表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/133

65.侵略者

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「親父っ、大変だ!」

 オレは大慌てで閻魔堂(えんまどう)に飛び込んだ。

「なんだ、結弦(ゆづる)。騒々しい」

 開店前だというのに、というより仕込みも手伝わずいつもの席で飲んでいた親父が応える。

「それどころじゃない。大変だ……侵略者だ!」


 ことの発端は下校中のことだ。

「ここ、なにができるのかしらね」

 改装工事中の店舗を見て小鳥(ことり)が呟いた。

「前何だったっけ?」

「服屋だったろ。けっこう大きな店だったけどな」

「国道沿いに大型ショッピングセンターができてから客全部取られちまったみたいだからな」

「駅向こうには外資系ディスカウントストアもできちゃったものね」

 まったく巨大資本に地場商店は太刀打ちできない。


「なに言ってるんだか。宵が原(よいがはら)商店街がさびれてるのは昔からだろ」

 身もふたもないこと言うな、康太(こうた)

「おしゃれなカフェとかできたらいいわね」

 小鳥も何を言う。宵が原におしゃれな店などできるわけないだろう。

 お前ら、もう少し宵が原商店街に愛着を持て。


「おう、王子。今帰りか?」

 床屋の爺さんに呼びかけられた。爺さんは閻魔堂(うち)の古くからの常連客なので未だにオレのことを王子と呼ぶ。

 本当は王子じゃなくて大王なのだが、地獄のことを現世(うつしよ)で言っても仕方ないだろう。小鳥も康太も何も言わない。父さんは端から興味がないようだ。

「お前んとこも、これから大変だのう」

 何が?

「知らんのか? ほれ、そこのはなまるの跡地」

 はなまるとは元あった服屋の屋号だ。正式には『はなまる洋品店』といった。婆さんが一人でやっている時代遅れの個人経営の洋服屋だった。

 ちなみにオレはそこで何か買ったことはない。


「あそこな。大手居酒屋チェーンが立つんだと」

 なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!

 よく見ると工事の看板に『大衆居酒屋鶏民(とりたみ)宵が原店改装工事』と書いてあった。


 というわけでオレたちは慌てて帰ってきたというわけだ。

「親父っ! 落ち着いてる場合か。商店街の入り口に『鶏民』ができるんだと!」

 ただでさえ個人経営のしょぼい店では巨大資本には敵わないというのに。

 オレたちは駅から戻ってきた。その途中にあったということは閻魔堂より駅に近い。というより駅前だ。商店街の外れにある閻魔堂は圧倒的に立地で負けている。

 ただでさえ金払いの悪い近所の親父しか来ない店がこれ以上客を取られたら立ち行かない。


「心配するな。元々取られるほどの客はいない」

 心配だよおおおおおおおっ!

 そろそろ隠居して冥府城(めいふじょう)住処(すみか)を移すべきだろうか?


 そうこうしているうちに『鶏民宵が原店』が開店してしまった。


「客来ないわね。当然だけど」

 客が一人もいない閻魔堂で蛭子(ひるこ)先輩が身も蓋もないことを言う。

「当然ってどういうことだぁ! ケンカ売ってんのか、こらぁ!」

「やめなさい。うっとうしい」

 頭を叩かれ小鳥に止められた。

 ツッコミ専門だったオレが突っ込まれてしまった。下ネタではない。


「敵は開店大売出しで生中(なまちゅう)駆けつけ一杯100円セールしているんだから流れてもしょうがないだろう。まあ一時的なもんだ。気にするな」

 達観した親父が言う。

 ただ飲み食いしているだけの親父が金払え。

「気にはしてないけど、お客さん一人も来ないのに今日の私のバイト代出るのかしら?」

 ボソッとつぶやくお前(小鳥)の方がうっとうしいわ!


「心配ない。策は考えた」

「策って?」

 自信満々に言う先輩につい聞き返してしまう。

「ヘイ、光月(みつき)。カモン」

 蛭子先輩の掛け声で店の奥から光月が飛び出してきた。

「ねえ、結弦。見てみて! かわいいでしょ?」

 やってきた光月が着ていたのは……メイド服だった。それもアキバ系の露出が高いものではなくビクトリア調のクラッシックなタイプだ。

「うん。かわいいよ、光月」

 抱き上げ頭をなでてやると光月はうれしそうに笑った。


「こんなかわいい服、私みたいなおばあちゃんには似合わないわよ」

「ちょっとこのデザイン、胸開き過ぎじゃない? 恥ずかしいわ」

 口とは裏腹にノリノリの満代(みつよ)さんと千衣(ちい)ちゃんだった。

 大丈夫、満代さんはいつまでも若々しいから。まるでメイド長みたいで似合ってます。

 それから千衣は胸元が開いたデザインなんじゃなくておっぱいが収まりきらなくてボタンが閉じなくなってるだけだから。


「これ、私も着るの?」

「大丈夫、サイズは合わせてある」

 だったら千衣のも合わせてやれよ。

 言葉とは裏腹に小鳥もノリノリだ。


「おう、光月はかわいいなあ」

 光月を抱き上げて満足げに親父が言う。

「ゆーくんのロリコンって魔王様からの遺伝?」

「通報しましょう」

 一人三役の幼女は何を言っているのだ?


 一時間後、閻魔堂が誇るメイド美女たちを前に常連の親父たちが(かしこ)まっていた。

「う、浮気じゃないんだよ」

「そうだとも信じてくれ」

「俺たち閻魔堂一筋だから」

 いや、それ浮気がばれたときの言い訳にしか聞こえないだろう。


「そ、そう、あれは敵情視察だから」

「そうだよ。戦いに勝つためにはまず敵を知らなきゃ」

 ものは言いようである。


「それよりあんたたち、私たちを見て何か言うことはないの?」

 蛭子先輩、それ面倒くさい女の言うセリフ第一位だから。恵比寿(えびす)も大変だなぁ……

「蛭子さん、凛々しいです」

「かっこいいです」

「お似合いです」

 なぜか一人だけタキシードを着ている蛭子先輩だった。

 メイド居酒屋じゃなかったのか?


「ねえねえ、光月は? 光月は?」

 一人だけ執事に張り合う幼女。

「光月ちゃん、かわいい」

「似合ってるね」

「最高!」

 べた褒めする親父たち。そこは同意する。


「へい、グレートギガマックス刺身盛り、お待ち」

 孫娘を激賞された源治(げんじ)さんが頼まれてもいない料理を出したことで裏切者たちは許されたよう……それ、うちの最高値(さいたかね)メニューじゃないか。

 やっぱり許されていないのかもしれない。


 その後……

 閻魔堂は元の賑わいを取り戻した。それはいつの間にか定着したメイドさんのせいではなく、ただ単にうちの給仕が美女ぞろいだったからだろう。なんせ女神が二人(蛭子と黒闇)に御仏(月光)までいるのだから神々しさでは相手にならない。

 人とは慣れるもので初めは女神の神々しさに威圧されていた常連客も目の保養といって喜んでいる。それでも酔っぱらってもセクハラをするような奴はいない。おかげで小鳥も楽しそうに働いている。

 まあ、セクハラなんてする奴は翌日には疫病(えきびょう)で入院隔離されているだろうが。


 侵略者こと大手チェーンの居酒屋だが、潰れることもなく立地とコスパの良さから若者を中心にそこそこ繁盛しているようだ。

 こうして宵が原商店街の平和は守られたのだった。


     *


「侵略者であるな」

 素戔嗚(すさのお)の言葉に側近の風神たちが息を飲む。


 タコのような頭部に触手を持つ巨体の異形。うねうねと不気味に(うごめ)く触手が明らかにこの世のものではないことを示している。

 『鶏民』とは全く異なる真の侵略者である。


「引きましょう」

 素戔嗚は腰の引けた根の国の民を見やる。

 引くべきなのはわかっている。根の国など放棄しても惜しくはない。安定した黄泉(よみ)の国は今の現世を支えるのに十分機能するであろう。極楽教でも十字教でもない土着信仰を求める魂は黄泉津国(よもつくに)が受け入れるであろう。いまさら根の国が緩衝する必要もない。

 だが、素戔嗚はこのまま引くことには抵抗があった。それは武の頂点を極めた荒ぶる神としての矜持である。


「まあ、そう言うな。せっかく異界から来てくれた客人だ。もてなしの一つもせずに帰しては失礼であろう」

 主の気迫に兵どもの顔に血の気が戻る。

「たいしたもてなしはできないが、せめて(やまと)(くろがね)でも味わってもらおうぞ」

「「「「おおっ!!!」」」」


「海のものなら火攻めが有効では?」

「いや、その前に鱗を処理しなくては」

 単純な火矢では体表面を覆う鱗で弾かれるだろう。

「頭部には鱗が無いようですが」

「いや、粘液が鱗の代わりであろう。火攻めにしても単純にはいかぬ」

 兵たちが対策を検討し始める。


 これでいいのだ。

 異界からの侵略者であれば、初手で後れを取るのはやむを得ぬ。せめて攻略の糸口くらいは掴んでおきたいものよ。


 その前に済ませておかなければならないことがある。

櫛名田(クシナダ)よ」

「はい」

 後に控えていた女性が姿を現す。それは素戔嗚尊の妻女櫛名田比売(クシナダヒメ)であった。あの荒ぶる神が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治してまで妻にしようと尽くした国津神の女神だ。


「荒ぶる魂を持つ(わし)は決してよい夫ではなかった……」

「いいえ。貴方様は素戔嗚尊(すさのおのみこと)でございます。あなたが貴方であってくれることこそ私の望みでした。貴方様とともに在れたことは、この櫛名田、生涯の誇りでございます」

「うむ」


「黄泉津国に落ちてくれ」

「はい」

 素戔嗚の言葉に櫛名田比売は頷いた。

 すでに心を決めた夫婦にそれ以上の言葉は不要であった。


「心置きなく、存分にお力を振るわれますよう」

 それだけ言うと数人の護衛を連れて櫛名田比売は落ちていった。


 よい女だった。

 強敵八岐大蛇との戦いに命を懸けてまで欲した妻だ。

 再会は適うまい。


 だが、それでよい。

 儂は素戔嗚尊、倭の国最高の荒ぶる神なのだ。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 平和な宵が原商店街に外敵が現れました。その名も『鶏民』。大手居酒屋チェーンの侵略者です。巨大資本に対して閻魔堂はどう戦うのか。みんなが一致団結して迎え撃ちます。

 一方、根の国には本物の侵略者が現れました。根の国の王素戔嗚尊は荒ぶる神として命を懸けた戦いに赴きます。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ