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77.異形の終焉と繰り返される破壊

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 街を破壊し尽くした巨竜の前に鬼神が()えた。


 鬼神が(ほのお)の刃を振るう。傷だらけにもかかわらずむしろスピードが乗った攻撃だった。

 (かわ)すはずだった竜の尾の先端が切り飛ばされる。


 巨竜が吼えた。

 だが、それより先に炎戟(えんげき)が捉える。


 アレグロビバーチェ!

 より速く!

 鬼神の攻撃はダンスをワンテンポ加速させた。


 巨竜のかったるいテンポには付き合っていられないと。

 翻弄されつつあったリズムを取り返した。


 竜が踏み込み誘う。鬼神が剣戟で応える。

 躱すはずだった巨竜の皮膚が切り裂かれる。既にリズムは鬼神に取り返されていた。躱せたはずが追い付かれる。

 リズムを取り返そうと竜もテンポを上げる。


 アレグロビバーチェ!

 より速く!

 鬼神はさらに加速させる。


 竜が誘う。

 鬼神が応える。

 竜は躱すが刃に捕らえられる。


 竜が誘う。

 鬼神が応える。

 竜は躱しきれない。


 竜が誘う間もなく刃に切り裂かれる。

 既にダンスは鬼神にペースを握られていた。


 いや、鬼神はダンスを踊っているのではない。

 怒りに任せて刃を振るっているのだ。その切り替えしが早すぎて竜がステップで後れを取っているだけなのだ。

 当たり前だ。

 これは元より死闘なのだ。


 力負けしているハスターに舞踊のリズムを教えた者がいた。

 力押ししか知らぬハスターは相手の呼吸を読むことで一時的に優位に立った。だが、それは詮無いこと。戦いには相手がいるのだ。いつまでも同じリズムで戦ってはくれない。

 リズムを乱される。舞踊ではよくあること。無拍子、もしくは変拍子を挟み、相手のリズムを乱す。

 それだけならば相手を見極めれば対処もできよう。


 だが、相手がテンポを上げる。それもこちらが対応できないほどに速く。

 それはもはや実力の範疇だ。相手がこちらの実力以上にテンポを上げればダンスは相手のものだ。翻弄され醜態をさらす以外の選択肢はなくなる。

 相手に支配されている以上、降りることすらままならないのだ。


 敵は、リズムの取り合いを放棄した。

 理性を捨てて感情むき出しの力勝負に出てきたのだ。


 誘う。打つ。躱す。返す。

 誘う。打つ。躱す。返すの四拍子が加速される。


 誘う。打つ。躱せず切られる。

 誘う。打つ。躱せず切られるの変則三拍子に変わる。


 さらに加速する。

 誘う。打つ。切られる。

 誘う。打つ。切られる。


 さらに加速する。

 誘う。切る。

 誘う。切るの二拍子へ。

 もはやハスターはただの的に成り下がる。


 もちろんハスターもテンポを取り返そうと攻撃を繰り出す。

 だが、所詮は邪神。クトゥルフら同族相手ならまだしも剣技を芸術の域まで高めた(やまと)の神相手には児戯にも等しい。


 鬼神にもリスクはあった。

 速さを求めるために理性を放棄した。

 敵の攻撃を視認し、反応することを捨てた。


 敵の攻撃を無視し、己の次の攻撃を当てることに専念したのだ。

 切る。戻す。相手の出方を見極め、次の攻撃に移す、から、切る。戻す。切る、に変えたのだ。

 相手の反撃が来ようと関係ない。

 切る。キル。KILL。ぶった切る。


 こんな攻め一辺倒は通常なら通用しない。避ければいいのだ。

 だが、ハスターはアレグロビバーチェに誘い込まれていた。なまじリズムを支配することで優位に立ったばかりにその誘いに乗ってしまった。

 速い。ついて行ける。

 さらに速い。まだ、ついて行ける。

 もっと速い。ついて行け……後れを取った。次こそは……

 もっともっと速い。切られた……

 もっともっともっと速い。もう逃げることすらかなわない……


 だが、どこまで速くなるのだろう。

 速さの代償は己の理性なのだ。


 ハスターの身に致命的な斬撃が加えられた。

 逆袈裟にハスターの体が二分される。それが四分、八分、十六分、三十二分、六十四分。細切れになった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー――――――っ!!」

 鬼神が吼える。


 既に形を成さないハスターだった残骸を叩く。

 鬼神にとっては意味のあることだった。

 己の守りたいものを殺した仇はその存在の痕跡すら抹消するために。


 だが、それは既に滅びた宵が原の街にとどめを刺す行為だった。


     *


 侵略者は倒された。

 勝者である鬼が雄叫びを上げる。


 四分され、八分にされ、十六分、三十二分、六十四分。細切れにされた侵略者を鬼はさらに叩き続ける。

 いかに生命力に長けた異界からの侵略者とはいえ、生きているものではないだろう。


 それでも鬼は叩き続ける。

 まるで存在の痕跡すら残したくないかのように。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー――――――っ!!」

 再び鬼神が吼える。

 それは勝利の雄叫びなどではなかった。

 失ったものを諦めきれないかのように。

 奪ったものの命ですらあがなえないというように。


 悲しみは痛いほど理解できる。

 ここ……かつて栄えていた宵が原の街に……今は瓦礫の大地にたたずむものが皆持ち合わせている感情なのだ。


 だが、それは何も生まない。

 腐食性のある異形の生き血(もう死んでいるだろうが)を撒き散らし、大地に染み込ませることは街の再生には障りとなろう。


結弦(ゆづる)、もう止めよ」

 かつて勇者だった者が鬼神を(いさ)める。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー――――――っ!!」

 聞きたくないというように再度、鬼が吼えた。

 それは悲痛な叫びであった。


 かつてハスターだった肉片を叩く鬼。

 許せない。許したくない。その気持ちは伝わった。


 だが、為政者としてはあってならない所業なのだ。

「結弦、気持ちはわかる。だが、いつまでも利き分けのない真似をしていると実力で止めることになるぞ」

 元勇者もそんなことはしたくない。奪われた自分にとっても小鳥は現在の同級生であり、ひかりは賽の河原で命を捨ててその魂を救った仲なのだ。浅いかかわりではない。


 それでもここは現世(うつしよ)なのだ。

 黄泉(よみ)の国なら現閻魔大王(えんまだいおう)である息子(結弦)の好きにさせてもよい。だが、現世に影響があるなら止めねばなるまい。気の進まぬ役だが、父親であるからには引き受けねばなるまい。


 剣を抜いた元勇者を見返す鬼の目には理性の光はなかった。


 炎の刃が飛んできた。

 ノーモーションからの斬撃とは思えない鋭さだ。


 元勇者は理解した。

 息子は想像を絶する異界のものと戦うため理性を手放したのだ。


 それはある意味正しい。

 想像を絶する敵なら想像するだけ無駄だ。理性を手放し、反射だけで戦うことは理性的ですらある。

 物理である以上、その速度には限界がある。ならば限界に近づくため不要なものはかなぐり捨てる。鬼神の本能のままに剣を振るう。それが理性的な正解であろう。


 だが、それは簡単なことではない。

 本能を動かすためには理由が必要だ。その最たるものは欲求だ。


 本能を突き動かす欲求となり得るものは何か?

 生命の危機?

 いや違う。結弦はハスターへの対処を掴んでいたはずだ。


 侵略されたことへの反発?

 それも納得いかない。ああ見えて案外冷めているやつだ。それも運命と受け入れそうだ。


 強者との闘い?

 案外それはあるのかもしれない。だが、それは理性があるからこそ楽しめるというものだ。本能のままに力で圧倒するのは楽しむとは言えまい。


 愛するものを奪われた怒り?

 わかっていた。一番高い可能性をわざと残していた。父親としては息子の恋路など応援したくも触れたくないものなのだ。


 だが、しょうがあるまい。

 非道に走った息子を止める。それが父親というものだ。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 ついに結弦はハスターを倒しました。それでも結弦の心は晴れません。やりようのない怒りは街のさらなる破壊となって吐き出されます。父親日色は結弦を止められるのでしょうか。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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