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63.強くなりたい

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「欠席裁判を始めます」

 枕を抱いた小鳥(ことり)が宣言した。

 欠席裁判って言っちゃったよ、この娘……


「さいばんってなあに?」

「なんの裁判なの?」

「それで被告人は?」

 一人三役の幼女が質問をする。

「いいんじゃない、有罪で」

「なんで蛭子(ひるこ)姉さんまでいるのですか? あなたは敵です!」

 やる気のない蛭子雅美(ひるこまさみ)を小鳥が糾弾する。


 ここは居酒屋閻魔堂(えんまどう)の離れ、黒鉄(くろがね)家の2階の一室。

 祖母が入院してから小鳥は黒鉄家の世話になっていた。光月が今日は小鳥と寝たいと言い出したところでバイトに来ていた蛭子雅美も「じゃあ私も」と言って押しかけ参加している。いわゆる女子会というものだ。


「なんで私が敵?」

 雅美が小首をかしげる。

「それですよ、それ」

 小鳥が雅美のネグリジェに包まれた胸を指さす。

「そんな立派なものをお持ちの姉さんにはわからないでしょう」

 完全に八つ当たりである。

「じゃあ有罪でいいよ。おっぱい罪で」

「それは罪なのですか?」

 月光菩薩(がっこうぼさつ)が真っ当な疑問を呈する。

康太(こうた)に何か言われた?」

 お調子者の幼馴染の康太がやらかしたのだろうとあたりをつけたひかりが訊ねる。

「康太だけではありません。黄泉坂(よみさか)日色(ひいろ)も同罪です」

 なるほど。男子高校生の会話に小鳥が激昂していることを全員が理解した。


「おっぱい、いいよね。わたしもママみたいになれるかな?」

「あそこまで大きいと大変らしいよ。知らんけど」

 生前の千衣との会話を思い出し、ひかりがしみじみと呟く。本人にも経験はないので推測になる。

「光月はいいよね。希望が持てるから」

「小鳥ちゃん……3歳児をうらやむってヤバいよ」

「そうだよ。わたしより小鳥のほうが大きいよ」

 幼女に慰められてパジャマの胸に手を当てる小鳥がいたたまれない。


()めば大きくなるそうよ」

「黙れ、ホルスタイン!」

「恵比寿さん、そんなに激しいんだ……」

 糾弾は恵比寿神まで飛び火した。

「ねえ、月光さん。薬の力で何とかしてあげられない?」

「薬というか食生活ですね。タンパク質の摂取は欠かせないでしょう」

「牛乳は飲んでいるわ」

「寄せて上げるブラとかは? 私は使ったことなかったけど」

「ひかり、それは寄せて上げるほど肉がある人のためのものです」

 生前のひかりも小鳥もスレンダーで寄せられるほどの贅肉はない。


「はいはい。夜更かしは美容の天敵よ。もう寝なさい」

 盛り上がり尽きることのない女子会を注意しに千衣が顔をのぞかせる。胸は盛り上がってはいないけど……

「ねえ、千衣ちゃんはどうしたらそんなに大きくなったの?」

「特別なことはしていなかったけど……よく寝る子ではあったかしら」

 ひかりの質問で何の話をしていたかを悟った千衣。寝かしつけの方向に話を持っていく。

「やっぱり寝る子は育つって本当だったんだ……」

「光月もいっぱいねる!」

「そうね。もう寝ましょう」

 そうして女子会はお開きとなった……はずだった。


「それで、判決は?」

 蒸し返す奴が一人。

「「「「有罪(ギルティ)!!」」」」

 欠席裁判に対して満場一致の判決が下った。


     *


 一方その頃、母屋こと黄泉坂家の2階では

結弦(ゆづる)、マジで毎晩こんなことやってんのか?」

 汗を流して部屋に戻ってきた康太が半ば悲鳴交じりにぼやく。

「こんなことって基本だぞ?」

「ああ、そうだよ! だけど型ばかりで2時間とかきつすぎんだろ!」

 全身細部にまで気を張り巡らせ振りかぶる。足を送る。振り下ろし、止める。何でもない所作だが、繰り返すときつい。腕が痺れ、膝が笑う。頭がぼんやりして集中できない。

「こんなにきついとは思わなかった。これなら素振り2時間の方がまだましだわ」

 結局康太は2時間完走したものの結弦の半分の回数もこなせなかった。

「素振りと型では鍛えるところが違うんだよ。まだ体ができてないんだ。無理しても仕方ない。明日は休むか?」

「ふざけるな! 鬼の体力を舐めるなよ!」

 言い捨ててあてがわれた部屋に戻る。布団に倒れ込むとたちどころに睡魔がおそってきた。

(ああは言ったけど明朝5時に起きられる気が全くしない。それでも優しい結弦のことだ。きっと起こしに来てくれるだろう。無理強いはしない。「オレは行くが、康太はどうする?」そう言われて二度寝できるほど図太くない。ああ、やっぱり俺は弱いなぁ。結弦に甘えてばっかりだ……)


 神殺しになった康太は護衛のため黄泉坂家に居候していた。護衛というのはされる方だ。それだけではいたたまれない。頼み込んで鍛錬に付き合わせてもらったのだが、予想以上だった。

 結弦が何の努力もしないで強くなったとは思っていなかった。それでも店の仕事が終わってから2時間みっちり型の稽古を行う。その上、誰よりも早く起きて10kmのランニングに素振りを500回。それを毎日だ。どこの剣士だよ。

 持って生まれた才能に優れた師匠、加えてあの努力だ。凡才が追い付けるはずがない。

 一日で康太は打ちのめされた。


「基礎をみっちり鍛えるのではなかったのか?」

 日色将軍に言われるまでもない。康太はもう後戻りできないのだ。ここで力をつけなければ近い将来、誰かに首を取られることになるだろう。

 これ以上、結弦に幼馴染を失う悲しみを与えてなるものか。そのつもりで必死についていったが、マジで死にそうだ。


 そんな康太を日色は優しく見守る。

 鍛錬に励む結弦と違い日色はほとんど動かない。稽古に励む康太たちを前にして座禅を組んで瞑想している。

「日色将軍は体鍛えないんですか?」

 康太に問いかけられた日色は目を開けた。

「私は一度、己の肉体の限界を極めた。そこまでは戻したが、それ以上は無駄だ」


 どうやら日色は行方知れずになっていたひと月で鍛え直したらしい。

「でも、今の将軍はただの人なんですよね?」

「肉体が若返ったとき、過去に得た権能は全て失われた。おかげで鬱陶しかった神の支配も消えてせいせいした。何、権能ぐらいはぐれ神を何匹か狩って既に補った」

 鍛え直すどころか神殺しも果たしていたのか……マジで化け物だ。


「肉体を鍛えるのもよいが、気の鍛錬も忘れるな」

 日色将軍は「法力(ほうりき)を練って緻密に動かせるようになれ」と言った。肉体の鍛錬も必要だが、気の鍛錬は全く足りてない。

「法力の鍛錬って将軍みたいに座禅を組めばいいんですか?」

「あれは暇つぶしだ。まずは法気を纏うことだ。今の康太はぼんやりした気しか纏えていない。最初は自分の意志で動かしてみろ。それができるようになったら収束だ。絞り込んで気の密度を上げるのだ。それからが基礎だ」

「それが基礎じゃないんですか!?」

「当たり前だ。気を自在に使いこなせないようでは法力にならんだろう」

 もっともだ。

「気を張るのはわかるんです。風船膨らませるみたいに押し込んでいくと指先まで満ちていくのがわかります。でも法力に変換するのはわからないし、練り上げるってのもさっぱりです」


「康太は技を使うとき、法気をどのように使っている?」

 当たり前のように聞かれたが、康太は法力を意識して使ったことはない。

「なんていうんですかね……集中してるとぼわんと気が溜まってきたなってわかって、そしたらそれを剣に載せて叩きつける……みたいな」

「ふむ……法気を感じることはできるのだな。なら気を扱ってみろ。集めた気を動かしてみろ。満遍なくではなく一か所に集めろ。体全体ではなく、指先だけに集めるのだ。収束させろ。ぼんやりしていた法気を圧縮するのだ。やがて圧縮できなくなる。押し返してくる感触がわかったら逆らわずに開放する。それが法力だ」

「それって気とどう違うんですか?」

「変わらぬさ。法気も法力も単なるエネルギーだ。ただ集めたエネルギーが法気。エネルギーにベクトルを加え、行使するのが法力だ」

 なるほど。単なるエネルギーと使える力というわけか。

「気の鍛錬などどこでもできる。剣を振るなら剣先に纏え、呼吸をするなら呼気を意識しろ。24時間気を保て。無意識に(まと)えるようになるまで続けることだ。結弦は寝ている間も気を練っているぞ」

 やっぱりあいつも化け物だ。


     *


「康太も串打ちが上達したね」

 店の厨房で仕込みを手伝っている康太を韋駄天(いだてん)が珍しくめた。


 昔は一緒に代打で厨房を務めたこともあったが、韋駄天はあれ以降もいついて今では閻魔堂の副板になってしまった。一応神様なんだよな、こいつも。

「韋駄天も法力を扱えるのか?」

「当たり前だろ。だけど、おいらは走りの神だから足に法力を込めることはできたんだけど手で扱うのは苦手でね。魔王に習ってだいぶうまくなったよ」


「韋駄天、康太に稽古をつけてやれ」

 カウンターの隅で飲みながら話を聞いていた魔王がとんでもないことを言い出した。

「でも、魔王。仕込みはどうする?」

「それは(あきら)と結弦にやらせろ」


 魔王の命令で康太と韋駄天は黄泉(よみ)の国にいた。

 どこにでもあってどこにもない地獄の入り口、黄泉平坂(よもつひらさか)を通ればあっという間だ。

「おいら、剣はあんまり得意じゃないんだけど……」

「大丈夫だ、韋駄天。お前の腕さばきも上達している」

「そうかなぁ……」

 自信なさそうな韋駄天だが、魔王様は自信ありげだ。


「魔王様、俺ももう神殺しです。本気で()っていいんですね」

「ああ、できればな」

 魔王は康太の問いかけに笑って答えた。

「魔王、ひどいよ~」

 韋駄天がぼやくが、康太にとってこれはチャンスだ。神殺しなど狙ってできるものではない。それでも武神でもない韋駄天なら不可能ではない。

 何より得るものが大きい。勝てば韋駄天の権能が手に入る。

 韋駄天はいいやつだ。だが、それでも快足の権能が欲しい。


「始めっ!」

 魔王の号令が下った瞬間、康太は前に出た。


 韋駄天は力技には来ない。剣も得意ではなさそうだった。おそらく韋駄天は距離を取って戦おうとするだろう。ヒットアンドアウェイでくる。

 なら、こちらは距離を取らせない。懐に入って根岸兎角から奪った剣技で圧倒する。逃がさない。

「韋駄天、悪く思うな」


 ざくっ

 言い終わらなうちに右胴を抜かれた。脇腹から血が溢れ出す。

 目にもとまらぬ韋駄天の早業だった。


 まさか……

「康太、遅いよ。同じスピード系だから楽しみにしてたんだけどな」

 康太は反省した。

 舐めていたのは自分だった。馬鹿じゃないのか。武神ではないにしても相手は神だぞ。しかも快足自慢の韋駄天だ。スピード勝負では相手にならない。

 それなのに勝てるつもりでいた。


 勝負は始まったばかり。まだ、戦える。

 だが、大きなハンデを背負ってしまった。血が止まらない。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 結弦は才能だけで強くなったわけではありませんでした。それを知ってでも舐めている康太を韋駄天が厳しく教えるのでした。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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