72.異形対異形
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
小鳥を追って光月たちも帰っていった。
オレはそれを見送ることしかできなかった。ここは戦場なのだ。私事を優先することはできない。
現世に戻ったら、ちゃんと小鳥の将来のことを考えてやらねばなるまい。
今はいい。オレたちはまだ子供で、将来のことは夢想するだけですぐにどうこうできるわけではない。曖昧な関係でいられる。
それでもクラスメートたちは小鳥とオレが付き合っていると思っているだろう。学校でも一緒にいることが多いし、登下校も一緒だ。何より同じ家に住んでいるのだ。正確には小鳥は離れの黒鉄家に居候しているのだが。
それでも同じ状況の康太や父さんと小鳥が付き合っていると考えるやつはいない。それだけオレと小鳥の関係は特別だ。小鳥はその思いを隠さないし、オレも小鳥のことは大切に思っている。
だが、違うのだ。
オレが唯一無二と思い焦がれているのは小鳥ではない。
いかんいかん。プライベートに悩んでいる暇ないどない。ここは戦場なのだ。
「なあ、結弦……」
そんな思いを察したのか、康太が話しかけてきた。
「お前もオレのことを責めるのか?」
「責める? ああ……いや、そうじゃない。まあ、ハーレムは男の夢だ。うらやましいとか一人くらい回せとか言いたいことはいろいろあるけどよ」
康太、本音が駄々洩れだぞ。
「そんなことより、俺たちはいつまでも受け身のままでいいのか?」
すまん、康太。お前の方がよほどちゃんと考えていた。
「斥候は出してある。不意打ちは食らいたくないからな。だが、オレたちは守りの軍だ。現世を守るために敵をおびき寄せなければならないし、冥府を抜かれるわけにはいかないんだ。軍議で決めただろう」
「それはわかってるんだけどよ。クトゥルフがいくら邪神だからって敵が罠張って備えてくるところにむざむざとやってくるかな?」
康太は納得していないようだった。
軍議では根の国の素戔嗚、極楽神軍を圧倒してきたクトゥルフが敵を避ける理由などない。敵がいれば攻めるのは当然といった雰囲気であった。
「でもそれって力比べが大好きな荒ぶる神の思考じゃね? 敵も同じように考えるとは限らないだろ。なんて言ったって異界の神なんだから」
!?
康太の言う通りだ。オレはここにいるのが脳筋の集まりだということをすっかり忘れていた。
「大王様、斥候からの報告が……」
「通せっ!」
タイミングが良いのか悪いのか
「黄泉平坂で戦闘の痕跡を発見しました」
「詳しく」
オレは詳細な報告を求めた。だが、それを聞くことはできなかった。
バンッ!
扉を開けて飛び込んできたのは親指韋駄天だった。
前にもあったなこんなこと
「大変だっ! 閻魔、敵が……敵が……」
「落ち着け韋駄天。敵がどうした?」
「宵が原に現れたっ!」
なんだって!?
*
作戦は順調だった。
溶岩飛礫による攻撃は着実に敵にダメージを与えていた。
権能による攻撃の弱点は蓄積ができないことだ。例えば火炎攻撃ならその神が持つ能力なりの力しか持たぬ。敵の防御力がそれを上回ればダメージを与えることはできない。同じ攻撃を同時に同じ場所に加えれば威力を増すことはできる。だが戦闘の最中、タイミングを合わせることは簡単ではないし、正確に狙いをつけることなど至難の業だ。それを何度となく繰り返さなければならないのだ。
不可能と言えよう。
だから媒体を用いた。
岩飛礫は兵たちの力を蓄積する。特に熱とは相性が良い。際限なく熱エネルギーを蓄積させることができる。一定以上の熱を蓄えた岩は熔ける。ぶつかった熔岩は敵の体にへばりつく。
敵が水属性だったことは幸いだ。過剰な熱に曝された水は瞬時に蒸発し、逃げ場を探す。逃げ道がなければ抉じ開けようとして爆ぜる。
火炎を得意とする阿修羅の能力と水属性のクトゥルフだったからこそ成功した。
だが、このまま終わるとは思えない。はずがない。
相手はこの国最高の武神素戔嗚尊を一蹴した邪神なのだ。
ごごごごごごっーーーーーーっ!
「地鳴りじゃと……」
想定していなかった現象は味方にはなるまい。
「阿修羅王様……」
「狼狽えるなっ! 攻撃を続けつつ、異変に備えろっ!」
「「「はっ!」」」
無理を言っているのは承知の上だ。
反撃を避けつつの攻撃だけで小隊の能力をとうに超えている。その上、確実に起こりうる不測の事態に備えろというのだ。どうしても攻撃の手が鈍る。精度が下がる。
圧力の低下を察知したクトゥルフが反撃に転じた。
「BOEEEEEEEEEEE――――!」
押し返せなかった圧力が下がったとみるやその巨体を活かして前に出る。圧倒する。
「ぎゃああああああーーーっ!」
溶解液をまとった巨体に前線の兵が押しつぶされる。
盾にした岩をも巻き込み圧倒的な力で蹂躙する。前線の半数が殴殺された。これ以上なく正しい戦術だった。
もはや戦線の維持は不可能だった。
これ以上の損害を出す前に撤退すべきだ。だが簡単にひかせてくれる相手ではない。
「儂が出る。その間にそなたらは落ちよ」
「いけません。落ちるなら阿修羅王様です」
「儂に供一人連れずに敗残の将を名乗れというか!?」
「ですが、王一人を往かせた従者の汚名を着せる主様ではありますまい」
副将もわかってはいるのだろう。自分たちが楯になっても主ひとりを落とす時間も稼げないことを。
「なら、供をしろ。遅れるなよ」
「「「応――――っ!!」」」
力のこもった最高の応えが返ってきた。
各兵の一撃それぞれでは手傷すら負わせられまい。
「右肩の付け根だ。各々が最高の一撃を馳走してやれっ!」
「「「応――――っ!!」」」
粘液で保護されているが、そこには最初の攻撃で負わせた深手がある。うまくいけば致命傷まで深めることができるかもしれない。
地鳴りは最高潮に高まっている。
これが最後の機会だ。
第二肢で神弓を放つ。
狙い過たず傷口を抉った。
「BOEEEEEEEEEEE――――!」
「行くぞっ!」
阿修羅は飛び出した。
己の持つ力総てを熱エネルギーに変換する。力だけでない。己の存在総てをだ。
「極楽天界の守護神阿修羅王、その総てを賭けていざ参る!」
だが、その刃は届かなかった。
どごごごごごごごごがーーーーー―んっ!!!!
地鳴りの爆発とともに地中から現れた異形が敵をかっさらって行ったのだ。
「GYEEEEEEEEEE――――!」
「なんじゃ……あれは……」
突如、地中から現れた異形がクトゥルフの喉笛に食らいつき天井に叩きつけた。
その姿は巨大な蜥蜴……いや、もっと禍々しいものだ。
「BOEEEEEEEEEEE――――!」
苦悶に身を捩るクトゥルフは巨大な鉤爪で蜥蜴を叩き落とす。
だが、無傷では済まない。塞いであった傷跡からどくどくと緑色の血が溢れ出す。
叩き落とされた異形も右肩から緑色の血を流している。相打ちだったようだ。
「GYEEEEEEEEEE――――!」
咆哮を放つ。
クトゥルフの右腕が爆ぜる。
どうやら新たな異形はクトゥルフを攻撃しているようだ。
「何者なのでしょうか……?」
「知らぬ」
答えようがないのだ。
「味方でしょうか?」
「訳なかろう。見よ、あの毒々しい緑色の血を。同類……ただし相争う者であろう」
「ですが、敵の敵であります」
副将の言いたいことはわかる。
死を覚悟したときに現れた逆転の一手なのだ。救いを求めたくなるのもわかる。だが敵の敵は味方ではないのだ。
「異形は二体とも殲滅する」
「修羅王様っ!」
反論はわかる。だが、どう考えても二体とも異界からの侵略者に外ならぬ。
阿修羅王に続き、配下の兵たちも攻撃を放つ。
新たな異形にも熔岩飛礫の攻撃は効果があるようだ。それがうっとうしかったのだろう。長い首で振り向きざまに咆哮を放つ。
「GYEEEEEEEEEE――――!」
二人の兵の体が爆ぜた。攻撃は見えなかった。
それでも止めるわけにはいかない。溶岩飛礫の攻撃を続ける。
異形が熔岩飛礫に吠え掛かった。あの見えない攻撃がくる。
だが、熔岩飛礫はその勢いを減じることなく。命中した。
「GYEEEEEEEEEE――――!」
水属性のクトゥルフとは違い水蒸気爆発を起こすことはなかったが、十分にダメージを与えたようだ。
なぜか不可視の攻撃は熔岩飛礫には効かなかった。
異形同士の戦いも優劣はつかないようだ。
互いに傷を負わせながらも決着がつく気配はない。
均衡を破ったのは皮肉にも阿修羅軍の攻撃だった。
熔岩飛礫を嫌ったのか蜥蜴の異形が天井に向かって咆哮を放つ。開いた大穴に向かい身を捩らせる。
「いかん!」
黄泉の国より上に逃がせば……そこは現世だ。
「奴を逃がすな! 追えーっ!」
檄を飛ばすが、所詮は無勢。均衡を崩すことはできても勝負を決めることなどできない。
落下してくる土石に遮られ近づくことすらできない。
そんな阿修羅を尻目にクトゥルフが巨体を活かして大穴に潜り込む。
最悪の結末だった。
阿修羅王は己が敗者であることを悟った。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
クトルゥフに襲い掛かったハスター。間一髪で全滅を逃れた阿修羅王でしたが、ハスターとクトルゥフを現世に逃がしてしまいます。現世に住む衆生を守るために戦っていたはずなのに。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




