55.癒しの女神
一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。
黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。
だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。
天界の居心地は悪くなかった。
姉だと名乗る女神はどこかへ行ってしまったが、帝釈天が部屋を用意してくれた。
本人は「あ、柴又の……」と言ったら渋い顔をしていたけど
出されたお茶を飲んで過ごしていたら落ち着いてきた。
(いったいあの人は誰だったのだろう?)
考えるのはあの人のことだった。私は覚えていないけど生前は大事な人だったらしい。
それにしても「押し通してでもオレは小鳥を取り戻す!」とは言ってくれる。世界系ってやつ?
言われた方は悪い気はしない。
ちょっとかっこいいかもなんて思ってしまう。
そしてお母様のことだ。
どうやら私は死んだらしい。そして黄泉の国に行き、女王様の肉を与えられ黒闇姫として甦った。黒闇姫というのが何者なのかは知らない。でも、疫病を司るものだとわかった。日色とかいう男を倒したのもその力だ。肉体を腐らせる細菌、ペストとか言っただろうか。活性化させたそれを高濃度で注入したのだ。あっという間に男は朽ち果てた。
よくわかってはいないけどそれが私の権能なのだと思う。
ん……!?
私の左腕に纏わりついていた黒い靄がよくできましたと言わんばかりに頭を撫でてくれたような気がした。
ま、気のせいでしょ。
私に倒された敵がそのようなことを……
それにしても退屈だった。
もともと私は天界でお役目を与えられているわけではないのだ。当然することもない。かと言って気を紛らわすようなものもないのだ。テレビもない。スマホもない。インターネットも繋がっていない。
「インターネットなら先日までは繋がっていたんですけどね」
「えっ!? ならなんで……?」
天女の反応に食いつく。
「でも、この前の地獄戦役で悪魔に悪用されたとか言って禁止になってしまったので……」
くーっ……悪魔ったら全くろくなことをしない。
でも、それが私の知っている元教師と先輩のしでかしたことだと思いもしなかった。
ともかく暇つぶしに外に出たいと言ったら、お世話係の天女は自由にしてよいとのことだった。どうやら監禁されているわけでもないらしい。
*
私は御殿を出て歩くことにした。
天女はこれ幸いと「それではお掃除させて頂きます」と言った。私が居残っていたので仕事の邪魔をしていたようだ。手伝うと言ったのだけれど断られた。「天部の方にそのようなことさせられません」とのことだった。
お母さまからは黒闇姫と呼ばれていたけれど、正しくは黒闇天という神様なのだそうだ。
黒闇天……疫病を司る極楽教の神……
疫病ってまるで人類の敵じゃない。なんで私が……
たぶん生前の私は真っ当に人生を歩んでこなかったのだろう。人に恨まれ、嫌われ、排斥される。そんな人生だったから人を呪う権能を持ってしまったのかもしれない。
それならなぜ神様に?
呪いも度を過ぎると神格化されてしまうのかもしれない。
そんなことを考えながら当てもなく歩く。
ここは須弥山という場所らしい。極楽教世界における中心。どこにでもあってどこにもない場所。主神の帝釈天たち神々は須弥山中央の前殿に暮らしている。私がさっきまでいたところだ。
そのさらに奥に仏様たちのいらっしゃる仏殿があるそうだ。
仏殿ははるか彼方で見ることができない。それどころか前殿ですら遠くに見える。まだ1時間も歩いていないと思うのだけどここでは時間も距離も意味をなさない。
なんでそんなことを知っているのだろう。神様としても基本知識なのだろうか。なら私のことも情報として教えて欲しい。
私って……黒闇天のことだろうか?
そんなことを考えつつさ迷い歩く。
どのくらい歩いていただろうか。
向こうから20人ほどの兵隊さんたちがやってきた。
兵隊さんと言ったけど金糸銀糸を縫い込んだ立派な鎧を着ている。もしかしたら名のある軍神様御一行なのかもしれない。
けれどその姿はぼろぼろだった。
「ちくちょうめ、天使のやつら……」
兵隊の一人が悔し気に呟く。
「最近は土地神の反乱は少なくなったがその分、十字教の攻勢が強まっている。今回は何とか撃退できたが、これではこっちの身が持たん」
天界の神々も大変そうだ。それでも勝ったらしいと聞いてほっとする。
隊長らしい神様が傷ついた仲間に声を掛ける。
「おい、もうちょっとだ。しっかりしろ」
隊長に支えられた兵隊さんはひどいありさまだ。鎧は血だらけであちこちに刀傷がある。左肩には折れた矢が刺さったままだ。
傷が化膿して熱を持っているのだろう。傷ついた兵隊さんは喘ぐだけで返事もできない。
その姿を見てわかってしまった。
兵隊さんの傷口では目に見えないほど小さな小鬼が身体を攻撃している。体内に入り込んでキーキー騒ぎながら暴れまわっている。
なんで目に見えないほど小さいのに分かったのか。それは私が疫病神だからなのだろう。
「大丈夫ですか?」
思わず声を掛けた。
「お嬢さん、ありがとうございます。ですが、この堅手天とその一党、軍神の端くれです。この程度の傷など何ほどのものでもありません。それに須弥山に戻って甘露を飲めばたちまち傷も癒されましょう」
隊長さんは堅手天というらしい。やはり神様、紳士である。でも致命的にわかってない。
「甘露では体力は戻っても傷の治療には役に立ちません」
「御仏の御加護を否定されるおつもりかっ!」
「そうだ! これまで甘露を飲めば傷などすぐに治ったものだ」
「いい加減なことを言うなっ!」
私の言葉に周囲の郎党がいきり立つ。
「控えよ!」
堅手天様が抑えてくれた。
私は感謝しつつ言葉を重ねた。
「堅手天様、ありがとうございます。ですが、そうではないのでございます。甘露はその身に活力を与え、渇きを癒やし、空腹を満たしてくれるものです。活力が戻れば治癒の力で傷なら癒やすこともできましょう」
「そうだろう。これまでも我々はそうして癒やしてきたのだ」
「ではお尋ねいたしますが、これまで傷がもとで亡くなった方はいらっしゃらなかったのでしょうか? 助かるはずのわずかな傷で亡くなった方は本当にいらっしゃらなかったのですか?」
私の問いに郎党たちが口籠る。
「……そ、それは奴らが毒を仕込んだのだ。そうだ! そうに違いない」
それは無理矢理納得しようとしているようだ。まさか御仏の加護を疑うことなどできようはずもない。無知とは罪だ。
「その方のことは存じ上げません。ですが、このお方は毒など受けてはおりません」
郎党は黙った。
「たしかに石夜叉の傷は深かったが命に係わるほどではなかった。引き上げる途中から傷が熱を持ち動けなくなった」
代わりに堅手天様が答えた。
その答えは私の予想通りだった。
「石夜叉様は傷口から病にかかったのです。ですから甘露では癒やせないのです」
滋養強壮剤では病は癒えない。体力をつけることで治癒力を向上させることはできるだろう。免疫力を上げることもできるだろう。だが、それは万能ではない。特にここまでひどく化膿して毒素が全身に回ってしまっている場合は。
納得してくれた堅手天様の指示で近くにあった泉のほとりに怪我人を運んでもらった。
鎧と着ているものを脱がせて傷口を確認する。案の定、血は止まっているものの、患部は紫色に腫れ上がっている。小鬼たちの姿はまばらだ。
だが、その気配は濃厚だ。間違いなく内部で化膿している。
「堅手天様、ここを、この部分をここまで切ってください」
さすがは軍神だ。それまでにも似たような治療をしたことはあったのだろう。堅手天様は顔色一つ変えずに患部を切り開いた。
血の巡りが悪くなっていたからだろう。血はほとんど出ずに血漿が噴き出し、そして黄色い膿がどろりと流れ出た。
清めておいた泉の水をジャバジャバ掛けて傷口を洗う。小鬼たちがキーキー言いながら流されていった。
傷口は洗浄したが、小鬼たちは体内に入り込んでしまっている。体内で暴れまわり臓器を傷つけ、毒素をまき散らしている。
私の真の力が必要となるのはここからだ。
「小鬼や小鬼、悪戯するのはもうお止め。悪さに飽いたらお戻りなさい」
歌うように呼び掛ける。
石夜叉様の体内から小鬼が顔をのぞかせる。
『なんだなんだ?』
『なんだお前は?』
『わからんが呼んでるぞ』
『おっ、結構居心地いいぞ』
『ほんとうだ。気持ちいい』
『じゃあ俺も』
『俺も俺も』
『早くしろよ』
『押すなよ』
差し出した手を伝って小鬼たちは私の体に集まってきた。この小鬼たちは細菌やウイルスなのだろう。私の権能は疫病だ。まき散らせるのなら、吸い取ることも可能だろう。どうやら私の体は細菌にとって居心地がいいみたいだ。体の奥のひとところに集まると丸まって眠ってしまった。初めて試したけどうまくいってよかった。
よく洗った傷口を縫い合わせる。針と糸の除菌も私の権能を使えば簡単だった。ちなみに泉の水も権能を使って清めておいた。
怪我人の顔色もだいぶ良くなった。熱も下がってきたようだ。
堅手天様が私の前に跪く。
「我が郎党をお救い頂き感謝する。癒しの女神よ、貴女のお名前をお聞かせいただけないだろうか?」
えーっ!?
私、疫病の女神なんだけど……名乗っちゃっていいの?
*
「とりゃーーーーーっ!」
どっかーーーんっ!
「せいやーーーーーっ!」
どっかーーーんっ!
「わっはははははははっーーーっ!」
どっかーーーんっ!どっかーーーんっ!
「きゃーーーっ! やめて、ヒルコちゃん!?」
伊邪那美が悲鳴を上げる。
途中から参戦した蛭子先輩を加えて素戔嗚とオレのバトルロワイヤルが開催されていた。古の黄泉の国は荒れ果てていた。
これどうするんだ?
「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。
攫われた小鳥は記憶を失いながらも正しくあろうと頑張っています。それに対して結弦は……楽しんでいるようです。
投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。




