7 愛なんて要らない
情報が多すぎて混乱する。あんまり頭が良くないと言ったばかりなのに、一度にこんな沢山。
えっと……何て言ったかしら。
“この世”の舞台がファメオ国で、シュターレ国がそのオマケ……って?
ふと祖国ファメオ国を想えば、一年中美しい花が咲く、活気溢れる街並みが鮮やかに浮かんだ。家や店も沢山並び、留守を除いて人が居ないなんてことは、もちろんない。皇室には歴史もあるし、政治も経済もちゃんと機能している。
まだこのシュターレ国に追放されてから一日も経っていないのに、どこかにずっとあった違和感の正体はコレだったのかもしれない。
色んなものがギュッとつまったファメオ国に比べると、この国はスカスカで。まるで子供が描き途中で放棄した絵みたいだ。
そのくせ治安が悪くて、盗賊やら魔鳥やら魔蛇やら恐ろしいものは居る。何故……と考えたところで、彼のある言葉を思い出した。
『ある人物の断罪の為だけに創られたオマケ』
”断罪” まさか……それって……
背筋を冷たい汗が流れる。
「おい、大丈夫か?」
気付けば、彼が心配そうに自分を覗き込んでいた。
「ええ……多分……」
魔獣は知っていたけど、魔鳥やら魔蛇やら盗賊やらの存在は知らなかった。もし彼に出逢って教えてもらわなければ、今頃呑気に外を歩き続けて襲われていたかもしれない。
追放の先にも、更なる“断罪“が、“私の為に”用意されていたのだろうか。凍死、魔鳥や魔蛇の餌食、盗賊に捕まり売り飛ばされる……ちょっと! バラエティー豊か過ぎない?
「本当に大丈夫か? 鼻息が荒くなったぞ」
当たり前よ! 怒っているんだから!
神様……いいえ、創造主め! 女の子をそんな目に遭わせようとするなんて……なんと悪趣味で残酷なヤツなの!
あれ……ちょっと待って。
私とラビニア嬢の運命が入れ替わったってことは、本当は私じゃなくて、ラビニア嬢が凍死したり餌になったり売り飛ばされる運命だったの?
そうしたら……私は彼女の悲惨な最期を何も知らない、お気楽で幸せな皇太子妃になっていたのかしら。
もし知ったとしても、仕方ないと思った? いい気味だと思った? 可哀想だわなんて上辺だけの涙を流しながら、殿下の傍で幸せに酔っていたんじゃないだろうか。
……そう想像したら、私だって残酷だ。
鼻息が落ち着いてきたのを見計らい、彼は話を続けた。
「それでもシュターレ国はまだマシだ。タルレ国とロクセン国なんて、オマケですらないんだから」
「タルレ国は秋と大地の加護を、ロクセン国は夏と風の加護を受けている国。……それだけしか知らないわ」
「国境の山からタルレ国を眺めても、ただ茶色い大地が広がっているだけで何も見えなかった。国境を越えることも出来ない」
彼の口から次々と飛び出す衝撃の事実に、今まで信じていた色々なものが崩れていく。
「……必要ないから?」
「ああ。舞台を整える為の、“小道具”にすぎないんだろう……俺もな。必要ない、どうでもいい存在だから、細部まで創ってもらえなかった」
私は彼の全身を眺め、首を傾げた。
「……そうかしら。本当に必要ないなら、こんなにムキムキの立派な身体を創る?」
「適当に創っただけだろ」
「だったら顔だって名前だって適当に創れば良かったじゃない。創らなかったのには、何か意味があるのかも」
「……そうだろうか」
「ええ。だって、シュターレ国の貴方以外の人にはちゃんと顔があるんでしょう? 周りは好きな顔を貴方に重ねるって言ってたから」
「……ああ」
「私がもし創造主で、断罪だけのオマケの国を創るなら、人の顔は全部同じか全部のっぺらぼうにしちゃうわ。考えるの面倒臭いもん。だけど魔獣だって目が十五個もあるのよ? 貴方だけのっぺらぼうなんて変じゃない」
彼は青い瞳をきょとんと向けると、プッと吹き出す。
「確かに目が十五個もあるなんて贅沢だな。魔獣の顔が欲しいなんて言いながら、そこは全然気付かなかった。お前、頭は悪くても全然空っぽじゃないよ」
「でしょう?」
どうよと胸を張る私に、彼はぽつりと呟く。
「……自分だけ顔も名前ももらえなかったことを、ずっと恨んでいた。自分は創造主に愛されなかったのだと」
“殿下”には見たことのない哀しげな表情に、赤い髪が一層煌めいた。
創造主が彼に顔と名を授けなかった理由は分からないが……愛されなかったという言葉が当てはまるのは、彼よりもラビニア嬢ではないだろうか。婚約者を奪われ、追放され、挙句に悲惨な死を遂げるのだから。その運命を、自分がごっそり引き受けてしまったワケだけど。
どんなに彼女の人間性に問題があったとしても、自分で創り出したものによくそんな酷い仕打ちが出来るわね。……あれ、でも人間性も、顔と同じく創造主の手で創られたものなのかしら。今ここに在る私の意識や感情も? なんだか複雑ね。
とにかく、一つだけ確かなことは……
「私は創造主の愛なんて要らない。たとえ愛されなくたって、私は私を最高に可愛いと思っているし、大切だもん。創られた運命に納得出来ないなら、いくらだって逆らうわ。創造主の思い通りになんて、絶対になりたくない」
「……そうか」
「ええ。貴方も自分で自分の顔を描いたっていいのよ。目の数だって、好きに選べるわ」
「絵心がないから止めておくよ。魔獣より不細工になりそうだ。でも……何だか楽になった。ありがとう」
不意に向けられた笑みに、胸がドキリと高鳴る。愛し合っていた頃、何度も向けられた殿下の笑顔のはずなのに……そこに確かに見える彼の存在に戸惑った。
「でもどうして、創造主はファメオ国をこの世の舞台にしたのかしら」
「理由はわからないが、ファメオ国に描きたい世界があったんじゃないか? シュターレ国をある人物の断罪の為にわざわざ創ったのであれば、その人物に関わる世界を描いたんだろう」
ある人物……それってラビニア嬢に関わる世界ってこと? だとしたら……殿下と私も、創造主にとっては重要人物?
「……さあ、この世の重大な秘密を教えたんだから、次は俺の質問に答えてもらおう。年齢だの成績だの、また興味のない秘密と交換されては困るからな」
なによ! 私にとっては重大な秘密だったのに!
と怒りながらも、頬を可愛らしく膨らませることは忘れない。もう面白いだの不細工だの言わせないんだから!
「一つだけ答えろ。お前が持っていた薔薇の魔力というのは、白薔薇の魔力か?」
あら、薔薇の魔力は四種類あるのに、どうして分かったのかしら。まあ私の見た目に一番合うのは、青でも赤でも黒でもなく、可憐で清らかな白薔薇ですものね。
うんうんと勝手に納得し答える。
「そうよ。私、結構すごい人だったんだから。平民から崇高な白薔薇の魔力持ちが生まれるなんて、大騒ぎだったらしくて。父は皇帝陛下から爵位を与えられて、貴族に成り上がったの。そんなにすごい魔力だったのに、皇太子殿下の青薔薇の魔力に奪われて、空っぽになっちゃった。殿下のことはまだ愛しているけど、青薔薇の魔力は大嫌いになったわ」
「……一つだけと言ってやったのに、親切に幾つも教えてくれるのはお前の長所だな」
またニヤリと笑われ、口を押さえる。
あ~バカバカバカバカ! 私ったらなんてお喋りなの! この軽薄な口を創った創造主を恨むわ。
「“殿下”って、好きな男のあだ名かと思っていたが、本物の皇太子殿下だったんだな」
「そうよ、本物の青薔薇の皇子様よ。私達愛し合っていたんだから」
「愛し合っていたのに何故……まあいい。一つだけの約束だったな。次はまた俺の番か」
「いっぱいサービスしてあげたんだから、今度は貴方も私の質問に答えてちょうだい」
私は体勢を整えると、腕に抱えたコートの裏で槍を掴む。
……これからする質問で、もし彼が豹変したら、コレを投げて逃げよう。
「どうして魔獣の足をあげただけで、王宮まで付いて来てくれるの? 他に何か、目的があるんじゃないの?」
深みを増した青い瞳が、私をギラリと見据える。
「……面白そうだったから。同じ婆さんの占いを受けた同士だしな」
「それだけ?」
「なかなか鋭いな。……もう一つは、お前を監視する為だ。つまらない用で王に会いに行くと言う怪しいヤツを、放置する訳にはいかないだろう」
「……ああ! もしかして貴方、王宮の人? 逞しいし、衛兵さんとか」
「そこは鈍いんだな。答える前に、一ついいものを見せてやろう」
そう言うと、彼は私へスッと手をかざす。
えっ! なになに!? 反射的に目を閉じると、瞼の向こうが赤く光り、コートを抱く腕がカッと熱くなった。
「腕を見てみろ」
恐る恐る瞼を開き、あっと声を上げる。
魔獣の粘液で黒く汚れていたはずのコートが、何事もなかったように淡いピンク色を取り戻していたからだ。
「すごい……すごい! 元通りよ! いいえ、もっと綺麗になっているかも。まるで下ろし立てみたい!」
広げて隅々まで確認しては興奮する。
「レッドダイヤの復元の魔力だ」
「そうなの! すごいわね!」
…………ん? レッド……ダイヤ……
『レッドダイヤの魔力を持つ王と、共にファメオ国へ戻り、歪んだ道を復元する』
『この世を創った創造主が、俺の顔と名を創らなかった。あるのは、身体と身分と魔力だけ』
『王の名は?』
『もちろん………………あれ?』
たらたらと嫌な汗が流れる。
「あの……もしかして……貴方様は……」
「ああ。シュターレ国の、名無しのっぺら王だ」