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81.鬼神の敗北

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 あたまがいたい。われそうだ……


 ついに結弦(ゆづる)は本能から体の支配を取り戻した。というより苦痛のあまり本能が怒りを維持しきれなくなった。体を手放したのだ。

 左手と一体化した焔魔刀(えんまとう)はその刀身を赤熱させるも炎は上がらない。


 わかった……さんけつだ……


 全方位に張っていた障壁を解除する。新鮮な空気が肺に流れ込む。

 徐々に頭がはっきりしてきた。


 障壁を外すタイミングを見計らっていたかのように康太が拳銃をぶっ放す。

「喰らえ、シルバーブレッド!!」


 おいおい……オレは吸血鬼か!?

 左手の焔魔刀で切り捨てようとした。

 弾丸を(やいば)が捉えた……焔魔刀は、『鋼切り(はがねきり)』はたやすく銀の弾丸を両断し、(はじ)くことなくすり抜けた。切っ先が鋭すぎることが(あだ)になった。これでは防げない……


 どす、どすっ!

 両断された弾丸はオレの体に食い込んだ。

 だが、所詮は22口径の弾丸だ。鬼神と化したオレに効くはずがない。オレは吸血鬼ではないのだから……

 オレは信仰の力を甘く見ていた。


 オレは怒りに任せて街を破壊した。堅手天(けんしゅてん)一党の神々を殺した。父さんを殺した。それを見ていた町の人はどう思ったことだろう。

 きっとクトゥルフと同じ邪神だと思っただろう。

 そんな邪神を正義の味方が銀の弾丸で仕留めたのだ。

 悪は滅びる。正義は勝つと信じただろう。それも信仰だ。


 まずい……体中から力が抜ける。

 必死に法力を込めて体内で暴れる弾丸を焼き飛ばそうとした。銀の沸点は2,162℃だ。瞬間的になら出せない温度ではない。

 だが、できなかった。

 あんなに手に馴染んでいた法力が指の間をすり抜け(こぼ)れ落ちる。


 あぁ……オレは仏敵に堕ちたのだ。


     *


 (もだ)え苦しむ鬼神の前に一人の幼女が現れた。幼いながらも神々しさをあわせ持つ幼女だ。

 それを見た鬼神は……驚き、その生存を喜び……仏敵に堕ちた己を嘆いた。

 鬼神が幼女に手を伸ばす。

 それを見た街の住民から悲鳴が上がる。街は滅んでもなおこれだけの人が生き延びていたのだ。幼女の身を心配していたのだ。

 もちろん鬼神に害意などない。

 幼女に体に触れることを諦め、その前で膝を屈した。


 崩れ落ちた鬼神に幼女は右手を上げた。そして……

「結弦、めっ!」

 ぺちんと結弦のおでこを叩いた。


 すぽんっ

 体の中から弾丸の欠片が転がり出た。

 ぷしゅーーー

 それと同時に鬼神の体から力が抜けた。

 鬼神は見る見るうちに小さくなり人の姿に戻った。


「結弦―っ!」

 幼女が鬼の少年にしがみつく。

光月(みつき)……また助けられたな。ありがとう」

 幼女は首を振る。

「あっ……月光菩薩(がっこうぼさつ)様ですか。ありがとうございます」

「結弦、わざとやってるの?」

「結弦、鈍すぎるのも罪ですよ」

「…………」


 しびれを切らしたように光月が叫ぶ。

「結弦を一番助けたがっていたのは、懸命に助けてってお願いしていたのは()()()だよ!」


 わかっている。

 いわ、わかったつもりになって目をそらしていた。そしてどれだけ自分がひかりに頼っているかを自覚した。いや、(すが)っているといったほうが正しい。


 顔を両手でつかみむりやり目を合わせた光月は席を譲った。

「ひかり……」

「ゆーくん……無事でよかった」

 3歳の幼女の姿をした幼馴染の少女は恋する少年の胸に飛び込んだ。

「ゆーくん、ゆーくんゆーくん……」

「ひかり……ごめんな。ひかり……」

 ひしと抱き合い互いの温もりを確かめ合う。


「おーっ、結弦、正気に戻ったか?」

 やってきたのは先刻まで殺し合った相手の康太(こうた)韋駄天(いだてん)だった。

「その恰好、犯罪にしか見えないから、正気に戻ったほうがいいと思うよ」

「うるせーっ!」

 韋駄天の冷やかしを無視して、光月のひかりを抱きかかえる。


「ゆーくん、日色(ひいろ)さんにもちゃんと謝ろ」

「父さん生きてたのか!?」

「生きてるよう。小鳥ちゃんが看護してるから大丈夫だよ」

 なんで驚くのかわからないとひかりが笑う。

 それはそうだろう。オレが本気で父さんを殺そうとしていたことをひかりは知らないのだから。


 今日の戦いは本気の殺し合いだった。

 クトゥルフやハスターはもちろん、父さんだって康太だって本気で殺そうとした。殺すつもりで戦った。それだけの相手だった。それだけの気持ちで立ち向かわせた。

 本来なら戦う必要のない人たちに剣を取らせた。仲間に剣を向けさせた。それはオレが自棄(やけ)になって暴れたからだ。

 やっぱりオレは弱い。


 商店街近くの空き地に父さんは寝かされていた。

「どうした。私が生きているのが不思議か? お前のへなちょこ剣でわたしを殺そうなど100年早い」

「うん、そうだね。ありがとう、父さん」

 それで父さんは納得したみたいだった。あと「傷が開くからしゃべらないで」と小鳥に叱られていた。


黄泉坂(よみさか)、ちょっと」

 小鳥に呼び止められた。

(ふひと)君に会ってあげて」


 ヒト五郎、本名史五郎(ふひとごろう)は死んでいた。

 彼はオレの忠臣だった。オレの留守を預かり、最後までオレの大切な人を守り抜いた。お前のおかげでどれだけ助けられたかわからない。

「これを……」

 小鳥に手渡されたそれは

AI五郎(あいごろう)……」

 オレが鬼神化したときだろう。ベルトが切れてカバーが溶けかけた腕時計型の携帯AI、AI五郎だった。

「我が本体は幸せでした。すぐに生まれ変わり主様のお役に立つことでしょう」

 それを疑ったことはない。

 普段は騒がしいAI五郎もしおらしかった。

「AI五郎、ヒト五郎に代わりオレを助けよ」

「了解です、はい!」

 AI五郎も元気を取り戻したようだ。


「康太、韋駄天、行くぞ!」

 確信していた。これから最後の戦いが始まる。


     *


「恵比寿、そっちじゃない。あっち」

「へいへい……」

 恵比寿神は背に負うた蛭子(ひるこ)神の言うままに走らされていた。

 そもそもが「混沌(こんとん)がいる」というわけもわからない理由で連れ出されたのだ。


 黄泉平坂(よもつひらさか)はひどい有様であった。

 どこにでもありどこにもない。そんな黄泉平坂であるはずなのにいたるところ戦の痕があった。(すす)け、()け、(えぐ)れ、(くず)れていた。

 (ちまた)で噂の異界からの邪神の侵略の痕なのだろう。天界でも戦神(いくさがみ)が徒党を組んでいると聞いた。恵比寿は戦いを好まぬため参加はしなかった。守りたいものができたこともある。

 もっとも守られるべき女神(蛭子)は参加する気満々だったのだが断られていた。武神でもない以上当然であろう。ヒルコに対する偏見ではなく好意からであった。恵比寿神の妻女はじゃじゃ馬であるとの評判が立ってしまったが、それもまあ、新しく神となった蛭子のお披露目としては上々であろう。


「恵比寿、止まって!」

 立ち止まった恵比寿が暗闇の先に見たものは……異形(いぎょう)だった。


「なんじゃ、あれは……」

「ん、異界の混沌」

 蛭子は何でもないというように答えた。

「混沌は混沌と引き合う。私じゃなければ見つけられない」

「異界の……というと現世を荒らしているあの邪神どもの仲間か?」

「知らない。でも、たぶんそう」


 侵略してきた邪神どもは現世に大災害を引き起こした末に閻魔に討伐されたと聞いた。閻魔も無傷では済まなかった。魔に堕ち掛けたが、眷属に止められたそうだ。

 素戔嗚尊(すさのおのみこと)は滅び、天界神軍は敗れ、倒した閻魔天も傷ついた。

 それなのにまだ無傷の邪神が残っていたのだ。


 暗闇に蠢く異形は実在するようであって存在はなく、年輪の重さを感じさせつつ若々しい。人のようであって人ではなく、獣であって草木でもある。単体のように見えて集団のようにも見える。

 その姿を認識することが難しかった。


「妻よ。お主の目にはどのように見える?」

「ん、混沌」

 蛭子の応えは簡潔であった。

「お主と似たような存在か?」

「ちがう。空間だけでなく時空をも曖昧にしてしまう混沌の存在。蟹のようで蛸でもある。意思があって無でもある。そこに在るのにどこにもいない。ここにいるのに過去にも未来にも存在する」

「よくわからんが、厄介な相手じゃな……」

「ん、強敵」

 大変なことになった。


 恵比寿はどうすれば妻を逃がせるか。それだけを必死に考えた。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 信仰の力により結弦は己を取り戻しました。殺したはずの父も生きていました。さあ、これから反撃です。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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