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76.ひかりよ

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 考えることは悪いことじゃない。

 だけど、感情を理性が抑え込んでしまうことは本当に正しいことなのか?


 感情のままに行動してしまっては獣と同じだ。

 オレは極楽教(ごくらくきょう)の神、冥府(めいふ)の王だ。


 だから、理性的に振舞わなければならない。秩序を保つためにはそれが必要だ……本当か?

 法に従って統治する。たしかにそれは公平だ。だが、人にはそれぞれ事情がある。状況は人それぞれだ。それを総て公平に裁く法など作れるものなのか?

 法で全てが裁けるのなら、裁判はAIが行ったほうがいいだろう。だが、そうはならない。それは何故か?

 人には情があるからだ。情状酌量を加味して判決を下すから人々は納得する。無機質に下された判決に従うだけなら人は機械の奴隷だ。

 お釈迦様だって情にほだされ()()()()にチャンスを与えたじゃないか。それを活かさなかったのはカンダタの問題であって、本来裁きには情が必要だ。


 オレだって法を曲げて小鳥(ことり)を助けた。

 義父の虐待を受け、誤解から母親に殺された小鳥は、本来なら転生して新たな人生を送るはずだった。だが、それでは誰も救われない。

 殺された小鳥は魂に浄化しきれない傷を負っただろうし、彼女を愛していたはずの母親は殺人犯として後悔ばかりの余生を過ごすことになっただろう。なにより一番の加害者だった男は何の罰もなく世に解き放たれることになる。もちろん、死んで冥府に来た暁には生まれてきたことを後悔させるほどの罰を与えるつもりだが。その後には7代後まで人には転生させない。


 それでは誰も救われない。

 小鳥は、一時期中学校の同じクラスで過ごしただけだ。会話もほとんどなかったし、関係と言えるほどの係わりはなかった。それでもだ。

 すべてを諦めているような態度は気になったが、クラスのムードメーカーだったひかりが無理矢理巻き込んだときは、少女らしい笑顔を見せていたのだ。どれが本物だったかはわかっているつもりだ。


 だからオレは無理を通した。その死をなかったことにして現世(うつしよ)に追い返した。

 記憶を消すこともできたが、オレはそうしなかった。オレのことを覚えていて欲しいとかそういうんじゃない。自分が望まれている存在だと理解してほしかったからだ。感情の行き違いや下劣な悪意だけでなく望まれていると知ることが小鳥にとって必要なことだと思ったからだ。そして祖父母はその通りに動いてくれた。小鳥は心から信じられる愛情を理解した。


 それで済めばよかった。ただの吊り橋効果だとして忘れてくれればよかった。

 オレのことを思い出し、追いかけてくるとは思わなかった。完全に想定外だった。

 ひかりなら女の子の恋心を甘く見るなと叱ったことだろう。


 オレだって小鳥に何も思わないわけじゃない。

 あの諦観した態度と時折見せた少女らしいギャップが気にならなかったわけじゃない。ふつうにみれば小鳥は誰もが振り返るような美少女だ。ただ、態度のそっけなさで近寄る男子がいなかっただけだ。そしてすぐに転校し、去っていった。


 小鳥はいなくなったが、オレは忘れなかった。

 だから冥府の裁きの場に小鳥がやってきたときすぐにわかったのだ。あの場で名乗らなかったのは男子らしい精一杯の虚勢だった。

 その後、オレを追って同じ伊佐波(いざなみ)高校にやってきたときは困ったことになったと思った。でも嫌ではなかった。家まで押しかけてきてバイトを始めたときは親父に文句を言ったものだ。自分で蒔いた種だと親父には一蹴されたが。


 とにかく、小鳥を助けたことをオレは後悔していない。つまりは裁きに情は必要なのだ。

 気取って言っても仕方ない。オレはオレの心に従い裁きを行う。オレのやりたいように冥界を統治する。

 それは気まま勝手ではない。オレの心を動かすものには情をもって応えるということだ。


 だからオレは今、怒っている。

 小鳥を殺したこと。宵が原を破壊したこと。そしてオレの愛するひかりを再び奪ったこと。異界の邪神だろうが何だろうがどうでもいい。

 奴はオレの敵で仇なのだ。


 吹き飛べ、理性。そんなものにオレは頼らない。

 オレの思いはそんなものに頼らず遂げてやる。

 冷静に攻撃パターンを読んで出し抜いたとしてもこの激情は晴れない。持っていき場所がないのだ。

 それなら感情のままに動け!

 怒りをそのままにぶつけろ!

 それで負けるようならオレの思いもその程度だったということだ。


 焔魔刀(えんまとう)を振る。

 (かわ)される。

 腹に衝撃を受けた。ハスターの長い尾が飛んでいた。


 炎戟(えんげき)を放つ。

 大風で()らされる。

 オレの右肩が()ぜた。炎戟を放った直後で追撃がないとわかったうえでの超音波砲(ブレス)だった。


 オレの攻撃は当たらない。押し込まれる。


 ……オレの怒りはそんなものだったのか?

 異界の邪神が少し知恵を付けた程度で(しの)がれる。そんな程度の怒りだったのか?


 違うっ!!

 断じて違う。

 オレの怒りは……ひかりへの思いはそんなもんじゃない!!


「ひかりよ……」

 オレは最後に残った理性を手放した。

 ()()はオレでなくなった。


     *


 巨大な竜が一歩前に出る。迎え撃つように鬼が(ほのお)の刀を振るう。

 だが、それは竜の誘いだった。予期したように竜は身を翻らせ剣戟を躱す。


 それはまるでダンスだった。

 竜がリードする。それに誘われるかのように鬼が剣を振るう。誘った竜は(もてあそ)ぶかのようにそれを躱す。

 それは気を持たせるように身を預けた乙女が、乗ってきた男の手を気まぐれにかいくぐるかのようだった。

 見ていて気持ちのいいものじゃない。わたし以外の(相手)に翻弄される彼を見ることは。


 わたしは人生を諦めていた。

 死んだのだから当たり前だ。自分もそう思っていた。


 彼を助けるために自分の人生を燃やし尽くしたのだから後悔はない。一度は、そう思った。

 でも違った。

 目の前で見る彼はやっぱり格好良くて、(たくま)しくて、でも、悩んでばかりで、頼りなくて、つい応援してしまう。

「ゆーくん、負けるなーーーーっ!」

 思わず叫んでしまう。


 でも、それは意味のないこと。

 今のわたしは肉体も持たないただの幽霊だ。


 転生した肉体に憑依した守護霊のようなものだ。

 また会えるなんて思ってもみなかった。転生したら魂と魂が必ず引き合うと確信していた。でもそれは、わたしじゃない。

 わたしが転生した新たな自分だ。


 ううん。それはやっぱりわたしじゃない。それは光月(みつき)だ。()()()じゃない。


 大好きだったゆーくんは光月をわたしの代わりだと信じて愛そうとしている。まだ3歳の光月を女性として愛する17歳の彼(わたしが知らないうちに成長していた)はちょっとキモかったけど(通報しようかと本気で悩んだ)、とても素敵だった。


 光月がうらやましかった。

 彼に抱かれて(抱きかかえられて)全身で甘えられる光月に嫉妬した。

 そのときからかもしれない。わたしが光月の中にありながら光月と一緒になり切れなくなったのは。


 バカバカしい。

 どちらも自分なのだ。死んで光月に転生しつつも過去に囚われている自分と新たなる肉体を得て生まれ変わった自分と

 ならば()()()は生まれるべきじゃなかった。

 あのまま死ぬべきだった。いや、死んだんだから過去に囚われずに消えてしまうべきだった。

 でも、どうしても生きたかった。


 だってゆーくんとまた会えたんだもん。

 大好きなゆーくんと……だから、もう消えたくない。


 わかっている。

 わたしが光月の中の別人格として存在できたのは月光菩薩(がっこうぼさつ)様が戯れに光月に憑依してくれたからだ。月光菩薩様の法力で光月の中のキャパが数倍に拡張した。おかげでわたしがわたしとしていられる隙間ができた。わたしはその隙間にすっぽりはまるように偶然居場所を見つけられた。


 隙間だけあってなかなかに狭い。

 たぶん、成長著しい光月がわたしに割いてくれるキャパはこれだけなのだ。

 だから、わたしは成長できない。

 屍人(しびと)なのだから当たり前だけど


 諦めていながらも未練がましく(おもて)を見やる。

 ぼろぼろになりながらも彼が戦っている。


 思えば彼はいつも傷だらけだった。

 もちろん魔王様は彼を虐待なんてしなかった。彼を取り巻く人に彼を害そうなんて人はいない。

 それでも彼は傷だらけだった。

 憧れていた父親(魔王様)に自分は似ていないと。どうしたら憧れていた人のようになれるのか。近づけるのか。

 試行錯誤するたびに傷ついていた。


 そんな彼が踏ん切りをつけたのはわたしが死んだときだ。

 狙撃された彼を庇ってわたしは死んだ。

 彼は嘆き悲しんでくれた。そして明かされた真実とともに鬼の運命を受け入れ、わたしを、わたしの死を受け入れた。

 まあ、そのときはわたしも月夜叉(つきやしゃ)として覚醒したから冥府で再会できたんだけど。


 突然に大王位を継いで間もない彼には眷属に供給するほどの余裕なんてなかった。だからわたしは死んでも彼を守ると誓い、力を使い果たした。

 わたしの今際の際(いまわのきわ)で彼は愛していると言ってくれた。

 それだけで十分だ。何度転生しても彼の側に生まれ変わり、その命を懸けて彼を守ると誓う。そのためのエネルギーを彼はくれた。

 途中、賽の河原(さいのかわら)で助けてくれたイケメンがいたような気がするけど忘れた。


 だから渾身の力を込めて私は叫ぶ(力を使い果たしたのは光月だけど)

「ゆーくん、負けるなーーーーーーっ!」


 はるか彼方で鬼神が()える。

 まるで、『()()()』と呼び返してくれるかのように

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 再登場して初めてひかりの気持ちが明かされました。思い合う二人はこれからどうなるのでしょうか?

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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