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94.一人三役の幼女

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 最近、私の中の()()()があぶなっかしい。

 いつもよくないことばかりかんがえている。


 私は光月(みつき)黒鉄(くろがね)ひかりの転生者だ。

 ひかりの魂が輪廻転生(りんねてんしょう)して私として生まれた。だから私は光月であると同時にひかりでもある。だから魂のレベルで結弦(ゆづる)が好きなんだと。そう思っていた。でも、そうじゃなかった。私は私で結弦が好きになり、ひかりはひかりのまま結弦が大好きで、だから私の好きとは違うんだろう。

 やっとわかった。


 そうして私はひかりと別れた。別人格となった。

 私の中には月光菩薩(がっこうぼさつ)様が守護仏として入っているので今の私、三歳幼女の中には3人の人格がある。月光菩薩様は解脱(げだつ)した(とうと)御仏(みほとけ)でわがまま言うことはないし、結弦は「一人三役の幼女最高っ!」て言ってくれるし、私にも不満はないけどひかりはどうなんだろう。

 ひかりは私の大好きな結弦を守って死んだって聞いた。その頃の結弦は覚醒前で普通の人の子だったから死んじゃったらそれきり、輪廻転生して別の人として生まれ変わるはずだった。

 だから結弦を守ってくれたひかりにはとても感謝している。


 結弦だってそう。

 ひかりの転生体である私のことを結弦はかわいがってくれていた。でも、それは私だからじゃない。私がひかりの生まれ変わりだからだ。私は知っている。結弦が本当に求めているのはひかりだということを。


「それに気付くのには勇気のいることだったでしょう」

 心の中で月光菩薩様がいたわってくれる。

「よくわかんないの……」

 それが正直なわたしの気持ちだ。

「光月はね。結弦が好き。月光も好き。ひかりも好きで小鳥(ことり)も好きなの。みんな大好きなの。でも結弦の好きとはなんか違うなって思ってた。ひかりの好きは結弦の好きと似てるなって思ったらわかったの。ひかりは結弦の特別で、結弦はひかりの特別なんだって……だから、私は結弦の特別じゃないんだって」

「特別でなくとも結弦は光月のことが大好きですよ」

 月光が私のことを(なぐさ)めてくれる。

 これってやっぱり……どうやら私は失恋したみたい……


「でもね。恋って素敵なことだよ」

「小鳥……」

 一番恋に悩み、苦しんできた小鳥が言うなら本当かもしれない。

 私も結弦を好きになってイヤだったことなんかない。ひかりがいてくれてとてもうれしい。いなくなってほしいなんて思わない。小鳥のことだって大好きだ。

「ん……光月、いい子」

 ヒルコちゃんがいい子いい子って頭を撫でてくれる。


「つまりはわたしがいなくなればいいってことだよね」

「ひかり!?」

 いけない……ひかりに聞かれちゃった。

「誰もそんなこといってないっ!」

 小鳥がひかりをしかる。

「みんなひかりのことが好きなんだよ。光月も私も……結弦も……だからそんなこと言わないでよ……」

 小鳥は……ひかりに遠慮して恋をあきらめた小鳥こそひかりの考えが許せないのだろう。


「そうですよ。結弦はどうなるのです。彼はいつも一人三役の幼女が最高っ!て言っているじゃないですか」

 月光……それはなぐさめになってないし、結弦が危ない人に聞こえるから止めて


「黄泉坂は好きな娘にも手を出せないヘタレ。だから今のひかりでも問題ない」

 ヒルコちゃんもそれだれもほめてないよね


「光月もひかりのこと大好きだよ。だからどこにも行ってほしくないよ」

「…………」

 やっぱりひかりは納得してくれない。


「ひかりはどこから聞いてた?」

「ごめん……聞いたら悪いとは思ったんだけど……光月がわたしのことを気にしてると思ったら止められなくて、つい……」


 私たちは一つの体に3つの魂が入ってる。それは例えればルームシェアしているようなもので、みんなでお話しするときはリビングに集まるような感じ。それぞれにお部屋を持っているけど耳をすませば部屋の中の声も聞こえちゃうくらい。

 月光は仏様なだけあって部屋の中の音は全然聞こえないけど、私やひかりはちょっと気持ちがゆれるとほぼ丸聞こえになってしまう。

 いちおう、マナーとして他人の心の声は聞かないことにしているけど聞こえてしまうものはしょうがない。

 同じ(身体)に住む月光は二人だけでお話したいときは私の部屋に来ることがある。普通の人には無理だけど黒闇天(くろやみてん)になった小鳥や蛭子命(ひるこのみこと)のヒルコちゃんはたまに私の部屋に遊びに来る。やはり神様は違うみたい。

 そんな私の部屋でわいわいしていたら隣の部屋のひかりにも聞こえちゃうのはしかたないと思う。


「そんなことはあやまらなくてもいいよ。でもね。光月もひかりのこと大好きっていうのを信じてもらえないのはかなしい……」

「ごめん……光月の気持ちはわかってる。それは疑ってない」

「じゃあ、なんでいなくなるなんていうの? 私やだよ。ひかりがいなくなるの」


 それでもひかりは悲しそうな顔をするだけだった。ひかりは私が思っていたことも月光の慰めもみんな聞いていたのだろう。


「光月の気持ちがわかってるっていうなら……あなたはなんでそんなこと言うのよ。結弦の気持ちだってわかっているんでしょ」

 小鳥が怒る気持ちもわかる。

 小鳥は結弦のことが大好きなのだ。無理矢理押しかけて家族として認めてもらって、でもそれ以上にはなれなくて、ひかりがいたから結弦の隣をあきらめたのだ。

 なのに、肝心なひかりが消えたいなんて許せるわけがないだろう。


「わたしだって()()()()が好きだよ。でもね。わたしじゃダメなんだよ。だってわたしは死んじゃったから。わたしは小鳥のように助けてもらえなかった!」

 それを言われたら小鳥は何も言えなくなる。


 閻魔大王(えんまだいおう)様になる前の結弦にはそんなことできない。

 結弦はそれでいっぱい苦しんだ。そんな後悔を繰り返したくなかったから小鳥を助けたのに……

 でも、それはひかりにとっては自分は選ばれなかった。小鳥が選ばれたと同じことなのかもしれない。


「それに地獄に落されたとき……賽の河原(さいのかわら)で鬼に責められた。ねえ知ってる? 親より早く死んだ子は賽の河原で消滅するまでいじめられるんだよ。延々と石を積んでは鬼に崩される。それが消滅するまでずっと続くの。それが浄化なの。そうしないと転生できないの。わたしは日色(ひいろ)さんに途中で助けられたけど、それでもいろんなことを忘れちゃった。ゆーくんとの大切な思い出も日常のささいなやり取りも思い出せないことがいっぱいあるの!

 ゆーくんがわたしを変わらず好きでいてくれるのは感じてる。でも、わたしは生前のわたしじゃないの。ゆーくんが思っているひかりじゃないんだから……だから、わたしは選ばれない……選んでほしくない……苦しいの! ゆーくんとの思い出を共有できないわたしは違うの! 選んでほしくないの! だってわたしはもう黒鉄ひかりじゃないんだから。それはもう、ゆーくんの思い出の中にしかいないの……」


「だいじょうぶだよ。結弦はそんなこと気にしない。だって結弦は思い出じゃなくてひかりが好きなんだから」

 泣きじゃくるひかりに私は声をかけた。黙ってなんていられない。だってひかりは私でもあるんだから。

「そうですよ。思い出はこれから作ればいいのです」

 御仏らしく月光が慰める。

「ひかりはひかりだよ。記憶をなくしてもひかりのままだよ。私の記憶のままのひかりのままだよ」

 中学の時のクラスメートだった小鳥がそれを保証する。

「でも小鳥はいいの?」

「うん、私も私の好きな人に精一杯恋したから悔いはないよ」

 私の大好きな人たちはみんなやさしい。


「みんな、忘れていない? わたし、死んじゃって体もないんだよ。光月の中に居候してるだけ」

 うん、そうだった……

「プ……プラトニックラブっていうのもありじゃないかな……あはは」

「ん……大丈夫。黄泉坂(よみさか)はヘタレだから、体があっても指一本触れられない」

 小鳥もヒルコちゃんも結弦のこと舐めすぎ。結弦はやるときにはやる男なんだから。

 まあ、3歳幼女には欲情しないだろうけど。というよりしてほしくない。


「つまり()()()()()が身体を取り戻せれば問題は解決ですね」

「それはそうなんだけど……」

「どうやって……?」

「御仏でも屍人(しびと)の再生は禁忌(きんき)に触れるので……」

「「「………………って、だれ???」」」


     *


「お初にお目にかかります。私、ニャルラトホテプと申す異界から渡りし邪神の一柱(ひとはしら)にございます。この世界の神々の皆様、よろしくお見知りおきください」

 いつの間にかそこにいた黒づくめの男の人が名乗った。


 私たちは私の(部屋)から現実に引き戻されていた。

「ぶしつけな(やから)ですね」

 御仏の権能を破られた月光が怒りをあらわにする。

「レディーの部屋に勝手に入るのは躊躇(ためら)われました(ゆえ)、失礼致しました」

 だが、男は月光の怒りを気にもしない。

「あなた、邪神ですね」

「はい。ご明察です」

 邪神であることを隠しもしない。

 まあ、御仏でも神でもないものにこんな術など使えるはずがない。なら、答えは簡単にわかる。


「ひかりに手を出そうなんて、いったいなにが狙い?」

 小鳥の恫喝にも黒マントの人は顔色一つ変えない。

「この世の(ことわり)に加えて頂きたく」

「はぁ!?」


 言ってることがわかんない。

 なぜこの世を侵略しにきた邪神が仲間になりたいなんて言うのだろう?


「考えてもみてください。我々の世界は滅びました。生きていくためには別の世界に移るしかない。そうして我々はこの世界にやってきました。この世界にもこの世界なりの秩序があるとは予想しておりました。ですが、我々も引けません。元の世界に戻ることは死を意味します。征服者となっても生き延びるしかない。そう考えてやってきました」


「それはそっちの都合。私たちが(おもんぱか)ってやる理由はないわ」

 ニャルラトホテプの言い訳を小鳥が一蹴する。

「当然です。我々もそう考えておりましたから。あなた方の都合を無視しても我々は生き残るのだと」

「なら、なぜいまさら……」

「決着が見えたからです。

 ヨグ=ソトースは敗れました。逃げまどってはおりますが、時間の問題でしょう。我々は敗れたのです。ならば我々が生き残るためにはこの世界の理に加わるしかありません」

「そんなことができるとでも? 黄泉坂が許すわけがないわ」

「でも、私も加わって抵抗したら?」

「……」


 この人はそんなに強そうじゃないけどたぶん厄介なことになる。

「死ぬのも殺されるのも一緒です。あなた方の王もそれほど余裕があるわけではないのはお分かりのはず。たとえ倒せなくとも逃げるチャンスはあるかもしれません。ヨグ=ソトースまで逃がすことができるかもしれません。そして雌伏(しふく)し、力を蓄えた後に再戦することも可能でしょう。ですが私はそれを望みません。私はクトゥルフやハスターのような会話も成り立たない筋肉バカではありません。生き残るための交渉を望みます」

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 ひかりの悩みは深い。けど、消えるというのは光月たちには認められないものです。そんなひかりたちの前にニャルラトホテプが現れました。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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