書は副所長だ」


「なぁんだ。てっきり、2人きりで豪華ディナーかなと勘違いしてましたよアハハ」



 篠束が渇いた笑い声を聞き流しつつ、暗い道を行く。一応は街灯があるので、暗闇というほどではないが、やはり異質な気配が感じられる。夜の木々とは、どうしてこうも存在感を放つのか。羽澄にとって謎の1つである。


 やがて、バーベキュー場に辿り着いた。しかし、辺りに人の気配は無く、やたら静かであった。



「緒野寺さん。居ないみたいですね」


「早く来すぎたか? いや、時間は丁度だ。呼び出した本人が遅刻するとはな」


「もしかして、どこかに隠れてるとか?」


「そんなまさか。いい大人が子供じみた真似を」


「もう少し奥を探してみましょうか」


「そうだな。だが気をつけろ。何かが潜んでいるかもしれない」


「もしかして、お化けとか……?」


「幽霊ならマシだろうよ。少なくとも物理的には安全だからな」



 羽澄はその場で周囲を見渡してみる。辺りは見通しが良く、身を隠せる場所は少ない。調理台の陰だとか、倉庫の裏くらいのものだ。


 イービル達が潜んでいないとも限らない。殺意の気配や、モノクロームの変貌には特に注意を払った。



「緒野寺さん、おまたせしました〜〜。篠束です。羽澄さんもいらっしゃいますよ〜〜」



 篠束は暗闇に問いかけた。及び腰であるのは、声を聞くだけでも十二分に理解できた。


 するとその時だ。世界から色彩が消えてゆく。調理場のレンガも、街灯に照らされた紅葉もモノクロームに変貌する。


 羽澄は、篠束を庇うように立ち、身構えた。すると物陰から何者かが飛び出し、敵意を露わにした。



「グアアアーーッ!」


「篠束さがれ、敵だ!」



 羽澄は強引に篠束を庇うと、速やかに構えた。


 だが、強く握りしめた拳は、別の理由から固くなってゆく。



「おい、緒野寺。何やってんだお前!」


「そう怒るなよ。ちょっとしたお茶目じゃあないか」


「異界化させてまで遊ぶんじゃねぇよ……。篠束が腰を抜かしただろうがよ」


「これは、意図せず効きすぎたようだね」


「アワ、アワワワバ……」


「ふむふむ。なるほどね。こちらの姫君ひめぎみは、異界化しても動けるのだね。きっと私達の同胞はらからなんだろうね」


「あっ、言われてみれば!」



 篠束は羽澄達と同じく、色彩を失っていない。そして硬直もせず、身体の自由が効くようである。尻もちを着いたまま動かないのは、腰が抜けているだけだ。



「さてさて、実証も済んだ所で晩餐といこうじゃあないか。君たちも手伝ってくれたまえよ」


「晩餐? オレは話し合いに来たんだが」


「食べながらの方が話も弾むものだろう。事前に食材も買い揃えておいた。牛ロースに豚バラ、ラムチョップ。あとはソーセージ。主食に焼きそば」


「肉ばっかだな。野菜は?」


「年寄り臭い事を言うんだな。若者なら肉を食え肉を」


「そういうお前はガキ臭いんだよ」


「人間ってのは童心を失ったらお終いさ。あとは老いて衰えて、最後に朽ち果てるだけだからね」


「言ってろ。つうか、さっさとメシの準備するぞ」



 それから始まるバーベキュー料理。カマドに火を灯し、鉄板を燃え上がる炎で温める。羽澄達以外は無人で、辺りは宵闇の静寂に包まれている。


 そんな中で、油音を響かせながら調理するのは、少しだけ新鮮に思える。



「緒野寺、肉がそろそろ焼けるぞ。皿は?」


「この紙皿を使いたまえ。時に篠束君、焼きそばの進捗は?」


「ほぼ出来上がってます。具無しだから、ちょっと寂しいですね」


「ではこのソーセージを混ぜる事にしよう。そこの袋に余っているものを使うと良い」


「おい、少しは手伝えよ緒野寺。さっきから口ばっかだぞ」

 

「あいにく、私は司令官タイプでね。そして手先が不器用ときている。現場に立つのは不向きだよ」


「本当に口だけは達者だな」



 ささやかな押し問答を重ねるうち、料理は完成した。


 湯気を放つ山盛りの肉。傍らの小皿には荒く砕いた岩塩と胡椒があり、それらを雑に摘んでは肉に振りかけた。塩が脂に馴染んで溶けてゆく様は、強烈に食欲をそそった。


 場所をテーブルに移して、いただきます。献立は肉尽くしという重たい内容だったが、箸が進む進む。凄まじい速度で山盛りの肉が消えていく。



「マジで美味い肉だな。米が欲しくなる」


「焼きそばで我慢したまえよ。飯ごう炊きは酷く手間だからね」


「羽澄さん。ウィンナーも絶品ですよ。パキッ、ジュワッてなります」


「食う前は肉ばっかでウンザリしてたんだが、意外と箸が進むもんだな」



 それからも何が美味いとか、味変に柚子胡椒ペーストを取り出して大好評になるとか、ひとしきり盛り上がった。


 食事が終われば温かなコーヒー。3つのマグカップからは、揃って湯気が立ち昇る。



「いやはやどうして。屋外で摂る食事の旨さといったら、格別だなぁ。そう思うだろう?」


「確かに悪くない。開放的だった」


「ありがとうございます、緒野寺副所長。食材とか、場所取りもしていただいて。結構高かったですよね?」


「緒野寺で良い。それと、子供が金の心配をするものじゃないよ。大人にニッコリ甘えれば良いのさ」


「では、ご厚意に甘えます! 最高でした!」


「フフッ。次は何が良いかな。冬になれば、カマクラの中で七輪と甘酒……なんてのも悪くないか」



 緒野寺と篠束が、声を合わせて笑い出す。それを羽澄は、コーヒーを啜りながら聞いた。



(確かに、こんな夜も悪くない……かな)



 そう思った瞬間、彼の脳裏に電撃が駆け抜けた。本来の目的を思い出したのだ。



「そうじゃない! 話し合いッ!」


「どうしたんだい羽澄君。お行儀が悪いね」


「アハハウフフじゃないだろ! 今日は色々と話し合うために集まったんじゃないのか!」


「あ〜〜うん……うん。勿論だとも。忘れちゃあいないさ」


「そうか。真顔で嘘つくなよ」


「では腹も膨れたことだし、始めるとしよう」



 羽澄の正面に座る緒野寺が、気配を変えた。微笑んではいる。しかし放たれる何かが剣呑としていて、笑みを素直に受け取れない。


 そう感じたのは、隣に座る篠束も同様だ。マグカップを両手で包み込んだままで硬直した。それを口に運ぶ事すら忘れたように、動けずにいる。



「まずは羽澄君の戦果と、篠束君の生還を祝おうか。上級イービルを葬るとは、まさに大金星。しかもたった1人で討ち倒すだなんて、末恐ろしい男だよ君は」


「オレは緒野寺の救援を期待したんだけどな。全然来る気配無かった」


「無茶を言うなよ。戦場から遠く離れていたんだ。異界化していた事すら、私には知りようが無かったのだよ?」


「結構なデカブツだった。遠くからでも見えたハズだ」


「私は浮世に居た。よって異界の外からは視認できない。もっとも、君が手分けして探すなどと言わなければ、共闘出来たんだがね?」


「うっ……。仕方ないだろ。一刻を争う事態だったし」


「だ、そうだよ。姫君は暑苦しいくらい愛されているね。いささか妬けそうだよ」


「はぐらかすな。真面目な話をしてるんだよ」


「私も大真面目さ。まぁこれに懲りたら、単独行動は控えることだ。幸運がいつまでも続くとは思えない」



 その言葉に、羽澄は身を固くした。言葉通りに受け止めれば、慎重に動けという事だ。しかし一段深く読み解けば、新たな敵を示唆するものと気づく。



「この先もイービルたちとの戦いが続くのか?」


「無論だね。たとえ君に戦う意志が無くとも、そのマギカ・コアを狙われるだろうさ」


「この島にはイービルどもが潜んでる。しかも共成者に擬態して、虎視眈々とチャンスを窺ってる」


「そうだね」


「それだけじゃない。所員達もだ。化物に成り下がったヤツも居れば、進んで協力してるヤツも居る」


「うんうん。その通り」


「緒野寺。お前はここがイービルの、化物達の巣窟だと知った上で、なぜ黙ってるんだ?」


「それはどういう事かな」



 緒野寺の瞳が、微かに細められる。吹き出る闘気も濃くなるようだ。


 それでも羽澄は止まらない。糾弾する言葉が後に続く。



「ここが危険だと知ってて、どうして誰にも教えないんだ。島の人間を本土に逃がすよう、説得するのが筋だろ?」


「そういう事か。しかし、どうやってイービルの存在を証明する? 一般人には見せる事さえ出来ないのだよ」


「それでも、流行病が出たとか嘘つけば」


「そもそも島民全てを乗せるだけの定期便など、走ってはいないよ。せいぜい50名を運ぶのがやっとさ」


「でも、ピストン輸送すれば良いだろ。小船でもいいから何度でも往復させて」


「浅はかだね。どこの誰が敵か分かっていないのに、そんな大規模作戦に出られると思うのかい? イービルどもから妨害されてお終いさ。一体どれだけの被害が出るか。少なくとも、我々は皆殺しにされるだろうね」


「そこは、何とかして良い作戦を考えよう。浦兼所長とか、偉いやつも巻き込んで」


「そのね、所長がねぇ……」



 緒野寺が言葉尻を濁し、押し黙る。その無言は凶報でしかなかった。



「もしかして、所長も敵だと? イービルが擬態してるってのか?」


「その確証は無いよ。まだ人間かもしれないし、イービルに成り果てたかもしれない」


「あの、人が好さそうな爺さんが、敵だという根拠は?」


「所長は全てを把握しているからね。始末されたイービルが『栄転者』として始末された事も。寝谷が所員を抱き込んで、好き放題やらかしていた事もね」


「マジの話か? 信じられん……」


「とんだ狸ジジイだよ。表向きは飄々として隙だらけ。口からは綺麗事を吐き散らかす癖に、まともな証拠は一切残さないのだから。仮に今ここで、共成所の悪行を糾弾したとしても、何ら好転しない。取り繕いの後、闇に葬られるだけさ」



 羽澄は、ジワリと首元が絞まる想いになる。イービル達は想像した以上に大きく、狡猾であったからだ。


 特に、組織の最高責任者と敵対するのは、ひどく分が悪い。



「オレ達は、下手したら権力で揉み消されるって事か。だから大騒ぎできないって」


「相変わらず察しが良いねぇ。その知性は好きだよ」


「だとしたら妙だな。オレ達は既に敵対行動を繰り返してる。連中からしたら、邪魔な存在だろ? それなのに、組織的に狙われてる気がしない。大体が成り行きとか、そんな感じだ」


「そこは読み切れないね。我々は泳がされているのか、それとも何かに利用されているのか。単に、相手にするだけの価値がない、と見られているのかもね」


「どれにしたって、酷い状況に変わりはないな」


「そうでもない。イービルを炙り出し、各個撃破して戦力を削る。やがて戦力が拮抗するようになるかもしれない。その日がくれば、我々から仕掛ける事も出来るだろう」


「敵が手をこまねいて待つとも思えない」


「どうだろうね。動きを見るに、敵は一枚岩では無いらしい。イービル同士で牽制しあう気配さえある。そうでなければ、私や君は、覚醒した初日に殺されていたよ」



 羽澄には、確かに理解できた。思い返せば、徒党を組んでいたのは寝谷の一派くらいのものだった。それ以外の敵は単体で、団結しているようには見えなかった。



「敵の間隙をつく。そして、敵を減らしながら伸し上がっていく。それが唯一の生存ルートか」


「素晴らしいね。それでこそ手を結ぶに値するというものさ」


「手を結ぶ?」


「端的に言おう。私と同盟を結んではくれないか? 決して悪いようにはしないよ」


「同盟って、具体的には何をするんだよ」


「小難しく考えなくて良い。情報を密に共有し、場合によっては共にイービルと戦う。そんな間柄になろうという事さ」


「まぁ、別に。悪い話だとは思わない。だが1つ言っておくが、裏切るなよ」


「無論だとも。私には、君と敵対する理由なんか微塵も無いのだからね」



 そこで緒野寺は、手元のマグカップを掲げた。そして、羽澄たちにも倣うよう告げた。



「ではここに誓いを立てよう。我々は『ふくよか同盟』の一員として、互いに協力しあい――」


「待て待て、何だその名前は?」


「気に食わないとでも? 我々が出会ったあの日、君は私の胸元に顔をうずめたじゃないか。忘れたとは言わせないよ」


「えっ、羽澄さん! それはどういう事ですか!?」


「不可抗力だよ……わざわざ蒸し返すな。とりあえず別の名前にしろ」


「仕方ないね、では、我々は『ナマチチ同盟』の一員として」


「却下だフザけてんのか!」



 手を結ぼうにも些細な事がボトルネックになった。それからも名称が定まらない。



「ドタプンタプン同盟」


「却下!」


「今夜も揉み会同盟」


「却下だ!」


「リメンバー・ニューボー同盟」


「却下だ却下、いい加減にしろ!」


「ふぅ……助け舟を頼むよ姫君。何か絶妙な対案を希望する」


「ええと、そうですね。羽澄さんの世直し団っていうのは」


「いや、そういうのも勘弁してくれ」



 それから3人が知恵を絞りに絞り、混迷する様を、フクロウだけが見ていた。


 しかし万事、終わりというものがある。この不毛とも思える議論にも、一応の着地点を見出したのだ。



「では誓いを。我々『S.H.A.T』ことSpecial Hasumi Assault Teamは互いに協力しあい、情報を優先的かつ独占的に共有するものとする」


「やっと、まとまった……勘弁してくれよ」

 


 3つのマグカップが、触れ合っては音を立てる。盟約の成立であった。


 そうして冷めきったコーヒーを啜る。羽澄としては、もう切り上げたかったのだが、緒野寺が離そうとしない。



「ところで篠束君。異界化しても動けるようだが、まさかイービルではないよね?」


「笑えない冗談はやめてくれ。篠束にもタトゥーがある。オレ達と同じ立場だ」


「ほう、なるほど。得物はなんだい?」


「武器はまだ分からない。ヘソの所にタトゥーのを見ただけだ」


「ヘソ? 君はまたどうして、絶妙な部位をチェックしているのかね。どうやら、私の身体を弄んだだけでは足りないご様子。英雄色を好むとは、まさしく」


「誤解を招くような言い方すんな」


「ともかく、戦力が多いに越した事はない。差し当たって訓練が必須かな」


「格闘技や武術とか?」


「いやいや。羽澄君は異界化を、お姫様は自身の武器を出せるようになるのが先決さ」



 緒野寺はコーヒーを飲み干すと、その場から離れていった。後は宜しくと付け加えて。


 残された2人は、ようやく心身を緩めた。疲労が一気に押し寄せてきたのである。



「あぁ、やっと終わったか。長かった……」


「なんだか独特な人でしたね。でも、悪い人じゃ無さそう」


「まぁな。唯一頼れそうな大人だ。一応は信頼している。それよりオレ達も帰ろう、さすがに疲れた」


「あの、それがですね、後片付けが残ってます」


「あっ……!」



 羽澄達は散らかし放題であった。肉汁の跡がこびりつく鉄板、絶妙に余らせた食材、箸やマグカップも汚れたままだ。


 2人には、ここをキレイにする責務が残されていた。



「緒野寺のヤツ! ちゃっかり面倒事を押し付けやがって!」


「でも、奢ってくれましたし。それに、後はヨロシクっていう声かけもありましたし」


「ヨロシクって、そっちかよ!? てっきり訓練の方だと思ってたのに!」


「まぁまぁ。2人がかりなら早く終わりますって」


「クソッ。早く帰って風呂に入りたいのに……」



 篠束は緒野寺の肩を持つが、羽澄の鬱屈を押し流すには至らない。


 やはり、緒野寺を信用しきるのは危ない。上手く踊らされかねない。そんな印象を抱いたまま、今宵の宴は幕を閉じた。

 



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