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73.現世の破壊

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 地上に降り立った堅手天(けんしゅてん)は浮かれていた。

 敬愛する女神を護衛して現世(うつしよ)に来ることができた。しかも、女神は閻魔天(えんまてん)ともめていたらしい。前世では因縁があったようだが、それははるか昔の話だ。数千年も離れていて今更復縁もあったものではない。

 何よりあの男は、もとは只人(ただびと)であったそうだ。神でもなかったものが、先代の閻魔天の養子となり位を引き継いだ。

 なるほど、実の父親は勇者だったそうだ。力はあるのだろう。だが、力があるだけで癒しの女神の傍らに立とうなどおこがましい。だいたい閻魔天とは屍者の王ではないか。癒しの女神とは対極にある存在だ。釣り合うはずもない。

 女神を慕うあまりに(よこしま)な考えに取り憑かれていることに堅手天は気が付かない。


 突き上げるような激しい揺れに足を取られた。戦神であるというのにうかつにも足を取られてしまった。

 堅手天はすぐに体勢を立て直し、辺りを見回す。配下の兵たちもあちらこちらで転がっている。しかし、たいした怪我はないようだ。

 それより関心は女神さまだ。


「ご無事ですか?」

 転んでいる黒闇天(くろやみてん)様に駆け寄る。

「え、ええ、私は大丈夫。それよりみんなは……」

 ご自分のことより同行者を気にするところはさすが癒しの女神である。


光月(みつき)ちゃん、大丈夫ですか?」

 得体のしれぬ幼女は史少年の腕に抱きかかえられ、浮いていた。

「ごろーちゃん、ありがとう。ママとおばあちゃんは?」

「私たちも大丈夫よ」

「それよりお店が心配だわ」

「築50年ですものね」

 女神の居候先の家主たちも無事なようだ。


「それにしても今のは大きかったわね」

 のんきなことだ。いくら地震大国の民とはいえ、ただの地震ではないことはわかりそうなものだ。

「ごろーちゃん、光月を助けてくれてありがとう。もう大丈夫だから、おうちにお入りなさい」

小鳥(ことり)ちゃんも、さあ」


 子供たちを家に入れると祖母と母親は周囲を見廻る。

 どうやら、警戒はしているようだ。

 家には司命(しめい)阿形(あぎょう)もいる。元閻魔も構えているはずだ。中にいたほうが安全なのかもしれない。

「堅手天様もお手伝い願えますか?」

「元より我らは癒しの女神さまの護衛。喜んでお力添えさせて頂きましょう」

 一命に代えても女神を守り通すつもりの堅手天一行であった。


 だが、事態は堅手天の想像をはるかに超えていた。


 ずっがーーーーーーーーんっ!!

 突如として地面が()ぜた。


「GYEEEEEEEEEE――――!」

 密集した家々を吹き飛ばして現れたオオトカゲ

「まさか……あれはハスター……」

 なぜ現世(ここ)に奴が来る……


 驚愕する堅手天だが、現実は彼の想像をはるかに凌駕していた。

「BOEEEEEEEEEEE――――!」

 黄泉の国から続く大穴を2匹目の異形(いぎょう)が飛び出した。

「や……や……やめろーーーーーーっ!!」

 ハスターを追ってきたと思しきクトルゥフは宵が原(よいがはら)商店街に着地した。


 40mを超える巨体の足元に広がる瓦礫の山……そこはさっきまで確かに存在していたのだ。酔いどれ魔王が君臨し、敬愛すべく癒しの女神が帰っていった居酒屋が。


     *


 また、オレは同じことを繰り返すのか?


 韋駄天(いだてん)の急報を受けた結弦(ゆづる)黄泉平坂(よもつひらさか)を駆け上っていた。その顔には焦りの色がにじみ出ている。

 それもそのはずだ。

 先日の黄泉津国(よもつくに)への遠征は堕天使セラフィエルの襲撃で命を落とした小鳥を迎えに行くためだった。あのときも間に合わなかった。根の国にいた結弦は韋駄天の急報に応え、宵が原を目指した。だが、間に合わなかった。

 異教の堕天使の手に掛かった小鳥は冥府(めいふ)には()けず、古の死者の国である黄泉津国に下っていた。そして伊邪那美命(いざなみのみこと)の手によって黒闇天として(よみがえ)ったのだ。


 只人であった小鳥に神としての昇華はにわかには受け入れがたかったに違いない。それでも、小鳥は帰ってきた。己の運命を受け入れたのだ。疫病(えきびょう)の権能を癒やしに変換して。自分の思う理想に近づけて。

 誰にでもできることじゃない。小鳥は理想の自分に近づく努力をして運命を克服したのだ。


 オレは何もできなかった。

 ただ、帰ってきた小鳥を迎えただけだ。


 だからこそ誓ったのだ。

 小鳥はオレにとって大切な存在だ。もう二度とあんな過酷な運命に曝させはしないと。

 だからこそ焦る。

 また大切な存在を手放してしまうかもしれないと


     *


 二体の異形を前にして鬼子母神(きしもじん)は怒っていた。訶梨帝母(かりていも)だったときのように荒々しく怒っていた。

 あの頃はなぜ自分が怒っているのかわからずに暴れていた。人の子を喰らうことで霊力が増すと信じていた。だからこそ我が大望を成さんとするのに逃げ隠れ、嘆き悲しみ、非道を訴える衆生(しゅじょう)の気持ちがわからなかった。我が霊力を高め、現世に君臨することで世の安寧を成さ締める。その(いしづえ)になることは人として喜ぶべきことではないのか。本気でそのように思っていた。

 だが、違ったのだ。釈迦如来(しゃかにょらい)に諭された。

 我が子を隠され悲しみを知ったことで訶梨帝母は鬼子母神となった。安産・子育の女神となった。

 鬼子母神は知ったのだ。たとえ子供が千人いようともそれぞれが愛おしい。代わりになるものではないのだと。


 だからこそ目の前の異形を目にして怒りが湧き上がる。

 仏罰(ぶつばち)なら理解できる。そこに我が愛娘(まなむすめ)がいようとも。間違いを犯したのなら罰を受け、改心できるのだ。だが、この者たちは違う。ただ、何の感情もなく、象が蟻を踏み潰すかのように衆生を殺した。殺したという認識すら持っていないのだろう。

 二体の異形は争いを止めた邪魔者を憎悪の目で見つめていた。


「醜きものどもよ。相争う己の醜態を知らぬと見える。

 蒙昧なものどもよ。己のことのみを主張した結果、どうなるのかを知らぬと見える。

 教えて進ぜよう。因果というものを。

 周囲を顧みず暴れた結果、お前たちはこの世から排除されるのだ!」


 鬼子母神は、かつて宵が原商店街があった瓦礫の山に佇むクトルゥフに掴みかかるとその巨体を高々と持ち上げた。

 かつて訶梨帝母だった頃の鬼神としての姿を取り戻す。10mを超える巨体となったとしてもクトルゥフは巨大であった。だが、そんなことには屈しない。自分の数倍はあろうかという巨体を持ち上げたのだ。

 極楽神軍の神々をも苦しめた溶解液に鬼子母神の肉が焼ける。そんなことは苦でもない。鬼子母神は天界に異形を投げ捨てるつもりなのだ。これ以上、現世に被害は出させまいと。


 鬼子母神の覚悟を凌いだのはもう一体の異形だった。

 鬼子母神が担ぎ上げたクトルゥフはハスターにとって格好の的であった。大きく翼を羽ばたかせるとクトルゥフに向かって突進した。

 鬼子母神が必死に支えようとするが、自分の数倍もあろう異形二体がぶつかる衝撃は支え切れるものではなかった。


 二体の異形は鬼子母神も巻き込んで地上を転がった。

 その先々で家屋が、マンションが倒壊する。

 仰向けになったクトルゥフの喉笛にハスターが牙を突き立てる。

 クトルゥフはハスターを引き剝がそうと巨大な鉤爪を振り回す。


 飛び散った緑色の鮮血が、触れた周囲の物体を腐食する。

「止めるのじゃ。それ以上の狼藉はわらわが許さぬ」

 もとより言葉も通じないのだ。

 鬼子母神の静止は完全に無視された。


 無視されていた方がよかったのかもしれない。

 二体の異形の争いを止めようと割って入る鬼子母神をうっとうしく思ったのだろう。クトゥルフの鉤爪がその上体を引き裂いた。さらにハスターの目に見えない咆哮が腹にさく裂した。

 腹に大穴を開けられた鬼子母神は昏倒した。


「鬼子母神殿っ」

 駆け寄ったのは堅手天であった。

 慕う女神も守れず、仇を撃つことも叶わず、傍観者としてただ見ることしかできなかった神将である。

 何もできないながらも敬愛する女神の母神(ははがみ)の最期を看取ろうと駆け寄った。いや、そんな考えすらなかった。ただ、最善を尽くそうと立ち上がった女神を見届けたいとの一心であった。

 有象無象とはいえ、彼は善神ではあるのだ。


「……堅手天殿か」

 天界で娘と再会したときに鬼子母神は堅手天を認めていた。

「く……黒闇を頼み申す」

 子育の女神たる鬼子母神の最期の言葉は愛娘を心配する言葉であった。


 鬼子母神らしいと言えよう。

 だが、母親から娘を託されたのだ。私はその言葉に応えよう。

 堅手天は立ち上がった。


 何をすればよいのかわからない。

 だが、何かをするべきなのだ。


 瓦礫の中から黒闇天を探すのか?

 あの惨状だ。クトゥルフの巨体に踏み潰されたのだ。助かる見込みはない。


 遺骸だけでも……

 いや。黒闇天様も神なのだ。遺骸はやがて消滅し、天界で再生されることだろう。


 なら、あの異形を倒すのか?

 千を超えた極楽神軍ですら敵わなかったのだ。私一人で……一党だけで倒せるものか。


 だが、黒闇姫様の仇だけでも

 たとえ一太刀でも浴びせ、意地を見せるべきでは……


 できるのか……

 数度の戦いで常に蹴散らされてきた記憶が思い出される。


 無理だ……いや、だが、しかし……


 迷いながらも立ち上がり剣を抜く。

 周りに石夜叉(いしやしゃ)たち一党が集まっていた。

「黒闇姫様の(かたき)を討ちましょう」

 自然と頷いた。


 それしかないだろう。自分が女神の御側に仕えるためには。たとえ死しても殉死として黒闇姫様の御側に甦れるだろう。


 だが、堅手天のその願いは叶わなかった。


「BOEEEEEEEEEEE――――!」

 断末魔の悲鳴を上げてクトゥルフの体が両断された。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 異界からの邪神の襲撃で宵が原商店街は壊滅しました。閻魔堂も瓦礫と化しました。結弦はまたしても小鳥を守れませんでした。同じく小鳥を守れなかった堅手天も迷いながらも立ち上がります。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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