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91.邪神対魔神

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「だからお前の『鋼切り(はがねきり)』は面制圧に向かないだって」

 言い放つ康太(こうた)に返す言葉もない。


 オレの『鋼切り』は敵を両断した。

 だが、それは肉体を捨てても機能だけを逃がせば再生できる邪神としてはざるで水を救うようなものであった。

 ヨグ=ソトースの肉体に致命傷を与えたオレの剣は奴が切り放した核をかすりもしなかった。40mもの巨体を両断したとしても直径5cmの核にはたやすく避けられる一刀だった。


「だったら剣神のおまえだって同じだろ。お前だったらどう戦うんだよ!?」

 康太は、根岸兎角(ねぎしとかく)の魂を受け継ぐ剣神は刀の一閃(いっせん)で答えた。

 康太が刀を向けた瓦礫(がれき)四分八裂(しぶんはちれつ)して飛び散った。

 一振りにしか見えなかったのに……


「あれだけの巨体だからな。しかも、どこに核を隠しているのかわからねえ。必ず仕留めるとは言えねえ。だが、お前より向いてると思うぜ」

 敵に向かう康太にオレは言い返せなかった。


 そんなはずないのに……

 ヨグ=ソトースが身を危険にさらしてでもカウンターを狙いにくるオレだから成り立つ作戦のはずだった。他のものであれば逃げの一手でたやすく躱される。

 だが、それは言えなかった。


 覚悟を決めた親友に言えるはずもない。

 康太は喰らい付かないのなら喰いつかせるほどの存在になればいい。そう言っているのだ。逃げるだけではいられない。邪神にとって倒したくなるような存在に。


 それはどんなに危険なことだろうか。

 避けられない一撃ならヨグ=ソトースは間違いなく逃げることを選ぶだろう。だが、逃げても逃げても追いすがり追い詰め、倒す以外逃げる方法はないと認識させると言っているのだ。

 もちろん敵だって反撃するだろう。オレのように40mの巨体を両断できるような豪剣を持っているなら別だが、康太の持つ剣はそのようなものではない。

 康太が殺した根岸兎角は人間だった。当然のことながら兎角の剣は殺人剣だ。体人間用に磨き上げられた剣なのだ。だから40mの巨体を両断するような剣ではない。

 いや、両断はしないのか……みじん切りにするようなことができるのか。相手だって反撃するだろう。そして逃げ切れなくなったら『時渡り(ときわたり)』で再生する。

 小山をみじん切りにして逃げられても追い詰めてみじん切りにするようなことができるのだろうか。さっきは小石だったから八つ裂きにできたが、あの巨体をみじん切りにするためには何度剣を振らなけばならないのか……

 できるわけがない……


「やってみなけりゃわからねえだろ」

 康太はそう言い残し、飛び出していった。


 康太は頑張った。頑張ったのだ。

 康太だけでない。韋駄天(いだてん)仁王(におう)羅刹(らせつ)も……みんな頑張ったのだ。一度はあの小山のような邪神を本当にみじん切りにして見せた。もちろん時間はかかる。その間に邪神は悠々と時空を超え再生したのだが。


 人を超えた存在とて無限に剣を振り続けることはできない。体力も消耗するし、刃に血脂(ちあぶら)(から)み切れ味が落ちる。骨に当たれば刃こぼれもするだろう。

 切れ味が鈍った一瞬の隙をついてヨグ=ソトースは反撃に出た。そして康太たちは地に伏している。


 血が沸騰しているのがわかる。

 それではダメなのだ。冷静に敵の弱点を見つけて追い詰めないとまた逃げられる。同じことの繰り返しだ。そう思う心と怒りに身を任せることの何が悪い。そう言う肉体の叫びがせめぎ合っている。


「なにが正解なんてわからない。だからお前はお前の最善を尽くさなければいけない。もし、力を出し惜しんで守るべきものを守れなかったらお前は一生後悔するぞ、結弦(ゆづる)

 父さんがいた。

 瀕死の重傷を負っているはずなのにそれでもオレの戦いを見届けに来てくれた。小鳥(ことり)に「死にかけなのだから安静にしてなきゃ」なんてお小言を喰らっている。


黄泉坂(よみさか)、大丈夫。私達がついている」

 小鳥も応援してくれている。

「黄泉坂、ふぁいと」

 先輩の棒読みの応援が聞こえる。

「結弦、がんばれーっ!」

 光月(みつき)のかわいい声が背を押してくれる。

「結弦、(ひる)んではなりません。相手だって無限ではないのですから」

 光月の中の月光菩薩(がっこうぼさつ)叱咤(しった)する。

 そして……

「ゆーくん、あんな奴やっつけちゃえーっ!」

 昔のままの()()()の元気な声はいつもオレを勇気づける。

 まったく……一人三役の幼女は最高だぜ。


 オレの中の血がぐつぐつと沸き立っている。だが、それは怒りによってではなかった。オレはオレを保ったまま鬼神(きじん)と化した。


     *


 (ほのお)に照らさる大きな背中を私は忘れない。

 それは私こと佐治小鳥(さじことり)の思い人、黄泉坂結弦(よみさかゆづる)の一世一代の大勝負だった。閻魔大王(えんまだいおう)であるとか関係なしに大切な人を守る。それだけを誓って巨大な敵に立ち塞がったのだ。

 その守りたい人の中に私もいたのだったらうれしい。


 勝負はついていた。

 (はな)から相手になっていなかった。彼には好きな人がいてその()は死んじゃっていた。それも彼を守って。

 それはどんなにつらいことだったろう。

 好きな人を失うことだけだってつらいのに、その原因が自分だったとしたら……私だったら耐えられない。後を追おうとするか、自棄(やけ)になって自分を失っていたかもしれない。


 私には経験があるけど、自分を捨てるというのは案外簡単なものだ。(おのれ)を捨てて周りに流されていけばいい。それで私は女の子の大切なものを失ったし、死ぬことになった。あれは母親のせいなんかじゃなかった。全部私が悪い。私が自分を捨てて流されたせいだ。

 あのときの私は全てを諦めていた。生きることさえも。だから死んだときにも何も思わなかった。あっ、そうか。私死んだんだって思っただけだった。


 そんな私を黄泉坂は放っておかなかった。怒ってくれた。全てを諦めた私に代わって。

 だから私は生き返ったとき、泣くことができた。初めて悲しかったことに気が付いた。祖母に抱きしめられて泣きじゃくっているときに人の温かさを感じた。初めてだったかもしれない。

 義父に犯されているときは体温も感じず、体の中に冷たい氷の塊を抱いているようだった。私のことなんか大事でもない。ただの性欲処理の道具としか見ていない相手には抱けない感情だった。

 祖母は私をかわいがってくれていた。愛してくれていた。だからこそ大人になってもふらふらと流されている娘に振り回される孫娘を心配していた。

 祖母も怖かったのだろう。ひ弱な善人である祖母は親の愛を信じていた。だから母親から私を引き離すことを躊躇(ためら)った。その結果、死にかけた(実際に死んだのだけれど)私を見て後悔した。

 あのときもっと強く引き留めていたら。せめて孫だけでも預かると言っていたら。恋に夢中になっていた娘は子供を預けていたかもしれない。そうだったら、孫娘は暴力に(さら)されることはなかったし、つつましくも穏やかな生活を送れたかもしれない。


 でもね、おばあちゃん。

 それは全部私のせいなの。私が嫌だと言わなかったから。あの(よこしま)な男と私のどっちが大事なのと問いかけていたら。何かが変わったと思う。

 それはいい方にだけじゃない。悪い方に変わる可能性もあった。でも、最悪にはならなかった。私は家を追い出されて祖父母に引き取られたかもしれない。それでも、それは最悪じゃない。自分で自分を傷つけることにはならなかった。

 だから、全ては私のせい。私に勇気がなかったから。私は私の価値を知るべきだった。母が私か男か、どちらを選ぶのか知るべきだった。

 それができなかったから、私は傷ついた。


 でもね。それでも私は幸せだったよ。

 私を叱ってくれる人がいた。その人は私を助けてくれて、励ましてくれて、居場所をくれて、迎えに来てくれた。だから私は後悔しない。

 たとえその人に愛する人がいたとしても。私の恋はそんなことでは揺るがない。


 彼はきっとあの人のことを選ぶだろう。わかっていたことだ。

 それでも声を大にして言いたい。今の私は幸せだと。


 恋することはそれほどに大きいのだ。

 自分が選ばれることが重要なのではない。そりゃ両想いになれれば最高だけどさ。たとえ選ばれなかったとしても恋したことを後悔なんてしない。

「頑張れ、よみさ……」

 そうじゃない……いつまでも遠慮してなんていられない。そう決めたはずだ。

 だから私は精一杯に叫ぶ。

「頑張れーっ! ()()―っ! 愛してるーっ!」


     *


 この世界の命運を背負って魔神は立ち上がった。

 焔の魔剣を振るい邪神を追い詰める。


 灼熱の一閃……邪神が受け止める。

 ヨグ=ソトースが手にする武器は邪神の骨を鍛えて作った大鎌だ。

 邪神に仲間意識などない。己を脅かす存在は全て敵だ。殺してたっぷりと恐怖を供出させた後、トロフィー代わりに骨を奪う。

 頭蓋骨(ずがいこつ)(さかずき)に、大腿骨(だいたいこつ)棍棒(こんぼう)に、あばら骨は針になる。

 大鎌の素になった邪竜はとりわけ大きかった。骨も太くただの棍棒にしてしまうのは惜しかった。自分がこれだけの相手を倒したということを示すためにはもっと禍々(まがまが)しいものがよい。

 そう考えてヨグ=ソトースは大鎌を作った。余った骨で(よろい)を作った。邪竜の骨は黒光りしてありとあらゆる災厄を引き寄せる。相対(あいたい)した者はその(のろ)いまでをも一身に受けることになる。この世界でもそうして神々を滅ぼしてきた。

 不肖(ふしょう)の息子クトゥルフにはまねできない威光である。


 この大鎌でこの世界の守護者を倒す。

 そして素寒貧(すかんぴん)になるまで吸いつくした元の世界の代わりにこの世界を蹂躙(じゅうりん)する。

 そう決めて大鎌を振りかざす。


 今度は魔神が邪神の一撃を受け止める。

 だが、身長40mのヒト型の邪神は体格でふた回りは魔神を凌ぐ。圧力で魔神を押し込んだ。


 その圧力を魔神はいなし、右に回り込む。

 受け流した刃を返し、逆袈裟(ぎゃくけさ)に切り上げた。

 邪神の左脇腹から血が噴き出した。緑色の毒々しい血が。


 向き直る両者。

 振り下ろした刃は互いを(えぐ)る。

 だが、致命傷には程遠い。


 次の一合……三度(みたび)、血が流れる。

 一見、魔神の得意な剣戟(けんげき)に邪神が巻き込まれているように見える。

 だが、そうではなかった。殺されて再生するだけでは逃げにしかならない。敵を追い込まなければならない。

 だから手を変えた。

 魔神の剣撃が邪神の肉を抉る。緑色の血が噴き出す。

 邪神の血はこの世界の生態系にとっては猛毒だ。この世の神にとっては土地の汚染は避けたいことだったはずだ。


 思った通り魔神の動きが鈍る。

 身を切っただけの効果はあったようだ。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 康太たちの頑張り虚しく退けられました。結弦は魔神と化して邪神と向き合います。ですが、これまでのような怒りに我を忘れた暴虐の魔神ではありません。結弦はどのように戦うのでしょうか。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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