表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインの椅子はひとつだけ ~断罪された私が、あざとく愛を取り戻すまで~  作者: 木山花名美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/30

30 ヒロインの椅子はひとつだけ?

 

「色々とお世話になりました。お土産も沢山ありがとう」


「いいえ。散々辛い思いをさせてしまったのだから、当然のことよ。本当に……本当にごめんなさい」


「もういいわよ。刺激的で、素敵な冒険だったわ」


 朝日の中、爽やかに挨拶をする私達の隣で、殿下はよろよろと立っている。

 あらら……辛そうね。臭い同士で意気投合したのか、夕べはレッドとかなり飲んでいたから。それに比べてレッドの方は、お肌つるっつるで元気一杯だけど。


「おい、アル。人の上に立つなら、ラビニアだけじゃなく周りも大事にしろよ。いざという時、大切な女を守る為には、信頼と人望が何より大切だ」


「……ああ。肝に銘じておく」


 夕べから何度も繰り返している会話を、更に念押す国王と、素直に頷く未来の皇帝。シュターレ国とファメオ国、お隣さん同士仲良く出来たらいいわよね。


「じゃあそろそろ行くわ」

「ええ」


 これでもかとお土産を詰め込んだ馬車の扉が開き、レッドにエスコートしてもらいながら足を踏み出す。

 さあっと掠める、故国の甘い花の香り。これから向かうシュターレ国の、ピンと張った清らかな空気とは全然違う香り。

 私はふと足を止め、創造主ラビニアを振り返った。


「……ねえ、創造主の本当の名前は何て言うの?」

「え?」

「私達を創った世界で、貴女が呼ばれていた名前。本当は何て言うの?」


 創造主は、すうっと息を吸うと、切なげに微笑わらいながら答えた。


「……春花」

「ハルカ?」

「ええ。ハルカ」


「へえ! ラビニアにも負けない素敵な名前ね。なんとなく貴女っぽいわ」


「……ありがとう」


 目を合わせ、ふふっと笑う。


「ハルカ、私を創ってくれてありがとう。この国も、シュターレ国も、レッドもローズも両親も。みんなみんな、創ってくれてありがとう。貴女は色々複雑で大変だったかもしれないけれど、私はこの世界が大好きよ」


 ハルカの顔がくしゃりと歪み、黒い瞳から涙が溢れた。


「うっ……うう……ああ……」


 上手く言葉にならないのか、口を開きかけては苦しそうに喉を震わせる。細い背中をよしよしと撫でている内に、少しずつ呼吸を整えてくれた。


「リリエンヌ……お願いがあるの」

「なあに?」


「シュターレ国を貴女に託したいの。レッドと二人……自由に創って。シュターレ国は、まだほとんどが、真っ白なキャンバスだから」


「そうね。雪だらけだし」


 私の言葉に、ハルカはくすりと笑う。


「貴女なら……レッドを創ってくれた貴女なら、きっと素敵な国を創れるわ。いつか、殿下と一緒に遊びに行くわね」


「ええ! 落ち着いたら手紙を書くわ。届くか分からないけど、国境も越えられたんだから、色々試してみる」


「うん」


「そうねえ……馬車や馬よりも速い乗り物があったら、もっと移動が楽なのに。シュターレ国の地面は雪ばかりだから、鳥みたいに空を飛べた方がいいわ」


「私が居た世界にはあったの。海も山も国境も、簡単に越えられる空飛ぶ乗り物が。本当に、大きな鳥みたいだったわ」


「そうなの!? 素敵ね!」

「ふんふん! ふんふんふん!」


 一緒に興奮するローズを見て、私はふと思う。


「鳥じゃなくて、大きな蝶でも素敵よね。人でも手紙でも、何でもひらひら遠い場所へ届けてくれるの。ねっ、ローズもそう思わない?」


「ふん! ふんふ~ん」


 同調するように、その場でひらひら踊りだすローズ。可愛いわねと眺めていたその時、私の身体から白味を帯びたピンク色の光が現れ、ローズをすっぽりと包んだ。


「ローズ!」



 ────光が消えると、そこには巨大な蝶が居た。

 さつまいも色の羽に豆粒みたいな模様。確かにローズだけど……大きさが全然違う。

 すごい、人が十人くらい乗れちゃいそう。一体何倍になったのかしら。


「愛の……魔力よね。キスも何もしていないのに、どうして突然?」

「本来の魔力が戻ったからじゃないか? すごいんだな……白薔薇の令嬢は」


 感心するレッドと共に、空を舞う巨大な蝶をぼんやりと見上げる。やがてローズは地面に降りると、私の前に片方の羽をひらりと落とした。まるで「乗って」と言っているみたいに。


「……いいの?」

「ふん!」

「もしかして、シュターレ国まで飛んで行けちゃう?」

「ふんふん!」


 任せて! と胸を張るローズに、その場の全員がわくわくと目を輝かせていた。



 少し不安だったけれど、馬車の荷物を全部と、私達二人が乗ってもびくともしないローズ。ひらひらと舞い上がるにつれ、ラビニア(ハルカ)と殿下の姿がどんどん小さくなって行く。


「またね! また会いましょうね!」


 完全に見えなくなるまで大きく手を振ると、私達は前を向き、北のシュターレ国を目指した。




 来る時は一日がかりだったのに、帰りはほんの数十分だった。問題はここからと……気を引き締める。

 けれど国境を越えた瞬間、レッドは毛皮姿に、ローズはうねうねの小さな魔獣に戻る。前みたいに苦しむこともなく、二人ともすんなりと環境に適応してくれた。

 一方私は……あまりの寒さに、マリーンさんからもらったコートを急いで羽織り、お土産にもらったブーツと手袋で防寒装備を整える。


 自分の為には使えないなんて……本当に損な魔力だわ。……まあ、レッドとローズが元気ならそれでいいけど。

 懐かしい雪を笑顔で踏み締める二人に、胸がほっこりと温かくなる。



「……真っ白で、本当に綺麗な国ね。でも、もう少し住みやすいと嬉しいわ」

「そうだな。リリーはどんな国にしたい?」


「そうねえ……まずは、歩きやすくて馬車も通れるような、そんな道が欲しいわ。ファメオ国との国境から首都まで、ずっと続いているの」


 私の身体から溢れた光が、雪の平原に石畳の道を創る。先の見えない、長い長いその道は、本当に首都まで続いているようだ。


「……すごい! すごいわ! 私」

「ああ。素晴らしいな」


「でも、これじゃ少し殺風景ね。せっかくだから、道沿いに綺麗な花が欲しいわ。雪の中でも枯れない、丈夫な色とりどりの花を」


 再び溢れた光が道沿いを伝い、美しい花を次々に咲かせていく。「綺麗だな……」と見つめるレッドの向日葵の方が綺麗で、思わず見惚れてしまう。手をギュッと握れば、微笑みながら握り返してくれた。


 そんないい雰囲気をぶち壊すのは、待ってましたとばかりに、上空に響くヤツらの羽音。背後からはシュルシュルと、もっと不気味な気配を感じる。

 うええっ、やだやだあ! 何とかしなきゃ!


「魔鳥は人肉を食べないし、魔蛇は生き血を吸わない! 人を襲ったりしないで、お行儀良く、赤い林檎と苺を食べるのよ」


 ポンポンとそこら中に木が生え、赤い林檎が実る。雪の中には、赤と緑の苺畑が広がった。自分に迫っていた嫌な気配はくるりと方向転換し、それぞれの場所で美味しそうに食事をし始めた。

 ……ふう、よかった。

 鳥肌が残る腕を擦っていると、ローズのうねうねに、つんと指を引っ張られた。


「ん? どうしたの?」

「ふん……ふんふん……ふん……」


 こっ……これは……!

 うるうると自分を見上げる十五個の豆粒に、ローズの切実な想いを悟ってしまう。

 うう……どうしよう。

 あの味を思い出すだけで、自然と溢れる涎。少し葛藤した後で、私は覚悟を決めた。


「魔獣は食べても美味しくない! 魔獣は人間のお友達! その代わり、シュターレ河の魚は、牛よりも豚よりも鶏よりも魔獣よりもとびきり美味しい!」


 さらさらと水の流れる音がし、向こうに河が現れる。活きのいい美味しそうな魚が、水面からピチピチと跳び跳ねるのが見えた。


「ふんふんふん!」


 ありがとうとはしゃぐローズを肩に乗せると、さりげなく涎を拭い、三人で石畳の道を歩き出す。



「さあ、リリー。次は何を創る?」


「うーん、そうねえ。とりあえず安全は確保したから、お土産を渡しに行きたいわ! 壁掛けにもなるし羽織れるショール。気に入ってくれたらいいんだけど」


「気に入ってくれるさ、きっと。……俺もお礼を言いに行きたいな。婆さんのお陰で、めんこいリリーに逢えたんだから」


 ぷるぷるの唇を遠慮なく受け止めていると、目の前が眩しい光に包まれた。道のど真ん中、さっきまで何もなかった石畳の上には、いつの間にかあの占い処が建っている。

 私達はニヤリと笑い合うと、手をしっかりと繋ぎ駆け出した。


「お婆さあん!!」




 ────ヒロインの椅子は、ずっとひとつだけだと思っていた。奪われて、哀しくて、絶対に元の場所へ戻りたいと。

 だけど、必死に歩いていたら、新しい椅子が魔法みたいに現れたの。

 レッドの隣に座れる、特別で素敵な椅子が。



 きっとどこかに隠れている、自分だけの素敵な椅子を見つけられたら。

 いつだって、誰だって、幸せなヒロインになれる。



 ~完~


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木山花名美の作品
新着更新順
総合ポイントの高い順
*バナー作成 コロン様
― 新着の感想 ―
リリエンヌ嬢がまるで創造神のように!? 考察するのであれば、白薔薇の魔力+原作者の権限委譲ってところかな? こうなるとシュターレはめっちゃ平和な国になりそうだなあ。 災害も災厄も危険も飢饉もない楽園。…
[良い点]  前々回の殿下、そして今回創造主の名が。  なんとなく、これで物語のコマでなくこの世界の住人として認められたような。そんな気がしました。  創造主にとっては色々あったこの物語。  ありが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ