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90.時の邪神

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 飛び出したオレを迎えたのは触手の大群であった。

 焔魔刀(えんまとう)を振るい焼き飛ばす。


 打ち払ったが、正直予想以上のカウンターだった。

 だが、それには狙いがあった。

 目の前にいたのは聖矢(せいし)に貫かれハリネズミになったヨグ=ソトースであった。


 しまった……


 一瞬、姿がブレたと思ったら、後に残ったのは無傷完全体の巨人型ヨグ=ソトースだった。

 奴が必殺のカウンターを放ったのはあわよくばオレを迎撃すること、そして死なない程度に攻撃を喰らい生命力を絞って時空を渡り恐怖エネルギーを過去から回収するためだった。

 奴を倒すには一撃必殺でとどめを刺さなければならないのだ。


 聖ミカエル騎士団は統率の取れた軍である。

 細かい指示を出さずとも主の意を汲み、適切な攻撃に移す術がある。だが、それは突出する個ではない。傷を負わせることはできてもとどめを刺すことはできない。たとえ499本が命中したとしてもヨグ=ソトースを殺すことはできないであろう。

 それができるのは主将、熾天使(してんし)筆頭ミカエルの矢だけである。


 つまり、騎士団は勢子(せこ)である。傷を負わせることはできるので数の力で追い込むことはできる。だが、仕留めるのは(ミカエル)だけである。

 天界神軍と同様のジレンマがそこにはある。


 軍の力を引き出すのは将である。

 どんなに優秀な軍でも凡将が率いれば戦果は限られる。負ける事すらあるかもしれない。だが、名将が率いれば練度の低い軍でも勝利に導くことができる。それは兵に合わせて最適な配置をするからである。

 逆に練度の高い兵を凡将が率いたら、宝の持ち腐れである。兵の特性を見抜けず可変の兵をぎちぎちの命令で縛り、無駄に損なうことになろう。


 ではミカエルは凡将か? ……いや違う。

 ミカエルは敵を見抜く目を持っており、兵をまとめるだけの才覚を有している。ならば、なぜ、ヨグ=ソトースに勝てないのか?

 その答えは明白だ。やつは毘沙門天(びしゃもんてん)と同じなのだ。


 毘沙門天は四天王としては北方(ほっぽう)多聞天(たもんてん)という別名を持っている。四天王の主将である。だが、多聞天は怖くない。将としては有能であるが、軍としての在り様を優先するあまり、一点突破が図れない。勝ち戦における面制圧では有能だが、激戦において逆境を跳ね返す(パワー)がない。

 勝ち戦の追撃ならば粗漏(そろう)がないことが求められるが、激戦においては局面を打開する力が必要である。軍略において数は確かに力であるが、戦力は足し算ではない。

 例えば100の防御力を持つ楯に対して1の力しか持たぬ矢では100発命中させても破ることはできない。それどころか傷一つ付けることすら敵わぬであろう。それが1000であっても同じだ。

 だが、101の力を持つ矢であれば一発で楯を打ち破ることができる。1000の力であっても破れぬ楯を101の矢が打ち破る。それが個の力だ。


 ミカエルはこの力を知らぬ……あるいは知っているからこそ個の力を振るいたくないのか。

 かつての同僚であった我が忠臣を思う。

 お前の存在は思っているより深く盟友の心に棘となって残っているのかもしれないぞ。


 ハエ五郎……今、そなたはどうしているのか。お前のことだからいち早く転生しようとしているのか? それでも人の世では十月十日(とつきとうか)。お前と会えるのはまだ先のことだ。


     *


 これだけ攻め立てても邪神を打ち破ることはできなかった。

 その事実は受け止めなければならない。


 うまく誘い出されたが、所詮は奴も異教の神。信用することはできぬ……

 それは言い訳だ。戦力として誘い出されたが役に立たなかったことに対する理由をあげ(つら)ねているだけにすぎない。つまり、私は負けたのだ。


 一度目は唯一神(ゆいいつしん)のおわす天界に踏み込まれたとき。

 唯一神様の下に邪教の神など通してなるものかと立ちはだかった。だが、私は彼の怒りを買い鬼神となった彼に蹂躙された。


 二度目は現世(げんせ)にて、現地の神にそそのかされ当時熾天使長であったセラフィエルがこの国の現世を荒らした。そのとき、彼の眷属を害したセラフィエルは彼の逆鱗(げきりん)を踏んだ。鬼神となった彼に捕らえられ、殺されそうになっていたセラフィエルを回収するため私は彼に借りを作った。


 三度目はこの度、引っ張り出された交渉においても、加勢した戦いにおいても私は彼の期待に応える働きができなかった。

 彼は……閻魔大王(えんまだいおう)は対等に交渉の相手とみなしてくれていたのに


「ミカエル! お前の貸せ! 兵たちに合わせたものでなく、お前本来の力だ! オレは騎士団に助勢を頼んだのではない。お前の力を貸してくれ、聖ミカエル!」

 彼の声が聞こえた。


 !


 はっとした。

 目が覚めた。私は十字教最高の軍神である。便利に使われていたきらいはあるが、どんなに困難な戦いでもその度に打ち破ってきた。数的不利に悩まされてきたこともあった。だが、それを打ち破ったのは整備された軍ではなかった。敗残兵同様の傷だらけの部下を叱咤激励(しったげきれい)し、自ら先頭に立ち打ち破ってきたのだ。

 彼はそれを知っているのかもしれない。


 ならば答えは簡単だ。

 私は私の力を求めた彼に応じよう。彼の求めが私の隊ではなく私自身であるというなら、私自身がそれに応えよう。

 私はミカエル、十字教最高の軍神である。


 聖弓(せいきゅう)に矢をつがえる。

 きりりと引き絞る。

 意図を察して聖騎士隊が合わせて弓を引く。だが、それは私に合わせる為ではない。私のために的を牽制するためだ。

 シュシュッ

 先程までよりそろった499本の矢が敵を釘付けにする。

 敵の姿がブレる。一瞬の後に無傷の邪神の姿が現れた。私はつがえた矢をヒョウと放つ。そして天馬に(あぶみ)をくれると一目散と駆け参じる。

 もちろんとどめを刺すためだ。


     *


 必殺の一矢を放つと同時に聖ミカエルは天馬に鐙をくれた。一目散に敵ヨグ=ソトースに駆け寄ってくる。凶悪なほどに白く光り輝く(ランス)を構えて。

 目を開けていられないほどの光の束が邪神の体を貫いた……

「GGGUOOOOOOOOOO――――――――!!」

 邪神の断末魔の叫びの後、光の乱舞が収まった中に残っていたのはヨグ=ソトースの完全無傷の巨体であった。


 ヨグ=ソトースはミカエルの突き入れる槍を見て必死の一撃であると悟った瞬間、肉体を捨てた。

 左目にこれまでの全ての記憶と権能を移し、切り放し……生命力を極限まで絞ってから過去の時空から恐怖を掻き集め、再生したのだ。


 傍から見ていれば、体の中心を巨大な槍で貫かれ、爆散して飛び出した目玉が掻き集めたエネルギーを素に肉体を再生して見せた。ただ、それだけだ。

 まあ、飛び散った肉片が筋肉を、臓器を、再生していく様はグロすぎてお子様には見せられない絵面(えづら)であったことは伏せておこう。


 計算が狂ったことも事実だ。

 オレたちは一撃で仕留めればヨグ=ソトースは再生できないと考え、圧倒的な個の力で攻めることを考えていた。

 だが、敵はミカエルの圧倒的な一点突破を現在の力の99%を切り放して躱したのだ。こんなに鮮やかに躱されては、これでは追い詰めることは適わない。


「なにを呆けておる、閻魔よ。次こそは仕留めるぞ」

 予想していたのだろう。

 へこたれた様子もなくミカエルは次の突撃に備えて、槍を構えた。


 ミカエルの言う通りだ。

 オレたちはまだ攻めているのだ。


 オレは焔魔刀を構え、瞬時に飛び出した。

 十分な体制を作る必要はない。構える時間が惜しい。

 これは武人の誇りを掛けた一対一の決闘ではない。そんな誇りなど互いに持ち合わせていない。互いに生き残るために必死の生存戦略なのだ。


 やつは現世(うつしよ)の衆生たちを人質に取った。死なせても今際の際(いまわのきわ)の恐怖が奴の(かて)となる。死ななくても魂を輪廻転生(りんねてんしょう)の輪から奪えればそれでよい。


 対してオレたちは現世の民たちを守る必要がある。魂を奪われることがすなわち負けなのだ。だからこの国の神が総出で責めることに卑怯と罵られる謂れはない。衆生(しゅじょう)の魂を守る。それこそがオレたちの最優先だ。

 そのためにはカウンターを狙う隙を与えてはならない。考える暇を与えるな。そのためには考えるより動け。剣を振れ。矢を放て。権能で攻め立てろ。炎で焼き尽くせ。雷を降らせよ。波で押し流せ。土石で埋め尽くせ。

 敵の嫌がることをしろ。考える暇を与えるな。それぞれがおのが権能で、持てる必殺の技で切り込め。突き崩せ。貫け。押しつぶせ。


 オレ一人ではできない。

 オレに続く康太(剣神)がいる。快足無双(かいそくむそう)韋駄天(いだてん)がいる。仁王(におう)たちがいる。羅刹(らせつ)がいる。ミカエルがいる。

 だからオレがやれなくても構わない。


 ヨグ=ソトースはきっとオレに対してはカウンターを狙ってくるだろう。敵の主将を狙うのは定石(じょうせき)だ。織田信長(おだのぶなが)だって桶狭間(おけはざま)ではそうやって今川義元(いまがわよしもと)を打ち取り、劣勢を跳ね返したのだ。だからこそオレは討たれるわけにはいかない。これは撒き餌(まきえ)である。一発逆転の目が目の前に首を晒しているのだ。

 逆転にはこれしかない。そう思うから無理をする。無理をしてでも取りたくなる。だからこそオレは先陣を切る。

 それで無理をして仕留められなければ、そのときこそ最大のチャンスだ。

 仕留めようとして一歩踏み出す。たかが一歩、されど一歩だ。それで仕留められなかったとき、逃走の機会は失われている。その踏み出した一歩が逃げる機会を二歩遅らせる。届かなかったはずの切っ先が届くようになる。


 だからオレは先陣を切る。切らなければならない。

 敵を切るのはオレでなくてもいい。オレには信頼できる仲間がいる。オレが誘い出した隙を必ず捉えてくれるはずだ。

 だからオレは剣を振るう。

「受けられるなら受けて見よ、鋼切り(はがねきり)っ!」


 オレの最善の一手は予想を超えた方法で躱された。

 いや、躱さなかった。


 オレの一刀をまともに受けたヨグ=ソトースはその身を両断された。

 一瞬の揺らぎの後、残っていたのは完全無欠の邪神であった。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 結弦にとって最強の援軍聖ミカエルが参戦しました。しかし、敵は時の権能で逃げ回ります。結弦たちはどのようにして戦うのでしょうか。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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