62.神殺し
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
開店前の閻魔堂に現れた康太に皆が驚いた。
体中傷だらけで通り道には血の跡が点々と続いていた。左脇腹の傷は深そうだ。
だが、わかった……康太は勝ったのだ。
満代さんが座敷に座らせ手当をしてやる。
そんな康太を簡単に褒めてやるわけにはいかない。
「無茶しやがって」
「わかってるよ……」
不貞腐れたように康太が呟く。
「俺は弱い……そんなことはわかってるんだよ」
お調子者の康太だから釘を刺してやらねばと思っていたが、実戦は康太に現実を突き付けていたようだ。
確かに康太は変わっていた。戦に連れていけだの、強くなりたいだの言っていた浮ついた様子はみじんもなくなっていた。
なら少しくらいは褒めてやってもいいかと思う。
無名の鬼が神の端くれとはいえ剣聖に勝ったのだ。オレとしても幼馴染の勝利がうれしくない訳がない。
「だが、勝った」
オレの言葉にも康太は浮かれない。
「あんなのまぐれだ。もう一度やれと言われてもできねえ」
「だが、神殺しになった」
神殺しの価値を知らないわけじゃあるまい。
「俺が勝てたのは剣技に優っていたわけじゃねえ。ただ、ついていただけだ」
調子の乗られても困るが、卑屈な康太も頂けない。
「よかったじゃないか。幸運の女神がついているなんて最高だろ」
「そうだよ! やったじゃん、康太」
「康太、えらいえらい。がんばったね」
「運も実力のうちと言います。称賛は素直に受け取るべきです」
一人三役の幸運の女神が康太を褒め称える。
幼馴染のひかりに褒められたことがうれしかったのだろう。康太の硬かった表情もほぐれる。
「まあ、そうだな。ありがとう」
それでも調子に乗らないのは康太も大人になったということだろう。
「なら、褒美代わりにオレの剣をみせてやろう」
焔魔刀を抜くと表戸を開ける。
そこには戸に手を掛けようとしている巨漢の坊主がいた。
「ほほぅ、閻魔殿自らお出迎えとはご苦労」
尊大にふんぞり返る生臭坊主。本性は義なのだが、とにかく喧嘩っ早くて酒に目がない。先日の黄泉津国のお披露目で知り合った。
「開店は5時からだ。出直してこい、智深」
「固いことを言うな。酒と犬肉があればよい」
ふざけるな! うちは焼鳥屋だ。宋の時代じゃあるまいに。今どきの中国でも犬肉なんか出さないぞ!
「どうしても飲みたいというなら……」
「言うなら?」
「オレを倒してからにしろ」
「おおっ! そうこなくては。返礼に花和尚魯智深の錫杖を馳走致そう!」
六十二斤(約37kg)の鉄の杖を振りかざす魯智深。
水滸伝の英雄の一人で怪力自慢の破戒僧だが、最後には悟りを開いて入寂したという。
だが、悪いな。嫌いな相手ではないのだが、オレにとって相性が良すぎる。
「刀の錆となってくれ」
「儂の杖が受けられるかな!?」
うなりを上げて錫杖が振り下ろされる。37kgもの鉄の塊が叩きつけられるのだ。生半可な力では受け止めることはできない。だから……
オレは研ぎ澄ませた焔魔刀を袈裟切りに振り下ろす。
ぶぅんぶん
切り飛ばされた鉄棒の先が竹とんぼのように飛んでいき閻魔堂の壁に突き刺さった。
ずぅぅぅんんんっ!
真っ二つに分かれた魯智深の半身が倒れた。
「親父、今の技に名前を付けてくれ」
店の奥から魔王の親父が現れた。
「ふむ、伝説の花和尚の錫杖を切り飛ばしたのか……鉄……いや鋼か……そうだな。『鋼切り』なんてのはどうだ?」
「鋼切り……うん、いいね。それでいこう」
親父に教わり、お父さんに鍛えてもらって完成したこの技は、法力で強化したnmの刃が鋼すら抵抗もなく切り裂く。
オレと打ち合おうとした者は皆、魯智深のように真っ二つになる。
オレの必殺技だ。
神化したニュー康太にはいい手向けになったはずだ。
*
夕暮れの教室で康太が黄昏ていた。
他にいるのは日色だけだ。
日色英雄は元勇者で結弦の実の父親だ。地獄の悪法に逆らい黄泉落ちしたが、結弦の剣で浄化され許された。その際、罪と同時に死すらなかったことにされた。おかげで今は高校生のような姿をしている。ようなではなく本当に高校に通っている。やっぱり高校くらい出ておかないと社会に出たとき大変なのだそうだ。
長期欠席で補習を受けている結弦と小鳥を待っているのだ。二人とも唐突に始まった神々の大乱戦の標的だ。疫病を駆使する小鳥はともかくとして戦神として名を馳せた結弦はその最たる存在だ。
しかも結弦が背負っているものは重い。黄泉の国の王、冥府の支配者、審判を下す者、閻魔大王としての戦いで負けるわけにはいかない。万が一破れることがあれば地獄の審判の価値が薄れる。極楽教の信仰にもかかわる問題なのだ。
だから日色将軍が護衛している。
そして康太だ。
先日の戦いで康太は剣聖根岸兎角を破った。一鬼卒にすぎない康太の勝利はまさしく大金星だ。神殺しとなった山元康太は神と同列の存在となった。
強くなりたい。守れるようになりたい。置いていかれたくない。そんな軽い気持ちで参戦したバトルロワイヤルだったが、戦ってみて、勝って初めてわかった。神とは化け物なのだ。
康太とて二つ名持ちではないものの地獄の秩序を守る鬼である。常人とは比較にならない強さを持っている。だからこそ幼馴染のひかりを殺されたときは悔しかったし、結弦の遠征に置いていかれたときは惨めだった。
勝手にバトルロワイヤルに参戦したときも軽々しい気持ではなかった。そのつもりだった。だが、神々とはそんな甘い存在ではなかったし、勝ってしまったからこそ己の力不足を痛感していた。
神殺しとなってしまった康太は狩る側から狩られる側になってしまったのだ。護衛されているのは結弦じゃない。康太を守るため日色や結弦は一緒にいてくれるのだ。
「なあ、日色将軍」
日色はそんな康太の気持ちを見抜いているのか黙って見つめる。
そんな日色に康太は聞きたいと思っていたことがわからなくなる。
俺は何を聞きたかったのだろう……
ただの高校生だったときに勇者の権能に目覚め、人の身ながら閻魔大王と戦い勝利した。父親も勇者一党と戦ったはずだ。そのときのことを父親は語らなかった。なら本人に聞くしかない。そう思っていたのだが、俺は何を聞きたいのだろうか?
将軍はどうやって強くなったのか? 神と戦うとき怖くなかったのか? 勝ってどう思ったのか? ……なにを聞けばいいのだろう?
「聞きたいことがわからないのなら話すことだ。聞こう」
日色が康太に語りかける。
「お前が闘った神とはどのようなやつだった?」
これが勇者の優しさなのだろう。
「俺が闘ったのは根岸兎角っていうやつだった……」
ぽつりぽつりと康太は語り始めた。
「ふむ……技にたけた剣豪が相手とはついてなかったな」
話を聞いた日色はそう評した。
「だが、その後の工夫は見事だった」
「もう一度やれって言われてもできねえよ」
「当たり前だ。もう一度などあるものか。戦いの場というものはその度に初見なのだ」
「そういうものか?」
「そういうものだ。だが、攻め方など参考にはなる。
根岸兎角は天下無双と謳われたが、無敗ではなかった。常盤橋での決闘で相手の岩間小熊は欄干際まで押し込んだ後、片足を掴んで堀に投げ落として勝利したという。だからこそ、兎角はお前の打ち込みを躱そうとしたのであろう。しかし、お前はその上をいった。敢えて躱すように仕向け前へ出て捉まえた。康太、ぎりぎりだったのかもしれないが、お前の勝利はお前の努力と工夫に裏打ちされたものだ。幸運などではあるまいよ」
「そうか?」
「そうだとも」
歴戦の勇者の言葉だけに重みがあった。康太の顔に笑みが浮かんだ。
「俺はこれからどうしたらいい……いいでしょうか?」
敬意をもって言い直す。康太もいつまでも子供のままではいられないのだ。
「お前はどうしたい?」
「俺は……俺は強くなりたい」
日色の目を見て康太が答える。
「それは神々の大乱闘で勝ち進みたいということか? それもいいだろう。神殺しとなったお前は神と同等の権能がある。たとえ殺されても死ぬことはあるまい」
「いや、バトルロワイヤルは正直どうでもいい。ただ、守るべきものを守れるようになりたい。結弦が戦うときにはあいつの役に立ちたいんだ」
「ふむ……息子はよい仲間を持ったな」
日色は少年らしからぬ父親の顔をして微笑んだ。
「日色将軍、俺はどうしたら強くなれる?……いや、なれますか?」
康太少年の成長にはまだ時間がかかりそうだ。
「この前見せてもらった結弦の必殺技、あれはすごかった。俺も教わればあんな技が使えるようになれるのかな? あれは日色将軍が教えたんだろ?」
「『鋼切り』か……いや、あれは俺が教えたのではない。閻魔の技でもないな。私たちから教わったことを練り上げて結弦自身が拓いた技だ」
「そうか……」
康太は少し残念そうな顔をした。
「技の前に基礎だ。肉体を鍛え上げろ。法力を練り緻密に動かせ。技を学ぶのは基礎が整ってからだ」
「鍛錬する。だからそのときがきたら俺に技を教えてください、日色将軍」
少年の必死の頼みを日色が断ることはなかった。
がらがら
教室の扉が開き入ってきたのは結弦だった。
「結弦だけか。小鳥は?」
「いや……補習は別々だったからな。それより康太、なに話してたんだ?」
話し声は聞こえていたが、内容までは聞き取れなかったようだ。
「いや、別に……」
結弦も康太のことを心配しているのだ。だからこそ親友にも言えないことがある。
「康太も高校生なのだ。結弦ハーレムがうらやましいということだ」
「ちょっと日色将軍……」
助け船のようだがまるっきりの泥船だ。撃沈する未来しか見えない。だが、乗るしかない。
「結弦は3人のうちの誰にするんだよ」
「3人って誰だよ」
「決まってるだろ。小鳥と光月とひかりだよ」
「まて、光月とひかりは同一人物だろう」
「別人格だろ。それとも肉体がないとダメなタイプか?」
「肉体っていうな。なまなましい」
「いや、体は大事だろう」
「父さんまで何言いだすんだ!」
「そりゃ大事だろう。やっぱりおっぱいか? おっぱいか? おっぱいなのか……ちっぱいなのか?」
「言い直すな、康太! 怒られるぞ」
「そうか……結弦にはそのような性癖が……」
「ふざけるな! 小鳥はともかくとして3歳児におっぱいを求めるな!」
「その通りだな。なんせ千衣先生の娘だからな。光月は将来有望だな」
「小鳥の母親もスタイル抜群だったらしいぞ」
「そうなのか? ならワンチャンありか……?」
がらがら
教室の扉が開き小鳥が戻ってきた。机に置いた鞄を手にして冷たい目をして言い放つ。
「なんだか下衆の臭いがするわ」
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
神殺しとなった康太ですが、自分が神々と比べてあまりに弱いことを自覚します。悩む康太を周りは優しくサポートしてあげます。今後、康太は、結弦はどうなるのでしょう。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




