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67.敗走

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「そうか……素戔嗚(すさのお)殿が……」

 風神の報告にオレは言葉が出なかった。


 神々の大乱戦(バトルロワイヤル)(いにしえ)の神たち、信仰を失った土地神が紛れていることをオレは知っていた。それを気にも留めていなかった。それで土地神が復権するならそれでもいいと思っていた。勝てば信仰を取り戻せる。そうしたら秩序の中に取り込んでやろう。それで解決するはずだと。


 他国の神が参戦してこない理由もわかっていた。まあ、魯智深(ろちしん)のように酒飲みたさに出張ってくる輩もいたが、あれは日本でも知られている水滸伝の主要人物(メインキャラクター)だからだ。

 縁もゆかりもない土地では信仰は稼げない。つまり、他国の神はこの国では本来の力を発揮できないのだ。だから油断していた。


 あり得ない話ではなかった。父さんがいい例だ。

 父さんは勇者だった。もちろん日本神話に勇者などという役割はない。極楽教でもそうだ。十字教でもそうなのだが、そこは架空のお話だ。勇者は目覚めた後、神官に秘儀を授けられる。死しても秘術で復活できる。その神官は十字教の司祭をイメージされたものであり、故に十字教の救世主として信仰された。それで人にして人ならざる力を得ることになった。


 風神の話を聞いてわかった。

「クトゥルフじゃねえか」

「ご存じなのですか!?」

 知っているわけじゃない。ただ、その原点となった物語を知っているだけだ。


 だが、オレは物語が力を持つことを知っていた。勇者(父さん)がいる。

それは昔ながらの信仰とは違う。ただ広く知れ渡っている。その存在を確信しているのではない。いたらいいな。そう思うだけだ。

 別に主役でなくてもいい。主人公のライバルとして、成長を促す踏み台として、圧倒的な存在感で立ち塞がるラスボスでもいい。皆がそうあってほしいと願うような存在であれば力を持つのだ。

 父さんは、RPGに出てくる勇者としてゲームの大ヒットのおかげで強大な力を持つこととなった。悪の魔王を倒す存在として。

 勇者を導く神官が十字教の司祭をモチーフにしたデザインだったせいで勇者は十字教の救世主という設定が後付けで広まった。ゲームの中ではそんなこと一言も書かれてないのに。

 そういうものかもしれない。それっぽい、だからそうであって欲しい。そんな気持ちで承認されてしまうのだ。


 もしかしたら、これまでの信仰も似たようなものなのかもしれない。貧困にあえぎ、圧政に苦しめられ、生きる希望を持てないとき、死後の世界くらいはと極楽浄土を夢見る。そんな気持ちが信仰だったのかもしれない。衆生(しゅじょう)とは存外現実的なものである。

 とすると、クトゥルフもそれなりに力を持っているのかもしれない。


 それが本当であれば、結構ヤバいことになる。

 クトゥルフは、この国では勇者ほど誰もが知っているキャラクターではない。オレが知っていたのもたまたまだ。幼馴染がオタクでよかった。

 康太(こうた)よ。グッジョブ!


 その程度の認知度でもここまでの力を振るえるのはクトゥルフが悪に全振りのキャラだからだ。

 ヒーローが輝くためには敵は強ければ強いほどいい。邪悪であればなおいい。ヒーローが苦戦し、敗れ、再起を果たす。敵が強大凶悪であればヒーローの物語は一層輝く。アンチヒロイズムというべきか。勧善懲悪では物足りなく感じる人々が正統派ヒーローではなくヒーローを苦しめる存在、そういうものを望む気持ちもわからなくもない。

 普通の人間はヒーローに共感できるほどドラマチックな人生を送らないものだ。平坦な日常に()み、物語に憧れてもなり得ない。そんな自分に絶望してアンチヒロイズムが生まれる。

 クトゥルフはそんな人々に絶賛され、承認を得たのだ。


 その信仰は数ではない。欲求の深さで顕現したのだ。

 異国の神はこの国では力を振るえないと親父は言った。この国においては信仰を十分に集められないのだから当然だ。

 だから油断していた。物語には国境はないのだ。


     *


「燃え上がれ!」

 火之迦具土(ヒノカグツチ)の声とともに盛大な火柱が立ち上った。

「やったか!?」

 だれだ? 負けフラグ立てたやつは

「ダメじゃな」

 火之迦具土神の言う通り火柱は勢いを減じていった。


 (やまと)の武神たちの総攻撃だった。

 鱗に覆われた異形の姿を見て神々も火攻めを思いついた。そこで総攻撃をしかけ、いくばくかの傷をつけたところでの火攻めだった。

 しかし、うまくいかなかった。

「やっぱりヌルヌルがな」

「ああ、ヌルヌルじゃな」

「邪魔じゃのう、ヌルヌルが……」

 異形は粘液を体中から吹き出し、火攻めに(あらが)った。


思兼(オモイカネ)よ。何とかならぬか?」

 総大将多聞天(たもんてん)毘沙門天(びしゃもんてん)の別名)が参謀の思兼神(オモイカネノカミ)を振り返る。

「さてのう……あれ(粘液)が水のものなら水で流せるじゃろうが……」

「液体だからといって水とは限らんじゃろうが。油かもしれんぞ」

「油なら燃えるじゃろうて」

 そう言いつつ首をひねる思兼神。

 いくら知恵の神といっても見たことも聞いたこともないのだ。それほどまでに目の前の異形は異質であった。


「やってみるしかあるまい」

 そう言うと多聞天は水神を前線に並ばせる。

 水の神は川を司る。その姿は川を模して細長く、つまり龍である。


 龍の姿をした水神が一斉に吼えた。

 龍たちの権能でもくもくと雨雲が湧き上がり、雨となる。雨はやがて豪雨となり異形に向かって叩きつける。


「BBBBBBOOOOOOOOOEEEEEEEE―――――――――!!」

 異形がうなるように吼える。

「やったか!?」

 だからフラグ立てるのはやめろ


「どう見ても喜んでおるな」

「まさに水を得た魚じゃな」

「その通りじゃが……魚か? あれが?」

 倭の神々はクトゥルフが水の属性を持つことを知らない。


 びしゃっ

 クトゥルフが唾を吐きかけた。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」

 唾液の飛沫をまともに浴びた武神が悲鳴を上げてもだえ苦しむ。やがて声が止み……大地に伏せたその体はどろっと溶けて崩れた。


「溶解液じゃ。皆の者、浴びてはならんぞ!」

 多聞天の掛け声で前衛が一斉に距離を取り、楯を構える。

 目の前であんな姿を見れば恐れも湧こうというものだ。水神の権能による暴風雨の中でさえあの威力なのだ。


「水は駄目のようにございますな」

 思兼神の言葉に頷く多聞天。

 せめて唾液が雨で薄まればと思ったが、粘度の高い唾液は簡単には希釈されないようだ。雨で洗い流そうとした体表を覆う粘液も同様だった。

 次の手がない。


 そこから先は虐殺だった。

 異形は巨体を活かして前線を一蹴した。まさに手も足も出なかった。


 できる限りのことはしたのだ。

 圧力で洗い流そうと豪雨に風の力を加えた。

 無駄だった。敵の装甲はその程度ではびくともしなかった。


 巨石を雨霰と叩きつけた。

 異形はその巨体と鉤爪で弾き跳ばした。


 呪いをかけた。

 極楽教の道理は異界の神には通じなかった。


 手詰まりだった。

 せめてもの抵抗で敗走先を地上にしないことくらいしかできなかった。

 黄泉(よみ)の国や黄泉津国(よもつくに)を巻き込むことになるがやむを得ぬ。

「撤退だっ! まとまるな。散開して地下に落ちろ。その後は各々の判断で冥府(めいふ)を目指せっ!」


 荒ぶる神々といっても戦況には聡い。武神なのだ。

 ただ一柱、天之手力男(あめのたぢからお)(のみこと)だけが残った。

(それがし)にはこの怪力しかありませんでな。後をお頼み申す」

 そう言って辺りの岩を手あたり次第に投げ始めた。

 天之手力男命は殿(しんがり)を引き受けてくれたのだ。


 そのおかげで7割の神が落ち延びることができた。死した3割もいずれ天界で再生されることだろう。実質損害はゼロである。

 ただ、誇りだけは傷ついた。


     *


「というのがあらましです」

 毘沙門天(びしゃもんてん)……いや、多聞天(たもんてん)が顛末を話してくれた。


 オレは素戔嗚が敗れたとの話を聞いてすぐに冥府に居を移した。根の国の残党を受け入れる為であった。

 だが、落ちてきたのは天部の武神たちであった。その数500。話を聞くと落ち延びたのはもう少し多いようだが、黄泉津国に落ちた者や天界に帰還したものなどもいるようだ。

 半分も残ったのだから多聞天の威光も大したものだと言えよう。


「相済まぬ。できるだけ巻いたつもりだが、これだけの数が集まれば冥府の存在を気づかれたやも知れぬ」

「そういうな、多聞天。現世(うつしよ)を襲われるよりよほどいい」

 抵抗する術のない地上にクトゥルフが現れることを考えれば冥府に呼び寄せられればその方がよほどよい。何より備える時間が稼げたのだ。

「最善手なのです、はいっ!」

 スーパーコンピューターを頭脳とするAI五郎も同意してくれた。


「それでクトゥルフとはどんな奴だった?」

「その前に一つ」

 オレの言葉を(さえぎ)り多聞天が言った。

「私は敗軍の将です。負けた責任を取らなければなりません。お受け頂けるのなら今後、将は閻魔(えんま)殿にお願いしたい」

 まったく、我が剣の師は堅物すぎるのだ。


 答えは決まっている。

「現世を、人々を守ることが最優先だ。受けよう。ただし、毘沙門天、お前は副将として支えてくれ」

 オレ一人ではどうにもならない。天部の神々のことをオレは知らない。そんな知らない兵を率いて決戦などできるものか。

 将帥(しょうすい)の席を離れるというなら目の前にいる武神は毘沙門天であるべきだ。なにより、この神は武将としてより武神として……一振りの剣としてあったほうがよほど強いのだ。

(おお)せのままに」

 毘沙門天も頷いてくれた。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 クトゥルフは極楽神軍すら圧倒しました。敗残の兵を受け入れ、結弦は決戦に挑みます。彼には守らなければならない現世があるのです。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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