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53.vsヒルコ

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「よく言った、黄泉坂(よみさか)。そんなに小鳥(ことり)を取り戻したいのなら私を倒すことね」

 なんでオレが先輩と戦わなくちゃならないんだ?


 オレの前に立つ先輩は、別れたときのセーラー服に代えて女神らしい羽衣を(まと)っていた。剣の一本も持たない無手(むしゅ)のままだ。

 それでどうやってオレと戦おうというのだ?


「ヒルコパ~ンチ!」

 あまりのことに茫然としてまともに食らってしまった。

 あろうことに先輩は右手を吹っ飛ばして殴りかかってきたのだ。まるでロケット〇ンチだ。いくら原典が手足のないキャラだと言ってもブラックすぎて笑えん。


 どかっ!

「ヒルコキ~ック!」

 後ろから蹴り倒された。いつの間にか足も飛ばしていたらしい。

 むかつくからそのドヤ顔はやめてほしい。


 その後もオレは先輩の四肢に翻弄され続けた。

 自由自在に飛び回る手足は厄介だ。女の子の体に傷をつけるわけにもいかない。反撃の糸口がつかめない。

 まあ、とはいっても平均的女子のパンチやキックだ。たいしたダメージにはならない。ただ、地味に痛い……痛いんだってば!


「ワハハハ……黄泉坂、小鳥を連れ戻したいという思いはその程度だったの? 手も足も出ないじゃない?」

 手も足もないのは先輩の方だ。先輩は腕は肘から先、足は膝から下がない状態でオレの目の前で浮かんでいる。

 まあ、その手足は自由自在に飛び回っているんだけど

「さあ、とどめよ!」

 先輩が呼び戻した両手を羽衣の(えり)に掛け

(まさか……この流れは……)

 胸元を開いた。


「そんなことはさせませんよ!」

 全力のダッシュで先輩の後ろを取る。捉まえたと言っても手も足もない先輩だ。後ろから胴体を抱きしめ見せてはいけないところを隠した。自然と柔らかな部分に触れてしまうことになるわけで……

「きゃ~♡ 黄泉坂のエッチ~」

「おっぱいミサイル撃とうとした人に言われたくねえ!」

 先輩の両手は触ってしまったことを非難するようにオレのわき腹を人差し指でぐりぐりつつく。

「おっぱいミサイルじゃないもん。ちくビームだもん!」

 正直、こっちの方がダメージでかい……


     *


 涙を流す黒闇姫(くろやみひめ)を女神の優しい声がなだめる。

「泣かなくてもいいのどすえ。あたしのかわいい妹ですもの。悪いようにはしやせぬ。この姉にまかせるでありんす」

 妹神をあやすふりをして心の中では別のことを考えていた。

 手懐けていた異界の玩具(おもちゃ)は口ほどにもなかった。だけど魂の抜け道を曲げておいたことで最高の結果に繋がった。その点についてはあの堕天使も役に立ったと言えよう。

 それにしても衆生を死へと誘う疫病の女神を生み出すとは。そこまでは期待していなかった。眷属を取られて魔王が激怒すると予想していたのだけど……まったく古の女神もよい仕事をしてくれたものよ。

 姉神は(よこしま)な笑みを浮かべた。


     *


「ぬかったわ……」

 恵比寿は破られた結界の残骸を見て呟いた。


 預かった娘は泣くばかりで自ら行動を起こそうとは見えなかった。強制的に神格化させられたようだが、その権能がヤバイ。しばらく結界に監禁しておくことにした。

 もと人ならば悪用しないと思いたいが、操られた場合はその限りではない。しかも(さら)った相手が想像通りの相手ならば……最悪だ。


 かつては宝船に一緒に乗った間柄でもある。しかし、その本性は享楽的で自己本位の権化だ。


「妻に怒られる……」

 もっとも娶ったばかりの妻は本気で怒ったりはしないだろう。せいぜいが癖になりそうなぬるいおしおきを仕掛けてくるくらいだろう。椅子になれだとか、足を舐めろだとか……いや、それはそれで怪しい性癖にどっぷりと浸かりそうでまずい。

「やむを得まい」

 助力を乞うことにしよう。


 だれを頼むか……

 夫である宝船の主神……ダメだ。あそこの夫婦仲は壊滅的に悪い。ならば母親か……

 あれの母親もとんでもない性格の持ち主だ。だが、それ以上にあれを抑え込める切り札はない。

 どっちにしてもろくなことにはならない。


 それにしても、よりによって黒闇天とは……若き閻魔は知っているのだろうか? 黒闇天とは己の伴侶の名であることを……

 恵比寿は深い溜息をついた。


     *


 とりあえず倒した先輩を小脇に抱えオレは屍者の国の女王伊邪那美命(いざなみのみこと)の前に立つ。

 先輩は着崩れた羽衣を直し、ついでに両手の袖とスカートの裾を縛り上げておいた。手足は元に戻れず困ったようにうろうろしている。簡単には解けないように堅結びにしてやった。ざまみろ!


「やめて! ヒルコちゃんに酷いことしないで!」

 なぜ、オレが悪者みたいになっているのだ。

 それからこの女神キャラがブレブレだな。やっぱり長男(先輩は女だが)はかわいいのだろうか。べた甘やかしだ。

 喧嘩を売ってきたのは先輩の方なのだが。


「見事だ、黄泉坂よ。もう(なんじ)に教えることはない」

 教わったこともないけどな。どこの仙人ムーブだ。

「だが、私を倒したからといっていい気になるな。黄泉の国の本当の力はこんなものではない」

 あんたは黄泉の国の人間じゃないけどな。

「さあ、やっちゃって、ママ!」

「わかったわ、ヒルコちゃん!」

 どこのラスボスだよ。

 先輩といると突っ込みが忙しくてかなわない。

 尊敬しつつ畏怖していた母神のキャラ崩壊に素戔嗚(すさのお)は茫然としていた。


「冥府の王よ。少しはやるようだな。ヒルコちゃんの(かたき)、取らせてもらうわよ」

 生きているがな

「母上、兄者を倒せば願いを聞き届けてくれる約束だった……」

「「素戔嗚は黙ってなさい!!」」

 伊邪那美と蛭子(ひるこ)先輩の叱咤に素戔嗚は開きかけた口を閉ざした。


 しょうがない。もとより簡単に聞き届けてもらえるとは思っていなかった。それは素戔嗚のときと同じだ。古の神々は力こそ正義、つまりは脳筋なのだ。


 オレは先輩の身柄を素戔嗚に預けた。古の女神との力比べなのだ。下手に割り込まれたら怪我させかねない。

 いざとなったら先輩(蛭子命)を人質(神質?)にして言うことを聞かせよう。きれいごとばかり言ってはいられない。小鳥を取り戻すためにはなんだってやるつもりだ。


「やっておしまい!」

 女王の号令の下、屍者の兵が殺到した。


 オレは焔魔刀(えんまとう)を抜くと法力(ほうりき)を開放し地獄の業火を燃え上がらせる。

「うおおおおおおおーーーー―っ!」

「「「「ぎゃあぁぁぁぁーっ!」」」」

 一振りで第一波の雑兵10人ほどが灰燼に帰した。


 屍者に物理攻撃は効かない。すでに死んでいるからだ。

 だが、地獄の業火は別だ。屍者を浄化する炎だ。浄化して輪廻の輪に返す力がある。彼らは輪廻の輪に還りいずれ新しい魂として生まれ変わるだろう。それは悠久の死から引きはがされるということだ。

 古の黄泉の国は現代の信仰からは外れている。よほど伊邪那美信仰への帰依(きえ)した者でない限り死ねば冥府に送られる。つまり古の黄泉の国の民は太古の民なのだ。現代では黄泉の国の住人はほぼ増えない。

 つまり、この戦いで消耗するのは伊邪那美の方なのだ。

 汚い戦い方だと自分でも思う。だが、太古の民にも今の世を見せてやりたいと思う。当時とはいろいろ違うこともあるだろう。だが、悪いことばかりではないはずだ。彼らにはそれを見て体験してほしい。そして、その上で悠久の死を望むのなら女王の下へ帰ればいい。


「その方らでは太刀打ちできまい。我が出よう」

 次に出てきたのは一人の武者だった。大時代な鎧兜(よろいかぶと)は戦国時代より古いものだろう。派手で重厚な鎧装束は源平合戦のころか……いや、おそらく鎌倉武士だ。

「やあやあ、我こそは筑紫(つくし)の国の住民、少弐(しょうに)家家臣、菊池為重(きくちためしげ)が三男、菊池三郎為成(ためなり)なり。大陸の羊飼い同様に成敗してくれる。いざ尋常に勝負せよ!」

 どうやら元寇で戦った武士らしい。異国からの侵略から祖国を守り散った彼は確かに英霊だ。悠久の安寧を貪る資格がある。


 だが、それでもだ。

 自らが命を懸けて守り抜いた祖国の未来を見て欲しい。


「第146代閻魔大王、黄泉坂結弦(よみさかゆづる)である。貴殿の守った国の行く末をしかとみてくるがいい」

 鎧ごと切り伏せ、地獄の業火で焼き尽くした。


「帝国陸軍第一旅団西部方面第三大隊田沼小隊、前へ!」

 今度の屍兵は近代だった。第二次世界大戦時の陸軍なのだろう。泥にまみれたカーキ色の軍服に身を包み、銃剣を掲げ持った6人の男たちが並ぶ。

 あの戦争を侵略戦争だったというのは結果論だ。欧米列強に対して食うか食われるかの生存戦略であった。少なくとも動員された最前線の歩兵にとってそれは祖国防衛であったのだ。

 彼らもまた英霊たちであった。


「靖国で会おう」

 中央の男、おそらく彼が田沼小隊長なのだろう。同僚に告げると号令を発した。

「突撃―っ!」

 小銃を乱射しながら先陣を切って突っ込んでくる。同僚たちも彼に続いた。


 勝てるとは思っていなかっただろう。怖かったことであろう。それでも祖国を守るためと信じて怯むことなく攻めかかってくる。


 ああ、彼らもまた英霊なのだ。

 だからこそ……彼らにこそ見てもらいたい。

 祖国は守られたと信じ、永遠の静謐を楽しむ資格はあるのだろう。だが、今の世に生まれ直し、未来をその目で見て感じて欲しい。

 享楽に溺れていると嘆くかもしれない。誇りを失ったと怒るかもしれない。だが、家族を人質に命を徴発されることのない平和な世の中をオレは見て欲しいのだ。


 銃弾は劫火の炎に(あぶ)られ蒸発した。剣先は届くことなく切って落とされた。

 彼らもまた浄化された。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 なぜか蛭子先輩と戦うことになった結弦。蛭子先輩は予想もしなかった攻撃で結弦を苦しめます。精神的に……

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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