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ヒロインの椅子はひとつだけ ~断罪された私が、あざとく愛を取り戻すまで~  作者: 木山花名美


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1 氷柱になる前に

 

「リリエンヌ・ローゼ嬢。我が婚約者を傷付けた罪により、そなたの魔力を封じ、ファメオ国より永久に追放する。今後一切この国に足を踏み入れること、また、関わることは許さない。万一禁を犯した場合には、家族諸共極刑とする」


 愛した……いいえ、まだ現在進行形で愛している男性ひとから告げられた、最悪の言葉。

 心を整理する間も、家族に別れを言う間もなく、小さな鞄一つで乱暴に国外へ放り出された。


 国境を振り返れば、厳つい兵らが無表情で自分を見下ろしている。幼い頃から武器にしていた『白薔薇の笑み』を浮かべてみるものの、彼らの眉はピクリとも動かない。


 ……なんでよ!

 ……あっ、魔力が封じられたから?


 諦めてすごすごと歩き出す。行くアテなんて何処にもないけど、とにかく歩きながら考えよう。


 それにしても……寒い。

 一歩国境を出れば、途端に息が白くなり、凍てつく空気が全身を刺す。


 今自分が立っている場所は、暖かいファメオ国とは正反対の国────

 冬と氷雪の加護を受ける、シュターレ国であることを思い知らされる。


 ずずっと啜った鼻水が、寒さからか涙によるものかは分からない。身体を包むのは、祖国の気温に適した薄いコートだけ。……限られた荷造りの時間で、咄嗟にコレを掴んでしまった自分が恨めしい。こんなんじゃなくて、旅行用の毛皮を一枚持って来くればよかったのに!


 もう一度だけ祖国を振り返れば、花が咲き乱れる色鮮やかな山々が、さよならも言わず、ただ冷たく広がっていた。




 春と花々の加護を受ける我が祖国では、神は特別な愛し子へ、薔薇の魔力を授けるとされている。

 薔薇の魔力を授かる者は非常に希で、その魔力の高さもさることながら、容姿や知能など多くの加護に恵まれる。


 愛と癒しの象徴とされる白薔薇の魔力を授かった私は、生まれつき愛らしく優しい美貌に恵まれていた。


 雪のように真っ白な肌に、ふわふわと舞う淡いストロベリーブロンドの髪。

 それと同じ色の大きな瞳は、いつも潤んでは魅惑的な輝きを帯び、少し瞬くだけで誰もがうっとりと絆される。

 華奢な身体には庇護欲をそそられるのか、少し躓くだけで、誰もが自分の元へ飛んで来て支えてくれた。



 白薔薇の主な魔力は治癒で、怪我や病気を癒すことが出来る。けれど……実はもう一つ、秘密にしている力があった。それは人の感情を、纏うオーラの色や濃淡から判断出来る力だ。


 求められている時には優しく寄り添い、必要がない時には距離を置き見守る。人の悲しみや怒り一つにも、柔軟に繊細に対応出来る、自分にとっては治癒よりも素晴らしい力だった。


 だから私は常に人の中心に居た。

 容姿も性格も、誰からも好かれ愛され……そう、皇太子殿下にも。

 ……愛されていたはずなのに。




 ううっ、涙も鼻水も凍りそう。氷柱つららになる前に拭かなきゃ。

 追放早々に凍死はごめんだと、必死に足を繰り出す。




 ……一方通行のいけない恋だとは分かっていたわ。だって、殿下には婚約者が居たから。


 でも、夜会で二人並ぶ姿を見て、すぐに分かったの。

 ああ、愛し合っていないんだって。


 殿下の婚約者、ラビニア嬢は、黒薔薇の魔力を持つ公爵令嬢だ。

 剣と不滅の象徴である、黒薔薇の主な魔力は攻撃。蔦や刺、毒を自在に放ち、敵を痛めつけたり命を奪うことが出来る。また、知能も非常に高い。


 男性がこの魔力を授かれば、有能な将軍となり活躍すること間違いなしだが、女性にはふさわしくないとされる激しい魔力だ。


 彼女の漆黒の瞳は、目尻が刺のように吊り上がり、見る者に威圧感を与える。高い鼻も血の色の唇もツンと尖り、つるのような黒髪が腰までぐるぐると伸びていた。

 それは柔らかく可憐な自分とは真逆の、鋭く近寄りがたい美貌だった。



 殿下の婚約者ということもあり、ラビニア嬢を表立って悪く言う者は居なかった。だけど、身分を笠に我が儘放題で、気に入らない者を魔力で容赦なく折檻する悪女……との噂が、陰では絶えなかった。


 実際夜会での彼女は、黒いオーラと豪華絢爛なドレスに身を包み、取り巻きの令嬢達を召使のように侍らせていた。

 殿下の地位を自分のものと勘違いしているのか、貴族や皇族ですら格下と見るなり傲慢な態度を取り続け、給仕などもはや奴隷と同等の扱いだった。


 まあそんなだから……

 娘が魔力を授かっただけで、平民から貴族に成り上がった我がローゼ家など、彼女にとっては虫けらも同然。


 取り巻きの一人が私と親しげに話していたことが彼女の逆鱗に触れ、ワインをかけられそうになったところを、殿下に庇ってもらった。


 それまでの振る舞いを、殿下に厳しく叱咤されたラビニア嬢は、怒りに震えながら広間を後にした。



「一曲踊っていただけませんか?」


 微笑みながら私へ手を差し出す殿下を、ピンク色のオーラが包んでいた。

 その時分かったわ……この人は、私に恋をしたのだと。

 殿下の大きな手に重ねた自分の手も、もちろんピンク色のオーラに包まれていた。


 その夜会以来、殿下はお菓子や花やちょっとした世間話を手土産に、頻繁に私の屋敷を訪れるようになった。


 殿下のこの行動は、夜会での騒動と共に瞬く間に社交界へ広まり、ラビニア嬢はじきに婚約破棄されると囁かれていた。


 ……私も、そう信じていた。

 彼女との婚約を破棄した後、私と正式に婚約してくれるものと。

 だって、恋愛感情を表す殿下のピンク色のオーラは、日増しに強くなる一方だったから。



 それなのに……

 何が起こったのか、未だに分からない。


 殿下は次第に私の元から遠ざかり、ついには、

『今まで勘違いさせて申し訳なかった。自分の婚約者はラビニア嬢ただ一人。彼女を傷付けたくないから、もう此処には来ない』

 と頭を下げられてしまった。


 えっ……えっ……どうして?


 戸惑う私の目に映った彼のオーラは、もうピンクではなく、平常時の穏やかな緑だった。


 別に愛を囁かれた訳ではない。自分が彼のオーラを勝手に見間違えただけかもしれない。

 必死に言い聞かせながら耐えた、その一週間後だった。

 夜会で、中睦まじげに微笑み合う二人の姿を見たのは……


 どうして? どうして?


 彼女のオーラはもう鬱憤や悪意を表す黒ではなく、清らかな白と、濃いピンクへ変わっていた。

 そして傍の殿下も……私と居た時より、もっと濃く、もっと鮮やかなピンク色に包まれて。


 その現実が、ただ悲しかった。

 悲しいままに二人へ近付いて、後はどうなったかよく覚えていない。


 皇太子の婚約者を侮辱し、魔力で身体を傷付けた罪で、気付けば投獄されていた。



 無と静けさの象徴である、最強の青薔薇の魔力を持つ殿下。

 愛する彼の手から放たれる沈黙の魔力により、私は全てを失った。ラビニア嬢を傷付けた魔力を全て封じられ、国外へ追放される羽目になってしまったのだ。



 悲しみとか、後悔とか、そういうものを通り越して……


 何かがおかしい。今自分が置かれている状況に、漠然とした違和感がある。だけど、それが何かは全く分からなかった。




 日が翳ると同時に雪まで降り出し、あまりの寒さにいよいよ手足の感覚が無くなってきた。

 僅かな金と荷物で、こんな極寒の国へ放り出すなんて。じわじわと苦しみ、死を待つ。実質上の極刑ということだろうか。


 パリパリと凍る睫毛の向こうに、二軒の店が見えた。

 一軒は煙突から煙が立ち昇る飲食店、もう一軒は……『占い処』の看板が。


 ここは迷うまでもなく、飲食店だろう。何か温かいものを腹に収めないと、本当に死んでしまう。交渉すれば、今夜一晩くらい泊めてもらえるかもしれないし。

 ……無理かな。

 今の自分は、見るからに追放されましたと言わんばかりの、薄いコート姿の怪しいよれよれの女だ。魔力も封じられ、人を絆すあの瞳の輝きも失ってしまった。最悪食事すら提供してもらえないかもしれない。


 それなら……今後を占ってもらおうかな。食べ物は、食べたらそれっきりだけど、占いは道標になる。

 生き延びるならその道を、死ぬなら少しでも良い死に場所を知りたい。


 もう正常な判断能力すら麻痺していたのかもしれない。

 温もりなど全く得られそうにない、怪しげな占い店のドアを、かじかむ拳で叩いた。


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