60.現世(うつしよ)
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
黒闇天の怒りの前に武神たちは逃げ去っていった。
闘いには目がない神々も疫病は怖いらしい。お前ら、神様だろう!?
「お酒なんか飲んじゃって、不良閻魔」
おっしゃる通りです。
「あんた、まだ15でしょ」
「そうよ。お酒は私みたいな大人になってからにしなさい」
「あんたも未成年だけどな」
酔っぱらって絡んでくる蛭子先輩を一蹴する。
とっちめられた先輩は「恵比寿ぅ恵比寿ぅ」と保護者の恵比寿に甘えかかる。どうやら恵比寿は蛭子先輩のお世話係として母親に認められたらしい。
「せっかく二人にしてあげたってのにさ」
「予想通りではありましたが」
「素戔嗚、めっ!」
一人三役の幼女に素戔嗚が叱られている。
「まあ、すまぬことをした」
一応詫びを入れる素戔嗚。だが、小鳥は素直には受け入れない。
「別に。パーティーなんだから謝ることじゃないわよ。私が怒ったのはせっかく建てたお母さまの神殿をまた毀そうとしたからでしょ」
怒られたのはオレだった。
「相撲くらいで壊れる訳……」
「あるでしょ! 神様のお相撲なのよ。力比べだけで済むわけないじゃない。酔っぱらった勢いで雷とかマグマとか呼び出すに決まってるんだから」
それは……その通りです。
「また立て直しなんてなったら、あんた留年確定よ。……せっかく一緒に卒業できると思ってたのに……」
ツンデレ女神の後半の本音は笑いとばせない。
「すまない。一緒に帰ろう」
「……うん」
「閻魔殿、娘を頼む」
鬼子母神にも同じようなことを言われたが、伊邪那美にも言われてしまった。案外、小鳥は母親に恵まれているのかもしれない。
「それにしてもお主も大変じゃな」
何がだ? 嫁の尻に敷かれることか? 素戔嗚、お前も似たようなものじゃないか。それにオレたちはまだそんな関係じゃない。
毘沙門天から初代閻魔と黒闇天の関係を聞かされてから、なんとなく小鳥とうまくしゃべれない。小鳥もいつも以上にツンデレだし。
「そうではない。お主が本来の力を取り戻したことを見せてしまったことよ」
それの何が問題だ?
「わかっておらんか。お主が天部の神であればまだよかった。戦自体が仕事じゃからの。しかも組織としての統制が取れておる。うかつには手が出せんじゃろ。じゃが、お主は閻魔じゃ。冥府という天部からは半ば独立した組織の王だ。天部の軍神なら勝手なことはすまい。じゃが、はぐれ神など極楽教の支配から零れたものたち、そのような輩からの挑戦があると思ったほうがよい」
「それは素戔嗚、お前だって同じだろ」
「儂は元からそういうものじゃ。極楽教に組み込まれており組み込まれてはおらん。これまでも力比べを望むはねっかえりを叩き潰してきた。まあ、儂が背負っているのは寂れ切った根の国じゃからの。失っても痛くもない。じゃが、お主は違うじゃろう」
素戔嗚の言う通りだ。
オレが背負っているのは地獄だ。信仰における罰の部分だ。罰がない信仰は軽い。敬意に畏れがない。先の大戦でもあった通り、地獄を失えば極楽教は滅びる。いや、死の概念が壊されればこの国自体がどうにかなってしまう。
オレが背負っているのはそういうものなのだ。
「だいじょうぶだよ。結弦はひとりじゃないよ」
三歳の幼女に励まされてしまった。
「ゆーくんなら大丈夫。立派にやり遂げてくれるよ。わたし信じてるから」
魂になった元恋人にも励まされた。
「私もあなたならやり遂げると思っています」
御仏の御加護があればなんだってできると思える。
まったく、一人三役の幼女は最高だ。
「わ……私もいるから……あんまり頼りにならないかもだけど、できることは手伝うから」
これまで小鳥はいつも置いていかれるばかりだった。ただ守られる存在だった。「好き」と言いつつ対等ではなかった。それを小鳥自身が歯がゆく思っていただろう。あきらめかけていたのだろう。
だが、今の小鳥は違う。神々の間を渡り歩いてその存在に昇華したのだ。だから、そんな自信なさげに言うもんじゃない。
「ああ、癒しの女神がついてくれれば百人力だ」
小鳥は恥ずかしそうに頷いた。
さあ、帰ろう!
*
久しぶりに帰った閻魔堂は相変わらずだった。
変わったことと言えば厨房には源治さんと並んで韋駄天が入り、オレの仕事がなくなってしまったくらいだ。ホールを手伝おうにも満代さんと小鳥がいれば手は足りる。むしろ身長194cm、体重98kgのオレでは狭い店内を機敏に動くことはできない。結局、カウンターの隅、親父の隣で遅れていた学校の課題をこなす日々だ。それでも毎日店にいるのは小鳥がいたからだ。
小鳥の生活にも変化があった。
帰ってきて数日後、バイト中の小鳥のもとに連絡がきた。祖母が倒れたとのことだった。救急車で運ばれた総合病院にオレは付き添った。
「私が心配かけたからだ……」
やむを得ない事情があったとはいえ孫がひと月も帰ってこないのだ。心配したことだろう。
本当は死んでいたからだが、まさかそんなことは言えない。親父が責任を持って預かっていると話してくれたようだ。
祖父は2年前に亡くなっていた。祖母まで亡くなったら小鳥は一人ぼっちになってしまう。その恐怖に小鳥は泣き出した。
「おばあちゃんに何かあったらどうしよう……」
オレには何も言えなかった。「オレがいる」と言ってやることは簡単だ。閻魔堂の人たちも小鳥を放っておかないだろう。だが、そうではないのだ。家族の代わりになどなれない。
病院へ向かうタクシーの中、オレは黙って寄り添うしかできなかった。
幸いにも小鳥の祖母は命に別状はなかった。ただ体は弱っておりしばらく入院が必要となった。
「よかった……おばあちゃん、早くよくなってね」
ベッドに乗り出すようにして手を握る孫娘に祖母は優しく微笑んだ。
若い頃は美人だっただろう。小鳥に似た面影をがある。だが、祖母は70歳を過ぎたばかりとは思えないほど衰えていた。
末っ子だからと甘やかして育てた娘は問題ばかり起こし、虐待を受けていた孫娘を引き取ったはいいものの気を遣う毎日だった。どう接したらよいかわからなかった。子育てに正解はないというが、こうまで思うようにならないと何かが間違っていたと思わざるを得ない。
それでも孫娘はいい子に育った。母親と一緒にいる頃は反応の薄いよくわからない子だと思ったが、あれは母親に振り回されていろいろと諦めていたのだろう。母親と離れてからは徐々に明るさを取り戻した。「おばあちゃん、おばあちゃん」と少しずつだが甘えるようになってきた。きっと周りに支えてくれるような人がいるのだろう。
そういえば高校に入るとすぐにアルバイトを決めてきたことも驚いた。娘の後始末で散財させられたため、うちにはお金がない。じいさんが亡くなってわずかな年金だけで生きていかなければならない。それを知っているのだろう。孫娘の健気さに涙が出る。
だからこそ思う。夫が叶えられなかった望みを私が果たさなければ。そしてあの世で夫に教えてあげるのだ。そしてその一端は今日適った。
「小鳥ちゃんの花嫁姿を見るまでは死ねないわよ」
気が早いと言う孫娘だけど見ればわかる。娘と同じ恋する乙女の顔をしている。
「その人が小鳥ちゃんのいい人なのね」
「そんなんじゃないって。バイト先の人」
そういいつつも恋心は隠せない。
後ろに控えていた青年が孫娘の隣に並ぶ。
「伊佐波高校1年A組、小鳥さんのクラスメートの黄泉坂結弦です。うちの家業の居酒屋で小鳥さんには助けられています」
ずいぶんと大きい人だねえ。顔も彫りが深くってイケメンと言うのかしら。でも、あの見通すような鋭い目は頂けないわね。何でもわかってしまうことはいいことじゃないのだから。特に乙女の秘密は……
虐待を受けた孫娘の過去に気づかないでと願う。無くしてしまいたい過去だけど必要があればあの娘が自分で話すでしょう。だから、それまでは……
だけど、その願いはかなわなかった。
「小鳥さんのことは知っています。そんなことは関係ない。オレたちはまだ高校生で先のことは何も約束できません。ですが、小鳥さんを大事にすることだけは誓います」
あらあら……男を見る目は娘に似なかったようね。
*
「なんで父さんがここにいるんだよ」
3ヶ月半ぶりに学校に来てみたら。何故かお父さんがいた。
まあ、外見は高校生にしか見えないし、15年振りに吸うシャバの空気がうまいのはわかるよ。だが何でうちの高校なんだよ。
「前世では高校中退だったからな。今度こそちゃんと卒業してみようと思ったのだ。息子よ」
死をもなかったことにする若返りだから正確には前世じゃないのだが
「どうやってうちの高校に入った。どんな手を使った?」
「たいしたことではない。蘇我に連絡を取ったらいろいろと手配してくれた」
あのエセ公務員め。やってくれやがったな。
「日色君、なに? その親子設定?」
「黄泉坂もノリノリじゃん。前世ってなんだよ。中二病か?」
オレが言ったんじゃねえ! それから中二病っていうのを止めろ!
こういうとき、真っ先に絡んでくる康太は自席に座ったまま知らんぷりして近寄ってこなかった。
黄泉津国のパーティーには康太も連れて行ったのだが、神々の戯れに圧倒されたみたいで、それ以来ずいぶんとおとなしい。
まあ、あの連中(荒ぶる神々)を見たら大抵のものはそうなるだろう。
お父さんも連れて行こうと思ったのだが、なぜか捕まらなかったのだ。黄泉津国の伊邪那美とはひと悶着あったようだし、会いたくなかったのかもしれない。
「なあなあ、日色も強いんだろ? 黄泉坂とどっちが強い?」
「結弦の剣は私が教えた」
「なんだよ。師匠ムーブかよ!? かっけーっ!」
「教わったのはお前だけじゃないけどな」
「そうだな。弟子とはいつか師を越えていくものだ」
「もう超えているかもしれないぞ。根の国で見たろ?」
「私の技でな」
それを言われると言い返せない。
まあ、何を言われても構わない。
しばらくは父親と同級生をするのもいいだろう。
隣で小鳥が微笑んでくれる。
オレは一人ではないのだ。
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
これにて第3章「青い小鳥を探して」編はおしまいです。次週から第4章「戦国騒乱」編の始まりです。成長する結弦と仲間たちの戦いにご期待ください。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




