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ヒロインの椅子はひとつだけ ~断罪された私が、あざとく愛を取り戻すまで~  作者: 木山花名美


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24 お前を愛することはない。

 

 一週間ぶりに会う殿下は、相変わらず美しいけれど、どこかやつれているように見える。

 随分待たされたけど、一応ちゃんと考えてくれたみたいね。よし、整理とやらがどうなったか、その答えを聴いてやろうじゃないのと、気合いを入れて向かいに座った。


 殿下はレッドを見て、ひくっと鼻を動かすと、あからさまに眉をひそめる。

 あらら、まだ臭うわよね。私はずっと同じ部屋に居たから慣れちゃったけど、殿下は辛いかも。潔癖症だし。

 なるべく息を吸わないようにしているのか、少しくぐもった声で、衝撃的な言葉を吐いた。


「リリエンヌ、お前を側室にしてやろう」



「……へ?」

「……あ?」



 側室、今側室と仰いました?


 何の前置きもなく偉そうに言われた為、レッドと同時に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 そんな私達に、殿下は少し苛ついた口調で続ける。


「お前を冤罪だったことにし、側室の地位をやると言っているんだ。お前の両親にも爵位と領地を再び与え、流刑地から首都に戻してやる。これ以上ない処遇だろう」


 それは……何の罪もない両親を助けてくれるのは、嬉しいに決まっているけど。


「私を側室なんかにしちゃってよろしいのですか?」


「勘違いするな。あくまでも側室という地位を与えるだけで、お前を愛することはない。……何度も考えたが、どうやってもラビニア以外の女を愛することなど出来ないのだ。たとえこの世界が歪もうとも滅びようとも、私は運命とやらを元に戻すつもりは一切ない」


 殿下は創造主ラビニアの方を向き、安心させるように彼女の手を握る。

 あのう……愛することはないって、酷いことを言われているのは多分私だと思うんですけど。フォローするのはそっちなの!?

 ふがっと開き始めた鼻の穴を、レッドが指で素早く塞いでくれる。こちらを見ずに的確に塞げるなんて……短期間で随分スキルアップしたわね!

 ちょっと臭いけど、ありがとう。



「……側室? しかもお飾りの? ふざけたことを言うな」


 イチャイチャする目の前の二人を睨みながら、レッドが静かに言う。静かだけど……その表情や敬語も使わないことから、相当怒っているのだと感じる。


「一週間もかけて出した答えがコレとは……はっ、聞いて呆れる」

「なんだと!?」


 殿下が噛みつくも、レッドは怒りを秘めたまま淡々と応じる。


「あんた、本当に皇太子か? 愛する女がよければ、他はどうでもいいって? 人の上に立つ器量は全くないな」


 その言葉に殿下は立ち上がると、無言で剣を抜きレッドへと向ける。彼も相当怒っているのか……鋭い剣先には、青い光がチリチリと跳ねている。


 ひいいっ! 刺激しちゃダメだってばあ!


「お飾りのまま後宮で年老いていくリリエンヌの気持ちを少しでも考えたことがあるのか。ああ、なら俺も、その女をシュターレ国の後宮に一生閉じ込めてやろう。……どうやっても愛することなど出来ないが。決して。絶対に」


 剣を構える殿下と、赤い炎で迎え撃とうと手をかざすレッド。私と創造主が慌てて止めに入り、何とか事なきを得た。

 もうっ! 何で男の人ってこんなに血の気が多いのかしら。

 男達の荒い呼吸が収まり、気まずい沈黙が流れる中、私は出来るだけ可愛い笑顔を作り殿下へ向かう。


「あの……私、お飾りの側室でも構いません」

「リリー!」


 悲痛な声で叫ぶレッドを一旦無視し、明るく話し続ける。


「私からラビニア嬢へ愛が移ったように、また私を愛してくださる可能性だってゼロではないでしょう?」


「いや、ゼロだ」と言い切る殿下に、またユラユラと火種を創るレッド。こんなこともあろうかと、持ってきた扇子でさりげなく掌を扇ぎ消火した。


「たとえ愛してくださらなくても、私が殿下をお慕いしているのですから。お傍に居させていただければそれで充分ですわ」


 くうっ、我ながら泣けちゃう!

 白薔薇の令嬢らしい、健気な答えじゃない?


「嘘……嘘よリリエンヌ。貴女は本当は」


 言いかける創造主をしっと制すると、再び殿下へ向かう。


「その代わり、両親の身分をすぐにでも回復していただけますか?」

「ああ、二言はない。早速首都へ呼び戻そう」


「ありがとうございます。では、両親の無事を確認するまで、引き続きこちらへ滞在させてください。今まで通り、三食フルコースに極上スイーツ、可愛いドレスにアロマバスにボディマッサージ付きで。あ、あと……シュターレ国王にも沢山ご迷惑をおかけしてしまったのですから、お土産を用意してください。私へ下さったコートと同じ、最高級の花染めの布を。他にもお世話になった方達に差し上げたいので、それで女性もののショールを二枚仕立ててくださいな」


「図々し……いや、そのように取り計らおう。少々時間は掛かるかもしれないが」

「構いません。ゆうっくり待たせていただきますわ」


 私は仕上げに、白薔薇の微笑をふわりと浮かべた。




 何か言いたげなレッドの腕を引っ張り、強引に応接室を出ると、すぐに創造主が追いかけてきた。


「リリエンヌ! どうしてあんなことを言ったの? 本当は側室になんか」


「なりたいわ。側室でも愛人でも。……ごめんなさいね。貴女には悪いけど、私やっぱり殿下のことを愛しているみたい」


「リリエンヌ」


「運命がちゃんと元に戻るかも分からないし、ここで贅沢に暮らしている内に、何だか面倒臭くなっちゃったの。だったら殿下の提案通り、側室にしてもらうのが一番じゃない? という訳で……レッド。私ももう運命を戻す気はない。悪いけど顔は諦めて、一人でシュターレ国へ帰ってちょうだい。殿下からお土産を受け取ったら速やかにね」


「リリー……」


「さっ、側室になるんだから、お顔も身体もしっかりケアしなきゃ。あんな寒い国を歩き回ったせいで、もうお肌がガサガサよ! 貴女のせいなんだから、最高級の化粧品をたーっぷり揃えてよね」


 呆然とする創造主にそう言うと、もっと呆然とするレッドの背を押し、二人の部屋へと戻った。

 ドアを閉めるや否や、レッドは私の肩を掴み叫ぶ。


「……どうして側室でいいだなんて言ったんだ! いい訳がないだろう!」

「油断させる為よ。時間稼ぎをしている間に、レッドダイヤの魔力を使って運命を元に戻しちゃいましょ」

「時間稼ぎ?」


 私は肩から大きな手を取ると、熱い掌を撫でながら説明する。


「 “燃焼” の方は問題なさそうだから、“復元” も試してみましょうよ。勝手にね」

「お前……最初からそのつもりで」


「ええ。殿下に断られた場合に備えて考えていたの。諦めたふりをして、無理やり運命を戻しちゃおうって。打ち合わせしていなかった分、自然だったでしょう?」


「そうか……そうだったのか……」


 レッドは私の頭をくしゃりと撫でると、ほっと息を吐きながら笑った。


「意外と賢いじゃないか。空っぽなんかじゃないよ」

「でしょう? 今なら試験で満点が取れるかもしれないわ」


 私も得意気に笑うと、心地好い熱にすりすりと顔を寄せる。


「絶対に運命を戻して、ラビニアに貴方の顔を創ってもらうの。素敵な顔と名前をもらったら、彼女と二人でシュターレ国へ帰って、結婚して幸せになるのよ」


「……そうだな。絶対に運命を戻して、もう一度殿下にお前を愛してもらおう。他はどうでもいいだなんて、クソみたいなことを言われる程にな。お飾りの側室なんかじゃなく、愛される皇太子妃として堂々と隣に立つんだ」


 ……うげっ。殿下に愛されて皇太子妃になるくらいなら、お飾りの側室の方がいいかも。と思いつつも、それは決して口には出さない。

 とりあえず互いの目的と進む方向が同じだと再確認した私達は、深く頷き合った。



 ────とはいえ、魔力の使い方が分からない。

 レッドにとってはおまけみたいに些細な力だという復元の魔力で、どうやったら運命なんて大掛かりなものを元に戻すことが出来るのか。

 そもそもファメオ国で復元の魔力を使えるのか。使えるならどの程度の威力なのかを確かめなかければいけない。


 早速試してみましょうと言う私に、レッドは少し暗い顔で、鞄の奥から一枚のタオルを取り出した。ところどころ黒くなっているそれからは、もわっと生臭い臭いが漂い、咄嗟に鼻をつまむ。


「これ……魔獣の?」

「ああ。この間粘液をかけられた時に拭いて、これだけ洗濯に出さず取っておいたんだ」

「どうして? 洗えば少しはマシになるのに」


 その問いには答えず、彼はタオルへスッと手をかざした。ほんのり赤く光るもすぐに消えてしまい、タオルには何の変化も起こらない。


「復元の魔力?」


「ああ。怪しまれないように、こっそり何度も試していたんだ」

「やるじゃない! さすが王様、賢いのね」


背中をバンと叩くと、大きな身体をしゅんと縮こまらせてしまう。


「だけど……運命を戻すどころか、布の汚れすら元に戻せなかった。あんなに大口を叩いたのに、もしかしたら出来ないかも……すまない」


「そんな……諦めちゃ駄目よ! 何回も試してみましょ。二人で色々やってみれば、上手くいくかもしれないわ」


「……そうだな。よし、やってみよう。二人で」


 レッドは弱々しく笑うと、タオルへ向かい何度も復元の魔力を送り続ける。手の甲に血管が浮き上がる程頑張ってくれているけれど、やっぱり何も変化は起きない。物を変え、物がダメなら人で……と、わざと破いたり汚したりして色々試してみたけれど、結果は同じだった。



「……どうしよう」



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