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ヒロインの椅子はひとつだけ ~断罪された私が、あざとく愛を取り戻すまで~  作者: 木山花名美


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17/30

17 楽しかった

 

 幸い森には兵の姿はなく、難なく街へと抜けることが出来た。

「兵を置く必要がないからだろうな」というレッドの言葉に、私もそうねと頷く。


 ファメオ国から、ラビニアを追放する為だけに作られたシュターレ国。本来ならば、こうしてシュターレ国から入国する者も、ファメオ国から出国する者も居ないからだ。



 カラフルな煉瓦屋根の店が並ぶ街並みには、大勢の人々が行き交う。小鳥のさえずり、色とりどりの花、日差しに輝く噴水。

 汚れた靴で美しい石畳に立ち、それを眺めていると、喜びよりも哀しみに襲われた。

 自分一人が居なくても、この国はこんなにも明るく、幸せそうに動いている。お前が居なくても何も変わらない、もうお前は必要ないのだと、そんな風に言われているようで……


 頭の温もりにふと顔を上げれば、レッドが優しい顔で私を見下ろしていた。


「どうした? 安心して腹が減ったか?」


 大きな手で、つむじをぐしゃぐしゃと掻き回される。

 もう……せっかく可愛く結んでもらったのに。

 目が熱くなって、鼻がツンとして……きっと不細工なんだろうなとそっぽを向く。


「何処かでおやつでも買ってやろうか? 非常食はペラペラの蝶々に変わっちまったしな。あ、でも出汁なら取れるか」


 レッドの言葉に、くるくるの口とうねうねの触角を伸ばし威嚇するローズ。

 凍りかけていた心が温かくなり、気付けばふっと笑みが溢れていた。



 風に乗って、ふと漂う甘い匂い。山吹色の屋根の店を見れば、ショーウィンドウ越しに沢山の菓子が並んでいた。薔薇の形をした、大好物の祖国の伝統菓子が目に止まり、じゅるっと涎を啜る。思わず張り付いて覗き込んでいると、ガラスに映る自分の姿にはっとした。


「そういえば……私、顔を隠さなくて大丈夫かしら。知っている人に会ったら通報されるかも。眼鏡とか……帽子とかスカーフとかで変装した方がいいんじゃない?」


「そっちの方が目立つだろ。大丈夫、堂々としてろ」


 レッドはそう言いながら、荷物から財布を取り出す。

「さ、どれを食べたいんだ?」



 彼の言葉通り、そんな心配は杞憂に終わった。チラチラと投げ掛けられる視線は、私ではなく、全て彼へと向けられたものだったから。


「……兄さん!」


「貴方!」


「リュー!」


 やはりこの国でも、人々はレッドの顔に、誰かの顔を重ねる。それは亡くなった人が多いのか、他人の空似だと説明すると、さほどごねずに去ってくれた。



「シュターレ国と違って、人が多いからうざったいな。俺の方が顔を隠した方が良さそうだ」


 大通りを外れ、木陰に腰を下ろしたレッドは、少し疲れて……そしてとても哀しそうだった。

 私は鞄から手鏡を取り出すと、だらんと垂れた大きな手に握らせる。


「唇、見るでしょう?」


 鏡を覗いたレッドの顔に、ぱっと明るい笑みが差す。


「いいな……すごくいい。この口も、どこかの誰かのじゃなくて、俺だけのものなんだろう?」

「そうよ。そんなぷるぷるの唇、見たことない。貴方だけのものよ」

「そうか……嬉しいな」


 愛しげに自分の口元に触れている。

 本当にこの人は……私が勝手に見ている顔に、一度も文句を言ったことがないわ。ああ、殿下の顔の悪口なら言ってたけど。そこまでいい男じゃないとかなんとか。


「ねえ、貴方は、こんな顔がいいとか好みはないの? ラビニアに会ったら、好きな顔を創ってくれるかもしれないから、今のうちに考えておいた方がいいわ」


「……特にないよ。お前が見てくれる、俺だけの顔なら、何だって好きだ」


 いつもみたいに頬をつまむんじゃなくて、優しく撫でながら、余った親指で私の唇をなぞる。

 熱い……なんて熱いの。なぞられた部分が、トロトロ溶けてしまうみたい。

 なんだかいけない気がして、両手でレッドの頬っぺたをむにっとつねれば、熱い指を離してくれた。私はさっき買ってもらった菓子を袋から取り出し、ぱくりと口に入れる。


 ほろほろ溶ける優しい甘さと、薔薇の香り。

 美味しい……すごく美味しい、けど……思ったほど感動はないわ。


「旨いか?」


 微笑むぷるぷるの口に、思わず「はい」と食べかけの菓子を差し出してしまった。

 私ってば……王様になんと無礼なことを。ほらほら、また顔が赤くなっていく。でもこれは、怒っている訳じゃないって言ってたかしら。じゃあ、一体なんなの?


「……せっかく買ったんだから、お前が全部食べろ。俺はこれでいい」


 そう言うと、私の下唇から何かをつまみ、自分の口に放り込んだ。それ、まさか……!


「うん、旨いな……優しい味だ」


 にこっと広がる口元に、心臓が跳ねる。

 やだ……そんな汚いもの……食べかけより酷いじゃないの。

 熱くなった舌の上で、残っていた欠片がほろりと溶け、強烈な甘味が広がった。


「あーあ」と言いながら、草の上に仰向けに寝転がるレッド。真っ赤な顔の上をそよそよと流れる風に、心地好さそうに目を細めている。


「この国は綺麗だな。あんなに青い空、見たことがない」


 私も同じように隣に寝転がり、幼い頃から見慣れているはずの空を見上げる。たったの数日離れていただけなのに、それは高く、遠く感じた。


「シュターレ国だって綺麗じゃない。空も地面も真っ白で、空気も澄んでいて。追放されたばかりの頃は、寒いし何もなくて最悪だと思ったけど、毛皮とブーツと貴方が居ればなかなか素敵よ」


「……そうか?」


「ええ。魔鳥と盗賊は大嫌いだけど、貴方が守ってくれるなら、スリル満点で面白いわ。出来れば魔蛇にはあんまり会いたくないけど」


 レッドの笑い声に誘われるように、ローズが空を泳ぎ、私の胸に止まった。花の蜜で満腹になったのか、細い手足で、ふんふんと腹を擦っている。


「それに、こんなに可愛いコにも会えたしね。貴方との旅は、とっても楽しかったわ」

「……楽し“かった”なんて言うなよ。まだ続いているのに」

「そうね……そうよね」


 どちらからともなく、空から互いへと視線を移す。

 赤い眉毛は下がり、赤い睫毛は哀しげに揺れている。青い瞳のその奥は、今にも泣きそうに見えた。

 そんな彼を見ている私は、今、どんな顔をしているんだろう……


 成功しても、失敗しても、この旅の終わりはきっと近い。


 横向きに向かい合ったまま、レッドは手を伸ばし、いつもみたいに私の頬をつまんで笑う。

「なんだよ、そんなにうるうるしたって、俺は絆されないぞ」


 ……分かってるわよ。どうせ不細工なんでしょ?

 ラビニアは、私とは全然違うタイプのキリッとした美人だから、きっと気に入るわよ。


 ふんと起き上がり膨れていると、くたびれたワンピースのスカートをつんと引っ張られる。


「……これから何処へ行く? さっそく殿下の所へ殴り込みに行くか?」

「いいえ。まずはラビニアに会いに行くわ」



『中身だけが別人になったってことね?』

『そうだ。そのことが周りの人間関係に影響を及ぼし、道を歪め、あんたの運命と入れ替わった』



 最後に会った時のラビニアのオーラは白かった。占いのお婆さんの言う通り、もし別人なら……優しい人なら……ちゃんと話せば分かってくれるかもしれない。たとえ失敗して、運命は元に戻せなかったとしても、レッドの顔だけは創ってくれるかもしれない。

 せめてそれだけは成功するといいんだけどな。私だけじゃなくてみんなが、レッドにレッド自身の顔を見て欲しい。




 その後、二人と一匹は貸馬車に乗り込むと、ラビニアの住む首都のレイアラス公爵邸を目指す。その日の夕方に隣街へ着くと、宿で一泊し、気力と体力を温存することにした。

 いよいよ明日の昼頃には、ラビニアと対峙する予定だ。


 無事に会えるといいんだけど……会ってくれるかな。




 予定より少し早く、翌日の昼前には公爵邸に到着した。

 国境の兵にも負けない、厳つい兵らが、立派な門を守っている。広い背中にこそこそと隠れる私とは対照的に、レッドは全く怯むことなく、優雅な足取りで近付いた。


「私は隣国、シュターレ国の国王だ。ラビニア・ノワレ嬢にお逢いしたい。身分を証明する王の紋章ならここと……」


 私の髪から、するりとクラヴァットがほどかれる。


「ここにも」


 クラヴァットの刺繍と同じ紋章が、レッドの額に赤く浮かび上がっていた。


 顔を見合せ、戸惑う兵達。その内の一人が屋敷へと駆け込んだ僅か数分後────

 ラビニア嬢が、息を切らせながら早足で姿を現した。レッドを見るなり口を押さえ、悲痛な声で叫ぶ。


「貴方…………! まだ顔がないの?」



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なんだかもうファメオ国の攻略対象さんはどうでも良くなってないかい、リリエンヌ嬢。 いかにも原作者なセリフを口にするラビニア嬢。やはりその中味は…………。
[良い点]  傍から見ると、いい感じのふたりですよね♡  レッドはもう自覚していると思うのですが、リリエンヌは……。    もうすぐ旅も終わっちゃう……。  レッドの顔のこと、殿下のこと。解決するた…
[良い点]  レッドのためにラビニアに会いにいくリリエンヌ。  リリエンヌのために殿下に会いにいくレッド。  お互いを思いやる気持ちがフィルターとなってしまって。傍目に透ける特別に気付かないもどかし…
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