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83.邪神の再生

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 荒れ果てた宵が原(よいがはら)商店街。

 行方不明者の捜索も終わり、瓦礫を撤去する自衛隊や片付けに勤しむ生き残った地元住民たちにボランティアも加わっていた。倒壊した建物の撤去などは危険も多く、重機などが必要となるため彼らは炊き出しや遺品の回収など軽作業を行っている。


 そんなボランティアに若い夫婦が加わっていた。彼らは幼少期に宵が原に住んでいたことがあり、今は都内の社宅に住んでいるものの懐かしさとまだ子供のいない気軽さからボランティアへの参加を決めたのだった。

 散逸した瓦礫の中から写真や賞状など家族の思い出になるようなものを拾い集めていた。そんなものでも拾っておかないと崩壊した宵が原という街が、そこに住んでいた人々の記憶さえも失われてしまうような気がしていた。自分たちが幸せであった幼少期を過ごした街がなかったことにされるのは嫌だった。


「あら……ねえ、これって何だと思う?」

 若妻が何かに気が付いて夫を呼んだ。

「なにかしら? 虫……いえ、植物? きれい……」

 それは虹色に輝く目玉のような文様をした葉っぱのような塊であった。

「うわっ、なにそれ!? 蛾? 気持ち悪っ。きれいってマジかよ」

「もう! なんでそんなこと言うの!?」

 夫の軽口に反論しつつもそれ気になって仕方がない。その文様と目が合ったような気がした。


 ドクン!

 体の中に衝撃が走った。

「うぷっ……」

 吐き気を催す。こらえきれずそのまま嘔吐した。

「どうしたっ? 大丈夫か?」

 背中をさすりながら夫が訊ねる。

「うん……大丈夫。なんか急に気持ち悪くなって……うぷっ」

「ほら、水。口(すす)げよ。すっきりするから。……もしかして……できた?」


 こんなときに何を言い出すんだろう。まったく夫君は能天気で頭の中お花畑なんだから……でも、そうだったらどんなによかっただろう。幸せな気持ちで彼に抱きついてあげられたのに……

 若妻はそうではないことを本能的に察していた。自分のお腹の中にいるのは人間ではないことに。


「えっ? ……えっ!?」

 妻のお腹が急激に膨らんでいき、そして破水した。夫はその異常事態に狼狽えるばかりだ。

 血に染まったチノパンの股座(またぐら)を破いてそれが現れた。

「やれやれ……何とか逃げおおせたようだな」


「なんだよ……お前はなんなんだよ! 妻をどうしたんだよ。妻を返せよ」

 夫は妻の胎内から這い出した異形を(なじ)る。

 妻は目の前で下半身を曝したままピクリとも動かない。股間からは胎盤が引きずり出されありえない程の血が流れていた。


 文様と同じ目をした異形は答えた。

「我が名はヨグ=ソトース。お前は我が苗床の配偶者か。ならばちょうどよい。我が(かて)となれ。その前にその服とやらも献上せよ」


 その日、ボランティアが数名行方不明になっていることが報告されたが、混乱をきたしている現場では注目されることはなかった。


     *


「すまぬ。取り逃がした」

 頭を下げる恵比寿だが、取り逃がした本人は気にする様子もない。貴女のことだ。蛭子(ひるこ)先輩!

「でも、やっつけた」

「おーい、山元君、先輩に座布団2枚持ってきて」

 先輩の活躍は本当だった。戦神でもない先輩が初めて邪神に完勝したのだ。陣営の本部を置く冥府も久しぶりに活気を取り戻した。


「とどめを刺せなかったことは残念ですが、致し方ないでしょう。それより相手の素性がわかったことが大きい」

「それに浄化の手立てを見つけたことも重要です」

 オレの言葉に毘沙門天(びしゃもんてん)が頷く。オレは天界神軍の主将を任されており毘沙門天はその副将だ。多聞天(たもんてん)ではなく毘沙門天に頼んだ。その意味を毘沙門天は理解している。

 それに比べて途中から加わった客将は自分の立場をわきまえていない。

阿修羅(あしゅら)王殿、貴殿も軍議に加わってほしい」

「……話は聞いている」

 聞いていればいいわけじゃない。意見はないのか!?


 どうやら阿修羅は自分の手勢だけでクトゥルフに奇襲を仕掛けたらしい。一時は追い詰めたものの、ハスターの乱入もあり蹴散らされたそうだ。

 まあ、奴ら2体を同時に相手取るのはいくら阿修羅でも難しいだろう。


「最後の敵はヨグ=ソトースだ」

「クトゥルフ神話からして予想していた通りだったな」

 康太の言葉にオレも頷く。

「で、どんな奴だった?」

「ん、変態」

 やっぱり先輩の説明ではわからん。話が通じそうなやつに振る。

 恵比寿もそこは心得ている。

「姿はヒト型じゃったが、あれは真似をしているだけじゃろうな。違和感があった」

「あの邪神どもは決まった姿を持たない奴が多い。もともと創作上の存在だからな」

 邪神専門家の康太が頷く。


「あとは()()()()を使う」

 まあそのくらいでは驚かない。

「頭はよさそうじゃ。出会ったのは黄泉平坂(よもつひらさか)じゃったが、過去や未来でそこで交わされた会話を収集して言語を解析、習得してしまった」

「それはすごいが、言葉が通じるのはありがたいな」

「奴の狙いがわかるかもしれませんね」

「戦いに際してはなるべく話しかけて情報を引き出さないとな」


「貴様ら……」

「なんだ、阿修羅?」

 どうやら阿修羅も軍議に参加する気になったようだ。

「今の話を聞いておかしいとは思わないのか?」

「おかしいって?」

「はぁ……過去と未来の会話をどうやって聞いたのだ?」

「ん? ……時空をさかのぼって?」

「その程度の権能、珍しくもないじゃん。SFでは定番だし」

「ラスボスだがな」

観世音菩薩(かんぜおんぼざつ)様も似たような権能をお持ちですよ」

「敵ではなかろう。それに取り逃がした敵が過去に逃げていたらどうする? 追うこともできまい。邪神を屠った貴様を神格化する前に殺そうとするかもしれぬぞ」

 どうやら阿修羅はSFバトルマンガに造詣が深いらしい。


「その辺はいいんだ、阿修羅。オレが奴を倒すのなら歴史の必然性で守られる。もしくはオレに代わる何者かが現れるかだ。いちいち考えていても過去に跳ばれたらオレたちにはどうすることもできない」

「覚悟はあるということか……」


 阿修羅は誤解しているが、覚悟ではない。オレはオレを守り育ててくれた父さんや親父のことを信頼している。オレがここまで成長するまで何があっても守ってくれたはずだ。結果としてオレは、今ここにいる。


「それで? 過去や未来に逃げられたらどうやって倒すのだ?」

 阿修羅の疑問はもっともだ。

「心配ない。あの変態は時空を司る権能を持っているのかもしれないけど時間遡行ができるわけじゃない。時空をゆがめるだけ。過去に起きたことを見たり未来で起きることを聞いたりすることはできるけど、自分が過去に行けるわけではない。それはタイムパラドクスに抵触する行為」

 蛭子先輩がこんなに理路整然とした話をするなんて、感動した。


「ところで、なんでヨグ=ソトースは変態なんだ?」

 純粋な疑問だ。

「ん、私を(はら)ませようとした」

「「「なんだってー!」」」


「……で、先輩は無事だったのか?」

「やられちゃったけどアノ日がきたってこと?」

 康太、お前はデリカシーを持て。

「ん、違う。私の処女膜は鉄壁。アイアンメイデンと呼んでほしい」

 先輩もです。

「私は恵比寿の子しか孕まない」

「まったく。守りきれたからよかったものの、忌々しい奴じゃ」

 女子高生に抱きつかれ、デレデレしているおっさんの絵面は見られたものじゃない。犯罪臭がする。

「奴は人間とも子を成せるのですか?」

「ああ、そういう設定はあったような……」


「……なら、敵はどこにいる?」

 阿修羅の言う通りだ。奴が現世に逃げていたら大変なことになる。


     *


「なあ、いつまで私鉄線の運休って続くんだろ」

「ああ、県南の方で災害があってどっかの街が壊滅したんだろ」

「へぇ、知らんかった」

「どうでもいいけどさ。週末に出かける予定があるんだよね。動かないと困るっていうか」

「よくねえだろ」

「関係ねえよ」

「それより予定ってデートか?」

「デ……デートじゃねえよ。ただ遊びに行こうって……」

「それをデートって言うんじゃねえの」


 県庁所在地のある街の繁華街。

 どこにでもいる若者の会話であった。わずか20kmしか離れていない地域での災害ですら他人事なのであった。自分には関係ないこととして


 ずずずずずずぅぅぅぅぅーーーーーーーんんんんん!!!


 突然の地響きとともに駅ビルが崩壊した。

 砂塵の中から現れたのはその丈40mは越えようかという巨大な異形であった。タコのような頭部に触手を持つ巨体の異形。うねうねと触手不気味に蠢うごめいている。


 それだけでは終わらない。

「GYEEEEEEEEEE――――!」

 つんざくような咆哮とともにこの街のランドマークである塔が消し飛んだ。

 異形はもう一体いたのだ。


 平日の午後とはいえターミナル駅が破壊されたのだ。周囲には官公庁や企業が集まるビジネス街がある。郊外には何十万人が住む住宅地が控えている。その影響は国家レベルとなろう。蹂躙を許してよいものではない。


「あ……あれって……」

「宵が原を壊滅させた邪神じゃねえの!?」

「そんなことどうでもいいだろう。逃げるぞ」

「逃げるってどこへ?」

「どこでもいいから。奴らのいないとこだよ」


 どうでもいいとか関係ないとか言っていた彼らも思い知ったことだろう。災害は思いもよらぬときに起こるもの。被災を免れたのは幸運にすぎないことを。

 知ったところで既に瓦礫の下なのだが。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 宵が原を壊滅させたクトゥルフとハスターが復活しました。ヨグ=ソトースを取り逃がしたことは痛手でした。結弦たちは再びの危機にどのように立ち向かうのでしょうか。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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