85.甦る邪神
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
「蛭子先輩、頼む」
「ん、まかせろ」
警察犬さながらに先輩の鼻は利く。混沌と混沌は引かれ合うのだ。
ヨグ=ソトースは宵が原にいる。その直感は外れていなかった。蛭子先輩は真っ直ぐに宵が原に向かう。恵比寿におんぶされて
そしてその勘は悪い方にも当たっていた。
「ボランティアの方々が少なからず行方不明になっているようなのです」
災害復旧本部となっている稲荷神社の社務所で蘇我は言った。
「少なからずってのはどういうことだ?」
「被災後しばらくは災害派遣と違い、ボランティアには名簿がなかったのですよ。被災者とボランティアの区別もつきませんし、来るなとも言えません」
ちゃんとしたNPO法人がよこすボランティアならともかく、個人の有志が手伝いにくるのは申し込みがあるわけではない。やむを得ぬことだろう。
「ならなんでわかった?」
「個人の活動とは言え横のつながりがあります。落ち着いてからはボランティア参加に記帳をしてもらっていますし、ボランティアのワッペンを貼ってもらっています。その中でだれ誰が戻ってこないという話が出てきたのです」
「帰ったのでは?」
「帰るときにも記帳をします。記帳は忘れても一緒に作業した仲間に挨拶くらいはするでしょう」
「はぐれたらわざわざ探してまで挨拶なんかするかな?」
「自衛隊や警察以外にも数百人規模のボランティアがいるんです。誰にも見つからずに帰ることなど不可能です」
蘇我の言うことは正しいだろう。彼らはヨグ=ソトースと無関係である可能性は低いといえる。
「その中に女性はいる?」
「はい。最初に行方不明になったとみられるのは20代の若い夫婦でした」
蛭子先輩の質問に蘇我が応える。過去形で答えたということは蘇我もその可能性を確信しているのだろう。
「ん、変態は再生した」
蛭子先輩の言葉に俺たちは頷く。
「どこにいるかわかるか?」
「澱みが多くて見つけられない。でも、間違いなくここにいる」
「わかった。鬼たちを回そう」
オレは地上に残る眷属たちをボランティアに付けることにした。護衛というより捜索のためだ。今も餌と繁殖のために組織化されていない個人を狙う可能性が高い。
もちろん助けられるのなら助けたい。しかし、神格化もしていない鬼卒の手に負える相手ではない。
一刻を争う事態だった。
*
地に堕ちたハスターの死骸がさらさらと砂のように崩れていく。
いかに邪神とはいえその肉体は物質である。それが勝手な変容を遂げるはずがない。つまりこれは物質としての変化ではなく、次元を超えた変化なのであろう。
「皆の者、気を抜くな」
毘沙門天は落ち着いて兵たちを引き締める。元駅前では阿修羅王も次撃に備えている様子がみえる。あちらも抜かりはないようだ。
「GYEEEEEEEEEE――――!」
アスファルトの大地を超音波砲が切り裂いた。
不意を突かれて数柱の武神が塵と化した。
「ふむ……一度倒したくらいで滅びるなら邪神とは呼ばぬか。よかろう。何度でも殺して進ぜよう」
毘沙門天の下に副将の持国天が進言にきた。
「毘沙門天様、阿修羅隊に火属性の武神を多く回したため我が軍には火力が不足しています。水や風でも同様のことができぬか試してみとうございます」
超音波を拡散させるか減衰させることができればよいのだ。
「できるか?」
「仕組みはわかりました。似たような効果は得られるかと」
「よし、やってみせよ!」
「はっ!」
持国天の指揮で風神たちが前線に並ぶ。
舞い上がったハスターの前面で大気が揺らぐ。
「GYEEEEEEEEEE――――!」
肌がビリビリと震える。だが、前線の神々の肉体が損傷することはなかった。
完全ではないが超音波砲を減衰させることに成功したようだ。
風神に負けじと水神が水を呼び出し、波を撃った。
「GYEEEEEEEEEE――――!」
水は空気より密度が高く振動の伝達率は高い。だが、密度が高い分、振動を減衰させる。また不定形の波は振動を拡散させる。
その波が一つではなく次々とハスターに襲い掛かる。超音波砲でもすべては貫けなかった。 超音波砲のエネルギーを吸収した水の一部は水蒸気となり、砕かれた波は霧と化した。
水でも超音波砲を封じることに成功した。
霧を切り裂き毘沙門天がハスターに迫る。
迎え撃つハスターは巨大な尾を叩きつけ、斬撃を弾き返す。
だがその隙に広目天ら諸将が切り込んでいた。
「GYEEEEEEEEEE――――!」
苦悶が混じった咆哮は水の波が打ち消した。そして霧に煙る。
毘沙門天が切り込んだ。
変拍子で攻めのリズムを取り戻そうとするハスター。
毘沙門天及び天界神軍は波状攻撃で主導権を渡さない。
じりじりとした削り合い。
通常、攻防においては上を取った方が有利とされる。それは俯瞰して見ることで敵の動きを掴みやすいこと、攻めにおいては重力を加えた力が増すことなどからそう言われる。
また、空中戦においては上を取られると下は地面により行動が制限されるが、上ならばたとえ反撃を受けても空には無限の逃げ場所がある。
だからハスターも上空を取った。
しかし、それは天界神軍の狙いでもあった。
町の破壊を極力避けようとする天界神軍は空に向かって攻撃を放つことで躱されたときの被害を避ける目的があった。
そして超音波砲を封じてしまえば攻め手を欠いたハスターは接近戦を仕掛けるしかなくなる。そのときは数に優る天界神軍にとってハスターの巨体は格好の的である。荒ぶる戦神にとってハスターの牙も爪も尾もわかっていれば怖いものではない。
しびれを切らしたハスターは神々の攻撃を避けようと地面に潜ろうとする。だが、地中は大気の権能を持つハスターにとって有利とはいえない。土属性を持つ神々に纏わりつかれ徐々に動きを制限され締め上げられる。
捉えられることを嫌い飛び出したハスター。体勢を整えようと高度をとる。
「今ぞ!」
持国天の合図で雷神が吼えた。
雷神の権能は雷雲を呼び、雷の雨を降らせる。
ピカッ バリバリバリバリバリッ
どおおおおおおぉぉぉぉぉんんん!!
「GYEEEEEEEEEE――――!」
都市機能に影響が出ないよう地上付近での雷撃を控えていただけにハスターとしては想像もしていなかったのであろう。まともに不意打ちを喰らった。
高層ビルの避雷針よりはるか高い空の上では雷撃は吸い込まれるようにハスターに命中する。電の速度は光の速さの1/3、秒速10万kmである。想像を絶する能力を持つとされる邪神でも避けられるものではない。
雷を受けるとおよそ1億ボルトもの高圧電流が体内を通り抜ける。体組織に含まれる血液や体液は電解質を含む水であり、導電性ではあるが抵抗はある。10万アンペアもの電流が流れれば抵抗発熱で体組織は損傷する。火傷のような電撃傷はときによって致命傷となる。
ピカッ バリバリバリバリバリッ
どおおおおおおぉぉぉぉぉんんん!!
バリバリバリバリバリッ
どおおおおおおぉぉぉぉぉんんん!!
バリバリバリバリバリッ
どおおおおおおぉぉぉぉぉんんん!!
どおおおおおおぉぉぉぉぉんんん!!
どおおおおおおぉぉぉぉぉんんん!!
やがて黒焦げになった邪神は墜落した。
再生した邪神も倒すことができた。
*
「BOEEEEEEEEEEE――――!」
「くそっ! またか!?」
何度目になるだろう。再生した邪神を迎えるのは……
これまでは何とか倒すことができた。だが損耗はゼロではない。10回では利かぬ回数の戦闘を経て阿修羅隊の頭数は当初の1/3にまで減った。
戦い方に慣れてきてはいるが、それは相手も同じこと。徐々に損耗も増えてきた。
「まだか……これ以上は持たぬぞ……」
阿修羅王は別の戦場で戦っているであろう閻魔天を心の中でせかした。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
闘い方を覚えた天界神軍は邪神たちを退けました。何度でも再生する邪神。身を削られながらも荒ぶる神々はその度に敵を退けます。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




