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74.敵討ちなんかじゃない。

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 瓦礫と変貌した宵が原(よいがはら)商店街を、閻魔堂(えんまどう)を見たとき……オレの頭は真っ白になった。

 また、間に合わなかった。


 それは誰を思ってのことだったのだろう。

 今度こそ守ると約束した小鳥(ことり)だったろうか。それとも魂を受け継ぐものとして請い願った光月(みつき)であろうか。

 だが、オレの口から出た名はそのどちらでもなかった。


「ひかり……」

 また、守れなかった。いつもオレのことを助け、応援し、叱咤してくれた幼馴染。様々な偶然の積み重ねの結果として再会することができた。

 その笑顔をオレは再び失ったのだ。


 もうオレを留める者はいない。オレは怒りを開放した。


     *


 現世(うつしよ)にクトゥルフが現れたと聞いて飛び出した閻魔天(えんまてん)に後を託された毘沙門天(びしゃもんてん)は極楽神軍をまとめて後を追う。元々は自分が率いていた兵たちだ。もっとも、そのときは多聞天(たもんてん)であったし、率いているのは敗残兵であった。

「お行きください。ここは冥府(めいふ)。何があっても我らが手勢で守り通して見せましょう」

 留守は守ると吽形(うんぎょう)が請け負った。

 (閻魔天)のいない冥府に天界の神々が居座ることも不快なのだろう。兵を残すとの申し出も拒絶された。


 飛び出していった若き閻魔天を思う。

 主将が突出するべきではない。そう言って諫めることはできた。だが、毘沙門天は口にしなかった。守るべきもののために己の全力を尽くす。それこそが武神としての矜持であり、力の源だ。それを素直に出せるのが若さというものか。

 それができなかったからこそ自分は敗れたのだと毘沙門天は悟った。


「毘沙門天様」

 斥候が戻ってきたようだ。毘沙門天は頷き報告を促す。

「この先、黄泉平坂(よもつひらさか)で戦闘の痕跡を発見。阿修羅王(あしゅらおう)様を救出致しました」

 どうやら黄泉平坂を徘徊していたクトゥルフを襲ったのは阿修羅だったようだ。


 自分たちが手も足も出ずに壊滅させられた異形を手勢のみで撃退するとは。

 己のふがいなさにやるせなくなる。


 だが、会った阿修羅は小勢で異形を撃退した勝者の顔ではなかった。


「毘沙門天か……笑え……」

 阿修羅王は毘沙門天を見るや卑下した笑いを浮かべた。

「何を言う。少数精鋭であの異形を打ち払ったのだろう。笑われるとしたら私の方だ。数百倍もの軍を率いながら手もなく敗れた私こそお笑い草だ」

「お主は勘違いをしている。儂は勝ってなどおらん。そもそも相手にすらされていなかったのだ」

「どういうことだ?」


 阿修羅は言葉を続けた。

「根の国を滅ぼし、極楽神軍を打ち破った異形を儂は追っていた。素戔嗚(すさのお)殿のことは知らん。らしくない戦いをしたものだと思ったが、それだけだ。だが、極楽神軍にも加わる気にもなれんかった。烏合の衆など集めても足手まといになるだけだとわかっていた。だから我が手のものだけでなそうと考えていた。できるとうぬぼれていた。

 網を張っていた黄泉平坂で(クトゥルフ)を見つけた。手頃に狭く入り組んだ地形を活かせると踏んだ。初撃はうまくいった。深手を負わせこんなものかと思った。主らのことをふがいないとすら思っていたのだ。だが、それは誤りだった。細い稜線を目を(つむ)って歩くようなものだった。一度均衡が破れればあとは転がり落ちるだけじゃった。

 そこに(ハスター)が来た。異形とは志を異にする同族のようじゃったな。異形同士は争いを始めた。儂などいないかのようにな。孤高を気取るも、(まと)には相手にもされぬ道化よ。さあ、笑え。笑うのだ、毘沙門天!」


 もちろん毘沙門天に笑うことなどできない。

「卑屈になるな、阿修羅王よ。ここ(戦場)を見ればお主たちがどれだけ凄絶な戦いをしてきたか手に取るようにわかるぞ。ふむ……熔岩飛礫だな。なるほど力を蓄える(すべ)とは考えたものよ。この爆発の痕は……」

「水蒸気爆発よ」

 虚ろだった阿修羅王も応えるほどには気を取り直したようだ。

「水蒸気爆発とは?」

「よくは知らん。閻魔の小僧にでも聞け」

 どうやら現代科学を応用した技だったらしい。


 頑なだった阿修羅が閻魔殿の技術を取り入れるとは。それほどまでにこの一戦に懸けていたようだ。

 見事なものだ。競合相手の技まで取り入れるとは。これまで築き上げてきたものをかなぐり捨てて一心に勝利を掴みに行ったのだ。

 その直向(ひたむ)きさが自分にあったらと心から思う。


「お主のように(とが)りつづけることができたなら、我らの戦いも違っていたかもしれんな」

「そうでもないさ。毘沙門天、お主なら可能だ」

 つまりは多聞天ではダメだということだろう。


 わかっていた。担ぎ上げられるまま主将となり、尖ることより調和を目指した。そこからして荒ぶる神として間違っていた。

 二人の敗将は寂しく笑う。

 これからは次の世代の若い神たちの時代なのだと。


     *


 気が付くと(クトゥルフ)は真っ二つになっていた。


 どんな技を放ったのかは覚えている。

 オレは怒りを開放して鬼化した。身長20mを超す体になっても手の中の焔魔刀は追従している。刀の巣が手を取っていても元々が焔の化身なのだ。形などあってないようなものだ。

 手の中で焔魔刀は巨大な炎と姿を変えていた。


 それでも頭の中は冷静だった。

 巨大な炎を叩きつけてもクトゥルフはしのぎ切るだろう。想像を絶する甲殻を持った異界の邪神を切るには集中が必要だ。

 オレは焔となった焔魔刀を極限まで絞った。もはや焔の姿も保てない。赤熱は白化し、青くなり、目で見えないほどの光となった。

 純粋な熱、エネルギーの塊となった焔魔刀をオレは振るった。


 水属性だろうが何だろうと関係ない。

 物質である以上、数万℃のエネルギーの塊はクトゥルフの体を両断した。刃に触れたところは瞬時にプラズマとなって昇華した。熱伝導より速い速度で断ち抜けた刃はクトゥルフの体を焦がすことなく切り裂いた。

 かつてクトゥルフだった巨体から緑色の血が振り撒かれ周囲の建物をじゅわじゅわと腐食する。


 だが、そんなことで怒りは収まらない。

 倒れきる前の半身を横薙ぎに切断する。四分したクトゥルフの体をさらに叩き切る。何度も何度も。すでに元の姿も確認できない。ただの肉塊となったものをさらに叩く。この世にその存在の欠片すら残さぬようにと


 わかっている。

 そんなことをしても無意味だと。そんなことをしてもひかりは帰ってこないのだと。

 ひかりの魂は光月となって帰ってきた。だが、光月の体は光月のものだ。魂は同じかもしれないが、それは光月なのだ。

 それが、月光菩薩(がっこうぼさつ)を体内に宿したことで変わった。一つの体に二つの魂を宿したせいで光月の中でどうかしきれなかった部分がはじき出されひかりの人格を生み出した。あれは光月の魂の中で光月になり切れない部分。オレに会いたいと願ったひかりの魂の残滓(ざんし)なのだ。


 わかっている。

 死者は蘇らない。その魂は輪廻転生を経て新たな存在へと生まれ変わる。だから、ひかりはもういないのだ。

 それでもひかりは奇跡とも言える可能性を潜り抜けてオレに会いにきてくれた。それがうれしくない訳がない。

 だから、オレは小鳥を選べない。


     *


 狂ったように焔の剣を振るい邪神を殴殺する鬼人を見て感じるのは嫌悪であった。

「屍者の王ともあろうものが死体を汚すとは化けの皮が剥がれたようだな」

 堅手天は新たな異形とも言える鬼に向かい剣を向けた。


「貴様は所詮その程度のものなのだ。冥界の王を名乗っていても屍者に敬意すら示せない蛮族の首魁にすぎぬのだ」

 言い放つや否や剣を振りかざし鬼に向かった切りかかる。後には堅手天一党の神たちが続く。

 そこで初めて鬼神が視線を送る。


「我は鬼子母神(きしもじん)様より黒闇天(くろやみてん)様を託されたもの(なり)

 たしかに貴様は強い。我らが仇敵クトゥルフを撃滅するほどなのだからな。だが、強いからと言ってどうした。貴様の戦いは鬼そのものだ。癒しの女神様の傍らに並び立つ資格なし。理性をなくし鬼と堕ちたものを浄化し奉るーっ!」

 堅手天の願いは叶わなかった。


     *


 あっ……

 うっとうしい小蠅を振り払おうと腕を振ったらクリーンヒットして消滅してしまった。

 たしか堅手天とか言ったか……


 まあいい。あの程度でも神だ。いずれ天界かどこかで甦るのだろう。

 小鳥を慕っていたので任せてもよいかと思っていたが、あれではダメだ。小鳥には釣り合わない。

 思春期の神には悩みが尽きない。


 それどころではなかった。

 頭の片隅には冷静な部分が残っていたが、全身の8割以上は怒れる鬼神なのだ。

 その上、余計な仕草を見せた隙を異形に突かれていた。

 ハスターがその長い首を伸ばし食らいついてきた。


 なんとか首の急所は外したが左の肩口にその牙は食い込んでいる。

「ぐおおおおおおおおおおーーーーっ!!」

 憤怒の雄たけびとともに左半身に力を籠め、牙の侵入を食い止める。剣を投げ捨てた右腕をハスターの首に絡めて巻き返す。

 体の回転と合わせて地面に叩きつけた。


 己の体の倍以上もの巨体を投げ捨てた鬼神は素早く焔魔刀(えんまとう)を拾う。

 だが、その間に(ハスター)も体勢を立て直し、咆哮を放つ。


 ハスターの大気の権能は解析済みだ。

 白熱した焔魔刀は周囲の大気を膨張させ、超音波の衝撃を拡散させる。

 それでも鬼神の体の数カ所が弾け、血を吹きだした。


 ハスターとしても想定外なのだろう。宿敵クトゥルフを追って来たら次から次へと新たな敵が現れ、クトゥルフを殺された挙句、立ちはだかったのは前哨戦で苦杯を味合わせた鬼だったのだ。

 ハスターとしても負けられない。

「GYEEEEEEEEEE――――!」

 決死の雄叫びを上げた。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 結弦は怒りの化身として異形の前に立ちはだかります。結弦が本当に守りたかったもの。それは奇跡によって再会を果たしたひかりでした。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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