59.再生の宴
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
オレは小鳥と光月を預けるため一度閻魔堂に戻った。
再建された閻魔堂で迎えてくれた黒鉄夫妻に千衣ママは小鳥の無事な姿を見て喜んでくれた。ここの人たちは神を見慣れている。黒闇天となった小鳥を見ても驚きはしなかった。ただ家族として迎え入れてくれた。それが小鳥には一番うれしいことだろう。
閻魔堂の常連客の酔っ払いどもは……神となった小鳥の神々しさに見惚れるだけだったそうだ。大人の男が怖いと言っていた小鳥だからそれでよかったのだろう。
蘇った少年お父さんは久しぶりの現世を見てみたいと言って出かけてしまった。
まあ、好きにすればいいさ。見かけはともかく大人なんだから。
吉祥天のしでかしたことの後始末であるが、天界にも冥界にも騒ぎを起こしただけなのでなかったことにされた。下手に追放されて現世に下野なんてことになったらいい迷惑だ。これでいい。鬼子母神に死ぬほど鍛え直されるのだからな。
十字教との間ではあちら側でもセラフィエルの暴走があったということでヒト五郎が貸し借りなしということで話をつけた。
問題は現世だ。特に日本では多大な影響があった。
ヒルコは昇華させたものの産業界、特に物流に与えた損害は甚大であった。また、死者が死なないという騒動は人心に与えた影響は大きかった。混乱を招いた内閣は失脚し、政権交代が行われたそうだ。
元閻魔の親父はスーパーコンピューター『シャングリラ』を再起動させ、冥府の機能を回復させた。明と哲也が屍者から魂を回収したおかげでゾンビ騒動は最小限に抑えられた。動くぬいぐるみのぶーさんや黒いサンタクロースの都市伝説がまことしやかに噂されているとのことだが、別に構わない。そして天部からの補填として人々には何らかの御利益が与えられることとなった。
残った問題は黄泉津国だ。これについては天部は関知しない。吉祥天がきっかけではあるものの交渉の過程でオレ(あと一部は素戔嗚)が暴れまわったせいなのだ。やむを得まい。黄泉津国に戻ったオレたちは再建を手伝うことにした。オレも責任を感じていない訳じゃない。
明は仁王の姿になって大岩を運んでいる。帰る前に光月が「パパ頑張ってね」と言ってくれたので愛娘にいいところを見せようと張り切っていた。
鉄也はそこまでの力技はできないので再建中の神殿の基礎作りの指揮を任せた。構造計算はAI五郎にさせた。クラウドコンピューティングデバイスのはずだが、ここでも機能するのはなぜだろう。
素戔嗚は根の国の兵を連れてきた。さすがは素戔嗚の眷属。力仕事には大いに役立った。オレはヒト五郎に命じて地上から重機を持ち込ませた。おかげでひと月ほどで目途が立った。
「ずいぶんとハイカラな神殿となったものじゃ」
文句を言うが伊邪那美も嬉しそうだ。
「しょうがないだろう。ここは地下で木材なんて手に入らないんだから」
その代わり地下資源は潤沢だ。豊富な地下資源を活用して再建した黄泉津国の神殿は地上3階地下2階の最新鋭の鉄筋コンクリート造りだ。
正直言ってすっげえ楽しかった。
毎晩、みんなであーでもないこーでもないと大騒ぎで議論して盛り上がった。特にAI五郎と素戔嗚は超ノリノリだった。その結果、全館集中制御空調付きの大神殿となった。
素戔嗚はそのために専用のたたら場を作ってしまったぐらいだ。武神として知られる素戔嗚だが、鉄の神としての顔を持つ。武器に鉄は欠かせない。そして地下帝国の王となったため鉱山及び地下資源をも司ることになったのだ。
鬼たちに踏ませた巨大な鞴で風を送って石炭を燃やし、その熱で砂鉄を溶かし製錬した。素戔嗚が呼んできた富登多々良伊須々岐比売命がたたら場造りの指導をしてくれた。今は廃れてしまったがこの国のたたら製鉄を司った国津神なのだそうだ。久しぶりの鉄造りに比売神も楽しそうだった。
おかげで広大な黄泉津国の気温が少し上がった。まさに地下温暖化だ。植物の少ない黄泉津国では光合成による二酸化炭素の吸収が見込めない。オレたち何かやっちゃいました?
「心配するでない。二酸化炭素など岩が吸ってくれるわ」
岩石中に含まれるカルシウムが二酸化炭素と結びついて固定してくれるらしい。そういえば理科の授業でやったな。石灰水に息を吹き込んで白く濁らせる実験。天然では炭酸カルシウムが集まって石灰岩となるのだそうだ。
自然は偉大だ。
*
完成披露パーティーは大々的に行われた。
冥府からも伊邪那美の娘たち蛭子先輩(息子?)と小鳥(黒闇天)に加え光月(光月とひかりと月光菩薩)と魔王の親父も呼んだ。
オレ? オレは主催者側だから。
「あんたたち何やってんのよ」
お披露目された神殿を見た小鳥があきれ顔で言う。
まあ、一か月以上も家に帰らず神話の地下帝国に似合わないこんな巨大なものを作っていれば言われてもしょうがないだろう。
「それに病院まで併設しちゃって……ねえ、ここの人たちって屍人じゃなかったの?」
さすがに失礼と思ったのか小声で聞いてくる。
「なんか昇華しちゃって肉体を持った霊みたいになっちゃっている。だから普通にものも食べるし、寝たりもする。小鳥の力ってすごいな」
すごいのは不治の病、恋の力なのかもしれない。なんと黄泉津国始まって以来初めて子供まで生まれたのだ。なにせここは、ついこの前までは屍者の国だったのだから。
「私の力ってわけじゃないわよ……」
小鳥にとっても予想外だったのだろう。
「では、お祝いに治癒の真言を刻んでおきましょう」
千衣ママに抱かれた三歳の幼女の姿をした月光菩薩が真言を唱え病院の壁に治癒の結界を施した。
「ねえ、ここの人たちって病気になるの?」
あっさり受け入れた月光菩薩をみて小鳥が聞く。
「さあ、病気は知らないが怪我はするみたいだぞ」
「そう。なら除菌だけはしておくわね」
そう言うと小鳥は院内に向かい歌うように語りかける。
「小鬼や小鬼、そこはお前たちの遊び場じゃないの。遊びの時間はもうおしまい。遊びに飽いたらお戻りなさい」
『なんだなんだ』
『あっママだ』
『やだーっ、もっと遊ぶ』
『でもママがお迎えに来たよ』
『じゃあ帰ろ』
『帰ろ帰ろ』
黒い靄のようなものが小鳥の中に吸い込まれていく。あれが細菌やウイルスのだろう。
「大丈夫なのか」
細菌たちを取り込んだ小鳥の体を心配して聞く。
「うん。この子たちにとって私の体は居心地いいみたい。中にいるときは悪さしないわ」
こういうところを見るとやっぱり疫病の神という言葉は似合わない。誰が言ったのだったか……癒しの女神、その言葉の方が似合っている。
*
「息子が迷惑かけた」
魔王の親父が伊邪那美命に頭を下げた。
今回の騒動はオレが小鳥を探して黄泉津国を訪れたことが発端だ。黄泉津国や伊邪那美には全く関係のないことだった。
まあ、伊邪那美が小鳥の引き渡しを拒んだことや小鳥に命じて再生勇者のお父さんを害したことなどもあったのだが、黄泉津国崩壊はオレと素戔嗚のリミッターを外した戦闘が原因だ。引こうとした素戔嗚を煽ってリングに引っ張り出したのもオレだ。
この結果に至った原因はオレだ。
「ん、黄泉坂、反省しろ」
あんたもな!
いつも通り伊邪那美の膝の上でくつろぐ蛭子先輩が暴言を吐く。
そもそもオレに戦いを求めたのは先輩だったはずだ。そしてオレと素戔嗚の戦いに割って入りバトルロワイヤルにしたのも先輩だし、ビームを乱射して国土を荒らしたのも先輩だ。
「そうだよ。雅美お姉さまも反省して」
伊邪那美の隣に座る小鳥こと黒闇天が蛭子雅美先輩を叱る。
どうやら小鳥も蛭子先輩を姉と認めたようだ……兄じゃなくて?
「しょうがないよ。昇天したことでいきなり兄が486人、姉が329人できちゃったから、一人増えたって変わらないかなって……」
ああ、鬼子母神のところは子沢山だからな。だが、それを認めると伊邪那美も子沢山だぞ。蛭子先輩の弟には日本列島なんてのもいるんだからな。
「あはは……」
ひきつった表情で小鳥は乾いた笑い声をあげる。
今日の小鳥は学校の制服、セーラー服を着ている。
「私は礼服なんて持っていないもの」
親を失い年金暮らしの祖父母に引き取られた小鳥は苦学生なのだ。まあ、学生なんだから制服で問題ないんじゃないか。オレも制服の詰襟だし。
「黒闇天の衣裳なら持っているんじゃないのか?」
「だって今日は黄泉の国の関係者として招かれたのだから」
きっかけは小鳥の死だったとしてもそれは成り行きだ。気にしなくてもよいと思う。伊邪那美ならむしろ喜ぶと思う。蛭子先輩なんか羽衣だぞ
「それはダメ。迷惑かけたんだからけじめはつけないと」
真面目な小鳥なのだ。
それにしてもオレが出発したころには夏服を着ていたはずだが、今は紺色の冬服だ。いつの間にか季節が変わってしまったようだ。そういえば曜日どころか日付の感覚もなくなっていた。
「黄泉坂……はぁ……あんた学校はうするの? このままじゃ留年よ」
言わないでほしい。頭が痛い。
このパーティーが終わったら帰らないと……
会場を見渡す。
天部の神々、根の国の武神たち、それからオレたち黄泉の国の鬼たち、もてなしてくれるのは黄泉津国の屍人から霊人に進化した民たちだ。
オレたちは……オレたちが悪かったとしても、再建を手伝っただけだ。恋の病に侵され、活気を取り戻したのはこの国の人々だ。黄泉津国は変わっていくのだろう。それを否定することはできない。
皆楽しそうにしている。
ようやく終わったのだと実感した。
「どうした。辛気臭い顔しおって」
焼酎をなみなみと注いだジョッキを持って素戔嗚が寄ってきた。
「いや、終わったなと思って……素戔嗚にも世話になったな」
オレの言葉に素戔嗚は心外なような顔をした。
「終わってなどないぞ、閻魔。お前との決着はついておらんのだからな」
「その話、詳しくお聞かせ頂けませんか」
毘沙門天まで寄ってきた。
毘沙門天は未熟だったころのオレを導いてくれた先生みたいな存在だ。だが、武神だ。弟子がどのくらい強くなったのか気になるのかもしれない。
「いや、まさに鬼神の武技でござった。閻魔天様も素戔嗚様もそれは見事な戦いぶりで……」
「ほう、根の国での手合わせは武技だけでござったからな。権能を引き出してのぶつかり合い……いかほどでござろう」
「その話も興味ある。雷神殿、お聞かせくだされ」
「仁王殿は閻魔天殿と一緒に戦ったのでござろう。ぜひそのときの話も」
黄泉津国の雷神や根の国の風神たちも話に加わる。仁王の明も巻き込まれた。その他にも武芸に拘る武神たちがわらわら寄ってきた。
「次に闘えばどうなるであろう」
「地下ならは大地の力を引き出せる閻魔殿に……」
「いやいや、根の国の王たる素戔嗚様も地下なら負けはすまい」
「なら天界では?」
「いや地上でこそ……」
武神たちなのだ。力こそすべての神々の話は物騒でしょうがない。地上でなどあんな闘い絶対にしないからな!
素戔嗚との闘いを思い出す。正直言って無茶苦茶楽しかった。
オレが閻魔を継いだばかりの頃、オレは弱かった。それなのに戦いばかりがあった。その頃のオレにとって戦いとは忌むべきものだった。力による圧迫をはねのけるのに必死だった。
親父に教わり、毘沙門天に導かれ、お父さんに鍛えてもらった。そして権能をある程度は使いこなせるようになったとき、違うと思った。
力とは圧迫するためのものじゃない。これは対話なのだと。己の信念をかけてぶつける。それは対話であって強要ではない。だから、己の信念を貫こうとするためには力が必要なのだと。そして対話とは楽しいものだった。
「まあ飲め! 祝い事に酒はつきものじゃ」
「そうだっ! 酒を持ってこいっ!」
くちかみ酒では物足りないという酔っ払いの神々のため現世から辛口の焼酎を大量に仕入れてきたのだが、火に油を注いでしまったらしい。
オレは焼酎のジョッキを一気に煽った。体が火を入れたように熱くなる。
「話を聞いただけではわかるまいっ! 肉体で語ろうではないかっ!」
「おおっ! 力比べじゃ!」
「相撲だ。相撲っ!」
一気に場が盛り上がった。
ざばーっ
冷や水をぶっかけられた。
「立て直した神殿をまた毀そうというのですか? いいでしょう。私が相手になりましょう。全員まとめてかかってきなさいっ!」
セーラ服姿の黒闇天様がお怒りだった。
「小鳥ちゃん、それはさすがに物騒だよ」
「やっちゃえーっ! 小鳥、恋の病にかけてやって」
「いいですね。BLというのものに興味があります」
一人三役の幼女が五月蠅い。
それにしても誰だ。御仏にBLなど教えたやつは。
光月の訳ないか。とするとひかりか……生前はそんな趣味があるとは聞いていない。女子というものは死ぬと腐るのだろうか?
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
小鳥をめぐる戦いで結弦も神々を相手どれるほど強くなりました。小鳥を取り返した結弦はこれからどのように成長していくのでしょうか。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




