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75.死闘、そして新たなる怒り

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「よっこいせーーーっ!」

 瓦礫を持ち上げて阿形(あぎょう)が顔をのぞかせる。

「とりあえずは大丈夫のようです。戦場は東の方に移ったようです」


「そうか……ひどいもんだな」

 続けて顔をのぞかせた魔王が宵が原(よいがはら)商店街の惨状を見て呟く。

 私鉄宵が原駅東口に連なる宵が原商店街はほぼ壊滅していた。そして戦場が東に移動したということは住宅街やマンション群が壊滅的な被害を受けたということだ。駅前商店街の売上はほぼその売り上げを東側住宅街に寄っている。いずれは復興しようが、個人商店としては致命的である。

 冥府(めいふ)を追われ十数年を過ごし、息子を育てた町が壊滅したのだ。息子(結弦)に代を譲ったとはいえ責任を感じすにはいられない。

 自分たち神の眷属がいたからこそこの町は狙われたのだ。


 それでも被害は最小限で抑えることができた。

 それは(ふひと)の子倅……元ルシフェルの働きによるものだ。


「ごろーちゃん……ごろーちゃん……」

「こらっ、あんたルシフェルでしょ。しっかりしなさいよ」

「史少年、血止めの処置はしました。後はあなた次第です」

 一人三役の幼女が必死に呼びかける。その相手は白を通りこし青ざめた顔色をしていた。明らかに出血多量である。傍らには折れた(はり)が転がっていた。幼い肉体を貫いていたそれは赤く染まっていた。


光月(みつき)ちゃん……ご無事でよかった。

 ひかり様……そんな昔のことを言われても覚えておりません。

 月光菩薩(がっこうぼさつ)殿、わかっておいででしょう。医薬の術にも限りがあるのだと……」

 ご丁寧にも三役それぞれに返答を返す幼児であった。


五郎(ごろう)君……」

小鳥(ことり)様をお守りできてよかった……(あるじ)に顔向けできぬところでありました……」

 涙を流す小鳥にも優しく微笑むのであった。

「小鳥様……貴女は主様にとって大切なお方です。主が初めて法を曲げて己の意志で助けたお方ですから……ですから、貴女はあなたであり続けてください。それが、何より主が望んだことですから……」

「うん……うん……」

 幼児の言葉は小鳥に届いた。


 黄泉坂(よみさか)は小鳥を助けてくれた。冥府の仕置きのことは教えてくれなかったけど、簡単ではなかったことはわかった。

 祖母にも安らぎを与えてくれた。

 ホームで残り少ない余生を過ごしている祖母だが、孫娘の幸せを信じたまま逝くことができるだろう。娘(小鳥の母)の行いに責任を感じていた祖母にとってそれは救いだったはずだ。


 私は……私は黄泉坂が好きだ。

 それは助けてもらった恩もあるだろう。たしかにあのときの結弦は白馬の王子様に見えたのだ。だけどそれだけじゃない。結弦を追いかけて家まで押しかけて、一緒に過ごすうちにもっと好きになった。助けてくれた恩など忘れるほどに恋に落ちた。会うたびに好きになった。ずっと一緒にいるのに次に会うときが待ちきれなかった。きっと次に会ったときの私はもっと好きになっているはずだから。


 結弦は白馬の王子様じゃなかった。

 悩んで、苦しんでそれでも私に手を伸ばしてくれた。チートな能力を持て余したついでに助けてくれたんじゃない。転生したほうが幸せなんじゃないか。助けられた記憶を封印して別の人生を歩ませたほうがよかったのではないか。いつも悩んでいた。

 別の方法を取ることはできた。でもそうしなかった。結弦はそうした葛藤の末に私を助けてくれた。


 助けられたことはきっかけにすぎない。でも、結弦の人として過ぎた力を持ったものの悩みを捨てなかった。今も私を危険に曝したことを悔いている。死んだかもしれないと怒っている。行き場所のない感情をぶつけるように異形と戦っている。

 そんな結弦の悩みと優しさを感じるたびに好きになっていく。


 史少年の言葉は正しい。あの前世からの結びつきで理解できるのだろう。きっと結弦は私を選ばない。

 それでもいいのだ。史少年の言う通り私は私らしくあることが重要だ。

「うん……五郎君。ありがとう」

 史少年は言葉では答えなかった。


「おう、ヒト五郎(ひとごろう)よ。眷属を守ってくれてありがたい。恩に着る」

 史少年はクトゥルフの襲撃をいち早く察知すると黄泉平坂(よもつひらさか)への扉を開き、皆を押し込んだ。崩れ行く閻魔堂(えんまどう)を支えてその折れた梁に体を貫かれても眷属を守ってくれたのだ。

 三歳児の体で梁に貫かれ大量の血を流しながらも全員が逃れるまで支え続けたのだ。医薬の力で戻せるものではない。

「魔王よ。やめてください。気持ちが悪い……ふふっ」

 史少年は笑みを浮かべて最後の言葉を口にする。

「主様へお伝えください……今生(こんじょう)の別れではありますが、申し上げることはありません。この身朽ちようとも何度でも生まれ変わり主様への忠誠を果たす所存……」


 言い切ることはできなかった。

 だが、そこにいたすべてのものは史五郎の遺志を理解した。


     *


「よろしかったので。妹御(いもうとご)様、お亡くなりになってしまいましたが」

 ニャルラトホテプの言葉に吉祥天は微笑みで応える。


 所詮は異界のもの、神の本質を理解できぬと見える。このくらいで神が死ぬはずがない。たとえ死んだとしても妹なら甦った後、百倍にして返してくることだろう。手弱女(たおやめ)にみえてもあの鬼子母神(きしもじん)の娘なのだ。

 それより最高の結果となった。


 あの鬼子母神が死んだのだ。いずれは甦るだろうが、時間は稼いだ。それまでに満足いくまで遊びつくしてくれよう。

 母を屠ってくれたあやつには褒美をくれてやらねばなるまい。


「ニャルラトホテプ、あれは()()()()とか言ったか。風を司るのだったか?」

「はっ、ハスターの属性は大気でございます。あやつの見えない攻撃は大気にエネルギーをぶつけたもの。この国の言葉では超音波とか言うそうで」

「などほど。音か……それはよい。わらわとは相性がよさそうじゃ」

 混沌を好む芸妓(げいぎ)の女神は楽しそうに笑う。


     *


 ハスターの攻撃が変わった。

 いや、変わったのは攻撃ではない。相変わらず遠距離からは超音波砲(ブレス)、近づいて長い首を伸ばしての噛みつき、鞭のようにしなる尾の打撃、鋭い爪を持った前足での斬撃。それぞれに風刃(ふうじん)をまとわせているのが厄介だ。

 だがそれだけなら何とかなる。圧倒的な熱量を放出することで膨張した大気は密度を極限まで下げてしまう。真空中では音は伝わらない。伝える媒体がないからだ。

 オレは前面に真空の膜を展開することでハスターの攻撃を凌いでいた。


 だが、放出されたエネルギーはなくならない。音は伝わる方向に屈折する。その度にあちこちでビルが崩壊する。街が瓦礫と化す。

 オレがハスターの攻撃を弾く度に街が壊れる。オレの育った宵が原が、ひかりとの思い出の街が……


 そんなこと我慢できるはずがなかった。

 一度、ハスターが超音波砲を放つ直前に炎撃をお見舞いした。伝えるべき媒体を失ったエネルギーは爆散した。ハスター自身にもそれなりのダメージを与えたらしい。それ以降、ハスターは容易に超音波砲を放たなくなった。

 ハスターの切り札を封じたオレが一方的に攻めているように聞こえるが、そんなことはない。オレの火炎攻撃もハスターの風の権能で逸らされてしまうからだ。


 接近戦しか残されていないオレたち。それは刀を持ったオレに有利なはずだった。致命傷まではいかないもののオレは剣戟でハスターに手傷を負わせていた。

 直接エネルギーをつぎ込んでいる物質である焔魔刀(えんまとう)はハスターの叩きつける突風に左右されなかった。異界の邪神がいかに堅牢な甲殻を持とうとも数千度の熱刃(ねつじん)は容易に切り裂いた。物質である以上、耐えられるわけがない。


 そんな膠着状態でそれは起こった。

 あと少しで押し切れる。そう思ったとき風が変わった。

 オレの振るう焔魔刀が当たらなくなった。


 ハスターは圧倒的な力を振るう邪神だ。見えない攻撃と圧倒的なパワーとスピードで敵を蹂躙してきた。パワーとスピードに特化した分、攻撃のリズムは単調だ。

 クトゥルフとの対戦でもそうだった。

 オレが駆けつけたときに少し見ただけだが、敵より早く攻撃する。敵の攻撃は気にしない。当たれば耐えきる。それ以上に攻撃を加えることに執心していた。


 それが変わった。

 焔魔刀の斬撃を避けるようになった。それだけではない。渾身の一撃を放ったオレの隙をついて攻撃するようになった。

 これまでのハスターとは全く違う。

 それはまるで舞踊(ダンス)のようだ。


 互いのリズムに乗って、押されたら引き、引かれたら押す。相手のリズムを察して呼吸を合わせる。相手の攻めを受けずに自分のタイミングで攻撃を放つ。

 オレの攻撃が当たらないだけではない。いくつも手傷を負わされた。

 オレは押し込まれていた。


 そう思ったのはオレの中の冷静な部分だ。

 既にオレは感情を開放していた。つまりオレの体を支配しているのは激情に支配され、敵を殺すことだけに特化した暴力の化身だ。

 つまり、()()は相手のリズムが変わったことなど考えない。以前のハスターと同様の存在なのだ。


 だが、それでいい。

 オレが望むのは圧倒的な熱量で相手を倒すことだ。そうでなければいけない。


 オレは何のために敵を倒そうとしているのか?

 奴がオレの大切なものを奪ったからだ。


 ひかりを奪われたオレは冷静に敵の攻撃パターンを読んで、読み切って勝てばいいのか?

 オレのひかりへの思いはその程度のものだったのか? そんな程度の怒りだったのか?


 ひかりを再び失った絶望を思い出せ!

 その程度の怒りだったのか?


 違うっ!


 再びひかりを失ったオレの怒りはそんなもんじゃねえ!

 確かにオレには光月がいる。小鳥もいる。オレを愛してくれる人たちがいる。オレを信じてくれる人たちがいる。

 だけど!


 そうじゃない!


 オレがただ一人求めているのは……


 ひかり……

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 芸妓の権能がハスターに与えられたせいで結弦は追い込まれます。ですが、結弦のやることは一つです。愛するものを再び奪われた怒りを薪に再点火させます。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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