64 快足の必殺剣
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
落ち着け、康太! 落ち着け、自分!
いきなり背負った大きなハンデ。だが、まだ負けてない。
脇腹の傷は思っていた以上に深い。血が止まらない。
戦闘中だ。止血している暇はない。
ならばこれ以上の出血を抑えるためにも動きは最小限にしなければならない。
やはり韋駄天はヒットアンドアウェイが作戦だったのだ。
そこまで読んでおきながら油断で台無しにした。
スピード自慢の韋駄天に対して足を止められた。今の自分はただの的だ。
「いいのかい。おいらの快足剣を見切れるのかい?」
そう言い放ち韋駄天は突っ込んでくる。
たったったったっ……消えた
右肩を切られた。
韋駄天の快足は2段階だった。油断をさせておいて瞬発的にギアを上げた韋駄天の快足を康太は見切れなかった。
「仕留めるつもりだったけど、ちょっと浅かったかな。やっぱり、おいら、まだまだだね」
すっかりなめられている。
三度、韋駄天が突っ込んでくる。
たったったっ……軽快に走り込んできて……消える
視界にとらえた韋駄天は目の前だった。慌てて剣を振り回すが間に合わない。左小手を裂かれた。
韋駄天の快足は捉えられなかったが、太刀筋は見えた。左下段からの切り上げ。基本に忠実な美しい剣だった。
成長していたのは自分だけじゃないってことだ。
「粘るねぇ、康太。でもそう来なくっちゃ」
これが韋駄天のリズムなのだろう。快足に任せて切り結び駆け抜けて距離を取り直す。そして間合い外からの突撃と剣戟。
ペースは完全に韋駄天が握っている。
しかし、何かが違う。
一撃目は何も見えなかった。
だが、途中まで見切れた二撃目と三撃目は何かが違う。
考えている時間はない。四撃目がくる。
たったったったっ……消える!
これは二撃目と一緒だ。
康太は大きく踏み込み突きを放つ。
刃風は右側をすり抜けていった。
「危ないあぶない……でも、見えていたわけじゃないようだね。あてずっぽうが何度も続くとは思わないでおくれよ」
少しわかってきた。
相変わらずギアを上げた韋駄天の姿は捉えられない。だが、リズムが変わる。
ランナーにとってリズムは大事だ。リズムを変えると消耗する。体力を削られる。スピードに乗れない。だから、リズムをキープしようとする。それでもリズムを変えるときは勝負をかけるときだ。
だからこそ一速から二速にギアを上げるリズムが変わることに違和感があった。
おそらく韋駄天の利き足は右足なのだろう。右足でギアを上げた……圧縮した法力でブーストした一撃目と二撃目、四撃目は全く見切れなかった。だが、違和感を持った三撃目は最後の瞬間目に留まった。あれは左足でブーストしたからだ。
どれだけ慣れても利き足と逆足では違いが出る。そして一、二、四撃目は右、三撃目は左に来た。踏み込み足がわかれば……見えないまでも、読める!
五撃目がくる。
たったったっ……消えた
これは三撃目と一緒だ。
見えないのだから正確な狙いなどつけられない。胴体の真ん中に当たるよう康太は一歩踏み込み左胴を放つ。
がつんっ
頭に衝撃が走る。
右だった……右側頭部を打たれた。踏み込んだ分、鍔元に当たり致命傷にならずに済んだ。それでも鉄の棒で殴られたのだ。ダメージは大きい。
「よく読んだけど、おいらだって自分の癖はわかっているんだぞ」
韋駄天のフェイクだった。
どうやら本当に追い込まれたようだ。
*
「あら、今日は黄泉坂が厨房なの?」
料理着に身を包み厨房で串打ちをしている結弦を見て小鳥が言った。セーラー服からバイト用にTシャツとジーンズのラフな格好に着替えていた。髪はまとめてポニーテールにしている。こうしてみると小鳥もただの女子高生に見える。
「康太は? それに韋駄天様もいないじゃない」
エプロンをつけ、フロアの掃除に取り掛かりながら聞く。
「ああ、あいつらは修行している」
「ええっ!? 韋駄天様って剣も使えるの?」
こいつもたいがい失礼だ。
「どちらも軽武装のスピード系だ。康太の修行にはちょうどいい。元閻魔が連れて行った」
いつもは親父がいるはずのカウンターの隅から父さんが言う。
「日色君たら、高校生のくせにお酒なんて飲んでいいの? 不良じゃない」
「こう見えても私は39歳だからな。問題ない」
「そういうなら、制服から着替えてきてくれよ」
詰襟の制服を着たままカウンターで日本酒をたしなむ父さんに文句を言う。
「私はアルバイトではなく用心棒だからな。開店するころには消えるさ」
「消えるな。酔っ払いが小鳥にちょっかいを出したらどうする」
今日のオレは厨房の下働きだ。とっさに助けには行けない。
「仕込みが終わったら戻って頂いても結構ですよ。あとは私と明で回せます」
板前の源治さんが言ってくれる。
オレの腕も上がったと思うのだけれど……
「普段は韋駄天様と二人ですからね。大王様と明がいると厨房が狭くて動きにくいです」
さいですか
明兄は細身だが、190cmを超える長身だ。そしてオレは身長195cm、体重99kgだ。決して0.1tではない。99kgあるが、決して太っているわけではない。筋肉の塊だ。
確かに小柄で細身の韋駄天と比べると邪魔になるだろう。仕方がない。
オレは焼き鳥の串を仕込み終えるとバットを冷蔵庫に仕舞いカウンターをでる。
「大丈夫ですよ。大王様がいらっしゃるだけで小鳥様に悪さする輩などおりませんから」
まあ、それはそうだろう。
オレにも威厳というものが滲みだしてきたのだろう。
「黄泉坂も喜ばないの。お客様を威嚇してどうするの。営業妨害よ」
店主の息子より店を仕切っているバイトってどうなの?
「結弦―っ、仕込み終わった?」
今日は蛭子先輩がシフトに入っていないので満代さんと千衣がフロア係だ。小さな塊は店に入るとまっしぐらにオレのところに駆け寄ってくる。
オレは優しく抱き上げてやる。
「ねえ、小鳥。なんで小鳥は結弦のこと黄泉坂ってゆうの?」
3歳児の素直な疑問に小鳥が慌てる。オレもドキッとした。
「えっ……なんとなくよ。そ、そうよ。学校でうっかり名前で呼んじゃったりしたら付き合ってると思われちゃうじゃない」
「でも、うちには魔王様もいるよ。魔王様だって黄泉坂なのに変だよ」
「光月、それは小鳥がツンデレだからですよ」
「ツンデレじゃねーし」
現代の若者言葉を使いこなしてやったぜと言わんばかりのドヤ顔をする月光菩薩様。
ツンデレは若者言葉じゃなくてオタク用語だと思うのだが。
「名前呼びが恥ずかしいなら、ゆーくんって呼んであげれば?」
ひかり、それはやめてくれ。
一人三役の幼女は相変わらず騒がしい。
「ところで日色君……」
話を変えるつもりか父さんに話しかける小鳥。
「康太はどうなの?」
「聞きました? 奥さん」
「ええ、康太は名前呼びでも恥ずかしくないようですわよ。奥様」
「ねえ、月光。何でひかりが奥さんなの?」
一人三役でも解釈不一致のようだ。
「いいのよ。康太は康太なんだから」
理由になっていないが、小鳥にとって康太は意識する存在じゃないということだろう。
それは知っているが……いかん。オレまで恥ずかしくなってきた。オレも『佐治さん』と呼ぶべきだろうか?
「ふむ、康太か……」
父さんは井戸端会議を気にもせず考え込む。
「化ける目はある。今が正念場といったところだろう。元閻魔が本気で育てようとしている。悪くはしないだろう」
「そう。ならよかった」
小鳥にとって康太も仲間になったのだろう。
大金星で神殺しになってしまった康太はいまや狩られる側だ。自分の身くらい守れるようにならなくては命がいくつあっても足りない。
「別に強くならなくてもいいのに……」
ひかり、そう言うな。
それは康太が自ら選んだ道なのだから。
*
「また来おったか……」
素戔嗚尊は面倒くさそうに立ち上がった。黄泉津国での祭典以来挑戦者の乱入は日常になっていた。
人口の少ない根の国だからよいものの現世に現れたら大事だ。
草薙剣を手に庵を出る。
「なんじゃこれは……」
目の前にいたのはまさしく異形だった。
「タコ……いや、体は人なのか……」
全長30mはあるだろうか。人間のような体にタコのような頭が載っている。頭部から生えた触手のようなヒゲはうねうねと不気味に蠢く。腕の先には大きな鉤爪、胴体は緑色にぬめっている。
「タコなのか魚なのかわからぬな」
全身が鱗に覆われていることから水生生物のようにも見える。あの巨体を支えるなら水中にすむものかもしれない。だが、背には蝙蝠に似た翼を生やしていた。
「いったい何者なのでしょうか」
側に控える風神が呟く。
何者かはわからぬ。だが、こやつも神々の大乱戦に誘われてきた闖入者であろう。
「BBBBBBOOOOOOOOOEEEEEEEE―――――――――!!」
異形がうなるように吼えた。
間違いなく挑発の遠吠えだった。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
康太と韋駄天の死闘は続きます。韋駄天の快足を活かした剣に康太は追い詰められます。仲間は応援しています。
一方、根の国の素戔嗚の下には異形の侵略者が現れました、いったい何者なのでしょうか。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




