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ヒロインの椅子はひとつだけ ~断罪された私が、あざとく愛を取り戻すまで~  作者: 木山花名美


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10/30

10 失っちゃった

 

「へえ……」

「まだ若いぜ」


 そうよ、まだ17歳よ。それが何だっての!?

 一……二……三…………どうしよう、ガラの悪そうなのが五人も。

 そろそろと手を伸ばし、鞄の脇に置いておいた槍を掴んだ。


「ははっ! こいつ、やる気かよ」

「お嬢ちゃん、止めときな。大人しくしてれば傷はつけねえから」


 いやいやいやいや、傷()って、絶対よくないこと考えてるでしょう? 大人しくなんか出来っこないじゃない!


 眼球だけ動かし、辺りをさりげなく見回すも、赤い頭は何処にも見当たらない。


 もうっ! か弱い私がこんなにピンチなのに! 王様ってば何処行っちゃったのよ!


 心の叫びに答えるかのように、ドオンドオンと、空の何処かで爆発音が響く。


 そうか……王様は今、魔鳥あいつらと戦っているんだわ。こっちに来る余裕なんてないんじゃないの?

 槍を構える手が震え出し、汗がべっとりと滲む。そんな私を見て、男達はひっひっと下品に笑い出した。


「さ、それを捨ててこっちに来な。さもなきゃ味見しちまうぞ」

 二つに割れた蛇みたいな舌が、ペロリと舌舐りをする。


「あじっ……あじみって! 私は魔獣じゃないのよ!」


 ジリジリと近付く男達。ジリジリと後ずさるも、茂みに背中がぶつかり行き場を失う。毛むくじゃらの太い腕が伸ばされ、ぞわっと悪寒が走った。

 私ったら何でお風呂に入っちゃったのかしら……こうなるって分かっていたら、臭いままにしておいたのに。

 ええい……こうなったら!


 ギュッと目を瞑り、手に力を込めた。



 シュッ……


 重たい風が頭上を掠める。

 その直後、剣と何かがぶつかる音。誰かが走り回ったり倒れる音。そして野太い悲鳴。長いような短いような、とにかくそんな音が続いた後、辺りはしんと静まり返った。



 なんか……助かった? 目……開けていい?


「おい」


 頭上から低い声に呼び掛けられ、心臓が止まる。

 やだ! 助かってなかった!


「……おい! 止めろ、止めろって! 目を開けろ! 俺だ! 俺だってば!」


 ……俺?

 聞き覚えのある口調に目を開けると、王様が険しい顔で立っていた。


「お前っ……命の恩人を殺す気か! そんな物振り回して!」


 槍を振り上げたままの姿勢で、止まっている自分に気付く。どうやら恐怖のあまり、無我夢中で振り回し続けていたらしい。くたりと力が抜け、足元にカラカラと落ちた槍を、王様にサッと没収される。


「盗賊……王様がやっつけてくれたの?」

「ああ」

「魔鳥も?」

「ああ。まさか一遍に来るとは……遅くなって悪かったな。魔鳥は始末したが、盗賊は剣で追い払っただけだ。マリーンの店の近くで死体は出したくなかったからな。まあ、相当怯えていたから、当分この辺りには来ないだろう」

「……そう。ありがとう」

「マリーンの店には、何故か元々強力な結界が張ってあるんだが、それ以外の場所は魔鳥も盗賊も出入り自由なんだ。せめて魔泉の周囲だけでも張れたらと、何度か試したらしいが無理だったらしい」


 王様が何かを喋っているが、耳に入ってこない。急に恐怖から解放されたせいで、放心状態が続いていた。


「それよりお前、さっさと服を着ろ」


 槍を持ったせいで、いつの間にか落っことしていた服を、投げるように渡される。

 私ったら、下着姿で何人もの殿方の前に……! もしこんなことが殿下に知られたら、たとえ不可抗力だったとはいえ、幻滅されてしまうかもしれない。

 たまらず王様の背中に縋りついた。


「お願い! 殿下にはこのこと内緒にして? はしたないって嫌われちゃうかもしれないから」

「言わっ……言う訳ないだろ! いいから離れろ!」

「約束よ。ねっ!?」

「いいから、暑苦しいから離れろ! 後ろを向いててやる内に、とっとと着替えろ!」


 赤い髪の中の耳が、カッと赤くなる。

 ……そんなに怒らなくても。あんなに怖い思いをしたんだから、もう少し優しくしてくれたっていいじゃない。


 何だか無性に殿下が恋しくなる。服と一緒にコートも着ようと、鞄があった場所を見るも、そこには何もない。


「あれ……あれ?」


 さっきの騒ぎで茂みの下に飛ばされたかと、顔を突っ込んでみるも、やっぱり何もない。


「どうした?」

「鞄……鞄がないの!」

「確かに此処に置いたのか?」

「ええ、間違いないわ! どうしよう……」


 王様は少しだけその辺を探ると、肩をすくめて言った。


「……盗賊だな。どさくさに紛れて、鞄だけ盗まれたんだよ」

「そんな……! コートが入っていたのに!」

「仕方がない。きっともう…………おい!」


 王様の手から槍を取り返すと、やみくもに走り出す。

 嫌よ……大切なコートなのに……絶対に嫌!


 だけど茂みを越えた所で、力強い腕に呆気なく捕まり、後ろから抱きすくめられてしまう。


「何考えてるんだ! そんな格好で危ないだろうが! まだ魔鳥だって来るかもしれないんだぞ!」

「どうだっていいわよ! あのコートは……あのコートだけは絶対に駄目なの!」

「コートなんかより命と貞操を大事にしろ!」

「コートの方が大事よ!」

「馬鹿! 失ったら二度と戻らないんだぞ!」

「コートだって二度と戻らないわ! 世界でたった一つなのに……殿下からもらった大切な物なのに……うっ……うわあああん」


 涙が溢れて止まらない。王様はもう何も言わないけど、離してもくれない。ただ、優しく頭を撫で続けてくれていた。




「……探してみたが、やっぱりもう近くには居なかった。馬だから逃げ足が早い」


 あの後、泣きすぎてしゃっくりが止まらない私をマリーンさんの店へ預け、王様は盗賊の跡を追ってくれた。


 私は静かに頷く。

 もう二度と、本当にあのコートは戻らないのだと思うと、悲しすぎて涙も出ない。


「取り戻せなくてごめんな。もう一度あの辺りを探したら、これだけが魔泉に落ちてた」


 大きな手から手鏡を受け取ると、そこには自分の顔が映っている。目は腫れて、頬はむくんで、酷い顔。魔獣よりずっと不細工だ。

 魔鳥に食べられるか、魔蛇に生き血を吸われるか、盗賊に殺されるか。どうせ死んじゃうんだよ、殿下とお前が結ばれることなんてないんだから、もう可愛くなくてもいい。神様に、そんな風に言われている気さえした。


 この境遇が、たとえラビニア嬢と運命が入れ変わったからだとしても、世界は今、“私”を排除しようとしている。強力な何かに、押し潰されそうになっていた。




 気力が萎えてしまい、もうとても歩く気にはなれない私に、マリーンさんが今日はここに泊まっていくよう勧めてくれた。

「狭くて悪いね」と案内されたのは、倉庫代わりに使っているという離れ。荷物は沢山置いてあるものの、小さなベッドやテーブル、それに暖炉もある。昨日の洞窟を思えば、お城みたいな場所だった。


 床に座り、ぼんやり手鏡を見つめる私の前に、王様が湯気の昇るカップを置く。


「マリーンが淹れてくれたよ」


 温かいミルクティ。牛乳は嫌いだけど、これはとても美味しい。ふんわり優しい甘さに涙が零れた。


「鞄、俺が預かっといてやればよかったな」

「ううん……きっと、何処に置いても失くなっちゃったの。そういう運命だったの」

「よっぽど大切だったんだな。コートなんかより……なんて言って悪かった」

「……17歳の誕生日に、殿下からもらったの。布からデザインまで、私に似合うものを選んで作ってくれて。だから世界にたった一つなの」

「そうだったのか……」

「うん。でも……殿下はもう、あれを作ってくれたことも忘れているのかも。大切にしていたのは私だけで。だって、殿下が愛しているのは……」


 大きな両手が、むくんだ頬っぺたに触れる。

 慰めてくれるのかしら……と、その温もりに期待すれば、指でつままれ、びよんと引っ張られる。


「ふがっ!」


 思わず出てしまった間抜けな声に、王様はぷっと吹き出した。


「不細工だな。魔獣にそっくりだ」

「……違うわ。魔獣より不細工よ。もういいの。可愛くなくても」

「何でだよ。魔獣パワーで、もう一度殿下を絆してやればいいだろ?」

「無理よ……私……もう全然キラキラしてないもん……うっ……う……うわあああん」



 …………不思議。泣いても泣いても全然冷たくなくて、心の芯からぽかぽかする。

 ファメオ国の太陽よりも、温泉よりも、ずっと温かい。ここはどこだろう?


「大丈夫、お前はキラキラしているよ。追放された初日に、国王を絆して仲間にしたんだから。とてつもない強運の持ち主だ」

「仲間……なの?」

「一緒に旅してるんだからそうだろ?」


 ぽんぽんと背中を叩かれて、また涙が溢れてしまう。


「おっ、いいぞ。沢山泣いちまえ。泣いてよく寝れば、楽になってまた歩けるから」


 そうか……ここは王様の胸の中だ。頑丈で、壁みたいに逞しいのに、すごく優しい。


「楽になるまで歩かなくてもいい?」

「いいよ。ふかふかのベッドで、好きなだけ寝ろ」


 耳を当てると、王様の声が胸の中から聞こえてくる。

 だからかな……何だか殿下と声が違う。低くて……鼓膜にずしっと響いて……でも温かくて…………いい声……


 泣き疲れて瞼が重い。閉じて、次に開けたら、全部夢だったりしないかな。

 でも、王様が夢だったら、ちょっとだけ寂しい。本当の顔、私も見たかったなあ……






 はあ……お腹空いた。何処かに食べ物ないかな。

 あっ! あのうねうねした八本足と、ヌメヌメの三つ首は!

 ようし……今度こそ絶対に仕留めるわ! リリエンヌ、絶対に目を見ちゃダメよ?


 背後から……そうっと……そうっと……真ん中の頭を狙って……

 イケる! イケるわ! 魔獣…………覚悟お!


 うねうねうねうね


 ん? 何だか顔がくすぐったい。


 うねうねうねうね


 誰だか知らないけどやめてよ! 今大事な所なんだから!

 ああっ……ほら、どうしよう、魔獣が振り向いちゃう。ダメ……まだ気付かないで……オムライスにするんだからあ!!




 うねうねうねうね……


「うう……くすぐったい……もうやめてってば。あんたのせいでオムライスを食べ損なったじゃないの」

「ふん?」

「ふん? じゃないわよ。“ごめんなさい”でしょ?」

「ふんふんふん」

「もうっ! ふざけないで……」


 がばっと身体を起こすと、小さい何かがポトリと枕に落ちた。


 うねうねの細い八本足に、ヌメヌメ鱗の小さな三つ首、そして……うるうるの豆粒みたいな十五個の目。

 これは……魔獣? の……子供?



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躍り食い。 そんな言葉が浮かんできた。
[良い点]  リリエンヌは取り敢えず戦う姿勢なのがいいですね!  なんとか危機を脱してほっとしたのもつかの間。  今度はのっぺらさんの危機?笑  コート、そういうことだったのですね。  リリエンヌに…
[良い点]  無自覚リリエンヌ!!  王様が不憫……。 『コートなんか』という王様も。  他と比べられないというリリエンヌも。  どちらも間違ってはいないのですよね。  リリエンヌにとって、コート…
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