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89.邪神の父

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 恐怖とは何であろう。

 恐ろしく感じること、またはその気持ち。自分の力を越えたものにおびえ、不安に思う感情をいう。

 人は恐怖に身がすくむという。あるいは、恐怖で寿命が縮むともいう。

 恐ろしいからだけではない。身がすくみ、思うような反応が取れなくなる。だから怖いのだ。


 どんなに迫力のある攻撃が迫ろうとも対処法を知り、備えていれば自然と体は動く。ならば感じているのは恐怖ではない。頭を抱える。身を捩る。完全な対処ではなくても体が動くうちは恐怖に支配されてはいない。

 だが、そんな回避行動もとれないような圧力に面したとき、人は生を(あきら)める。

 天に(ゆだ)ねるなどとは美化した言い方だ。人は残りの人生を(にえ)として差し出すのだ。

 多くの場合、差し出した人生の一部を奪われるだけで済む。それが寿命を縮めるということだ。


 一部を喰らって残りは末永く楽しむのがニャルラトホテプであり、人生総てを奪うのがクトゥルフたち武闘派の邪神である。

 どちらが正しいとは言えない。末永く楽しむといっても人生の総量が決まっているなら先に食らいつくした方が正しいとも言える。

 養生(ようじょう)することで総量が回復するなら末永く楽しむ方が実入りは大きくなるだろう。


 だが、それは喰らう方の理屈だ。

 喰われる方、守る方にとってはどうでもいい。等しく敵だ。


 ニャルラトホテプはこの世の(ことわり)(くみ)したいと言った。邪神としての生を捨ててでも加わりたいと言った。

 すべてを信用することはできない。恐怖を喰らうことはできなくても己の権能で支配的な立場を得られると考えている可能性はある。

 それではこれまでと変わらない。人の世に転生しても悪徳を広めるだけに終わろう。あるいは裏切られたと支配者()を呪うか。

 それでは受け入れる意味がない。


 この世の理に与するというなら正義を知ることが必要だ。

 正義、言い換えれば権利と義務だ。

 オレは産んでくれた両親と育ててくれた親父から膨大な力を授かった。一方、多大な義務も請け負った。

 だから、オレはそれを恵まれているとは思っていない。多大な義務の中には大事な人を運命に差し出すことも含んでいるとしたら間違っても恵まれているとなど言えない。

 ただ、授けてくれた親たちに恥じない男にならなければいけない。そう思っている。


 幼い頃は親父(黄泉坂閻蔵)に憧れた。

 居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父はヒーローだった。親父のようになりたい。それがオレの夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。それがオレの悩みだった。


 それが父さん(日色英雄)と出会い、母さんの話を聞き、親父の跡を継いで、周りの人たちに支えられた。いつしか憧れではなくオレ自身の目標となった。そしてオレの夢は変わったのだ。オレは、人が己の人生に責任を持てる世の中にしたいと。たとえ邪神の襲来などという理不尽にならされても適切に大事なものを守れたのならその生は無駄ではない。それを実感できたのなら死ですら恐れることはない。後のことは世の理が守ってくれる。自分の人生は正しく評価される。そんな世の中にしたいと思う。

それは人が抱くには大きすぎる夢だろう。だが、オレは閻魔大王(えんまだいおう)だ。親父から引き継いだこの職責に恥じぬ男になりたい。だから、オレの夢を叶えなければならない。


 夢は権利だが、理想は義務だ。

 大きすぎる夢は負担であり、過大な義務は圧迫でしかない。


 それでもオレは親父のくれた立場と父さんの与えてくれた権能を受け入れるとともに成し遂げると決めたのだ。オレの理想の世界を作ると。


     *


 話がそれた。

 ヨグ=ソトースはクトゥルフのような馬鹿でもニャルラトホテプのような詐欺師でもない。己の立場を正しく理解し、最善を尽くそうと力を振るう。

 ただ、その理屈がオレ達には受入れ難い。

 それだけだ。


 だが、それだけで十分だ。

 オレは奴を倒す。オレの理想とする世界に奴の求める恐怖による支配は相容れない。

 恐怖を(かて)にする生命というだけで討伐するには十分だ。


(ニャルラトホテプ、あやつは何をした)

 敵の情報を知る奴は便利に使おう。

(おそらくヨグ=ソトースの隠し玉です。時空を超えてエネルギーを掻き集めました)


 ヨグ=ソトースを知らなければ一笑に付してしまうほどのチート技だ。エネルギーが足りないから過去、あるいは未来から集めてしまう。それでは無尽蔵な供給を受けられるということになってしまう。まさしく無敵のチート技だ。簡単には信じられない。

 だが、ニャルラトホテプの言葉は正しいのだろう。

 恐怖……かつて人々が差し出した人生の残滓(ざんし)、それを掻き集めてヨグ=ソトースは強大な力を掻き集めたのだ。

(存在が強くなればなるほど、時空渡りはエネルギーを消費します。今のヨグ=ソトースではもう時空渡りは使えないでしょう……)


 歯切れの悪いニャルラトホテプの言葉に理解した。

(つまりは、また死にかけたときには時空渡りができるということだな)

(……その力を温存できていればの話です)

 結局、強大な力を持つ敵を弱らせずに倒すしかないという話だ。どんな無理ゲーだ。


「GGGUOOOOOOOOOO――――――――!!」

 巨大化したヒト型魔神ヨグ=ソトースの咆哮(ほうこう)に荒れ果てた宵が原(よいがはら)の大地がビリビリと震える。

 ガラガラ ズゥンンン!

 廃墟の一棟が耐え切れず崩壊した。


「異界の王よ。下がられよ」

 上空に待機していたミカエルが呼びかけに一歩引く。

「放てっ!」

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッシュッシュッシュッ

 聖ミカエル騎士団による遠隔攻撃である。500騎による騎射である。一斉掃射ではなく少しずつタイミングをずらした範囲攻撃だ。時空を回避に回したヨグ=ソトースの権能を読んだ頭脳的な攻撃だ。

 だが、それでも500本の矢を邪神は全て回避して見せた。だが、反撃の余裕はない。

 それでいい。


(ひる)むな。敵に反撃の隙を与えるなっ!」

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ

 タイミングを取らなかったことで500本の矢はまばらになった。今度は余裕をもって回避したように見えた。


 それでもミカエルは攻めの姿勢を崩さない。

「第3射構えっ! ……放てっ!」

 シュッシュッシュッ、シュッシュッシュッシュッ

 変わらず斉射はしない。時空をずらしての回避をさせないためだ。

 致命傷にはならないだろうが、回避は難しくなる。十字教天界神軍もよく統率が取れている。

 だが、これでは決定打にはならない。


韋駄天(いだてん)、行くぞ!」

「はいよ!」

 康太(こうた)の呼びかけに韋駄天が応じる。

 彼らは強大な敵を寡兵(かへい)で支えると言っているのだ。


「違うぜ、結弦(ゆづる)。お前が怪我なんてしてるから、一番槍はもらったと言ってるんだ」

「悪いね、閻魔。治療でも受けながらゆっくり見てるといいよ」

 オレの治療の時間を稼ぐとまで言ってきた。

黄泉坂っ(よみさか)! ひどい怪我じゃない。見せて」

 小鳥(ことり)がオレの(もと)に駆けよってくる。

 小鳥を呼んだのも彼らだろう。いつの間にか立派な戦神(いくさがみ)になりやがって……

「しょうがない。今回は譲ってやる」

「「おおっ! まかせろっ!」」

 快足の剣神たちは飛び立った。


「器用なものね。これだけ脇腹を切られておいて骨も臓器も無事じゃない」

 小鳥は文句を言いながら除菌をしてくれる。疫病(えきびょう)の権能による完璧な除菌だから消毒と変わらない。さらには細胞を活性化させて組織の再生まで促している。

 これはもう、ファンタジー世界の治癒魔法(ヒール)並みだろう。


 一方、切り込んでいった剣神たちは善戦していた。

 快足で翻弄(ほんろう)するだけでなく、適宜攻守交替(スイッチ)を挟み、時空を超えたカウンターを寄せ付けない。

 隙をついては切込み、緑色の血を流させる。

 決して致命傷ではない。だが、感覚器官の近傍や関節など着実にダメージを与えられる部位を削っていく。

 だが、それは敵にとっても経験となる。回避と攻撃のパターンは読まれていく。完全に回避していたスイッチが一石二鳥の好機として狙われる。翻弄していたタイミングが読まれ、反撃を受けるようになる。


 もともと攻撃のふりをして防御、防御すると見せかけて攻撃する。スイッチとはその入れ替わりなのだ。備えは十分だ。だが、それが完全に読まれてしまったら……守りと見せかけて攻めかかる。その一瞬は隙になる。攻撃と見せた防御がカバーする。だが、切替のタイミングでは瞬間的に後れを取る。

 聖ミカエル騎士団による援護射撃もすっかり読まれていた。

 快足剣神たちに手傷が増えてきた。


「血は止まった。オレが出る」

「まって……」

 立ち上がったオレを小鳥が呼び止める。

 小鳥はいい女だ。戦に出ようとする男を引き留めるような無様はしないはず……

「これだけは連れて行って……」

 暖かな抱擁とともに治癒の加護が感じられた。


 本当は引き止めたいのだろう。だが、そんなことは小鳥は言わなかった。

 ただ、死なせない。その覚悟だけが伝わってくる。

「オレが奴に後れを取ると思っているのか? 無駄になるぞ」

「それでもいい。黄泉坂が無事に帰ってきてくれるのなら」

 オレの照れ隠しの悪態も小鳥は受け止めてくれた。

 だが、それを許さなかったのは別の存在だった。


「あっ! 小鳥だけずるいーっ!」

 一人三役の幼女である。

 誰だ。戦場に三歳児を連れてきたやつは!

「私……待つだけなのはつらいから」

 そうですか……先輩にそんな女心がわかる方がびっくりです。

「今生の別れは賑やかなほうがいいと思う」

 それ、貴女の感想ですよね!


「結弦、頑張ってね!」

「ゆーくんならきっと勝てるよ。信じているから」

「最大限の加護を。現世(うつしよ)を守ってください」

 真正幼女の光月(みつき)が応援してくれる。

  頑張る!

 奇跡の再会を果たしたひかりが信じてくれる。

  その期待を決して裏切らない!

 尊き御仏が使命を下さった。

  お任せあれ!

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 手傷に控えていた結弦も決して怠けていたわけではありません。裏での戦い。思いを押し殺しての激励。それらに背を押されて結弦は最後の戦いの場に足を進めます。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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