84.邪神との対決再び
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
「クトゥルフとハスターが復活した」
蘇我公麿からの電話を受けたオレは皆にそれを告げた。
「儂らのせいじゃ……」
「ヨグ=ソトースが復活し、クトゥルフとハスターを復元したからといって、それを恵比寿殿のせいではないでしょう」
「ん、もう一度倒す」
恵比寿の謝罪も毘沙門天のフォローも蛭子先輩には響いていないようだ。
「敵は3体だ。そのうち1体は行方が掴めていない」
守る側の不利だ。だが、これ以上、現世を荒らされるわけにはいかない。
「構わぬ。見つけ次第、切る」
「ああ、クトゥルフを任せる、阿修羅。一個大隊を付けよう」
「火属性のやつを多めに頼む」
今度こそ、阿修羅王はクトゥルフに雪辱を晴らすことだろう。
「オレは先輩とともにヨグ=ソトースを追う。ハスターは毘沙門天に任せる」
毘沙門天はハスターの攻め方を理解している。やり遂げてくれるはずだ。
「御意!」
副将とは言え、毘沙門天はオレの部下じゃない。そんなに遜る必要などないのだが。お前の部下が見たらどう思う。
「この毘沙門天、必ずやご期待に沿って見せましょう」
毘沙門天は己の立場を正しく理解していた。ここで求められているのは堅実に兵をまとめ上げる守将ではなく、突出した個の力なのだ。そのために己は一振りの剣となると言っているのだ。
ならば隊をまとめる者が必要だ。
「持国天、隊のまとめを任せる」
「お任せください。我ら一兵たりとも遅れることなく毘沙門天殿に付き従って見せましょう」
理解していたのは毘沙門天だけではなかった。東方持国天もなぜ、四天王の主将である北方多聞天ではなく毘沙門天として参戦しているかを理解していた。そしてそれは持国天だけではなかった。
「任せてくれ。我が必ず突撃の道を切り開いて見せようぞ」
「一番槍を取られても文句は言わないでくれ」
南方増長天に西方広目天も同じだった。
「よし、任せる」
「「「おおっ!」」」
この隊は大丈夫だ。主将と副将たちの息があっている。
阿修羅隊と毘沙門天隊が出立すると本陣は一気に寂しくなった。
オレと康太、恵比寿と蛭子先輩、それに冥府の守将たちだけが残った。
明が口を開く。
「今度こそ、俺たちも攻め手に加えてください。これでは攻め手が薄すぎます」
「左様、阿形の申す通りにございます。また取り逃がしては一からやり直しになりましょう。ここは戦力を集中するべきです」
吽形が続く。仁王の二人が攻めを主張している。
「心配するな。お前たち鬼の戦力も期待している。特に明、宵が原に精通しているお前には期待している」
「と言いますと」
宵が原はオレや蛭子先輩にとってかけがえのない場所だ。人の裏をかくのが得意な知能系の邪神が狙う可能性は高い。
「オレはヨグ=ソトースは宵が原で復活したと考えている。そして今も潜伏している可能性が高い」
「俺は……今度こそ俺も連れて行ってくれるんだよな」
これまで留守番ばかり任されていた康太が不安そうに声を上げた。
「勿論だ。宵が原を舞台にお前の力が必要だ」
なにせ無名の鬼が努力によって神殺しという神に匹敵する力を得たのだから。
「だからお前は蛭子先輩の護衛を任せる」
「ああ、任せてくれ」
本来、鬼卒である康太は守りが本分だ。軽装歩兵である利を活かして韋駄天から譲り受けた快足剣を使って先輩を守り通してくれるはずだ。
しかもオレを倒したことで得た権能もある。だが、それは切札だ。今は言わない方がいいだろう。
*
灼熱の熔岩が水属性の異形に命中した。
ずずずずずずぅぅぅぅぅーーーーーーーんんんんん!!!
「BOEEEEEEEEEEE――――!」
大岩が爆ぜた重低音の振動に続き、クトルゥフが吼えた。
「効いているぞ!」
クトゥルフの右脇腹が大きく抉られ、緑色の血が滴っている。
「臓腑を抉られ平気なものはおらん。王に続けーーっ!」
副将の羅睺が檄を飛ばす。
羅睺はかつて数戦の軍を率いる中堅部族の王であり敵対していたが、阿修羅王に敗れ従うことになった。阿修羅が極楽教に帰依した後も従い、無二の側近となった。光の加護を持ちその手でよく日月を執て、その光を遮る権能を持つ。灼熱した熔岩の輻射を遮ることで水蒸気爆発の効果を高めている。
その他に婆稚(盗みの権能を持つ)、佉羅騫駄(相撲や射的を得意とする)、毘摩質多羅(食を破戒の病人に施して破門された。慈愛の権能を持つ)らが折伏され、副将となっていた。
彼らが阿修羅王の眷属であり、無二の腹心たちである。
「BOEEEEEEEEEEE――――!」
凶悪なうなり声とともにクトゥルフが粘液を振り撒いた。眷属たちは全てを回避したが、天界神軍の兵たちが数柱溶解液を浴びて溶け落ちた。
「眷属のようにはいかぬな」
「些事にございます。王は敵の首を落とすことのみお考え下さい」
羅睺の言葉に頷く。
これは戦いなのだ。無傷の勝利などありえない。
佉羅騫駄が投げたコンクリートの塊を阿修羅は炎によって赤熱する。そこかしこから火炎が上り溶かした。
熔岩は敵に命中し、そして爆ぜた。
作戦は末端まで浸透している。ただ単に火炎で攻撃するのではなく、飛礫を赤熱して敵にダメージを与えるまでに蓄積してぶつける。水属性である敵だからこそ蓄えられた熱が水蒸気爆発を誘発し、ダメージを与える。
烏合がバラバラに攻めても意味はない。敵の防御を凌ぐ攻撃にまで昇華させることが必要なのだ。突出した個を求める阿修羅だからこそ辿り着いた戦術であり、突出した個を打ち破る秘策なのだ。
その間に婆稚が敵の鉤爪の攻撃をいなし、毘摩質多羅が触手を切り飛ばす。
十分に弱らせたところで左の肩に熔岩飛礫が命中した。
ずずずずずずぅぅぅぅぅーーーーーーーんんんんん!!!
大岩が爆ぜクトルゥフの首筋が剝き出しになった。
「とどめだっ!」
阿修羅は飛び出すと右一肢の長刀を振り下ろす。さらに傷口に左一肢の炎剣を付き込み火炎を放つ。
「BOEEEEEEEEEEE――――!」
苦痛に吼えるクトゥルフに首の半ばまで埋まった長刀で引き切る。
ぶっしゅーーーーーーーーーーっ!
巨大なアブのような頭部がごとりと落ち、緑色に輝く血が噴き出した。
権能を失ったのだろう。浮遊していた巨体が地響きとともに墜落した。
阿修羅隊は目的通り、邪神を倒したのだ。
*
毘沙門天率いる第二部隊も優勢に戦いを進めていた。
現世を気にしない阿修羅と違い、現世への被害を最小限にしようと毘沙門天は狡猾に立ち回りすでに壊滅した駅前に戦場を絞りながらの戦いに引きずり込んでいた。
それでも敵に後れは取らない。
ハスターが苦し紛れに放つ超音波の咆哮を毘沙門天は爆炎で拡散させ、その煙が消える前に突っ込んだ。
咆哮を放った直後の隙を見逃さず肩口に深々と切り込んだ。
「GYEEEEEEEEEE――――!」
苦し紛れの咆哮は体捌きで躱す。
そこに増長天以下天界神軍の戦神が一斉に切り込む。突出した個である毘沙門天に後れを取らず突撃できるだけの力と統率が四天王率いる今の天界神軍には備わっている。最強の邪神と言えども簡単にあしらえるものではない。
だが、ここでハスターの動きが変わった。
咆哮を放つと見せかけて出したのは風刃、毘沙門天の爆炎による大気密度の低下でいなせたが、超音波砲は温存できた。
アウフタクト
半テンポ遅らせて咆哮を放つ。追撃部隊であった増長天以下20柱程が直撃を喰らい、爆散した。
テンポをずらすことでハスターは劣勢を覆して見せた。
「なら、こちらもそれ以上に攻めるまで」
突出した個は突出した個による攻撃で上回るしかない。
ハスターの風刃と見せかけて今度は放たれた超音波砲を爆炎のバリアを使わずに体捌きで回避、そのまま切り込むと見せて、広目天たちの斬撃、続けて毘沙門天の刺突。ハスターの喉を貫いた。
追い打ちに放たれた咆哮は明らかにそれまでとは威力が劣っていた。
「喉を破られて威力が落ちたぞ。ここが攻め時ぞ!」
「「「おおっ!!」」」
持国天の檄に兵が応える。
無数の剣が切り込む。長い尾で追い払う。その隙に斬撃。咆哮を放つ。躱される。
互いにテンポを乱し合い、リードしようとして返される。
ハスターは傷を負い血を流す。
天界神軍は徐々にその数を減らし攻撃の厚みを失っていった。
互いの身を削る体力勝負であった。
永遠に繰り返される変拍子もやがて終わりのときを迎える。
動きが悪くなったハスターが咆哮を加えようとした瞬間、毘沙門天が放った爆炎がハスターの口内に命中した。狙っていたものの阻まれ続けていた攻撃がついに決まった。
放てなかった超音波砲のエネルギーが爆散した。
そのエネルギーは使い手の肉体を破壊するのには十分であった。
下顎を吹き飛ばされて朦朧とする邪神にとどめの鉄槌が下される。
「はああああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!」
毘沙門天の放った炎撃の一閃はハスターの頚を見事に落とした。
ずぅぅぅーーーーーーーんんん!
ハスターの躯は地に落ちた。
その切り口は炎に焼かれ血が流れることはなかった。
最後まで現世への影響を最小限に留めんとする毘沙門天の配慮であった。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
阿修羅王も毘沙門天も雪辱は晴らし、見事、邪神を打ち取りました。残るヨグ=ソトースを結弦たちは討ちとることがでいるのでしょうか。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




