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93.時を超えた戦い

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

(とき)とは人知の及ばぬ事象の中でも最たるものです。この国に時を司る神がいないことを不思議に思っていました。やはりいらしたのですね」

 ヨグ=ソトースは月讀命(つくよみのみこと)を見て言った。

 既に余裕はないはずだ。完全に追い詰められたからこそのコミュニケーションであろう。今の奴にはわずかでも月讀の権能のヒントが欲しいはずだ。


 それを知ってか知らずか月讀命が応える。

「人知が及ばぬからこそ(おそ)れ敬い、神と言えど容易には与えぬものなのだ。邪神殿よ」

「そうでしたか。申し遅れました。私、異界から参りましたヨグ=ソトースと申します。この国の時の神よ」

「そうであったか。私は月讀と申す。ヨグ=ソトース殿」

「月……なるほど。月讀殿の権能は天象(てんしょう)に由来する権能でありましょうや?」

「いかにも」


 名というものは情報である。だからこそ人は初対面の相手に名乗る。自分がこのようなものであると明かして相手の警戒心を解き、信用させるのだ。

 反面、それは(おのれ)の情報を一方的に与えるという不利をも招く。事実、知識を貪欲に欲するヨグ=ソトースは名前だけで月讀の権能を言い当てた。

 それに対してオレたちはヨグ=ソトースたち異界の邪神の文化を知らない。この情報戦はこちらに不利だ。


「ヨグ=ソトース殿の権能は時そのものを操るのではなく、時を遡行(そこう)するものでありますな」

「ご名答。月讀殿は時間干渉型でございますな」

「いかにも」


 ……

「話も尽きたことですし……」

 話のネタ少なっ……

「互いの理解も深まりました……」

 浅すぎだろ……

「「では……殺し合いましょうか」」

 なのに息ぴったりだ……


 ヨグ=ソトースの姿が一瞬ブレる。

 閉じられていた月讀の目がカッと見開かれ、虹色の瞳が輝いた。

 するとブレかけていたヨグ=ソトースの姿が元に戻る。


 ヨグ=ソトースの気配が薄れていき、体を通して廃墟が透けて見える。

 月讀がひと睨みする。

 透けかけていたヨグ=ソトースの姿が元に戻る。


 ヨグ=ソトースは動かない。いや……その足元から消えてゆく。

 月讀が圧をかけた。

 消えかけていたヨグ=ソトースの足が元通りに現れる。


 朝方から闘い続け、既に日が傾いてきた。

 崩れかけた廃墟の影が戦場に差し掛かる。

 ヨグ=ソトースが影に溶け込もうとする。

 月讀が(ふところ)から鏡を取出し、敵に向ける。

 溶けかけていたヨグ=ソトースの姿が反射した日の光に(あら)わになる。


 いつの間にか夕霧が出ていた。

 ヨグ=ソトースは霧に溶け込もうとする。

 月讀が袖を振ると風が沸き立った。

 溶け込もうとした霧が流されヨグ=ソトースは立ち尽くす。


 後には変わらず向き合うヨグ=ソトースと月讀命がいた。

 ここにきてオレにもわかった。

 ヨグ=ソトースは『時渡り(ときわたり)』を使って必死に逃げようとし、月讀はそれを阻止している。時の権能を持たないものにはわからないレベルで彼らは激闘を繰り返していたのだ。


 どうやら本当に彼らは理解しあったらしい。

 恐怖を(かて)にする邪神ヨグ=ソトースはもちろん、月讀命も案外武闘派だ。気に入らぬ神を切り殺したりしている。やはり素戔嗚(すさのお)の兄である。物静かなイメージはあるが、それはただ出番が少ないだけだ。


 ならばオレのやることは月讀の支援だ。

『時渡り』の権能は片手間に使えるものではないだろう。オレも攻め手に加わってその集中を乱す。

 ミカエルも気づいたようで聖弓(せいきゅう)に矢をつがえる。


 だが、ヨグ=ソトースもただ逃げようとしていたのではなかった。


 ヨグ=ソトースの体がさらさらと砂のように崩れ、風に流されていく。

 圧をかけ直そうとする月讀の体を地中から飛び出した巨大な影が飲み込んだ。


 それはクトゥルフだった。

 ヨグ=ソトースは気づかれぬよう密かに眷属を呼び戻していたのだ。

「月讀殿―っ!」


 クトゥルフが呼び戻されたというなら……

「「「うわーーーっ!」」」

 上空から急降下したハスターが聖ミカエル騎士団の隊列を食い破っていた。


 形勢は逆転した。

 オレたちの切り札であった月讀命はクトゥルフに喰われ、ヨグ=ソトースを止められるものはいない。

 援軍だった聖ミカエル騎士団はハスターの急襲に壊滅させられた。


 追い詰めたはずが一気に追い込まれた。

 いずれ毘沙門天(びしゃもんてん)阿修羅王(あしゅらおう)も駆けつけるだろう。だが、敵はその前に決着を付けようとするだろう。

 毘沙門天も阿修羅王も天界神軍も朝から何度でも復活する邪神相手に疲弊(ひへい)している。数も減ったし万全には程遠い。


主様(あるじさま)。主様には頼りになる眷属がいることをお忘れですか?」

 耳の中から忠臣のささやきがオレを我に返らせた。

「ハエ五郎……」


「そうだぜ。俺たちを忘れてんじゃねえよ」

康太(こうた)……お前死んだんじゃ……」

「ふざけんな! あれくらいで死ぬはずねえだろう」

「そうだよ、閻魔(えんま)。ちょっと休憩していただけだよ」

韋駄天(いだてん)……」


「我らもおりますぞ」

 阿形(あぎょう)吽形(うんぎょう)仁王(におう)たち、羅刹(らせつ)もいた。オレには頼りになる地獄の眷属たちがいた。


「我を忘れるな」

 勇将ミカエルが自分もいると訴える。

 半減した聖ミカエル騎士団本隊は少し離れたところに怪我人を守るよう陣形を固めている。だが、ミカエルとその側近からなる近衛小隊はまだ戦うつもりだ。

「借りを返すまでは引き下がれぬ」

 友の前では恥ずかしい姿を見せられないのだろう。

「昔から変わらずあなたは律儀ですね」

 ハエ五郎、言ってやるな。


「さあ、結着を付けるぞ」


     *


「お初にお目にかかります。私、ニャルラトホテプと申す異界から渡りし邪神の一柱にございます。この世界の神々の皆様、よろしくお見知りおきください」

 いつの間にかそこにいた黒づくめの男の人が名乗った。

 邪神と言ったけどごく普通の人に見える。顔には目があって鼻があって口があって……それじゃ当たり前。そうじゃなくって記憶に残らないようなごく普通の顔立ち。ただ、とても陰気に見える。

 それ以外は、髪は長めかな。カールの強い黒髪がつば広帽からはみ出して肩口までとどいている。服装は黒かった。黒いシャツに黒のネクタイ。黒の背広を着て黒いマントを羽織っている。あっ、マントは普通じゃなかった。この時代にマントなんて来ている人なんてコスプレ以外では見たことがない。

 わたしは彼を黒マントの人と命名した。


 あれっ? 名前を言っていたような気もするけれど覚えてないからしょうがない。

 とにかく黒マントの人はわたしたちに丁寧に挨拶した。悪い人には見えない。


 でも、わたしには関係ないことだ。

 彼が挨拶をしたのは“この世界の神々” の方々に対してだ。恵比寿(えびす)様に蛭子(ひるこ)様、黒闇天(くろやみてん)様に日色(ひいろ)様、光月(みつき)の中には月光菩薩(がっこうぼさつ)様もいらっしゃる。わたしだけが違う。

 わたしは屍者(ししゃ)だ。転生したのに転生しきれず光月になりそこなったひかりの残滓(ざんし)身体(からだ)すら持たない半端ものだ。


 わたしが今ここにあるのは()()()()がいるからだ。

 ゆーくん……わたしの大好きな人。かつてのわたしが命を懸けて守った人。

 子供だったわたしたちは家族のように過ごし、共に育った。伝えてはいなかったけれど互いに思っていたはずだ。

 わたしは毘沙門天様の眷属として生まれお側に仕えていた。あるとき、毘沙門天様が人間界に下られ、とある武将の守護神となった。わたしも同僚の羅刹と一緒に下野(げや)し、人として戦いの中で死んだ。それから当時の閻魔様に預けられ、以降500年、閻魔の眷属として過ごしていた。

 それが17年前、十字教悪魔の侵攻があった。これまでにない激戦でわたしはそこで再び命を落とした。そして黒鉄(くろがね)ひかりとして転生した。それからのわたしは変わった。そこにはゆーくんがいた。

 もちろん毘沙門天様に仕えていたときも、代々の閻魔様に仕えていたときも充実していた。でも、今世は違っていた。充実というより(うるお)っていた。墨絵(すみえ)の中からフルカラーの世界に飛び出したくらいに違った。わたしは生を喜んでいた。それは恋の力だと思う。

 だからわたしは黄泉坂結弦(よみさかゆづる)のためなら何でもできる。


 ゆーくんも普通の子じゃなかった。

 魔王様……当時の閻魔大王様の子として育てられていたけど、血の繋がりはなかった。ゆーくんは魔王様に憧れていたけど、似ていないことに悩んでいた。

 ゆーくんの実の父親は当代の勇者だった。ゲームの設定が信仰を集め、力を持つなんて初めて知った。

 勇者様は戦後、裏切りにあって殺され、生前の約束通り魔王様がその子を預かった。そういうことらしい。地獄を奪い合って戦った敵の手で育てられるとはさすがゆーくん、ただものじゃない。

 そんなゆーくんとわたしたち二人が引かれ合うのは必然だろう。(反論は認めません)


 だけど、うまくいかないのが世の常だ。

 わたしが願ったことだけど、彼を(かば)ってわたしは死んだ。その後も大冒険などいろいろあってわたしはわたしを維持できなくなって転生した。彼に戻ってくるよう命じられて。


 そうしてわたしは前世の兄夫婦の一人娘、黒鉄光月(くろがねみつき)として転生した。生まれ変わったはずだった。なのに、わたしは光月じゃなかった。

 光月だってゆーくんが大好きだ。あれだけかっこいいゆーくんなのだから好きになるのは当然だ。でも、その思いが違う。立ち位置が違う。

 光月がいるのは彼の腕の中や肩の上で隣じゃない。だって彼の隣にいるのは黒鉄ひかりじゃなくちゃだめだから。

 だから、わたしは光月でいられなくなった。

 そうしてわたしは光月の心な隙間にはじき出された。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 月讀命をクトゥルフに喰われ結弦たちは一転ピンチに陥ります。しかし、眷属の力で最後の決戦に臨みます。一方、見守るひかりたちのもとにニャルラトホテプが現れます。異界のトリックスターは何を企んでいるのでしょうか。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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