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ヒロインの椅子はひとつだけ ~断罪された私が、あざとく愛を取り戻すまで~  作者: 木山花名美


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14/30

14 顔が見える

 

 笑い続けるレッドの頬をガシッと掴み、爪先立ちでずいっと顔を近付ける。

 見間違いじゃない……

 鼻がぶつかる程近くで見ても、やはり彼の眉と睫毛が、髪と同じ赤に変わっている。昨日までは、殿下のブルーブラックだったのに。


「うわっ」


 私の鼻息に驚いたのか、レッドがのけ反り、バランスを崩してしまう。


「きゃっ」


 背中から絨毯に倒れるレッド。私も一緒に、彼の上に乗っかる形で倒れてしまった。

 逞しい胸の上。痛みは全くないのに、背中と腰に回された太い腕が、熱くてじんじんする。

 これ……まるで抱き合っているみたいじゃない?


 胸に伏せていた顔を上げれば、ぱちりと目が合い、彼の首から顔にかけてが、みるみる赤く染まっていく。


「ごっ、ごめんなさい!」


 大変……相当怒っているわ……

 一緒に国境を越えるという大仕事が待っているんだから、友好な関係を築いておきたいのに。お城へ帰っちゃったらどうしよう!

 慌ててどこうとするも、力強い腕から抜け出せない。よく見れば、彼は瞬き一つせず硬直していた。


 ……もしもし?

 頭を打ったのかと心配になり、赤い睫毛を指でくすぐってみる。するとやっと瞬き始め、「あっ」と言いながら腕を緩めてくれた。


 ムキムキの身体から転がるようにしてどくと、彼はのそっと身体を起こしその場に縮こまる。自由になってもまだ収まらない赤い顔を、手で覆っていた。


「背中大丈夫? 私、意外と見た目より体重があって。ほんとにごめんなさいね」

「いや……自分で転んだんだし」


 あら、怒っている訳じゃないの?


「眉毛と睫毛も赤くなっていたから、つい近くで確認したくなっちゃったのよ。驚かせてごめんなさい。その色、貴方らしくて素敵だけど、ますます殿下の青い瞳とは合わなくなってきたわね」


「眉毛と……睫毛も?」

「ええ。髪と同じ赤よ」

「……知り合いには居ないか?」

「もちろん。髪と同じで、初めて見る珍しい色よ」


 彼は眉と睫毛の辺りを触りながら、ため息を吐く。


「俺にも見えたらいいのにな……君の見ている顔が」

「そう?」

「ああ。だって、他の誰でもない、俺だけの顔なんだろ?」

「そうよ。なんとなくのイメージで、勝手に赤に見えているだけだと思うけど」

「それでも嬉しいよ」


 笑顔と共に下がる赤い眉は、派手なのにとても哀しい。

 レッドはテーブルに腕を伸ばすと、夕べローズにリボンを着けた時に使い、置きっぱなしにしていた手鏡を取った。くるりとひっくり返し、自分の顔を覗いている。


「大丈夫よ。きっとラビニアに会えば、素敵な顔をもらえるわ。私はその赤が似合っていると思うけど、もしかしたらもっといい色が……」


「赤だ」


「え?」


「髪が……眉が、睫毛が、赤く見える!」


 リリエンヌは彼と共に手鏡を覗き込む。


「顔が見えるの?」

「……ああ! 目は青で、鼻はつんとしていて、唇は薄くて女みたいな色だ。で、輪郭は細い。お前の見ている顔と同じか!?」

「そうよ。毛以外は全部、殿下の顔よ」


 レッドは手鏡を持ったまま、部屋の隅に立て掛けてある姿見に移動する。少し埃を被っているそれに自分を映し、顔をペタペタと触っては、手鏡を覗く。その一連の動作を数回繰り返した後、ゆっくり私へ振り返った。


「のっぺらぼうだ……こっちの手鏡では顔が見えるのに、姿見ではのっぺらぼうだ」

「そうなの?」

「ああ……周りから見たらどうなんだろう。お前以外の」


 その時、丁度タイミング良く、ノックの音が部屋に響いた。




「うーん、私にはやっぱり、亡くなった主人の顔にしか見えないねえ。相変わらずいい男だよ」


 朝食のスープ鍋を暖炉の火にくべたマリーンさんは、レッドを見て惚れ惚れと言う。


「そうか……」


 一緒に姿見と手鏡も覗いてもらったが、やはりどちらも夫の顔に見えるらしい。

 レッドは少しがっかりしたような……それでいてほっとしたような、複雑な表情を浮かべていた。


 私が見ているレッドの姿を、レッドだけがこの手鏡で見られるということ? 不思議ね。



「そうそう、お嬢さんにあげたい物があるんだよ」


 マリーンさんは部屋のクローゼットを開けると、中からふわふわの何かを取り出した。


「……毛皮」

「そう。若い時に、主人にもらった物なんだ。古い物だから少し色褪せてはいるけど、もったいなくて一度しか着ていないから、状態はいいと思うよ」


 薄い灰色の毛皮のコート。襟元にチェリーピンクの大きなリボンが付いている、可愛らしいデザインだ。

 マリーンさんはボタンを外すと、私の肩にふわっと掛けた。


「ああ、可愛い。サイズも丁度良さそうだ。私も昔は小柄で痩せてたんだけど、今はこんなになっちゃって」


 笑いながら、ふくよかなお腹をポンポンと叩く。


「コートを盗られたんだろう? 嫌じゃなかったら、これを着ていきな」

「でも……旦那さんにもらったんじゃないの?」

「いいのいいの。どうせもう着られないんだし。大切にしまいこんでいる内にさ……馬鹿だよねえ。お嬢さんに着てもらった方が、きっと主人もコートも喜ぶよ」


 袖を通してみれば、丈も身幅も自分にピッタリで。

 じわりと沁み入るような温もりが、身体を包み込んだ。

 ……だけど、これも本当は、ラビニアの為だったのだろうか。


「ありがとう。大切な物なのに」

「いいんだよ。大切だからこそ、少しずつ手放していかなくちゃ。どんな物にも、必ずお別れのタイミングがあるのさ」


 厚い毛皮が無くなって、少しゆとりの出来たクローゼットの扉を、マリーンさんは軽快に閉めた。


「さっ、パンが焼けた頃かな。あんた、吹き零れないように、スープ鍋見といてね」


 レッドに向かいそう言うと、部屋を出て行った。



 殿下のコートを失った時は、この世の終わりみたいに悲しかったけれど……もしかしたら、手放さなきゃいけなかったのもしれない。

 なんとなく、そんな風に思った。




 朝食を食べると、マリーンさんにお礼と別れを言い、雑貨屋を出た。

 柔らかい粉雪が風に舞っているけれど、まだ残っている魔獣効果と、もらったコートのおかげで全然寒くない。

 ポケットに入れられたローズは、頭だけぴょこんと出し、新鮮な雪にうねうねふんふんとご機嫌だ。


「ほら」


 当たり前のようにレッドに手を差し出され、私も当たり前のようにそれに手を重ね、歩き出す。

 あれ、何で手を繋ぐんだろう。……まあ、安心だしいっか! 胸のきゅうは気になるけれど。



「あの手鏡……魔泉に落ちていたことに関係があるのかもしれないな。何かの魔力が働いて」

「ああ、そうかも! でも、何で私が見ている顔が手鏡に映るのかしらね。私の持ち物だから?」


「……なあ」

 レッドはピタリと足を止め、冴えない顔で私を見る。


「お前は、あんな顔が好きなのか?」

「あんな顔?」

「殿下の顔だよ。そこまでいい男じゃないだろ」


「なっ……何言ってるの! 青薔薇の貴公子よ? 品があって、麗しくて……女性顔負けの美貌じゃない! 瞳をよく見た? あんな綺麗な瞳、殿下以外には見たことがないわ。殿下がイケメンじゃないなら、他の誰がイケメンだって言うの?」


 するとレッドは眉間に皺を寄せ、形の良い唇を尖らせる。

 何よ、その子供みたいな表情は……殿下のその顔には合わないわ。


 彼は私の手を引っ張り大股で歩き出すと、ぷいと横を向いたまま呟いた。


「……髪と眉と睫毛の色だけは良かった」

「でしょう? すぐに怒って赤くなる貴方にピッタリの、綺麗な赤よ」

「……怒って?」


 再び立ち止まり、怪訝な顔を向けられる。


「ええ。私が何かやっちゃった時、すぐに真っ赤になるじゃない。怒ってるんでしょ?」


「俺は……お前に怒ったことなんてないけど」

「じゃあ何で赤いの?」

「……赤いか?」

「ええ、すぐに赤くなるわ。さっきも倒れて上に乗っちゃった時に」

「それは……! あんなことされたら普通……大体、何で赤いと怒っていることになるんだよ」


 ほら、話しているそばからまた赤くなってきた。

 手鏡を見せてあげようかしら。


「だって、殿下も怒る時そうだったもん。使用人や側近に怒る時とか……あっ、私がラビニア嬢を傷付けちゃった時も。青いは氷みたいに冷たいのに、顔は燃えているみたいに真っ赤だったの」


 そこまで言って、段々と哀しくなる自分に気付く。

 あの時の殿下の顔は、一生忘れられないわ……


 しゅんと下を向く私の頭に、大きな手がポンと置かれる。


「なあ……本当に国境を越えるのか?」


 脈絡のない問いに顔を上げれば、レッドが切なげな顔で私を見下ろしていた。


「お前と、ローズと、一緒に城へ来てもいいんだぞ」



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殿下、顔を真っ赤にして怒っていたのか…………。 なんだかイメージが…………。
[良い点]  レッド。よかったですね。  今はまだここだけの『レッド』  足りないのは、きっと……。  マリーンさんの優しさと、その言葉に一歩進むリリエンヌ。  人の思いをちゃんと受け止めて自分で…
[良い点]  おおっ! だんだんと……!  髪、眉、睫毛も華やかですね。  でも、レッドだから似合いそうです。  手鏡にだけ。リリエンヌのものだから?    マリーンさんの言葉が深いなぁ……。 …
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