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ヒロインの椅子はひとつだけ ~断罪された私が、あざとく愛を取り戻すまで~  作者: 木山花名美


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26/30

26 いつまで経っても伝わんねえよ

 

「お父様、お母様、レッドは赤いの? どこが?」


「どこがって……髪の毛も眉毛も睫毛も赤いでねえか。ああ、でも目は青いなあ。魔力か何かだんべか?」


「……他は? 他はどんな風に見える!? 鼻は高くて、顎は四角い? 唇はぷるぷる? 」


「んだねえ。高くて四角くてぷるぷるだぁ。凛々しくてええ顔しとるよ。父ちゃんの若え頃とええ勝負だ」


 お母様はそう言うと、レッドとは正反対のタイプの、小柄なお父様の肩に頭をもたせかける。「っだぐ、おめえはめんこいんだから~」とイチャイチャする二人を無視し、レッドを覗き込めばパチリと目が合った。

 のっぺらぼうでも誰かの顔でもない、私が見ているのと同じ顔が、二人にも見えているというの?

 私はレッドの顔を指差し、傍の兵達にどんな顔に見えるか尋ねる。すると炎でも太陽でもなく、友人と死んだ祖父の顔にしか見えないという答えが返ってきた。


 ……何故両親には、私が見ているレッドの顔が見えるのかしら。

 頬っぺたをつつき合う夫婦を、レッドと二人、呆然と見つめていた。



 ◇


 慰謝料の高級食材がズラリと並ぶ食卓を囲み、私達は四本目の高級ワインを空にしていた。お父様は五本目の栓を惜しげもなく開け、レッドのグラスになみなみと注ぐ。


「にしても、おめえはほんとにええ男だな。リリーの婿にピッタリだぁ」


 さっきから何度も同じことを言われているのに、レッドは嫌な顔一つせず、真っ赤な顔でグラスを呷り続ける。それどころか、「リリーはめんこい」だの、「嫁さ来い」だの言いながら、お父様と肩を組んだり歌ったり。

 こりゃ相当酔っ払ってるわね……実家に泊まる許可はもらっているけど。復元の練習もしたいし、そろそろ酔いを覚まさないと。……よしっ。


「お父様、レッドとそんな風に、気安くグラスを交わしたり肩を組んだりしてはいけないわ」

「何でだぁ? 将来の婿と仲良ぐして何の問題があるべさ。なあレッド?」

「んだ」

「婿になんてなる訳ないでしょ。レッドはね、レッドリオ様はね……シュターレ国の王様なんだから」

「王様? ほんだらリリーは王妃様になるのか? オラの可愛いお姫様が王妃様に……そりゃええなあ」


 ははっと笑うお父様からグラスを取り上げ、私は髪を束ねていたクラヴァットをするりとほどいた。


「……これを見てください」


 広げたチョコレートブラウンのクラヴァットには、キラキラと光る金糸の刺繍。

 ローズとふんふん踊っていたほろ酔いのお母様も、興味津々でこちらへやって来た。


「あんれ~綺麗な模様だこと。何かの紋章だべか?」


「ええ。シュターレ国王しか身に着けることが出来ない高貴な紋章よ。こちらのレッドリオ国王陛下が首に結んでいらっしゃった物を、友愛の証として特別に私へ下さったのです。……ね、王様?」


 ムキムキの背へ回り、後ろから太い首にクラヴァットを結べば、レッドは王様らしく胸を張った。

 そんな彼を、お父様とお母様はしばらくぼんやり見つめた後、風のような速さで「ははあ~~~」と床にひれ伏した。


 あら、どこかで見た光景ね。

 チラリと王様を見れば、片手で口元を覆い、くっくっと笑いを堪えている。


「王様~~~どうか今までのご無礼をお許しくださいませ~~~」

「お許しくださいませ~~~」


「構わぬ。面を上げ……ぷはっ!」と吹き出した王様は、グラスを置き、お腹を抱えて本格的に笑い転げる。

「リリエンヌ……おめえ、本当に父ちゃんと母ちゃんにそっくりだんべな……あはははは!!」


 お父様とお母様はそろそろ顔を上げると、いつまでも笑いが収まらない王様をきょとんと見つめていた。



 さすがの両親も、王様と同じ席で酒を飲める訳がない。緊張してお開きになるかと思ったのに、何故か逆に盛り上がっちゃって。

父子おやこには身分なんて関係ねえ!」なんて言いながら、レッドは例のクラヴァットを、お父様のストロベリーブロンドの髪に巻いちゃってるし。男二人はベロベロに酔いながら、とうとう最高級のブランデーにまで手を出し始めた。

 ……もういいわ! 今日は練習は諦める! せっかくだから私も飲んじゃおうっと。この調子だと、慰謝料が一日でなくなりそうだもん。

 お母様と一緒に高級シャンパンを飲みながら、私はいい気分でレッドの赤い顔を見つめた。


 屋敷の使用人達にも訊いたけれど、“レッドの顔” が見える人はやっぱり一人もいなかった。

 なんで両親だけ……レッドの言う通り、私とそっくりだからイメージする顔も同じとか? でも、殿下の青い目まで見えるのは変よね。

 ……もしかしたら、ここに魔力のヒントがあるのかもしれない。


「ねえ、お母様。お父様とお母様には、本当に魔力がないのよね」

「んだ。だから魔力持ちのおめえが生まれた時は、そりゃあたまげたよう」


 母に強い酒を勧められていた見張りの兵達。彼らがソファーで気持ち良さそうに爆睡しているのを確認すると、私はこそっと尋ねる。


「本当に、少しも魔力がないの? たとえば……白薔薇の愛の魔力とか」

「なあんもねえよ。んな立派な魔力があったら、とっくに貴族になっとったよ」


 ケラケラと笑いながらグラスを空にするお母様に、そうよねと笑いながらお代わりを注ぐ。


「なあ、父ちゃん! おめえも愛の魔力なんて持ってねえよなぁ」


 大声を出すお母様にヒヤヒヤするけれど、兵達は変わらずガーガーといびきをかいている。

 お父様はブランデーをグビリと飲みながら、得意気に答えた。


「愛の魔力だとぉ? んなん有り余るくらい持っとるよ」

「ええっ!?」


 危うくシャンパンを溢しそうになる。


「どういうこと? どうやって使うの? やっぱりキスしたりハグするの? ねえ!」


 身を乗り出して問う私に対し、お父様は余裕たっぷりに、ちっちっと人差し指を振った。


「いんや、それじゃあダメだ。チュッチュしたり、チョメチョメするだけじゃあ、愛は伝わんねえ。愛はごご、ごごで伝えるんだぁ」


 どんと胸を叩くお父様。


「ここって?」


「心、ハートに決まっとるべ。ごごからちゃあんと愛して、それを言葉にしねえと。いつまで経っても伝わんねえよ。オラもそれで、村一番の美人だった母ちゃんを射止めたんだから。なあ、母ちゃん?」


「んだんだ。ったく父ちゃんてばほんとに狩りがうめえんだからよ。出逢ってすぅぐ、愛の矢で射抜かれちまったぁ」


 お母様もどんと胸を叩きながら、お父様をうっとりと見つめている。

 ……なんだ。愛の魔力ってそういうこと。

 肩透かしを食らった気になるけれど、お父様の言葉には何か大切なことが含まれている気がした。確かに私達は、キスだのハグだの表面的な行為に必死すぎて、大切なことを見落としていたのかもしれない。

 レッドもお父様の言葉に何かを考えている様子だった。



 泥酔状態のお父様を軽々担いで、レッドは寝室へ向かう。お父様をベッドへ寝かせた途端、自分も隣に倒れ込み、ぐうぐうと仲良く寝息を立て始めた。

 ……疲れているのよね。最近あまり眠れなかったみたいだし。

 何も出来ない私を守りながら、シュターレ国を一緒に旅してくれたレッド。無理やり国境を越えて、失礼極まりない皇太子とやり合って。今は毎日魔力と向き合っている。


 ベッドサイドにランプを置き、彼の赤い前髪をさらりと分ければ、赤い睫毛がふさふさと生える瞼が見えた。

 こうして目を閉じていると、“殿下” はどこにも見えない。何もかも、全部が、私だけの “レッド” だ。

 苦しくなる胸。瞼を覆い隠すように、赤い前髪を額に戻した時、ぷるぷるの唇がそっと開いた。深いブランデーの香りと共に、切なげな声がふわりと漏れる。


「リリー……愛しとる。……愛しとるよ」


 酔っ払いのしょうもない寝言……そう思うのに、嬉しくて涙が溢れてしまう。

 顔なんて要らないから、もうこのまま一緒に帰ろうって言ってくれないかな。嫁になんて……王妃様になんかならなくていいの。側室でも愛人でも召し使いでも何でもいいから、ずっとレッドの傍に居たい。


「私も愛しているわ、レッド。たとえ離ればなれになっても……ずっと貴方を愛しているわ」


 私の言葉に反応するように、赤い睫毛にも涙が滲む。熱いその瞼に、私はそっと唇を落とした。




 翌朝、お母様と紅茶を飲んでいると、レッドが「おはようございます」と寝ぼけ眼で起きて来た。


「おはようございます、レッド様。すぐに朝食をご用意致しますね」

「ありがとうございます」


 シェフの居るキッチンへ指示を出しに行くお母様。そのふくよかな背を見送り、レッドの顔を見た瞬間、目元の大きな変化に気が付いた。

 切れ長の奥二重が、幅の広いくっきりした二重になっている。他のパーツに負けないくらい大きくて華やかなのに、少しだけ垂れた優しい目尻は、いかにもレッドらしい。

 後は……青い瞳だけ。

 本当にもう、瞳だけ。


 ふわあとあくびをするレッドは、私の視線に気付き、ふと心配そうな顔をする。


「どうした? リリー。何かあったのか?」


 傍に近寄り、頬に触れようとする優しい手を、咄嗟に払ってしまった。驚き、少し傷付いたような顔で固まるレッドに、私は感情を抑えながら淡々と言う。


「すごくお酒臭いわ。先に顔と身体を洗ってうがいしてきてちょうだい。朝食はそれからよ」

「……ああ、そうだな。ごめん」


 使用人にバスルームへと案内されるレッド。部屋のドアが閉まった途端、ほろりと涙が零れた。



 ◇


 両親との別れを惜しみながら、乗り込んだ帰りの馬車。慰謝料を全部降ろして軽くなったはずなのに、車内には行きよりも重い空気が立ち込めていた。


 ……原因は私。分かっているのに、落ちていく心をどうすることも出来ない。気を遣ってあれこれ話しかけてくれるレッドに、何とか返事をするだけで精一杯だった。



 公爵邸へ着くと、皇室の紋章入りの馬車が偉そうに停まっている。

 うげっ……殿下が来ているのかな。ただでさえ、今は話なんかしたい気分じゃないのに。


 レッドに手を繋がれ、ほぼ引きずられながら玄関に入ると、殿下の従者から応接室へ行くように命じられる。……はあ。やっぱりね。



 兵に通された応接室。そのテーブルにどんと置かれた物と、ソファーにドヤッとふんぞり返る殿下を見て、私達は固まる。

 これでもかと積まれた花染めの布とショール……

 ちょっ、ちょっと! 注文してからまだ一週間も経ってないのに! いくらなんでも、出来上がるの早すぎない!? 出来ちゃったってことは……



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こういう話を読むと素直が一番! と再認識するんだが、リアルだと中々そうはいかないし、フィクションでもそんなキャラクターばかりなら話が面白くならないというこのジレンマよ。
[良い点] 騒がしくとも和やかでいいですね! 素敵な宴会です。 高級ワインにシャンパンにブランデー。混ざりたい……。 ああでも味覚が残念な小池に高級品は必要ないのだと気付きました。 一方で謎は深まっ…
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