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78.vs父

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「初手としてはまずまずだな」

「…………」


 様子覗いの舌戦には乗ってくるつもりがないようだ。いや、その思考すら放棄しているのであろう。

 息子はもう少し考え込むたちであったと思っていたのだが、違ったようだ。それとも思考を放棄しなければならないほど、ハスターは強敵であったということか。


 序盤、結弦(ゆづる)が押していたはずだが、流れが変わった。

 ハスターが強くなったわけではない。ただ受け応えを覚えたのだ。

 戦術とは相手がいて成り立つものだ。自儘(じまま)に力を振るう戦いには戦術など成り立ちようもない。それは単なる暴力だ。

 暴力が戦になるためには相手を認めなければならない。戦とは相手に勝つことなのだ。


 異形(いぎょう)の侵攻にはその視点が欠けていた。

 敵にいかなる理由があるのか知らないが、端からコミュニケーションを取ろうとする姿勢がなかった。異界の、異文化との意思疎通は難しいものだろう。だが、その努力もしないとなると考えられる理由は二つしかない。

 コミュニケーションを取る相手とみなされていないか、取る能力がないかだ。


 例えば、人がタヌキの生息域を開墾して侵略したとする。そのとき、人はタヌキとコミュニケーションを取ろうとするだろうか?

 また、野生のイノシシが、人の耕作地を冒すとき、人とコミュニケーションを取ろうとするだろうか?

 人の(おご)りもあるだろうが、両者には明確な違いがある。

 イノシシは欲求のままに行動しているだけであって他種族とコミュニケーションを取ることなど考えていない。できはしない。

 人はタヌキを、コミュニケーションを取る対象とみなしてはいないが、タヌキのコミュニティは認めており、申し訳ないとの気持ちがあるのだ、だから、その反撃としてタヌキに化かされるなどという寓話が生まれるのだ。つまり人はタヌキより上の存在だと考えているが、タヌキがそれを不満に思っているとの認識はあるのだ。


 しかしてあの異形どもはいかがであろう。

 一方的に侵略してきたもののコミュニケーションを取る素振りは見せなかった。

 闘いにおいてもそうだった。相手の攻撃を覗おうともせず、一方的に蹂躙した。あれは断じて戦などではなかった。意思疎通の図れぬ獣と戦っているようなものであった。


 その暴力において結弦は圧倒した。

 敵を殺した。だがそれは勝利と呼べるのだろうか。


 暴力は何も解決しないと言う。

 その通りだ。それは話し合いで解決しなさいということではない。争いごとを決着させるのは明確な意思を持った武力である。意思を伴わぬ暴力ではない。


 それは解決ではないのだろう。だが、争いは終わらせられる。

 古の神々は相撲で争いごとの勝者を決めた。ルールに則り代表者の戦いで勝負を決める。それで争いは終わる。だから人々は相撲を神事と定めた。

 戦争も同じことだ。一対一でこそないが、国を代表する軍隊がその主張の代わりに武力をぶつけるのだ。敵軍を打ち破ったからといって権益が手に入るわけではない。ただ、神事に勝ったから敗者も言うことを聞くのだ。


 この戦いはどうであろう。

 武力の衝突ではなかった。互いに主張は表明されなかった。だからこれは神事ではない。神々の戦いだからといってすべてが神事にはならない。むしろ神々だからこそ我が強いのだ。ただの力比べで野良相撲が行われる。主張のぶつかり合いでもないただの力比べ。それは紛れもなく暴力だ。神事などではない。


 この戦いもそのようなものだ。

 異界の神を名乗るものが、この国に来て暴れまわった。そして叩き潰された。勝者も暴力に飲まれ怒りを抑えられないでいる。その影響で壊滅していた街が復興も見込めぬほどに荒れ果ててしまった。

 このままでは息子も邪神の汚名を着せられよう。


 父親としてそれを見過ごすことはできない。


 日色(ひいろ)は剣を抜いた。

 特別な剣ではない。十拳剣(とつかのつるぎ)、どこにでもある長剣だ。素戔嗚(すさのお)が手放したものを拾い、勝手に使っているものだ。

 結弦に剣先を切り飛ばされたのだが、日色は劫火をまとわせることで補っていた。


 まあ、焔の鬼神と戦うにはどんな名工の手によるものでも(はがね)では持たないだろう。なにより奴には『鋼切り』という技がある。

 ならば、ただの鋼より(くう)であって(しん)のある炎の剣がちょうどよい。


「行くぞっ!」

 かつて勇者だった男は、息子に剣を向けた。


 鬼神の身長は20mを越えている。人の体を持つ日色がいくら剣を伸ばしても急所には届かない。だから風を纏って跳ぶ。


 鬼神は前面に真空の膜を展開していた。風対策のつもりらしい。

「しゃらくさい!」

 それ以上の熱で切り裂いた。

 大気を司るハスターの超音波なら防げたかもしれないが、今、目の前に立ちふさがっているのは百戦錬磨の元勇者なのだ。獣同然の邪神とは違うのだ。


 防御を破って突っ込んでいく日色に鬼神は焔魔刀(えんまとう)()を叩きつけた。

 間合いを破られ懐に入られたのだ。リーチのある剣先では間に合わない。とっさにしてはいい反応だ。もっとも息子が鍛錬を怠っていないことは承知している。

 だが、その程度で(さば)けるとは思わぬことだ。取った先手は必ず活かす。


 日色は鬼神の左手を切り飛ばした。

 これでまともに剣を振るえないはずだ。

 だが、日色も敵を甘く見ていた。


「なに……!?」

「うおおおおおおおおおおおおおーーーー――――――っ!!」

 鬼神は右手で刀身を掴むと左手の傷口に焔魔刀を柄ごと突き刺した。左腕は焔魔刀と一体となり握る必要もなくなった。

 焔魔刀と一体となった左腕が、焔の塊が日色を襲う。

 とっさに下がり斬撃を躱……せなかった。

 突破してきた真空の膜が日色を引き寄せ離さない。


「ぐわぁっ……」

 焔の打撃の勢いでやっと日色は真空のトラップから解放された。

 怒りに身を任せ理性を放棄していたが、考えすぎるきらいのある息子なりの戦い方なのだ。決して力押し一辺倒ではない。


「成長著しいとはこのことだな、息子よ」

 剣を杖にしてよろよろと起き上がる日色。その目にはやられた悔しさより、息子の成長を喜ぶ慈愛に満ちていた。

 だが、闘争の意志は失われてはいない。炎を得意とする日色にとって焔の打撃は見た目ほどのダメージはなかった。


「ならば、どこまで成長したか見せてもらうぞ」

 再び風を纏って跳躍する。

 今度は防御を越えて鬼神が打ち込んできた。十拳剣で受ける。纏った風の力を最大にして支える。

 (ほのお)(ほのお)のぶつかり合いだ。

 膨大なエネルギーの衝突に大気がプラズマ化して爆散する。


 鬼神は爆風をまともに受けたが気にもしない。

 一方、日色は巧みに衝撃を躱し、すり抜ける。


 裏を取った。

 急所である延髄を狙って十拳剣を振り下ろす。既に日色は結弦を無事に止めることを諦めていた。それだけ息子は成長しているのだ。殺すつもりでかからねば殺される。理性を手放した結弦はそれだけの存在なのだ。


 外しようもない渾身の一撃だった。そのはずだった。

 結弦も捉えていたわけではないのだろう。日色の殺気を感じて全身から熱を放った。法気を総て熱に変換して放出した。

 焔を纏った十拳剣は圧倒的な熱量に弾き返された。

 完璧な全方位防御だった。


 第一ラウンドで互いの手の内を見せあった。続く第二ラウンドは睨み合いとなった。

 時折、日色が炎撃を放つ。ジャブみたいなものだ。結弦が躱す。簡単に受けて裏を取られるようなミスは犯さない。


 膠着状態。

 日色の攻撃は通じない。膨大な熱に曝され鎧は(すす)け、全身火傷だらけだ。

 だが、それは劣勢を意味しない。これは結弦の戦い方ではなかった。


 結弦はハスターとの闘いでは常に先手を取っていた。カウンターをくらうことはあっても気にせず、先に次の攻撃を繰り出すことに専念していた。リズムを乱されることを恐れずテンポアップで圧倒した。

 だが、今回は攻めに転じられない。的が小さいこともあるだろう。だが、それ以上に攻めることでできる隙を見せられないのだ。それだけ日色という男、元勇者の力量は卓越していた。

 後の先、我慢しきれなかった方が負けになる。両者がそれを理解していた。


 理解している……つまりは結弦に理性が戻ってきているということか?

 だが、相変わらず結弦が発するのは咆哮のみで言葉を話すことはない。その目は爛々と輝き怒りのはけ口を覗っている。

 相手が既に仇ではないことも理解していないようだった。


 やはり、息子の心は傷ついているのだ。

 大事なものを再び失い。現実を直視したくないと理性を手放した。心の殻に閉じこもっているのだ。

 考えてみれば息子は生まれてから様々なものを失ってきた。生まれてすぐに父を失い(のちに再会したが)、母を目の前で奪われた。養父に育てられてからも理不尽な暴力で幼馴染を殺された。しかも自分を庇ってのことだった。トラウマにならない訳がない。

 成長してからもガールフレンド(この表現であっているか?)を殺された。取り戻したと思ったら、また奪われた。引きこもりになりたい気持ちはわかる。


 だが、よく考えろ、息子よ!

 お前は奪われもしたが、多くのものを得てきたではないか。守ってきたではないか。

 それは失ったものの輝きに決して劣ってはいない大事なもののはずだ。

 それをよく思い出せ、息子よ!


 だから父は何度でも立ち塞がって見せよう。叱咤激励してやろう。

 お前が勇気と正義を思い出せるように。


 果てしなく続くかと思った膠着の末、日色は十拳剣を正眼に構えた。

 父親としての正義を執行する心構えができた。

 結弦、確かにお前は強い。だが脆い。

 強いだけではダメなのだ。(したた)かであれ。それは心に柔軟性を持つことだ。強いだけではいつかは折れてしまう。折れないように心を鍛えろ。硬くではなく強靭に。


 殺すことは可能だ。だが、それでは息子の心は甦らない。

 お前を止めるのに殺すことでは解決しない。だから私の強さを見せつけてやろう。かつて最愛の妻を失っても立ち直れた父の強さを。


 その攻撃は速くはなかった。

 これまでの攻防を思い返せばスローモーションのようであった。

 飛び込んだ日色は十拳剣を大きく振りかぶる。

 結弦もそれに合わせて焔魔刀を振るう。それは爆焔ではなく研ぎ澄ませた断ち切る剣、『鋼切り』であった。

 白熱し輝く刃に日色は剣を交えなかった……


 日色の体を『鋼切り』が切り裂いた。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 父との勝負に決着がつきます。その勝者はどちらであったのか。何をもって勝ちと呼ぶのか。次話をお待ちください。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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