80.信仰の力
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
おかしい……
身体を本能に預け、心の奥底でうずくまっていた結弦は遅ればせながら気が付いた。
*
こんなはずじゃなかった。
父さんは何故オレの剣を受けたのか。考えてもわからなかった。
オレの編み出した必殺剣『鋼切り』だろうと父さんなら捌けたはずだ。なのに何故、人の身で受け止めたのか……
わからない
オレはひかりを失った。そしてまた父さんを失ったのだ。
ひかりはオレを守って。父さんはオレに何かを伝えようとして。
それが何かはわからない。
もうどうでもいい。
現世なんてどうにでもなってしまえ。オレは閻魔大王として死を司っていた。親父から引き継いでオレなりに必死に人の世を守ってきた。そのつもりだった。
だのにオレは何も守れなかった。
何をやっても無駄だ。
もうどうでもいい。
取り戻した。そう思ったときに失うことは最初に失ったときよりダメージがでかい。
もちろん、最初にひかりを失ったときだってショックを受けた。でも、そのときはすぐに冥府で再会することができた。あのときの喜びは逆にオレの心の中に失う怖さを刻み付けた。それでも当時のオレは子供だった。一杯いっぱいだった。
いきなり冥府の一族の宿命を教えられ、閻魔大王位を継がされ、憧れていた親父と血の繋がりがないと聞かされ、存在すら知らなかった実の父親と対面した。
こんなことが一夜に起こったのだ。誰かに縋りたくなっても仕方ないだろう。オレはひかりと離れなかった。この気持ちを共有できるのはひかりだけだと思った。
現世にいるうちは覚醒していなかったひかりだが、オレを守ることに躊躇はしなかった。たとえ命を失うことになったとしても。だから、死んで冥府で鬼として甦ったときは混乱したことだろう。そしてオレとの別れを嘆いたか。それともいずれオレが覚醒したときに再会できると知って喜んだか。とにかく思ってもいなかった宿命を知らされ混乱し、悩んだはずだ。それを共有できるのはひかりだけだった。
その宿命により再会できたのだが、それは結果論だ。
あのときのひかりは、死別の覚悟でオレを守ったのだ。鬼として、あの美しい月夜叉として甦れたのは奇跡のようなものだ。
オレ自身には命を捨ててまで守られる価値はない。だからその行為を尊いものに昇華させたのはひかりだ。ひかりの思いが守る価値のある存在としてオレの価値を押し上げたのだ。そうでなければオレはあそこで清志郎の放った凶弾で死んでいたかもしれない。
オレはまだ覚醒していなかった。閻魔大王であった親父に育てられ閻魔紋章を植え付けられていたとはいえ元は赤の他人だ。覚醒などするはずもなかったのだが。とにかくあのときのオレはただの人だった。だからオレは死ぬはずだった。
それをひかりが救った。
オレは生き残る価値があるものとなり、親父の望み通り閻魔大王となった。
閻魔となってもオレの心はひかりに依存していた。
あまりにも大きな変化を心が拒んでいたのかもしれない。かつての日常の象徴であるひかりから離れたくなかった。だから、あの無謀な十字教天界遠征にも同行を許した。ついてくると言われたときは心底ほっとした。危ないのはオレではなくひかりだというのに。そんなことにも気づかずオレはひかりを連れて行った。ついてきてもらった。
結果的のその判断は間違っていた。
最後までオレを守り抜き、オレのことを心配し、オレの愛を受け入れ、そしていなくなった。
光月として生まれ変わったと知ったときはうれしかった。仏にも神にも感謝した。
また会えたと思った。
だが、それは勘違いであった。
光月は……光月だった。
光月はオレによくなつき甘えてきた。それはとても可愛らしく、愛しいとすら思った。
でも、ひかりではなかった。
同じ魂なのだから当然だが、そこかしこにひかりの面影を見た。ひかりと同じものを好み、同じ言葉を話す。ひかりによく似ている。だが、オレとの関係は変わった。
ひかりはオレを守ったが、光月はオレが守るのだ。
当たり前だ。3歳の幼女に守られる高校生がいてたまるか。
だから、光月はひかりじゃない。
セラフィエルに閻魔堂が襲撃されたとき、光月に月光菩薩様が憑依した。3歳児の心の中に月光菩薩が入り込んだ。一つの体に二つの魂が無理矢理入り込んだ。二つの魂の隙間に光月と同化しきれなくなったもう一つの心が魂として生まれ落ちた。
ひかりと再会できた喜びは言葉では言い表せない。
その感動をクトゥルフは文字通り踏みにじったのだ。
憑依した肉体が壊れても月光菩薩は大丈夫だろう。元々魂だけの存在だ。仏の肉体などあってないようなものだ。光月の魂は月光菩薩が守ってくれるだろう。あのときもそうだったのだ。
だが、ひかりは違う。光月の中からひかりだった部分が分かれた存在。魂としても半端ですぐにでも壊れてしまいそうな。転生などできようはずもない。
だから守らなければいけなかったのに……
痛てっ……
突然の苦痛に視界がゆがむ。
いつの間にかオレの体は康太と戦っていたらしい。なんで康太が……?
もう一人いた。こちらは韋駄天か。
康太も韋駄天も強くなったものだ。怒りを開放し本能のままに荒ぶるオレはおそらく武神としては最強の部類であろう。そんなオレと互角に渡り合うとは……
だが、それも終わりだ。
オレは康太を殺す。韋駄天も殺す。
そして現世を滅ぼすのだ。
ひかりのいない現世に何の未練もない。
おかしい……
オレはじごくの法のばんにんだ。そんなこと考えるわけがない。
だいたい、うつしよにはみつきがいる。ことりがいる。仲間がいる。ほろぼしていいわけがない。けんぞくならば冥府でよみがえるだろうが、けんぞくいがいのなかまもいるのだ。
なぜ、こんなことをかんがえたのか?
あたまがぼーっとする。かんがえることがひどくむずかしい……
*
結弦はすごい奴だ。
子供のころから難しいことをいっぱい考えていて、俺にはよくわからなかった。でも、家族を、仲間を大切にして一所懸命に守ろうとしていた。それはきっと育ての親である魔王様の影響だろう。
そういえば、結弦はいつも魔王様のようになりたいと言っていたっけ。
その一方で正義についてもこだわっていた。
結弦は卑怯な振る舞いをひどく嫌っていた。だから学校でも俺たちのクラスでいじめなど起こらなかった。いや、起こさせなかった。
口の重い結弦だが、代わりにひかりが話した。言い訳をしようとする奴らはひかりが言い負かした。暴力に訴えようとしても結弦には勝てない。結果、いじめは未然に防がれ、いつしかそうした振る舞い自体がなくなっていった。
俺は隣でへらへら笑っていただけだった。笑わせていただけだった。正義の押しつけはときに圧迫となる。笑わせることで結弦たちがクラスに溶け込む役に立っていたと思いたい。
俺たちは仲間だった。そして結弦がやりたいように手助けをした。なりたいものになれるよう後押しをした。あの頃から結弦には王者の風格があった。
「だが、今のお前はどうだっ! あの頃の自分に胸を張って言えるのかっ! なりたかった自分になったと!」
康太の叫びに炎撃が応える。
後で半壊状態だったマンションが切断され崩壊した。
「『鋼切り』……よくわかったよ」
「康太、どうする? このままじゃ、手の打ちようがない」
「心配するな、韋駄天」
康太が隠し持っていた切り札を取り出した。
「それは何だい。ピストルかい?」
韋駄天の言う通り、それは一丁の拳銃だった。
「弱者には弱者なりの戦い方があるってことよ」
*
康太だって底辺とはいえ神殺しだ。ただ結弦に付き従っていたわけじゃない。
剣神を倒して神殺しとなった康太が得た権能は剣技だ。だから武器に詳しい神に話を聞いて回った。だが、武器の神様などいなかった。ならば刀鍛冶だと康太は考えた。
金山毘古はそうして訪ねた鍛冶の神様である。伊邪那美命が火之迦具土神を産んで火傷をし、病み苦しんでいるときに、その嘔吐物から化生した神である。女神金山毘売と対を成す。
「神を殺せる武器とな……お主、すでに殺しておろう」
「いえ、これから戦うのはもっと強い相手です。異界から襲来した邪神ですから」
そのときの康太は邪神クトゥルフと戦うことを想定していた。
「ああ、天界で武神たちが騒いでおった、あれか?」
「はい」
「小山のように大きいと聞く」
「はい。その巨体で空を飛び、大きな鉤爪と触手で攻撃します。また、口から溶解液を吐き何でも溶かすそうです」
「なんと。それでは無敵ではないか」
その通りだ。だからこそ神の知恵を借りに来たのだ。
「それほどに大きく無敵ならお主のような刀使いでは難しかろう」
「ですが、ただ見ているなどできません」
金山毘古は少し考え言った。
「お主、弓は使えぬのか?」
「弓ですか……使ったことはありません」
「なら練習せよ。いずれにせよ、そんな巨大な相手に刀では立ち向かえぬ。飛び道具が必要だ」
「ですが、弓矢での攻撃は通じませんでした」
天界神軍でも力自慢の神々が強弓で攻めたがクトゥルフはびくともしなかった。
「ただの矢ならそうであろう。だからここは信仰の力を借りるのだ」
「信仰ですか?」
「そうだ。現世では銀の武器で魔を破るというそうではないか。だからこれだ」
銀の鏃を持ち金山毘古は自信満々に答えた。
「シルバーブレッドのことですか? あれは作り話では……」
「まるきり故ない話ではないぞ。元々、銀は反応性が高い金属だ。権力者が毒を検出するために使われていた。そこから銀は魔を見つける。転じて魔を払うとされたのだろう。だからこそ信じられているのではないか?」
なるほど、鍛冶の神様の言うことには説得力がある。
「武器が信仰なら可能性を最大限に高めたいです。鏃ではなく弾丸に加工できませんか?」
「鏃の方が恰好いいのに?」
「お願いしますっ!」
金山毘古は渋々弾丸に加工してくれた。康太の言うことに理があると悟ったためだ。
*
この銃にはそんな神の加護が込められた銀の弾丸が詰められている。
「喰らえ、シルバーブレッド!!」
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
父親をも倒してしまった結弦の前に立ちふさがったのは幼馴染で神殺しの康太でした。康太としても幼馴染が魔に堕ちるのを見過ごせません。康太は荒ぶる鬼神をいかにして止めるのでしょうか。
稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




