26 いつまで経っても伝わんねえよ
「お父様、お母様、レッドは赤いの? どこが?」
「どこがって……髪の毛も眉毛も睫毛も赤いでねえか。ああ、でも目は青いなあ。魔力か何かだんべか?」
「……他は? 他はどんな風に見える!? 鼻は高くて、顎は四角い? 唇はぷるぷる? 」
「んだねえ。高くて四角くてぷるぷるだぁ。凛々しくてええ顔しとるよ。父ちゃんの若え頃とええ勝負だ」
お母様はそう言うと、レッドとは正反対のタイプの、小柄なお父様の肩に頭をもたせかける。「っだぐ、おめえはめんこいんだから~」とイチャイチャする二人を無視し、レッドを覗き込めばパチリと目が合った。
のっぺらぼうでも誰かの顔でもない、私が見ているのと同じ顔が、二人にも見えているというの?
私はレッドの顔を指差し、傍の兵達にどんな顔に見えるか尋ねる。すると炎でも太陽でもなく、友人と死んだ祖父の顔にしか見えないという答えが返ってきた。
……何故両親には、私が見ているレッドの顔が見えるのかしら。
頬っぺたをつつき合う夫婦を、レッドと二人、呆然と見つめていた。
◇
慰謝料の高級食材がズラリと並ぶ食卓を囲み、私達は四本目の高級ワインを空にしていた。お父様は五本目の栓を惜しげもなく開け、レッドのグラスになみなみと注ぐ。
「にしても、おめえはほんとにええ男だな。リリーの婿にピッタリだぁ」
さっきから何度も同じことを言われているのに、レッドは嫌な顔一つせず、真っ赤な顔でグラスを呷り続ける。それどころか、「リリーはめんこい」だの、「嫁さ来い」だの言いながら、お父様と肩を組んだり歌ったり。
こりゃ相当酔っ払ってるわね……実家に泊まる許可はもらっているけど。復元の練習もしたいし、そろそろ酔いを覚まさないと。……よしっ。
「お父様、レッドとそんな風に、気安くグラスを交わしたり肩を組んだりしてはいけないわ」
「何でだぁ? 将来の婿と仲良ぐして何の問題があるべさ。なあレッド?」
「んだ」
「婿になんてなる訳ないでしょ。レッドはね、レッドリオ様はね……シュターレ国の王様なんだから」
「王様? ほんだらリリーは王妃様になるのか? オラの可愛いお姫様が王妃様に……そりゃええなあ」
ははっと笑うお父様からグラスを取り上げ、私は髪を束ねていたクラヴァットをするりとほどいた。
「……これを見てください」
広げたチョコレートブラウンのクラヴァットには、キラキラと光る金糸の刺繍。
ローズとふんふん踊っていたほろ酔いのお母様も、興味津々でこちらへやって来た。
「あんれ~綺麗な模様だこと。何かの紋章だべか?」
「ええ。シュターレ国王しか身に着けることが出来ない高貴な紋章よ。こちらのレッドリオ国王陛下が首に結んでいらっしゃった物を、友愛の証として特別に私へ下さったのです。……ね、王様?」
ムキムキの背へ回り、後ろから太い首にクラヴァットを結べば、レッドは王様らしく胸を張った。
そんな彼を、お父様とお母様はしばらくぼんやり見つめた後、風のような速さで「ははあ~~~」と床にひれ伏した。
あら、どこかで見た光景ね。
チラリと王様を見れば、片手で口元を覆い、くっくっと笑いを堪えている。
「王様~~~どうか今までのご無礼をお許しくださいませ~~~」
「お許しくださいませ~~~」
「構わぬ。面を上げ……ぷはっ!」と吹き出した王様は、グラスを置き、お腹を抱えて本格的に笑い転げる。
「リリエンヌ……おめえ、本当に父ちゃんと母ちゃんにそっくりだんべな……あはははは!!」
お父様とお母様はそろそろ顔を上げると、いつまでも笑いが収まらない王様をきょとんと見つめていた。
さすがの両親も、王様と同じ席で酒を飲める訳がない。緊張してお開きになるかと思ったのに、何故か逆に盛り上がっちゃって。
「父子には身分なんて関係ねえ!」なんて言いながら、レッドは例のクラヴァットを、お父様のストロベリーブロンドの髪に巻いちゃってるし。男二人はベロベロに酔いながら、とうとう最高級のブランデーにまで手を出し始めた。
……もういいわ! 今日は練習は諦める! せっかくだから私も飲んじゃおうっと。この調子だと、慰謝料が一日でなくなりそうだもん。
お母様と一緒に高級シャンパンを飲みながら、私はいい気分でレッドの赤い顔を見つめた。
屋敷の使用人達にも訊いたけれど、“レッドの顔” が見える人はやっぱり一人もいなかった。
なんで両親だけ……レッドの言う通り、私とそっくりだからイメージする顔も同じとか? でも、殿下の青い目まで見えるのは変よね。
……もしかしたら、ここに魔力のヒントがあるのかもしれない。
「ねえ、お母様。お父様とお母様には、本当に魔力がないのよね」
「んだ。だから魔力持ちのおめえが生まれた時は、そりゃあたまげたよう」
母に強い酒を勧められていた見張りの兵達。彼らがソファーで気持ち良さそうに爆睡しているのを確認すると、私はこそっと尋ねる。
「本当に、少しも魔力がないの? たとえば……白薔薇の愛の魔力とか」
「なあんもねえよ。んな立派な魔力があったら、とっくに貴族になっとったよ」
ケラケラと笑いながらグラスを空にするお母様に、そうよねと笑いながらお代わりを注ぐ。
「なあ、父ちゃん! おめえも愛の魔力なんて持ってねえよなぁ」
大声を出すお母様にヒヤヒヤするけれど、兵達は変わらずガーガーといびきをかいている。
お父様はブランデーをグビリと飲みながら、得意気に答えた。
「愛の魔力だとぉ? んなん有り余るくらい持っとるよ」
「ええっ!?」
危うくシャンパンを溢しそうになる。
「どういうこと? どうやって使うの? やっぱりキスしたりハグするの? ねえ!」
身を乗り出して問う私に対し、お父様は余裕たっぷりに、ちっちっと人差し指を振った。
「いんや、それじゃあダメだ。チュッチュしたり、チョメチョメするだけじゃあ、愛は伝わんねえ。愛はごご、ごごで伝えるんだぁ」
どんと胸を叩くお父様。
「ここって?」
「心、ハートに決まっとるべ。ごごからちゃあんと愛して、それを言葉にしねえと。いつまで経っても伝わんねえよ。オラもそれで、村一番の美人だった母ちゃんを射止めたんだから。なあ、母ちゃん?」
「んだんだ。ったく父ちゃんてばほんとに狩りがうめえんだからよ。出逢ってすぅぐ、愛の矢で射抜かれちまったぁ」
お母様もどんと胸を叩きながら、お父様をうっとりと見つめている。
……なんだ。愛の魔力ってそういうこと。
肩透かしを食らった気になるけれど、お父様の言葉には何か大切なことが含まれている気がした。確かに私達は、キスだのハグだの表面的な行為に必死すぎて、大切なことを見落としていたのかもしれない。
レッドもお父様の言葉に何かを考えている様子だった。
泥酔状態のお父様を軽々担いで、レッドは寝室へ向かう。お父様をベッドへ寝かせた途端、自分も隣に倒れ込み、ぐうぐうと仲良く寝息を立て始めた。
……疲れているのよね。最近あまり眠れなかったみたいだし。
何も出来ない私を守りながら、シュターレ国を一緒に旅してくれたレッド。無理やり国境を越えて、失礼極まりない皇太子とやり合って。今は毎日魔力と向き合っている。
ベッドサイドにランプを置き、彼の赤い前髪をさらりと分ければ、赤い睫毛がふさふさと生える瞼が見えた。
こうして目を閉じていると、“殿下” はどこにも見えない。何もかも、全部が、私だけの “レッド” だ。
苦しくなる胸。瞼を覆い隠すように、赤い前髪を額に戻した時、ぷるぷるの唇がそっと開いた。深いブランデーの香りと共に、切なげな声がふわりと漏れる。
「リリー……愛しとる。……愛しとるよ」
酔っ払いのしょうもない寝言……そう思うのに、嬉しくて涙が溢れてしまう。
顔なんて要らないから、もうこのまま一緒に帰ろうって言ってくれないかな。嫁になんて……王妃様になんかならなくていいの。側室でも愛人でも召し使いでも何でもいいから、ずっとレッドの傍に居たい。
「私も愛しているわ、レッド。たとえ離ればなれになっても……ずっと貴方を愛しているわ」
私の言葉に反応するように、赤い睫毛にも涙が滲む。熱いその瞼に、私はそっと唇を落とした。
翌朝、お母様と紅茶を飲んでいると、レッドが「おはようございます」と寝ぼけ眼で起きて来た。
「おはようございます、レッド様。すぐに朝食をご用意致しますね」
「ありがとうございます」
シェフの居るキッチンへ指示を出しに行くお母様。そのふくよかな背を見送り、レッドの顔を見た瞬間、目元の大きな変化に気が付いた。
切れ長の奥二重が、幅の広いくっきりした二重になっている。他のパーツに負けないくらい大きくて華やかなのに、少しだけ垂れた優しい目尻は、いかにもレッドらしい。
後は……青い瞳だけ。
本当にもう、瞳だけ。
ふわあとあくびをするレッドは、私の視線に気付き、ふと心配そうな顔をする。
「どうした? リリー。何かあったのか?」
傍に近寄り、頬に触れようとする優しい手を、咄嗟に払ってしまった。驚き、少し傷付いたような顔で固まるレッドに、私は感情を抑えながら淡々と言う。
「すごくお酒臭いわ。先に顔と身体を洗ってうがいしてきてちょうだい。朝食はそれからよ」
「……ああ、そうだな。ごめん」
使用人にバスルームへと案内されるレッド。部屋のドアが閉まった途端、ほろりと涙が零れた。
◇
両親との別れを惜しみながら、乗り込んだ帰りの馬車。慰謝料を全部降ろして軽くなったはずなのに、車内には行きよりも重い空気が立ち込めていた。
……原因は私。分かっているのに、落ちていく心をどうすることも出来ない。気を遣ってあれこれ話しかけてくれるレッドに、何とか返事をするだけで精一杯だった。
公爵邸へ着くと、皇室の紋章入りの馬車が偉そうに停まっている。
うげっ……殿下が来ているのかな。ただでさえ、今は話なんかしたい気分じゃないのに。
レッドに手を繋がれ、ほぼ引きずられながら玄関に入ると、殿下の従者から応接室へ行くように命じられる。……はあ。やっぱりね。
兵に通された応接室。そのテーブルにどんと置かれた物と、ソファーにドヤッとふんぞり返る殿下を見て、私達は固まる。
これでもかと積まれた花染めの布とショール……
ちょっ、ちょっと! 注文してからまだ一週間も経ってないのに! いくらなんでも、出来上がるの早すぎない!? 出来ちゃったってことは……




