61.凶刃の足音
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
「俺は剣豪塚原卜伝が直系、香取流免許皆伝、塚原剛毅だ。いざ尋常に……」
「殺すなよ」
最後まで聞かずにオレは言った。
もちろん相手にではない。
後ろから駆け抜けていった影が暴漢を叩き伏せた。
「安心しろ、峰打ちだ」
木剣で峰打ちって……影の名は日色英雄。オレのクラスメートにして父親だ。
考えても見て欲しい。父親が同じ高校の同級生で、なおかつ中二病という事実を。
泣きたくなる。
「そうも言っておられんだろう」
まあ、その通りだ。だが、人間は慣れるものだ。慣れないのは父親が中二病という事実くらいなものだ。
オレは……オレたちは暴漢に襲われる毎日に馴染んでしまっていた。
「それにしても人の子まで挑戦してくるなんて黄泉坂も有名になったものね」
隣で言うのは佐治小鳥。目を引くような美少女だが、人を寄せ付けない雰囲気を持っている。そんなオレたちが暴漢に襲われて平然としていられるかというと、オレが人ではないからだ。
誤解を招く表現だったので補足をすると数奇な運命を経てオレは人ではなくなった……まだ、説明が足りないようだ。オレの生い立ちから話そう。
*
オレの名は黄泉坂結弦。生まれたときは日色譲だったらしい。
らしいというのは覚えていないからだ。あなただって生まれたときのことなど覚えていないだろう。当然だ。
とにかくオレは日色英雄とその妻未来との間に生まれた。ただ一つ、普通じゃなかったのは父親が勇者だったことだ。マンガみたいだって? オレもそう思う。
父は若かりし頃、勇者の権能に目覚め仲間とともに地獄に攻め入った。決着がつくまで5年ほどかかったそうだ。何とか閻魔大王を打ち破り、地獄を征服して現世に凱旋した。莫大な報奨金を受け取り、高校の同級生だった未来さんと結婚した。1年後、子供が生まれた。父は勇者家業を辞め、商社に就職していた。それで幸せなはずだった。
絶大な力を持つということは恨みを買うことでもある。また、利用されることもある。地獄征伐は正義の戦いではなかった。父は宗教戦争のいざこざに巻き込まれ、望まぬ征服者となった。あげくに騙されて殺された。
そのときの父を本当に理解してくれたのは敵であったはずの元閻魔大王だった。地獄を追われた閻魔は地上でひっそりと暮らしていたが、勇者の死を知ると遺族のもとに駆け付けた。が、遅かった。勇者の妻は何者かに殺害されていた。だが、隠され襲撃から生き残った息子がいた。元閻魔はその子を自分の息子として育てた。戦役で亡くした妻との子と偽って。そうして育てられた子供がオレだ。
オレは元閻魔黄泉坂閻蔵の子、黄泉坂結弦として育てられた。母はいなかったが寂しくはなかった。親父が経営していた居酒屋閻魔堂には家族同然に働いていた黒鉄夫妻がいた。同じころに生まれたひかりがいた。オレは黒鉄夫妻に息子同様に育てられた。ひかりとは兄妹同然に育った。
そうして中学2年生になったある日、新任として赴任してきた副担任の十文字千衣と出会う。千衣先生はオレのことを理解してくれた。魅かれる中で千衣とオレは巻き込まれた運命を知る。オレは黄泉坂閻蔵の息子ではなかった。あんなに憧れて、あのようになりたいと願った親父とは血の繋がりはなかった。ショックを受けたオレだったが、戦いがオレたちを巻き込む。オレをかばってひかりが死んだ。そしてオレは地獄の後継者閻魔大王の跡継ぎであると知らされた。
オレには親父と血の繋がりはない。だが、親父はそんなことは承知でオレに地獄の統括者である証、閻魔紋章を託していたのだ。
オレは地獄の鬼たちを率いて戦った。そしてこの虚しい宗教戦争を終わらせる決意をした。旅に出たオレたちは様々な困難を乗り越え、十字教の唯一神との対面を果たす。対話もままならない相手であったが、戦争終結の合意を取り付けた。
平和を取り戻したと思ったオレたちだったが、戦争終結を快く思わぬものたちが暗躍を始める。日本創成の澱を復活させ、国中を混乱に陥れる。そして偶然オレが救った少女、佐治小鳥を巻き込んだ。
命を落とした小鳥は黄泉津国の女王伊邪那美命の手により黒闇天として昇天する。疫病の女神という己の権能に悩む小鳥だったが、周りの助けもあり癒しの女神として正義の心を取り戻す。
一方、小鳥を迎えに行ったオレは伊邪那美や素戔嗚と激しい戦いを繰り広げていた。小鳥を取り戻すことができたのだが、荒ぶる神としての力を知られてしまい、有象無象の輩から挑戦を受けることとなった。
先ほどの暴漢もそのような輩のひとりだ。まあ、オレが相手をするまでもなかったのだが。
「ちょっとそれじゃ私がどれだけ黄泉坂のことを好きかが読者に伝わらないじゃない」
小鳥よ。中二病じゃないんだからそのようなメタ発言はやめろ。
「私が若返った説明も抜けているぞ」
お父さんも止めろ。
そこらへんは第32話と第44話を読んでほしい。オレもあらすじを書くときに読み返した。
*
家に帰る。オレの家は居酒屋閻魔堂を経営している。もう一人の父親、オレの養父である黄泉坂閻蔵が経営している。だが、親父は店の一等席で酔っ払っているだけで、ほとんど何もしていない。実際のところ住み込みで働いている黒鉄夫妻とその息子明と千衣夫妻が店を切り盛りしている。従業員というより家族みたいなものだ。
「おい。カウンターに生首を並べるのはやめろ!」
表戸を開けたオレを生首の列が迎えた。恨みがましい目をした荒ぶる神の首だ。
「いずれ昇天して消えるだろう」
そういう問題じゃない。小鳥が怯えるだろう。
親父が平然としているのは生首の元の持ち主が神だからだ。殺したぐらいで死ぬ玉じゃない。そのうち昇天して天界かどこかで蘇るだろう。そうでなければ元閻魔であろうと殺人(殺神?)事件になってしまう。
「ねえ、魔王様。生首なんかカウンターに並べて不衛生じゃない。保健所に知られたら営業停止よ」
怯えるのはそういう理由かい。
「腐っても神だ。問題ないだろう」
「腐ってたらもっと問題じゃない! いいわ。除菌しておくから」
小鳥は居酒屋閻魔堂のバイトだが、もう一つの顔がある。鬼子母神の娘、黒闇天である。
黒闇天とは疫病を司る神である。そして先代の黒闇天は初代閻魔大王の妻であった。
争いに巻き込まれ死んだ小鳥は黄泉津国に堕ち、そこで屍者の女王伊邪那美命に出会う。女王自らの肉を与えられた小鳥は黒闇天として神格化した。
なぜ黒闇天だったのかはわからない。初代閻魔天が亡くなった後も地下に籠り行方の知れなかった先代黒闇天の魂が、当代閻魔を慕う小鳥に魅かれたのかもしれない。
むろん俺たちとは別人だ。だが、それを教えられてから、なんとなくオレと小鳥の関係はぎくしゃくしている。
今もオレと目を合わさずに店内の除菌に勤しんでいる。
といっても除菌用アルコールなどは使わない。黒闇天の権能を使って雑菌やウイルスを吸収しているのだ。
疫病の女神の権能に悩んでいた小鳥だったが、疫病をばらまき人の世に死を蔓延らせることを良しとしなかった。彼女の本質は善と慈愛なのだ。権能を使って除菌や治療を行った小鳥は癒しの女神と呼ばれている。
「結弦―っ! おかえり!」
オレの膝下に小さくて柔らかいものが飛び込んできた。オレは膝にぶつからぬよう屈みこんで受け止める。
この娘は光月。黒鉄明と千衣の一人娘だ。
「ゆーくん、おかえり!」
そして黒鉄ひかりの転生体でもある。今、ひかりの魂は光月の体に同居している。
「結弦、お帰りなさい」
さらに光月はその幼い体の中に守護者として月光菩薩を内包している。
傍から見たら一人三役の落ち着きのない幼女だ。
「光月、ただいま。いい子にしていたか? ひかり、ただいま。月光菩薩様、ただいま戻りました。暇なんですか?」
いくら庇護対象だからといって毎日幼稚園に通う必要もなかろうに。上司である薬師如来様の許可は得てきてるんだろうな。
「勿論です。現世が不安定ですからね。そんなところに黒闇天が現れたのです。小鳥の本質は善とみていますが、いかんせん成りたてです。完全に制御できるまで見守ることにしました」
月光菩薩様は薬師三尊の一尊で薬師如来の脇侍を務める仏様である。薬師如来様はその名の通り医薬を司る仏様だ。その側近たる月光菩薩も医薬の守護を司る。未成熟な黒闇天が暴走しないよう監視すると言われれば断ることはできない。
何より光月は小鳥が大好きなのだ。
「こんな血なまぐさいところは不愉快でしょう?」
目の前の生首を指して尋ねる。
「いいえ。阿修羅の坊やもこんな感じでしたから。極楽教の創成期はまだ仏の力も弱く生き残るためには戦いは避けられませんでした。阿修羅などの武神は土地神たちを折伏する戦いに明け暮れておりました。そして傷ついた将兵を癒やすのが私たち薬師三尊の仕事でした」
極楽教も初めから大勢力だったわけではないのだ。他と信仰を奪い合い、調伏し、信仰を高めていったのだ。
「死体が気になるのでしたら成仏させましょうか?」
やめてくれ。負けても成仏できるなら、もっと挑戦者が増えてしまう。
「それにしても、これ全部親父が殺ったのか?」
この前から肩が腰がと痛がっていたのに。
「いや、俺の出る幕もなかった。鉄也や清志郎が片づけた」
鮫島哲也と十文字清志郎は勇者ことお父さんの子分である。
おいおい、元勇者の眷属とはいえあいつらは人間だぞ。それが土地神くずれの荒ぶる神を殺したというのか……
「あいつらも今は結弦、お前の眷属だ。主の力が増せば眷属の力も強くなる。そういうもんだ」
そういうものか……
それにしても人の力で神を殺せるものなんだな……物騒な世の中だ
*
「閻魔天殿は御在宅ではいらっしゃらぬのか……」
総髪の剣豪の亡霊が呟く。
「やむなし。日を改めよう」
踵を返した背中に声を掛ける。
「待てよ。あんた、生前は名の通った剣豪だったんだろう?」
「……ふむ」
「なら、その首おいてきな!」
がきんっ!
剣豪は振り返ると振り下ろされた剣を受け止めた。
「卑怯なり。この私を微塵流開祖、天下無双根岸兎角と知っての狼藉か。名を名乗られよ」
本気で怒った様子もなく剣豪は問い質す。
「名乗ったって知らねえだろう。まあいい。俺は山元康太っていう。ただのしがない鬼さ」
「確かに知らん。だが、死にゆく者への手向けくらいしてやってもよいのだぞ」
「無用だっ!」
康太の打ち込みを兎角はたやすく打ち払う。
言ってやったぜ! これで俺も武神バトルロワイヤルの参加者の一人ってことだ。
勝てるとは思えない。負ければ今度こそ本当に俺は死ぬだろう。魂ごと切り捨てられ消滅するのだろう。鬼の一匹として生まれ変わるかもしれない。だが、それはもう俺じゃない。
とにかくこれが俺の一世一代の大勝負ってわけだ。
そういう意味じゃ当たりを引いた。根岸兎角っていえば江戸時代初期の剣豪だ。天下無双を謳い、彼の開いた微塵流の道場は江戸でも有数の存在だった。
剣に生き剣に死んだ剣豪はその門下生の数が信仰だ。剣の神として祀られ神格化する。それは極楽教でも十字教でもなく武の神として根付く。この手のやつらは剣を競う機会とあればイナゴのように湧いてくる。それでも元は人間だ。黄泉津国で見た荒ぶる神々と比べればなんてことはない。
根岸兎角。俺が輝くための焚付けとなれ!
がきんっ がきんっ
なぜだ……力では勝っているはずなのにまったく押せない。力をいなされているようだ。それでも戦法を変えるわけにはいかない。技の勝負になれば敵に分がある。
がきんっ がきんっ
刀と刀がぶつかり合い火花を散らす。
そのくらいには俺の力を兎角も受け止めている。その後だ。さらに押し込もうとすると力をいなし回り込む隙を窺う。
させるかっ!
横薙ぎに刀を振るいそれを許さない。兎角は剣圧を避けて距離を取る。追い立てるように刀を振るう。ふわりと兎角の体が浮いた。人とは思えない跳躍力だ。裏を取らせないよう着地の瞬間を狙って刀を薙ぐ。それも躱された。これも織り込み済みだ。
根岸兎角は天狗の化身と噂されたらしい。つまりは剣だけでなく体さばきも優れていたということだろう。だから兎角を切ることは難しい。ならば潰すまでだ。
致命傷までは至っていないが、既に俺の体は満身創痍だ。特に左脇腹に受けた傷は深そうだ。血が止まらない。体力を奪う。
兎角が斬撃を受けなくなった。ひたすらに躱す。躱す。
つまりは力負けを認めた訳だ。だが、それは俺が押していることを示さない。躱すためには全身を使う必要がある。ましてや鬼と化した俺のリーチだ。常人の剣より余計に避けなければならない。その分体力を使う。
それでも躱すのには理由がある。
一つ目は体力の温存だ。兎角に倍する体格の俺の斬撃を受けるのには力がいる。すでに兎角の腕は痺れているのだろう。腕の回復が一つ目の理由だ。
二つ目の理由としては、大刀を振るうのには力がいることだ。打ち合えば刀は止まり、次の攻撃の起点となる。だが、空振れば次の攻撃のため引き戻すまでに時間がかかる。力がいる。体勢を崩せば隙となる。兎角は仕留めるチャンスを狙っているのだ。
鬼の力を舐めるんじゃねえっ! 鬼の体力を甘く見たことが兎角の敗因だ。
躱されることを前提とした斬撃の連発で兎角をブロック塀際に押し込んだ俺は上段からの斬撃を放つ。兎角はそれを受ける……ふりをして躱した。俺の刀はブロック塀に半ばまで食い込んだ。兎角の姿が消えた。
……上だ。
兎角のフェイントを俺は読んでいた。隙を引き出すために兎角は一度受けるふりをするだろう。そして躱して俺がブロック塀に刀を取られた隙に斬撃を繰り出す。
だから俺は斬撃ともに前に出た。体ごとぶつかる勢いで。そこまで進めば手が届く。
がしっ
俺の右手は跳んだ兎角の右足を掴んだ。そのまま地面に叩きつけた。
はぁはぁはぁはぁはぁ……
ひっくり返った俺の隣に潰れたトマトこと根岸兎角の死体が転がっている。
喜びはなかった。目的だった神殺しを果たしたというのに……今となって恐怖がおそってきた。俺はマジで死ぬところだったのだ。
やっぱり俺はただの鬼にすぎないらしい。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
今話から第4章の始まりです。結弦を含め荒ぶる神々のバトルロワイヤルが始まりました。結弦や仲間たちは無事勝ち抜けるのでしょうか。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




