79.父の死
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
それは夢を見ているようだった。
気が付くとオレは父さんと戦っていた。
まだ、体は本能に預けたままだった。それでも今何をしているのかは分かった。
ハスターはどうしたのだろう。緑色に腐食した大地を見て気づく。どうやらオレは無事ハスターを打ち倒すことができたようだ。
なら何故、オレはお父さんと戦っているのだろうか?
まあ、そんなことはどうでもいい。
オレはひかりをまた失った。そんな世界に戻りたくない。思い出したくもない。
きっとオレはハスターに怒りをぶつけたのだろう。鬱憤を叩きつけたのだろう。その結果がこの緑色の腐った大地だ。
膨大な面積が瓦礫、いや汚染されていた。
そんなオレをお父さんは止めようとしているのだろう。
それもどうでもいい。ひかりのいない現世なんてどうなろうと知ったことじゃない。
そんなオレを光月は怖がるかもしれない。
そんなオレを小鳥は嫌いになるかもしれない。
いや、そんなことはない。光月も小鳥もそんなことで見放してはくれないだろう。
だけどそうじゃないんだ。
お前たちを選ばなかったオレはお前たちの好意を受ける資格がない。
だからお父さん……オレを殺してくれ。
この腐った世の中で最も汚いオレを終わらせてくれ。
なのになんだよ……
最後の瞬間はよく覚えている。
目も止まらぬ攻防の末、最後の一太刀はオレの剣で応えようと思った。お父さんならそれを打ち破ってくれると信じていた。いや、甘えていた。
お父さんはオレを甘やかせてはくれなかった。
必殺剣を振りかぶり飛び込んできたお父さんは……オレの剣を体で受けた。
血が吹き上がる。
緑色ではない、命を象徴するような真っ赤な血が
*
「うわあああああぁぁぁぁぁ―――――――っ!」
鬼神は立ち塞がる敵を切り倒すと頭を抱えて叫び声を上げた。
頭を抱え膝から崩れた。
髪をかきむしると、こらえきれないというように両手を地面に叩きつける。何度も何度も。
その衝撃に半壊していた周囲の建物が崩れる。
だが、そんなことにも気づかない。
「いい加減にしろよ」
そんな親友の姿に康太は怒りを覚えた。
山元康太は結弦の幼馴染だ。閻魔の眷属ではあったが、一兵卒にすぎぬ身を嘆き、神の力に憧れていた。努力と偶然により剣神を倒し神殺しとなったが、それでも突出する個とはいえない。結弦とはようやっと足下に立った位の差があった。
だからこそ幼馴染のみじめな姿を見ていられなかった。
「小鳥を守れなくてお前が悔やんでいることはわかる。俺だって悔しいさ。
閻魔堂を潰されて怒るのもわかる。俺だって怒っている。
宵が原の街を壊されて絶望するのもわかる。俺たちが生まれ育った街なんだ。
だがなっ!
止めようとしてくれた日色将軍を切ったのはなぜなんだ!? お前の父親じゃないかっ!
日色将軍が何を思ってお前に切られたのかはわからねえ。だけど将軍はお前を心配して止めようとしてくれていたんじゃねえのか? そんな日色将軍が命を懸けてとった行動を見て、それでもお前のとる行動はそれなのか!?
自棄になって暴れて、廃墟となった街にとどめを刺すことがお前のやりたいことなのか? しっかりしろ、結弦っ! 目を覚ませっ!」
親友の檄に鬼は顔を向けた。
そしてうっそりと立ち上がると……剣を抜いた。
「そうかい……そこまで落ちぶれたんなら遠慮はいらねえな」
結弦の気持ちはわかる。わかりたくないけど
傷ついて不貞腐れているときに、ちゃんとしろなどと言われれば反発したくなる気持ちはわかる。そろそろやんなきゃなと思っているときに「宿題しなさい」と言われたらやりたくなくなるあの感情だ。
あいつは俺たちに甘えているのだ。それ自体は嫌ではない。でもな……
やっていいことと悪いことがあるだろうがっ!
「お前がこれまでどれだけ努力してきたかを俺は知っている。みんなのために悩んできたことも知っている。それなのになんでそんなに簡単に手放せるんだっ! 取り返しのつかない失敗一つでこれまでの努力を無駄にしていいのかっ!
お前には他にも大切な家族がいるだろう。仲間もいるだろう。そいつらはどうでもいいのかよっ! お前がなりたい姿ってそんなもんだったのかよっ!
魔王様はそんなことしねえ。ぜってえしねえ!
お前は魔王様みたいになりたかったんじゃないのかよ。あんな風に人の役に立ち信頼される大魔王になるんじゃなかったのかよ。
答えてみろよ。お前は今の自分を誇れるのかよ。そんな顔して光月に会えるのかよ。小鳥の目を見返せるのかよ。ひかりになんて言うんだよっ!」
豪剣が飛んできた。
「それが答えかよ……」
間一髪で避けながら康太は思う。
俺も覚悟を決めなければと
今のあいつは最高の武神の一人であろう。止めるなんて簡単なことじゃない。
だが、実の父親である日色将軍は結弦の剣をその身で受けた。もう一人の父親である魔王様は閻魔堂と一緒に潰された。先に暴走しかけた結弦を止めたという光月も一緒だ。まあ、月光菩薩様と同化した光月が踏み潰されたくらいでどうにかなるとは思わないが。
素戔嗚尊様はクトゥルフに殺された。天界神軍ですら蹴散らされた。もう、結弦を止められるものはいない。だから俺がやるしかないんだ。
「お困りかい?」
次の手を考えている康太に声がかけられた。
「韋駄天っ!」
それは康太のライバルにして、神足を授けてくれた守護神韋駄天であった。
韋駄天の顔を見るなり、心は定まった。
「困ってはないが、手伝ってくれると助かる」
「いいとも!」
伝説の昼帯番組みたいに韋駄天が応える。
口にせずとも伝わっている。
韋駄天の姿が消えた。いや、一歩目から神足を発動したのだ。
一瞬で鬼神の顔前に現れるや
「閻魔のばーーーーーーか!」
ガキみたいな悪態をついた。
だが、それで十分だった。
鬼神が焔魔刀を振るう。だが、刃が達するころには韋駄天は間合いのはるか外にいた。
鬼神の肩口から血が噴き出す。
「俺もいるんだぜ」
韋駄天と康太の連携であった。
快足を活かして神と神殺しは鬼を翻弄する。
悪態をついては逃げ回り、その隙にもう一方が切り付ける。それを追いかければもう一人が攻めかかる。狙いを一方に絞ろうとも神足は神の目にもとまらない。韋駄天の快足剣はそれだけ厄介であった。
「うぎゃ……」
韋駄天が見えない壁にぶつかり悲鳴を上げた。追撃する炎の刃。
「韋駄天っ!」
康太が韋駄天を押し倒し、刃を避けた。
「なんだよ。いったいもう……」
「日色将軍との戦いで見た。炎を薄い膜状に展開した防壁だ」
「炎? 熱くはなかったけど?」
「炎自体じゃないんだ。瞬間的に空気を加熱することで急激に膨張させ、瞬間的に真空状態を作り出すんだ。元々はハスターの超音波を防ぐためだったんだが、日色将軍を足止めするぐらい吸引力がある」
「なるほど、それでおいらの足も止められたってわけか……やっかいじゃね、これ」
確かに足止めに使われれば軽量でスピードに特化した韋駄天には邪魔であろう。だが、それは使う側にもデメリットがある。
「問題ない。防壁を避けて繰り返す」
「また防壁を張られたら?」
「張るより前に抜ければいい。できるだろ、韋駄天なら?」
「おいらを誰だと思ってるんだい?」
作戦は決まった。韋駄天は理解してないようだが
「閻魔のば~か、ば~かっ!」
あっかんべーにおしりぺんぺんまでして挑発する韋駄天。
子供だましのようだが、見てるこちらまでイラっとさせられるとんでもない威力を持っている煽りスキルである。
迫りくる焔魔刀をすり抜けて康太が切り込む。防壁があっては攻撃が放てない。見えない防壁を避ける確実な方法は攻撃が来る方向に飛び込むことだ。
刀と一体となった左手の外小手を切り裂いた。
案の定、背中側には防壁は張られていない。
韋駄天から与えられた神足の権能で追いかけてくる熱風より早く康太は離脱する。
陽炎の中に鬼神がたたずむ。
どうやら周囲を防壁で固めたようだ。
「まだまだ甘いよ」
地面すれすれを駆け抜けた韋駄天が、足首の腱を切断する。
「うおおおおおぉぉぉぉぉーーーーl!」
巨体を支えきれず鬼神が膝をつく。
「上ががら空きだぜ!」
頭上から飛び込んだ康太が、盆の窪をを抉る。そのまま足元の隙間から離脱する。
二人の攻撃に懲りたのか、足下から頭上まで全周に防壁を張ったらしい。
鬼神の周囲が円を描いて溶けだした。
どうやら地面まで隙間なく張り巡らせたようだ。
これを待っていた。
真空の防壁を張り続けていればどうなる。中は密閉状態だ。しかも結弦は焔魔刀を振り回している。炎によって酸素は消費され、戦闘続きで荒い呼吸をしている肉体を痛めつける。20mを超える巨体を維持するのに必要な酸素はいかほどであろう。
結弦。
お前は理解していないかもしれないが、いくら神化したといってもその肉体は人間なんだぜ。
決着のときが近づいていた。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
日色の体を張った説得にも結弦は目を覚ましません。最後に立ちふさがったのは眷属であり、幼馴染の康太でした。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




