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ヒロインの椅子はひとつだけ ~断罪された私が、あざとく愛を取り戻すまで~  作者: 木山花名美


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19/30

19 一触即発!

 

 この瞳……どこかで見たことがある。

 ああ、そうか……私がラビニアを魔力で傷付けてしまった時の、殿下の瞳と同じだわ。

 青くたって何だって、レッドの瞳はレッドだけの表情だったのに。こんな風に冷たいと、錯覚してしまう。


 だけど、殿下とは全く違う、肉厚の唇が確かに開いた。


「俺は……物心が付いた時から自分の顔が無くて……周りからは好き勝手な顔に見られて。きっとこの世界には要らない存在なんだと思っていた。だから、創造主が本当は俺の顔を創ろうとしていた、愛してくれていたんだと知った時は、涙が出る程嬉しかった。だけど……」


 レッドのムキムキの腕に力が入り、筋肉がピシッと音を立てる。


「あんたみたいな創造主に顔を創られる位なら、のっぺらぼうの方がずっとマシだ。今はそう思うよ」


 今後は創造主の顔が、ピシッと引きつる音がした。


 なっ……何言ってるの!!

 せっかく此処まで来たのに……機嫌を損ねて顔をもらえなかったらどうするのよ!


 私も慌てて立ち上がり、シャツが弾けそうな程筋肉が盛り上がった腕をくいくい引っ張る。

 それでもレッドは微動だにせず、冷たく創造主を見下ろしたまま、鋭い言葉を放ち続ける。


「トーコとやらがどんな酷い女だったかは知らないが、他人の痛みを考えないのはあんたも一緒だろ。勝手に創って、勝手に恨みをぶつけて……そんな奴が創造主だったことに、心底幻滅した。リリエンヌはもう、あんたの創作物でも所有物でも何でもない。この世界にたった一つの、大切な命なんだよ」



 胸がきゅんとして、鼻がツンとして、目がじんとする。


 ……レッドも私を大切だと思ってくれているの?


「さっき、リリエンヌが俺を取り込んだの何だのと言っていたが……リリエンヌを助けて、今此処にこうして居るのは間違いなく俺の意思だ。寂しい夜の冷たい雪の中を、小さな女が一人ぼっちのくせに、散歩でもしているみたいに楽しそうに歩いて。鼻水だらけで不細工で頭空っぽなくせに無駄にキラキラして……一緒に居たら退屈しないんじゃないか、キラキラした何かを自分も見つけられるんじゃないかって。……そんな気がした。

 もしあれがリリエンヌじゃなく、あんたやラビニアだったら、後を付いて来たって遠慮なく追い払っていただろう。いや、魔鳥や魔蛇の餌にしたかもしれないな」


 ひいっ! 何てこと言うの!

 これ以上ご機嫌を損ねちゃ駄目よ!


「俺にとっては、あんたの方がよっぽど悪女だ。リリエンヌを幸せにする為に、どんな手段を使っても殿下は返してもらう」


 私を……そりゃ幸せになれたら嬉しいけど…………あれ。

 私の幸せって何だろう?


 その時初めて、自分の幸せと殿下が結びつかないような、自分の心の層がズレているような、そんな気持ち悪さを感じた。



「貴方……すごく怒っているのね。顔がないのに、ちゃんと伝わるわ」


 はっと創造主の顔を見れば、私の心配を余所に怒るでも嘆くでもなく、ただレッドを見上げ頷いている。

 そういえば彼を初めて見た時から、“まだ顔がないの?”って訊いてたわね。創造主には誰の顔でもなく、のっぺらぼうに見えているんだわ。


 そうよ……顔! これ以上レッドが何か失言する前に、顔をもらっとかなきゃ。レッドの幸せは顔なんだから!

 ……私の幸せは複雑そうだし、一旦置いておこう。


「あの……創造主さん、私を嫌いでもいいから、レッドに顔をくれない? さっきはつい興奮して、のっぺらぼうのままでいいだなんて言っちゃったみたいだけど……彼はね、本当は貴女に顔をもらう為に、必死で此処まで来たのよ。あっ、殿下のことはとりあえず保留でいいから、彼の顔優先で、ね?」


「おい! 何言ってるんだ! 殿下優先に決まってるだろ!」

「殿下は複雑そうだから、後回しでいいわよ! ……ご機嫌を損ねる前に、顔だけチャッチャともらっちゃいましょ」


 背伸びしてこそっと耳打ちしたにも拘わらず、大声で返答される。


「顔なんか後回しでいい! 何の為に此処まで来たと思ってるんだ!? 複雑なら、俺が力ずくでチャッチャと奪い返してやるから」

「力ずくでって……まさか炎で燃やす気じゃないでしょうね!?」

「抵抗するならあり得る」

「ちょっと! 殿下は魔鳥じゃないのよ!? あんな国宝級のイケメン、燃やしちゃったらもったいないじゃない」

「イケメン…………はっ! 熱で溶かしてツルツルののっぺらぼうにしてやる。俺とお揃いだ」



「あの……」と遠くで創造主の声が聞こえている気もするが、それどころじゃない。

 ぎゃあぎゃあと口論を続けていると、バンとドアが開き、凄まじいオーラが室内へ充満した。


「ラビニア!!」


 地響きのような足音と共にこちらへ駆け寄り、立ち上がったラビニアを抱き締めたのは────

 ほんの数日前まで、よく見ていた顔だった。


「殿下……っ」


 腕の中が苦しいのか、少し吐息交じりの声を出す創造主。あら、意外と可愛いのね、なんて思っていた次の瞬間、殿下は彼女を片腕に抱いたまま、私達へ向かい手を伸ばした。その掌には、青い光がチリチリと、稲妻みたいに飛び交っている。


 ……青薔薇の魔力だわ!! ひいっ! 今度こそ命まで消されちゃう!


 カチンコチンに固まる私をサッと片腕で抱き寄せ、殿下へ向かい手を伸ばすレッド。その掌には、赤い炎がユラユラと燃え盛っている。


 この状況……一触即発じゃない! 青と赤、どっちが強いのかしら。ちょっと見てみたい気もするけど……なんて、ダメよリリエンヌ! 今は好奇心を封印しなさい! 平和が一番!


 目を覆いながらも指の隙間から交互に眺めていると、青い光が弱まったのに気付いた。殿下の青い瞳が、レッドへ釘付けになったまま見開いていく。


「……兄上?」


 ……あっ! もしかして、レッドの顔が亡くなったお兄様に見えているのかしら。

 その様子にレッドも赤い炎を弱め、冷静に言った。


「残念ですが違います。貴方が見たい顔を、私に重ねているだけです。よくご覧ください」


 レッドの額に浮かぶ赤い紋章に呼応するように、殿下の額にも青い紋章が浮かび上がる。

 紋章を確認すると、殿下は我に返り、警戒心を強めて言い放った。


「……シュターレ国王ともあろう方が、追放した罪人を伴って許可もなく入国されるとは。国際問題にでも発展させたいのですか?」


「そちらこそ、随分と刺激的なご挨拶ですね。命からがら、初めて貴国へ訪問したシュターレ国の王に向かって」


「何?」


「この世界の設定上、許可も取りようがないので少々強引に入国させていただきました。我がシュターレ国は、許可などお取りいただかなくとも、いつでも殿下のご来訪を歓迎致しますが。……国境を越えられるなら」


「国境……」


 思うところがあるのか、殿下は険しい顔で言葉を呑み込む。レッドは掌の炎を消すと、やや声のトーンを下げて続けた。


「争う為に国境を越えた訳ではありません。まずはリリエンヌの話を聴いていただきたい」


「リリエンヌ……」


 レッドから私へと視線を移す殿下。ずっと好きだった、殿下自身の本物の青い瞳。胸の奥の砂粒みたいな何かが、とくんと跳ねるけど……

 汚いものでも見るように歪められた顔に、それは凍りつく。


「お前……白薔薇の魔力がないのに、どうやって男を絆したんだ。シュターレ国王を取り込んで戻って来るとは……しぶとい悪女だな。一体何を企んでいる」


 凍った最後の何かは、ひび割れて完全に消えてしまった。

 欠片を探そうともせず呆然としていると、レッドが呆れたように笑い出した。すかさず殿下がそれに噛みつく。


「何が可笑しいのですか?」


「いえ……ラビニア嬢といい、貴方といい、随分と失礼なことを仰るものだと思いましてね。私の妻……つまり一国の王妃となる女性に」


 ……つま。おうひ。

 つまは妻。おうひは王……妃?


「絆すだの取り込むだの悪女だの、それこそ国際問題にも発展する暴言だ。……そう思わないか? 愛しのリリー」


 愛し……の……リ……


 私の腰をぐいと引き寄せ、肉厚の唇を耳に寄せながら、髪をくるくると指で弄び出すレッド。

 さっきの“とくん”なんて比じゃないぐらい、心臓がどくんどくんと暴れ、目がぐるぐると回り出す。


「まさか! 追放された罪人を妃に迎えるおつもりか!?」


 殿下の問いにも動じることなく、レッドは自分の襟からクラヴァットを引き抜くと、私の髪を再びそれで結ぶ。


「もちろん。罪人だろうが何だろうが、私はリリーに溺れていますからね。こんな風に、大切な紋章入りのアクセサリーを身に着けさせて、自分のものだと証明したくなるくらい」


 話の合間にも、額やら頬やらに、絶え間なく降ってくるぷるぷる。

 顔が熱くて溶けちゃいそう……このままじゃ、私がのっぺらぼうになっちゃうじゃない。


「だが……もしかしたら、私のリリーに対するこの想いは、単なる錯覚かもしれない。貴方のラビニア嬢に対するその想いも」


「……どういう意味だ」


「この世界は今、大きな運命の歪みが生じている。原因は、貴方の腕の中にいる、そのラビニア嬢だ」


「ラビニア?」


「私達を掻き乱した責任を取って、殿下にも全て話してくださいませんか? 貴女に少しでも良心があるのなら。ラビニア嬢……いえ、創造主さん」



 穏やかだけど、有無を言わせぬレッドの口調。

 皆の視線が、戸惑う創造主の元へ一斉に集まった。


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きゃ~っ! 告白よぉ! もう、レッドって頭に血が上りすぎて何言ってるか解ってないんじゃないの!?
[良い点]  レッド!!  最初から最後まで。本当によく言ってくれました…!  そうですよね。リリエンヌはリリエンヌですもの。  他の誰でも何でもない。  少し冷静になって話せば見えてくるはずなのに…
[良い点]  あっちもこっちもピシピシと!  レッド……リリエンヌのことが大切だということがよく伝わってきます(*´-`)  殿下と対面したことでリリエンヌの気持ちは、はっきりと。そこにレッドの発…
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