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71.奇襲戦

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「はぁーーーーーっ!」


 会心の一撃だった。

「BOEEEEEEEEEEE――――!!」

 右肩を深々と(えぐ)られた異形(いぎょう)がのたうっている。

 阿修羅(あしゅら)は手応えを感じていた。


「効いているぞ。押せーーーっ!」

「「「応――――っ!」」」

 配下が阿修羅の(げき)に応え一斉に攻撃を加える。

 敵の体がぐらついた。


 おしいと思った。

 確かに敵の防御は堅い。だが、それは絶対防御ではない。一定以上の力を加えればダメージを与えることはできる。つまり必要なのは突き抜けた力なのだ。彼ら(敗者)にはそれがなかった。


 素戔嗚尊(すさのおのみこと)は、あの暴れ神が本来の力を発揮すれば倒すこともできたのではないか。心からそう思う。だが、そうはならなかった。素戔嗚は敵の力を分析するように様々な攻撃を試していた。それは敵を倒すのは自分でなくても構わないというように。

 素戔嗚は若き閻魔天(えんまてん)をかわいがっていたという。麒麟(きりん)も老いれば駄馬にも劣る。素戔嗚も老いたということだろう。


 多聞天(たもんてん)率いる極楽神軍も敗れた。初戦だった素戔嗚はともかくとして極楽神軍が一方的に破れる相手とは思えない。だが、理解もできた。多聞天でなく毘沙門天(びしゃもんてん)が率いていたならば違う結末になっていたかもしれない。少なくとも一方的な蹂躙を許すことなどなかったであろう。凡百などいくら数を揃えても意味がないのだ。

 だから己は修羅を貫こうと思う。突出した個にならなければ価値は見えてこないのだ。


「そろそろ来るぞ」

 攻め立てる前線に警告を放つ。何しろこちらは小隊規模だ。一兵たりとも損なうわけにはいかない。

「わかっています」

「弾幕を張りつつ距離を取れ。反撃が来るぞっ!」

「「「承知っ!」」」

 副将が素早く前線に指示を送り距離を取らせる。


「BOEEEEEEEEEEE――――!」

 凶悪なうなり声とともにクトゥルフが粘液を振り撒いた。極楽神軍相手に使った溶解液だった。備えていた前線は全てを回避した。

 阿修羅は荒ぶる神だが、力一辺倒の武神ではない。勝つことを最大の目標と定め、貪欲につかみに行く神将なのだ。


「ほう……体液で傷口を塞ぐか。治癒の権能を持つのかもしれぬ」

 クトゥルフは振り撒く以外に粘液で体表面を覆っていた。粘度の高い体液は傷口を塞いでいる。垂れ流していた緑色の体液……血液なのだろうか……も止まっていた。絆創膏のような役割かもしれない。

「いかがしましょう。溶解液で体表面を覆われると攻撃するにもリスクが伴います」

「接近戦は難しいかのう……」

「しかし遠隔攻撃ではあの防御を崩せません」

 副将の言うことはもっともだ。極楽神軍の火炎攻撃を受けても歯牙にも留めなかった異敵なのだ。通常の風や火などの遠距離攻撃では突き抜けられないだろう。

 ()()()()()ならばだ。


「ならば火じゃの」

 阿修羅はあえて逆を言う。

「阿修羅王様、敵は水属性と言われます。火炎での遠距離攻撃では我らの力ではダメージを与えることは難しいかと」


「頭を使わぬか」

「頭ですか……?」

「水は火を凌ぐと言われる。だが、それは互角の条件においてのこと。圧倒的な火であれば水をも凌ぐことができるのじゃ」

 そう言うと阿修羅は三面六臂の腕で大岩を持ち上げ、火炎で炙る。大岩が赤熱したところで投げた。さらに大岩に向かって爆炎を放つ。

 業火に曝された大岩は灼熱し、ドロリと熔ける。熔岩となった飛礫がクトゥルフの体を撃つ。


「BOEEEEEEEEEEE――――!」

 ずううううううううんんんんんんーーーーーーーーーーーっ!

 クトルゥフの吼え声に一拍遅れて重低音の振動が響き渡り大岩が爆ぜた。その威力はクトゥルフ自身をも抉っていた。

「阿修羅王様……これは……?」

 配下の口から驚愕の声が漏れる。

「水蒸気爆発と言うそうじゃ。過剰な熱に(さら)され蒸発した水が逃げ場を求めて爆発する現象だとか」

 口が裂けても閻魔の小僧が素戔嗚相手に放った技だとなは言えぬが。


「いいか。火炎を直接当てるのではない。大岩を熱してぶつけるのじゃ」

「「「応―――――っ!!!」」」

 攻め方を理解すれば反応は早い。部下の神兵とて歴戦の強者なのだ。


     *


 オレたちは冥府城(めいふじょう)の会議室に集まっていた。ハスター等クトゥルフ神話の神々()について情報を共有するためである。正式な軍議ではないので席には空きが目立つ。

 話は毘沙門天の質問に康太(こうた)が答える形で進んでいる。わかる範囲でオレも補足する。だが、答えられないことの方が多かった。創作上の生き物なのだ。多数の著者によって紡がれた物語はより複雑さを増している。著者により姿を大きく変えている者もいる。

 わからないことの方が多いくらいだ。


 がつっ

「痛てっ……」

 いつの間にか隣に座っていた小鳥(ことり)が無言でオレの足を蹴った。

 ?

 小鳥はオレの方を見向きもしない。

 ……気のせいか。たまたま足がぶつかっただけだろう。

 がつっ!


 ……気のせいじゃなかったらしい。


「痛てぇな。なんだよ、小鳥」

 がつっ!

 無言の答えが返ってきた。

 不貞腐(ふてくさ)れている小鳥を見る。

 水浴びから帰って着替えたのか白いワンピースを着ている。シャワーを浴びたばかりなのかまだ髪が湿っている。普段はポニーテールに結っている髪を下ろしておりいつもより大人っぽく見える。


「……なんで来ないのよ」

 来ないって……血の池地獄での水浴び、いや血浴びか……物騒だ。

「しょうがないだろう。今は戦時で軍議中だ」

「……」

 納得していない様子だ。

「覗かれないよう戒厳令を張っておいたぞ」

 がつっ!

 オレの答えはお気に召さなかったらしい。


「あんたが見たいって言うから頑張ったのに……」

 えっ!?

 オレ、そんなこと言ったか? 言ってないよな……

「もういい。帰るっ!」

 がつっ!

 最後にもう一蹴り入れて小鳥は出て行った。

 守将の一人、堅手天(けんしゅてん)が後を追う。

 そういえば堅手天は小鳥のファンだったな。『癒しの女神』もあいつの名づけだ。まあ、武神が護衛についているなら大丈夫だろう。


「今のは結弦(ゆづる)がわるいとおもうよ」

「ゆーくん、女の子泣かせちゃって悪いんだぁ」

「結弦、無知と鈍感はときとして罪ですよ」

 一人三役の幼女に叱られた。


「結弦」

 幼女の顔からあどけなさが消え、慈愛と神々しさが漂う。

 どうやら月光菩薩(がっこうぼさつ)様が表に出てきたようだ。


「貴方も小鳥の気持ちには気づいているのでしょう」

「まあな。あいつも隠す気ないし」

「ハーレムを作るつもりなら、責任をもって落とし切りなさい」

 今、すげえこと言ったよ。この御仏(みほとけ)


「御仏がハーレムを作れなんて言っていいんですか?」

「問題ありません。私たち仏も衆生(しゅじょう)それぞれのものであって誰のものでもありません。相手が複数であっても構わないのです。それに誠実に向き合うことができるのであれば」

「……」

 言わんとしていることはわかる。だが、それは簡単なことではないのだ。


「悪いが、今すぐそれに応えることはできない」

「わかっていればよいのです。ただ、誠実に向き合いなさい」

 幼女の表情にあどけなさが戻る。

「結弦、女の子を泣かせちゃ、()()なんだからね」

「キープなんてしてちゃだめだよ」

 一人三役の幼女は手厳しい。


     *


「さすがは阿修羅殿。あの異形をも圧倒するかぇ」

 本心ではないだろう。吉祥天(きちじょうてん)はニャルラトホテプを試しているのだ。

「ご心配なさらずともこのまま終わるクトゥルフではありません。ですが、極楽の守護神もなかなかにやりますな」

「……」

 一方的には終わらぬと言っても女神にはご不満のようだ。

「しからば、かき回してみましょう」

「どのようにかぇ?」

「戦場を変えます」


 クトゥルフが苦戦しているのは戦場の狭さによるものだ。あの巨体を縦横無尽に振るい圧倒するには狭すぎる。敵は分散し、地形を利用してヒットアンドアウェイを繰り返す。

 その辺りも理解して阿修羅は奇襲をかけたのだろう。


 だから戦場を変えるというのはクトゥルフの利になる。

 だが、それだけではつまらない。押されていた状況を五分に戻すだけのこと。そんなことのために策を(ろう)するのは下の下だ。ニャルラトホテプはクトゥルフを勝たせたいわけではないのだ。


「吉祥天様、クトゥルフにはあの武将を倒させるだけでよろしいので?」

 吉祥天は無言で微笑む。

「どなたを倒させ……苦しめればよろしいのでしょうか?」

 この問いもいたく吉祥天を喜ばせた。


 吉祥天も極楽天部の女神だ。帝釈天(たいしゃくてん)のように立場を冒されることを恐れているわけではないが、完全に体制が崩壊することを望んでいるわけでもない。

 ただ、安寧が乱れて衆生が右往左往するさまが見たいのだ。体勢にどっぷり浸かっている堕落した神々が苦しむ顔が見たいのだ。

 最近戻ってきた妹を思う。あの娘は元の夫の係累といい仲だと聞く。若き伴侶は近年、(くらい)を継ぎ頭角を現しているらしい。そんな伴侶をとことんまで苦しめてやったら、あの娘はどんな顔をするだろう……あたしに泣いて助力を乞うかしら。

 いいえ、あの娘はそんなことしない。自分の力で何とかしようとするだろう。昔から変わらない。誇り高い乙女なのだ。

 それは混沌の女神にとってほほえましくも腹立たしいことだった。


「そうね……」

 混沌の女神は一柱の若き男神の名を告げた。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 クトルゥフに対する阿修羅王の奇襲は成功したようです。しかし、それを快く思わないものたちが暗躍を始めます。戦いはどのように進むのでしょうか。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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