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66.神々の戦い

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「随分と焦らすねぇ、康太(こうた)

「まったくだぜ」

 韋駄天(いだてん)のボヤキには全く同意だ。

 俺だってあんな状況から2週間もお預けを食うとは思ってもみなかった。


 念のため、おさらいしよう。

 魔王様の思い付きで俺こと山元康太(やまもとこうた)は韋駄天との勝負、もとい稽古を行うことになった。稽古といっても真剣勝負だ。決闘といってもいいだろう。

 相手は武神ではない。走りの神韋駄天だ。走り以外に取り柄はない。しかもバカだ。


 俺は舐めていた。韋駄天よりオレの方が強いのだと。だが、開始1秒で俺は思い知らされた。天狗になっていた鼻っ柱をポッキリ折られた。

 俺は右胴を深々と抉られた。その後も韋駄天の攻撃の前に手傷を重ねた。


 韋駄天もただ流されて閻魔堂(えんまどう)で板前修行をしていたわけではないのだ。

 走りの神である韋駄天は足で法力(ほうりき)を扱うことに特化しており、手で扱うことを苦手としていた。そもそも剣など門外漢だ。それでも韋駄天なりに思うところがあったのだろう。閻魔堂の厨房で包丁を使い調理をすることにより手で法力を扱う修行をしていたのだ。


 俺だけが無謀な挑戦して成長したのだと慢心していた。

 俺だけが強さを望んでいたのだと驕っていた。


 だから、俺は窮地に立たされている。いや、俺の招いたことだ。

 俺は窮地に立っている。

 そういうことだ。


 右脇腹からの出血は止まらない。右肩、左手、右側頭部……俺は傷だらけだ。対して韋駄天は無傷だ。

 そもそも韋駄天のトップスピードを舐めていた。マラソンランナーのような見た目に騙されていた。韋駄天のトップスピードは目にも留まらない。


「2週間も引き延ばされたんだ。そろそろ終わりにしようよ」

 そう言うと韋駄天は快足を飛ばし突っ込んでくる。

 たったったったっ……消える!


 悪いな、韋駄天。

 お前の快足は天界一なのだろう。だが、俺には現代科学がついている。


 人間の視野は100度と言われている。それは平常時だ。一点に集中したときの視野はそれよりずっと狭い。その1/4、いいとこ25度といったところだろう。20m先の25度から姿を消すには一瞬で視界の外まで出ればいい。正面5度で突っ込んでくる韋駄天が視野の外に出るまでの距離は15m。対して眼球の反応速度は思っているよりずっと遅い。25度視野を動かすのに備えていても0.1秒はかかる。不意を突かれれば0.5秒はかかるだろう。俺の反応速度が0.1秒だとすれば韋駄天の速度は15m/0.1秒。つまり秒速150m、時速に直せば540km/時。化け物だ。

 俺への打ち込みまでの時間は0.133秒。その瞬間さえ凌げば俺は韋駄天の攻撃を躱すことができる。


 いや、ダメだ。

 躱すだけではだめなのだ。俺の体力はもってあと5分だろう。俺が韋駄天の斬撃に対処できると知られたら、敵はどうする? 簡単だ。5分待てばよい。それでは俺の勝ちはない。


 だから、俺は韋駄天の攻撃を避けるだけではダメなのだ。次の攻撃で韋駄天に俺以上のダメージを与えなければ……


 0.133秒では跳ぶことは適わない。伏せようにも間に合わない。ならば……


 ざくっ

 韋駄天の剣が左腕に食い込む。だが、筋肉の力で受け止めた。

 がしっ!

 俺は突っ込んでくる韋駄天の体を捕まえた。背中から胴に回した腕を引き絞り、背筋の力で持ち上げる。天高く弧を描いた韋駄天の体を裏返しに地面に叩きつける。

 ブレーンバスターが見事に決まった。


 俺の狙いは韋駄天の攻撃を避けることではなかった。避け続けても体力を削られる。5分待たれれば俺の負けだった。

 だから俺は韋駄天を捕まえることにしたのだ。もちろん賭けだ。


 パワーに劣る韋駄天は決して正面から俺を切り伏せようとはしない。横薙ぎに剣を振るい駆け抜けようとするはずだ。だが、0.133秒あれば俺でも50cmぐらい動くことができる。俺は韋駄天の軌道に踏み込んだのだ。


 残るは韋駄天が右に来るか左に来るかだが、それは簡単だ。

 韋駄天はバカだといっただろう。

 さっきは左のタイミングで右に動くフェイントをかましてくれた。ならば次はフェイントをかけない。同じ罠を二回続けて掛けるのは勇気がいる。よほどの駆け引き上級者でない限りできない仕掛けだ。

 案の定、韋駄天は右に来た。時速540kmの速度で軌道を変えることなどできるはずがない。捕まえてしまえば仕留めるだけだ。パワーでは圧倒的に俺に分がある。


「そこまで!」

 魔王様が試合を止めた。


 韋駄天は俺の隣でノビている。

 俺も動けない。というより死にそうだ。力を振り絞ったせいで目がかすむ。


 それでも俺は勝ったのだ。


     *


「そうか、素戔嗚(すさのお)が……」

 帝釈天(たいしゃくてん)は溜息をついた。


 今頃、天界はおろか冥界にもこの噂は広まっていることだろう。

「まさか、止めろとは言いますまいな」

 多聞天(たもんてん)の言葉に何も言い返せない。

 多聞天とは毘沙門天(びしゃもんてん)の別称だ。御仏に折伏された毘沙門天は北方の守護を任され武神の長、多聞天となった。ここにいるのは極楽教の武神を率いる長として、ならば多聞天としての発言なのだろう。


 本音で言えば、天界の守護戦神(しゅごせんじん)を総て投入することには反対だ。いや、怖れがあるといったほうが正しいか。極楽教天界の守りは鉄壁とは言えないのだ。

 長年、信仰を取り合ってきた十字教ではない。昨年、閻魔天(えんまてん)が勝手に講和を結んだおかげで十字教天使どもとの直接的な戦闘は控えられている。というより、彼らも同じ状況なのだろう。

 信仰が薄れているのだ。


 信仰とは敬意や畏れだけではない。信じる力だ。衆生(しゅじょう)の信仰が我ら極楽教の神々の、御仏様の力となる。

 それを犯すものが現れた。それを信仰と呼んでよいものは判断に迷うところだ。だが、()()()()()()と呼ばれる空想の産物が力を持つようになった。先の第一次地獄戦役では勇者と呼ばれる存在が十字教の手下として地獄を席巻した。あの鬼神(きじん)閻魔天が後れを取ったのだ。

 それだけの力を勇者は持っていた。


 十字教の力だけではない。あれは設定と呼ばれるからくりでたまたま十字教陣営に属していただけだ。仲間割れで死亡した後、勇者は閻魔の陣営に転属した。もう敵ではないだろう。もし敵認定したなら、今度は閻魔が背くだろう。

 地獄を失ったら極楽教は終わりだ。畏れを無くした宗教は誰も敬わぬ。


 今は勇者の話ではなかった。

 (いにしえ)の死者の国、根の国の王素戔嗚が敗れた。彼の存在はこの国の始祖神(しそしん)の子で荒ぶる神として信仰されていた。神仏混交により極楽教の神としての地位を持っているが半ば独立した存在だ。

 とはいえ敵ではない。

 味方にすれば頼もしい存在だったはずだ。だが、そんな荒ぶる神が敗れた。敵の詳細はわかっていない。ただ異形(いぎょう)のものだとしか


 おそらく勇者と同じであろう。新たな信仰が異形の存在を産み出したのだ。

 だが、なぜだ?

 あのような異形で、悪意しか持たぬものをどうして信仰できる?

 わからぬ……

 信仰を疑うなど、己の存在まで危うくする考えに帝釈天は捉われていた。


「敵が何者かなどどうでもよいことです」

 多聞天が言い放つ。

「黙れ、多聞天! あれが御仏の意志でないとどうして言える!」

 言い返す帝釈天を憐れむように多聞天が応える。

「御仏の意志であるかどうかは関係ないのです。あれは衆生に災いをもたらしました。ならば敵です」

「衆生だと。たかが根の国を滅ぼしただけではないか?」

「根の国の王は極楽教の神でもある素戔嗚尊殿です。そして根の国は屍者の国。極楽教の幽世(かくりよ)を支配する冥府(めいふ)、古の土地神である伊邪那美命(いざなみのみこと)の支配する黄泉津国(よもつくに)、そのどちらも選べなかった死者が向かう仮初めの国、それが根の国です。それを滅ぼしたということは死をも凌辱したと同じ事」

「だが、御仏の教義を推戴する冥府ではない」

「同じこと。屍者を愚弄され、それを許すということはいずれ死にゆく生者をも愚弄することと同義です。生者の思い……それが信仰ではありませんか!」


 多聞天の言うことは正しいのだろう。だが、私にはその決断ができない。なぜ、それが御仏の意志ではないと言えるのか?


「御仏の意志であるかどうかは関係ないのです。信仰する生者を裏切る御仏が、もしいたとしたら……」

「いたとしたら……」

「放逐すればよいだけのこと」

「不敬であるぞ、毘沙門天っ!」

 御仏に対して言ってはいけないことを……

「順序を間違えてはなりません。御仏なくとも民は生きられますが、民無くして御仏は存在できませぬ」

「きさ……ま……」

 あまりの不遜に怒鳴りつけようとしたが、できなかった。

 毘沙門天の後ろに控えていた武神たちが一斉に立ち上がったからだ。

 百……いや千……それ以上いるかもしれない。


 極楽教に属する武神たちは戦えと望んでいるのだ。ほぼすべての武神たちが……

 極楽教天部の主神の肩書など何の役にも立たぬ。私にはそれを留める術はなかった。


 反論できない私を見限って……形ばかりの許諾を()ぎ取って武神たちは出て行った。向かった先は戦場だろう。

 極楽教は守り手のすべてを失ったのだ。


「情けない姿だねぇ、帝釈天様ともあろうお方が」

 冷やかすような言葉に顔を上げた。


 自分でも揶揄する言葉に反感を覚えるほどの気力が残っていたことに驚いた。

「お前は謹慎中のはずだが? 吉祥天(きちじょうてん)

 それは吉祥天だった。


 先日、十字教の堕天使セラフィエルと組んで古の神々に悪戯を仕掛けた罪で母神である鬼子母神(きしもじん)におしおきをされていたはずの吉祥天がいた。

「母様は子供たちを守るため現世(うつしよ)に行ってしまいましたよ。おかげで、あちきは自由の身ってわけでさ」

「鬼子母神が帰ってきたときの言い訳を考えておくのだな」

 すべてを失ったばかりだというのに、これ以上、疫病神(やくびょうがみ)に引っ掻き回されてはたまらぬ。


「引っ掻き回してほしいのではないかぇ?」

 揶揄するように吉祥天がのたまう。

「武神がいなくなっただけで天界は滅びやせぬ。帝釈は肝が小さい。御仏のお力を信じればよいだけでありやしょう? 有象無象が掛かってきたところで御仏の威光は薄れやせぬ。むしろ御仏の存在を知らしめてやるよい機会ではないかぇ。戦が終わり戻ってきた武神どもには言ってやったらよいではないかぇ。御仏の御手を煩わせた罪で降格と。そしたら戦後は帝釈の思うがままになりんす」


 目の前に悪魔がいた。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 素戔嗚が敗れた。その情報は天界をも揺るがせました。多聞天は武神を率いて戦いに赴きます。残された天部ではまたあの女神が暗躍を始めます。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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