27 素敵な光
「頼まれていたものは全部用意した。本来であれば、成り上がりの下位貴族のお前がどうこう出来る品ではないが……シュターレ国王に献上する為、特別に急がせた」
いやいや、急がせたにしても早すぎない? 前にあのコートをもらった時、染色だけで一ヶ月も掛かるって聞いていたのに。……まさか、偽物じゃないわよね。
私は布を広げ確認するも、この美しい独特のピンク色は、盗賊に盗まれてしまったあのコートと同じ。皇室で管理している特別な花で染められたものに間違いなさそうだ。
一体どうやって? と、殿下と布を交互に見れば、ふふんと得意気に笑われる。
「ラビニアにコートを作ろうと、ちょうど布を染めていたのだ。彼女に一番似合う色味になるまで、妥協はしたくなくてね。ここにある布は、花染めとしては申し分ない上等の品だが、彼女には微妙に合わない色味の物ばかりだ。……ですから、好きなだけお持ちください」
途中で私を無視し、殿下はレッドへ布を差し出す。
ラビニアにもコートを……そうか……そうよね。
あんなに大切だった、私にとって唯一無二だったあのコート。だけど殿下は、私の為に作ったことすら忘れているんだろうな。……ううん。むしろ忘れたいのかもしれない。
それならそれでよかったのに。余計すぎる一言が、殿下の薄い唇から、鋭い矢になって放たれた。
「リリエンヌ。いつかお前に渡したコートはどこにある?」
突然問われ固まっていると、殿下は苦々しい顔で私を見る。訊いたくせに、ろくに返事も待たずに勝手に話し続けた。
「お前の両親を流刑地に送った後、屋敷中を調べさせたが、あのコートはどこにもなかった。兵の話では、追放された時にお前がそれらしきコートを着ていたそうだが」
……こう答えるべきとか、こう答えたらどうなるだろうとか。そういう正常な思考回路が働かない。ただ一言、「はい、着ていました」とだけ機械的に答える。すると殿下は、嫌悪感を露にした。
「もしまだ手元に持っているなら、今すぐ出せ。側室ごときが特別な花染めのコートを着たら、皇太子妃になるラビニアの立場がない」
ラビニアが……またラビニアが。
もううんざりだわ。
「お前とのことは私の人生最大の過ちだ。あのコートも、いっそ燃やしてしまいたい。私の贈り物も……愛も。受け取ることが出来る女性は、この世にたった一人だけなのだから」
もし運命が入れ替わっていなくて、私ではなくラビニアが断罪されていたら。殿下のこの言葉に、私はうっとりと酔いしれていたのかしら。『こんなに私のことを愛してくださっているのね』……って。
チラリと創造主を見れば、熱のこもった殿下の視線を受け止めながらも、少し困惑している様子だった。
ねえ、創造主。貴女は本当にこの男でいいの? もしラビニアの意思とくっついていなかったら、貴女が愛していたのは、本当はレッドみたいな男だったんじゃないの?
逃げないで、目を覚まして。
レッドを愛して……彼の顔を創ってよ!!
その時、自分の中で何かがプツンと弾けた。
…… “創って” ?
なんでお願いしなきゃならないの?
レッドは、創造主に創られた “ヒーロー” なんかじゃない。追放された “悪女” を救って幸せにするだけの、都合のいい道具なんかじゃないわ。
私だって、 “ヒロイン” でも “悪女” でもない。誰かの欲望や哀しみを背負う道具でも、誰かの憎しみやストレスを発散する道具でもないわ。だからこんな風に、傷付けられたり蔑まれる必要なんか、本当は絶対にないのに。
私は……私よ!
私も、この世界も、私が創る!
創造主が創らないなら、私が創る!!
「……おい、皇太子。おめえさあ、なんか勘違いしてんじゃねえのか?」
「…………は?」
私は花染めの布を手に掴むと、すっとぼけている綺麗な顔目掛けて、思いきり投げつけた。
「……何をする!!」
私を庇おうと立ち上がるレッドより早く、私は残っている布を丸めてもう一度投げた。弱い部分に命中したのか、うぷっと上がる間抜けな声が、より気分を高揚させる。……私、槍投げのセンスあるかも!
「皇太子だからって、よぅぐ調べもせず好き勝手に断罪してよう。こっちは被害者だってぇのに、詫びもねえどころか言いたい放題抜かしやがって。“お前とのことは私の人生最大の過ちだ” ? ……ああ、上等だぁ。こっちだっておめえとのことは人生最大の過ち……いんや、汚点だ黒歴史だ消しちまいてえ過去だ!!」
器が小さくて気の短い殿下は立ち上がり、手に例の青いパチパチを出すけど、全然怖くない。やれるもんならやってみなと睨みつけている内に、何故かパチパチはしゅんと消えてしまう。
「なっ……何故……!!」
慌てふためく殿下に、私は口角を上げながらにじり寄る。
「魔力で解決しねえで、たまには言葉で解決してみろってことじゃねえのか? 一度空っぽになってみたら、大切な魔力を取り上げられた人間の気持ちが分かるんでねえか」
殿下はわなわなと震え出し、私に剣を向けた。
「ふざけるな……私を誰だと思っている!!」
「ああ~ファメオ国の皇太子だんべ? おめえの隣にいる創造主が創った、箱の中の “設定” だぁ」
「……設定?」
「んだ。この世界は何もかもが設定だぁ。おめえも、おめえの身分も魔力も何もかも。ファメオ国があったけえのだって、シュターレ国がさめえのだって、全部全部都合のええ設定だ。前に言ったべ? ごごは創造の世界だって。おめえは所詮……ああ、“霧の立ち込める箱庭” で踊らされてる、操り人形だぁ」
「操り……」
本当に操り人形みたいに、剣を持つ手をだらんと落とす殿下。逆に自分の手足からは、“設定” に縛りつけられていた見えない糸が、プツプツと切れて自由になっていく感覚がした。
「オラは操られるのなんてごめんだぁ。創られた運命に納得出来ないなら、いくらだって逆らう。創造主の思い通りになんて、絶対になりたくねえ。自分の生き方は自分で選ぶだよ」
私を見上げる創造主の顔は、親離れをする子を見守るように切なげで。そこには、私を創り出した主の、母性のようなものが感じられた。今までは全く感じられなかった、温かな母性のようなものが。
少しは……愛してくれているのかな?
そう思えば、心も身体ももっと自由になった。
「殿下。オラはおめえのことを、もうこれっぽっちも愛してねえ。オラが愛しているのは、このレッドだ。強くてあったかくて優しい。このレッド一人だけだ!」
私の胸から、白みを帯びた薄いピンク色が溢れて、カッと全身を包む。
「リリー!!」
叫ぶレッドからも真っ赤な光が溢れる。抱き締められると、私の光と混じり合い、濃いピンク色になって二人を包んだ。それは徐々に広がり、殿下や創造主までも包んでいく。
二人で創り出した素敵な光は、レッドみたいに温かくて優しくて。心地好いぬくもりに、ただうっとりと身を委ねていた。
やがてうっすらと消えていく光。残った一筋の線に導かれるように顔を上げると、レッドの美しい瞳にぶつかった。
────金色の向日葵が咲く、夕焼けの赤い空。こんな色だったら素敵だろうなって、ずっと想像していた、美しい瞳に。
どうしよう……とうとう私だけのレッドに変わってしまった。こんなに愛しているのに、もうお別れなんて出来ない。
「うっ……うっ……うわああああん!!」
泣き叫ぶ私を、レッドは広い胸に抱き締めてくれる。もうあの光は出ないけど、そこはやっぱり温かくて優しい。
ずっとこうしていたいのに、よしよしと背中を撫でられている内に、段々落ち着いてきてしまう。しゃくり上げる口に、チュッとぷるぷるの唇を落とされると、完全に落ち着いてしまった。
涙をごしごしと擦り、改めて見上げたレッドの顔は本当に綺麗だ。だけど……これは本当の顔じゃない。
お別れしなきゃ……でもさっき、殿下に愛してないなんて言っちゃったから、もう側室にはなれないだろうな。レッドにも、殿下を愛していないことがバレちゃった。
……あれ、てか私、それより何より、レッドに言っちゃいけないことを言っちゃったような……
金色の向日葵が咲く赤い瞳をじいっと見つめていると、元々少し垂れた目尻がニタっと下がる。ニタニタニタニタと、真っ赤な顔をだらしなく緩めながら笑い出した。
なっ……なに!?
「リリー……おめえ、オラのことを愛しちまってるのか?」
ぎゃあっ! やっぱり!!
「あ……愛してなんかねえよ」
「嘘こけぇ。さっきこの耳でばっちし聞いたぞ。冷たぐてひょろひょろでポンコツの殿下なんてこれっぽっちも愛してねえ。強くてあったかくて優しくて最高にカッコいいオラのことを愛してるって」
「いや……そこまで言ってねえけど」
「このぉ。照れちまってぇ。っだぐ、おめえはめんこいんだから~」
うりうりと髪を撫でたり、チュッチュと唇を落とすレッドをどうすることも出来ない。ただされるがままになっていると、創造主があっと叫んだ。
「レッド……! 貴方……顔が! 私、貴方の顔が見えるわ!!」




