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58.おしおきタイム

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「本当に閻魔堂(えんまどう)でよろしいのですね」

 月光菩薩(がっこうぼさつ)様の確認に私は頷く。

 私が一番輝いていたのはアルバイト先の閻魔堂だ。間違いない。


「ええーっ! 冥府(めいふ)に行けば王妃にだってなれたのにもったいない」

小鳥(ことり)、欲なさすぎ」

 ひかりと光月(みつき)が不満を言うが関係ない。

「あら、私は光月と離れるのは嫌なんだけど」

「それは光月も小鳥と一緒がいいけど……」

 あっさり光月は陥落した。

「かわいそうに、ゆーくんまた一人さみしい夜を過ごすのね」

 ひかりが何か言ってるけどそこまでは面倒見切れない。それは自分で何とかしてっ!


 とにかく私は気づいたのだ。

 私は恋に恋する女の子なのだ。恋する乙女は最強だ! 何も怖いものなんかない。

 私は黄泉坂(よみさか)が好き! 黄泉坂に恋する私が好き。

 だから、光月を好きな、ひかりに恋する黄泉坂が好き。そんな黄泉坂を好きなわたしが好きなの!

 黄泉坂が誰を好きだなんて関係ない!

 だって私が! 黄泉坂を! 好きなんだから!


 だから私が選んで押しかけた閻魔堂が私の選んだ帰る場所だ!


「相変わらず面倒なんだから」

「うん、小鳥ってめんどくさいよね」

「しょうがないですね。太古の昔から恋する乙女は面倒って決まっています」

 一人三役の幼女が五月蠅い。


 とにかく私は閻魔堂に帰るのだ。

 そう思っていたのだけれど、ついた場所は荒れ果てた廃墟だった。

 なんで?


結弦(ゆづる)~っ! 来たよーっ!」

「ゆーくん、おひさ」

 光月とひかり(体は一つだけど)が手を振る相手って……

「ええぇっ! なんで黄泉坂っ!? ここどこっ!?」

 

「ん、小鳥、来た」

黒闇(くろやみ)ちゃ~ん、おかえりなさ~い!」

 蛭子先輩と伊邪那美お母さまが嬉しそうに迎えてくれる。

 ってことはここは黄泉津国(よもつくに)? この前来たときとは全然違うんですけど。

 なんで戻ってきちゃったの?


「なんでママがっ!?」

 そして一番驚いているのはあの訳が分からなかった姉女神。略して姉神様だった。


     *


 援軍としてやってきたのは光月でもある月光菩薩御一行。大柄な女神が右腕に光月、左腕に小鳥を抱きかかえていた。

 小鳥と会うのはヒルコを追って旅に出て以来だから3か月ぶりか。

 懐かしさを覚えながらオレは小鳥を出迎える。

「お帰り、小鳥」

「う、うん……ただいま、黄泉坂」

 久しぶりに会う小鳥は怒っているのか目を合わせてくれない。

「そちらの方は?」

 小鳥と光月を抱きかかえている女神のことを尋ねる。

「えっと……お母さん」

 お母さんと紹介された女神は嬉しそうにしている。

「私の言うことでは耳を貸さないだろうと思って義母を呼びました」

 毘沙門天(びしゃもんてん)が説明してくれた。

 なるほど。毘沙門天が義母と呼ぶ女神、つまり吉祥天の母親ということは彼女が鬼子母神なのだろう。彼女ならば吉祥天を抑えられるに違いない。


 その鬼子母神は結弦に興味津々だ。

「ぬしが我が娘、黒闇の思い人であるか」

 小鳥が伊邪那美(いざなみ)の受肉によって死の女神として甦ったことは蛭子先輩から聞いた。どうやらそれは黒闇天(くろやみてん)というらしい。そして黒闇天は鬼子母神の娘であり、吉祥天の妹である。

 まあ小鳥も吉祥天には振り回されたからな。その縁もあるのだろう。


 だが、そんなことは知らない。

 縁ならオレにだってある。とぎれとぎれだったが、小学校からのクラスメートだったし、今はうちの店の看板娘だ。そして堕ちそうになっていたところをオレが救い出した眷属だ。

 小鳥はオレのことを好きだと言ってくれた。それには応えられないけど大事な存在には違いない。自分の人生を掴み取ってほしい。幸せになってほしい。


「黒闇天かどうかは知らない。だが小鳥はオレの家族だ。連れ帰らせてもらう」

 鬼子母神の威圧をオレは跳ね返す。

「疫病の女神と聞いてもその答えに変わりないか」

「そんなの関係ねぇ! 小鳥は小鳥だ!」

「……初代と一緒だな。好きにするがいい」

 初代? よくわからないが母親の許しは得られたようだ。


「待つのじゃ。黒闇姫は我が眷属でもある。わらわの肉を与え神格化させたのじゃ。わらわは許しておらぬぞ」

 もう一人の母親……めんどくさいな。

「言ったはずだ。無理を押してでも小鳥を取り返すと」

 荒ぶる神の力は見せつけたはずだ。

 少し怯んだ伊邪那美だが、引かなかった。

「黒闇は望まぬかもしれない」

「そんなことはない。小鳥にとっては閻魔堂こそがいるべき場所だ」

「地上に連れて行くつもりか。あの子は現世(うつしよ)に死をばらまくぞ」

「小鳥はそんなことしない」


「はぁ~」

 伊邪那美は大きく溜息をついた。

「わかっておった。じゃが、あの子のばらまく病は強力じゃぞ。まさしく不治の病じゃ……まったく黄泉津国にまで厄介なものをまき散らしおって」

 なんだと。小鳥はそんな物騒なものを……

「ほんと、ゆーくんは鈍いよね~」

「そこが結弦のいいところなのです」

「心配しなくても大丈夫です。にぶちんには(かか)らない病ですから」

 一人三役の幼女が五月蠅い。

 それにしても月光菩薩さんよ。俗世にまみれて口悪くなってませんか?


「これこそが人類が最も恐れる不治の病……恋の病よ!」

 ひかりが偉そうに宣言した。


 ……なるほど。

 なんとなく黄泉津国全体の空気が緩んでいる気がする。これが小鳥の疫病の力なのか。

 あっ、あっちで故女戦士が雷神に言い寄っている。こっちでは屍人兵(しびとへい)と村娘がいい雰囲気に……

 ゾンビみたいな朽ちかけた外見をしていた人々がのが見る見るうちに生前の姿を取り戻していく。

 そりゃ、みんな、恋人の前ではいい格好したいもんな。


「とは言ってもここにいるのは屍人(しびと)ばかりなのじゃがな」

 伊邪那美がぼやく。

 何を言う。国産みの女神の力をもってすれば復活した屍人の恋をかなえることでもできるに違いない。


     *


「ねえ、結弦。見えないよ~」

 光月は見なくていい。オレは両手で光月を目隠しした。


「ママ~ごめんなさい」

「まったくこの娘は……母の愛がわかりませんか!?」

「わかったから。もうわかったから、ママ~ゆるして~」

 繰り広げられているのは三歳の幼女は見ちゃいけないものだ。

 妙齢の女神がスカートをめくられ下着まで下されて母親におしりぺんぺんされているところなんか……


「そう言いつつチラ見している黄泉坂……引くわ~」

 先輩、嘘言わないでください。子供が真に受けたらどうするんですか!?


 結局、吉祥天は鬼子母神に連れられて修行をやり直すそうだ。

 鬼子母神は最後に「娘を頼みます」と言って去っていった。

 小鳥はオレの腕の中で顔を真っ赤にして固まっていた。

 毘沙門天も一緒に天界に帰っていった。

「部下が世話になりました」

 小鳥には丁重に礼を言っていた。


     *


 ようやく本題に入れる。

「小鳥……無事でよかった」

「無事じゃないんだけどね。死んじゃったし……」

 怒っているのだろうか。それでもオレとしては誠心誠意話をするだけだ。


「守れなくてすまなかった」

「別にいいって。あんたも大変だったんでしょう」

「それでも済まない。守ってやれなくてごめん」

「だからもういいって」

「それから、光月を守ってくれてありがとう」

「それもいいって。私なんか何の役にも立たなかったし。あの子は月光菩薩様の力で守られてたし、むしろ私が助けられたみたいだし」

「それでも、光月を助けようとしてくれてありがとう」

「もういいって」

「オレの力が足りなかったばかりにお前につらい思いをさせてしまった」

「別に……つらくはなかったわよ。死ぬのは2度目だし、死んだら死んだで母親が二人もできてわけわかんなかったけど……あとお前って言うな」

「伊邪那美様にも鬼子母神様にもお礼を言っておかなければな」

「なんであんたが伊邪那美お母さまや鬼子母神お母さんにお礼を言うのよ!」

「なんでって……大事な娘を預かるんだから当然だろ?」

「ば……ばっかじゃないの! なにプロポーズみたいなこと言ってるのよ! ……あんたには光月がいるでしょう……」

 顔を真っ赤にして怒りだしたりたりしょげこんだり忙しい奴だ。

 だが、これは伝えておかなければいけない。

「光月は光月だ。お前とは関係ない」

「関係ないわけないでしょう! 私は光月が好きな黄泉坂を好きになったの! だ・か・ら、関係ないわけないでしょう!」

「そうじゃない。落ち着け、小鳥。そうじゃないんだ。たしかに光月は大事だ。だが、それは光月が自分の気持ちをわかるようになるまで伝えるつもりはない。オレが恋していたのは光月じゃないから。いくら魂が同じだからってそれを光月に押し付けるつもりはない。それくらい光月を大事に思っている」

「ふーん……それで?」

「うん。オレはお前のことも大事に思っている」

「お前っていうな……で、それで」

「だから、一緒に帰ろう」


 小鳥は泣きそうな顔をして目を逸らした。

「帰れるわけないじゃない……」

 えっ……なんで?

「あんたも聞いたでしょう。私はもう人間じゃないの」

「オレもだ」

「あんたは違うでしょう! 人々から頼りにされ、守り、信仰されている閻魔大王じゃない。私は違う……疫病の女神ですって。私らしいと思うわ。ひねくれていて、ひがんで、呪われた私にふさわしい権能じゃない! こんな私が現世に帰ったっていいことなんかないわよ」


「それはあまりにも面倒くさ過ぎはしませんか、小鳥?」

「小鳥だからね」

「ねえ、ゆーくん。こんな面倒くさい娘やめてわたしとより戻そう!」

 一人三役の幼女が五月蠅い。


「心配するな。そんな小鳥の面倒くさいところもかわいいと思うぞ」

「かわいいっていうな」

 注文の多い小娘だ。

「お前はその権能をつかって毘沙門天の部下の兵の命を救ったのだろう? 月光菩薩様から聞いたぞ」

「あれはたまたまだったし……それに日色(ひいろ)君って言ったっけ? あんたの父親だと名乗る男の子、あれあんたの兄弟かなにか?」

「ああ、あんな見かけだけど間違いなくオレの父親のひとりだ」

「へえ……そうなの。なら私は親の仇じゃない。彼のことだって私、殺しちゃったのよ!」

「心配いらない。お父さんならそこにいるさ」


 オレは小鳥の傍らに立つ若者に呼びかけた。

「お父さん、お疲れ様。小鳥を守ってくれてありがとう」

「うむ、かわいい息子のためだからな。よい娘だな」

 オレたちと同じ年くらいにしか見えないお父さんに言われると違和感しかない。状態異常に絶対耐性を持っている勇者のお父さんがペストくらいで死ぬものか。


「でも……だって……」

 あきらめの悪い小娘を有無を言わさずオレは抱き上げた。

「さあ、帰るぞ」

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 3か月ぶりの小鳥との再会です。恋する乙女は一筋縄じゃ行きません。少しくらい強引なほうがいいと思います。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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