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6 交換しよう

 

 洞窟の中に戻ってもまだ、涙が収まらない私と、くっくっと笑い続ける彼。


「ふっ……それにしても臭いな。お前、せめてそのコートだけでも外へ置いて来い」


 コート……ああ……大切なコートが……

 魔獣の粘液で黒く染まった布地に涙が落ちる。


「嫌よ……コートと離れるくらいなら、一緒に外で寝るわ」

「ったく、さっき脱いでおけばよかったものを」

「だって……だって離れたくなかったんだもん。でもこんなことになるって知ってたら……ううっ」

「……仕方ねえな。ちょっと待ってろ」


 彼は荷物の中から小鍋を取り出すと、一旦外へ出て、それに雪を入れて戻って来た。

 火にかけ温かい湯にすると、布に浸して私の顔を拭き始める。


「あんまり綺麗な湯じゃないが……飲み水は使いたくないからこれで我慢しろ。あーあ、髪にもこびりついてるぞ」

「石鹸はある?」

「あるわけないだろそんなの」


 痛いくらいにゴシゴシ拭いた後、彼は私の顔にくんと鼻を寄せる。殿下の綺麗な鼻に、こんな汚い顔を嗅がれるなんて……恥ずかしすぎる。


「見た目は綺麗になったけど、やっぱり臭いは取れないな」

「ずっと臭いままだったらどうしよう。王様に嫌がられてしまうわ」


 お風呂が大好きで、少し汗をかく度に着替えをしていた殿下。王族は潔癖症で綺麗好きというイメージがある。


「会ってもらえるかも分からないんだから、余計な心配はするな。……よし、大分マシになった」


 彼は布を下ろすと、私の顔をまじまじと見て、ぷっと吹き出す。


「お前……不細工だな」


 ……ぶっ? ぶさ? 聞き間違いかしら。


「何かに似てる……そうだ、魔獣だ!」


 魔獣……絶対に聞き間違いじゃない。だって……あのヌメヌメのうねうねの五ツ目(×3)の不細工に似てるって。

 魔力は失っても顔は変わらないと思っていたけど、そう在りたいという思い込みだったのかしら。傍から見たら、本当は不細工だったの!?


 私は鞄から手鏡を取り出すと、自分の顔を見つめた。

 ……うん。すごくボロボロだし、拭かれすぎて赤くなっているけど、やっぱり可愛いと思うわ。でも……


「ねえ……私って不細工なの? どの辺が歪んでる?」

「歪んでるっていうか……むしろ顔立ちは整っているんじゃないか?」

「やっぱり!?」

「ああ。だけどなんか面白い。面白いから不細工に見える」

「私、“面白い”より“可愛い”の方がいいんだけど」

「何でだよ。“つまらない”よりずっといいだろ? 誰かを笑わせられるんだから。俺からしたら、何だって羨ましいよ。魔獣の顔だって欲しいくらいだ」


 そこまで言うと、彼は目を伏せ口をつぐんだ。

 魔獣の顔になりたいだなんて、変わっているわね。


 ……まただ。

 ブルーブラックの髪が、赤く見える。

 目を擦りもう一度見るも、やはり赤のままだ。


「ねえ、魔獣の粘液って毒がある? さっきから目がおかしいの」

「そんな話は聞かないが……見せてみろ」


 大きな手で頬を掴み、角度を変えながら私の目を慎重に覗き込んでくれる。その瞳の青は変わらずホッとするも、それと全く合わない赤い髪色に不安になる。


「見た目では異常は分からないが……どうおかしいんだ?」

「貴方の髪が、赤く見えるの」

「赤く?」

「ええ。殿下の髪色はブルーブラックなのに」

「赤い髪色の知り合いが居るんじゃないか?」

「いいえ。ファメオ国では赤い髪は珍しいし、私も会ったことがないわ」


 青い瞳が見開く。


「……他は? 他はどう見える? 目とか鼻とか……口も」

「他は殿下のままで、髪だけ。ね? 変でしょう?」


 彼は私の手から手鏡をひったくると、それを覗き込む。やがてため息を吐くと、顎に手を当て何かを考え出した。

 大好きなこの仕草も、髪が赤いと違和感があるわね。


「そういえば……お前、この間まで魔力があったと言ったな」

「ええ」

「何の魔力だ?」

「うふっ、それはもちろん! 可愛い私にピッタリの……」


 言いかけて、ハッと口をつぐむ。

 今までは深く追求されなかったからよかったけど……もし魔力を奪われて追放された罪人だと知られたら、この人だってどんな行動に出るか分からない。

 さっきはつい殿下の姿に安心して喋りすぎちゃったけど、別人なんだから用心しなきゃ。

 警戒心を込めた目で赤い髪を見つめていると、彼はふっと笑った。


「……安心した。どうやら、そこまで頭が空っぽな訳ではないようだな」


 また空っぽ……ちゃんと頭蓋骨も脳みそもあるのに!

 ……あれ、本当にあるかしら? と心配になり、コツコツ頭を叩いていると、彼は私から離れた位置に座り直して言った。


「……交換しないか?」

「え?」

「互いの秘密を、一つずつ交換しよう。王の元まで共に旅をするなら、信頼関係は必要だろ?」


 王の元まで……共に旅を……魔獣の足だけで……

 よくよく考えれば、他にあげるものはないと言ったのに、普通そこまで親切にする? いくら私が可愛いとはいえ、魔力もないのに。……なんだか怪しく感じてきたわ。まさか! 騙して奴隷として売り飛ばす気?


 一層警戒を強め縮こまる私とは反対に、彼は手足を楽に伸ばしながら話し出す。



「じゃあ、まずは俺から。……会った時、魔力で本当の顔を隠していると言っただろ? あれは嘘だ」

「嘘……?」

「俺には本当に顔がない。周りは好きな顔を勝手に重ねてくれるが、俺自身は、鏡に映った自分の顔がのっぺらぼうにしか見えない」


 じゃあ……この人は本物の、のっぺら……

 ゾゾッと悪寒が這い上がる。


「ああ、お前が怖がるような、妖しとか化け物とか、そういう類いじゃない。確かに人間だけど、顔がないってことだ。顔だけじゃなくて名前もない。あるのは、身体と身分と魔力だけ。でもそれで日常生活に不便はなかったし、周りからも何も言われなかった」


「どうして?」

「俺も何故だかずっと疑問に思っていたが、占い処の婆さんの話を聞いて納得した。この世を創った創造主が、俺の顔と名を創らなかったからだと」


 創造主……神様ってことよね? 神様が人に顔と名前を授けないことなんてあるの?


「どうして創らなかったの?」

「それは……最初はここまでだ。次はお前の番。今の俺の話に見合う秘密を、一つ教えてもらおう」


 今の話……本当は顔がないって、結構すごい告白よね。

 それに見合う秘密って言ったら……ええと、ええと。


「私は17歳よ。あと、実は私、あんまり頭が良くなくて。どの科目も駄目なんだけど、数学と物理の試験では0点を取ったこともあるの。それでね、泣いたら先生が50点に書き換えてくれて、追試は免れたわ……このことは、両親にも友人にも言っていない秘密よ」


「それが……俺の話に見合う秘密だと?」


「そうよ! 年齢は女の子にとって重要でしょ? でもそれだけじゃ足りないと思ったから、誰にも言ってない秘密をもう一つ教えてあげたのよ。薔薇の魔力があるくせに、何故か私は知能の加護は授からなくて。顔だけ良くて頭が悪いなんて、恥ずかしいじゃない」


「へえ……確かに。一つの秘密で、三つも秘密を聞けたとは。ラッキーだったな」


 ニヤリと笑う彼に、口を押さえる。

 しまった……もうバカバカバカバカ! こんなだから0点なんか取るんだわ!


「……次はあなたの番よ。三つ分に見合う秘密を教えてちょうだい!」

「いいだろう。……さっきの話の続きだ。どうして創造主が、俺の顔と名を創らなかったか」


 私はうんうんと話を促す。


「……お前、頭は悪いそうだが、世界史の授業は覚えているか?」

「ええ、世界史は割と得意だったのよ! 最高で70点は取ったことがあるわ」

「では、此処シュターレ国の王宮は何処にある?」


 私は目を輝かせ、サッと手を挙げる。


「はい! タルレ国との国境の山の上にあります」

「その王宮の主は?」

「もちろん王様です!」

「王の名は?」

「もちろん………………あれ?」


 やだ……習った気がするのに、忘れちゃったのかしら。

 えっと……そうそう!


「“れあきゃら”王?」


 眉を寄せながら、彼は問い続ける。


「では、他にシュターレ国について元々知っていたことはあるか?」


「はい! 冬と氷雪の加護を受けていて、一年中とっても寒い国です。生息する魔獣は、頭が三つに目が五つずつ、手足は八本。あっ、あとシュターレ国の人は鉱物の魔力を持っていて、そのトップが金剛石ダイヤモンドの魔力。中でも最強なのがレッドダイヤの魔力で……そう、王様が持っているんでしょう? でもこれは、占いのお婆さんに聞いて初めて知ったことだわ」


「他に知っていたことは?」


 えっと……えっと……あれ?


「この国に旅行したことはあるか?」

「あるわ。だってクローゼットに毛皮を持っていたし、それを旅行鞄に入れて家族と出発した……けど……あれ、そこまでしか覚えていない。旅行の記憶は全くないわ」

「……そうだろうな」


 彼はポリポリと赤い頭を掻く。これは、彼が殿下ではないことを証明する大切な仕草だ。


「この国に入って、何か違和感はなかったか? 何でもいい。答えてみろ」

「えっと……家や建物が全然ないわ。占い処と飲食店の二軒しか見ていない。でも、王宮の周りは賑わっているんでしょう?」

「……この辺よりはな。魔鳥や魔蛇が入らないよう、人里には丁寧に結界も張ってある。だが、折角護っているにも関わらず、人が居ない家もある。いや……居る家の方が少ないんじゃないか? 盗賊の方が多いくらいだ」

「……どういうこと? 盗賊に襲われちゃったの?」


 項垂れるように首を振りながら、彼は答える。

「元々居ないんだ。必要ないから」


 “必要ない”

 その言葉に、何故か背筋がゾクリとした。


「創造主にとって、“この世”の舞台は隣のファメオ国だけ。シュターレ国は、ある人物の断罪の為だけに創られたオマケにすぎないんだ」


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