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51.古の黄泉の国

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 小鳥(ことり)を取り返す。

 そうと決まれば一刻(いっこく)猶予(ゆうよ)もない。すぐに()の国に向かおう。

 だが、そうはできなかった。


結弦(ゆづる)、小鳥を連れ戻しに行くんだろう……なら、俺も連れて行ってくれ」

 話しかけてきたのは康太(こうた)だった。


 山元康太(やまもとこうた)……オレたちの幼馴染で親友だ。そして冥府(めいふ)では衛兵隊長を務めている。将来を嘱望されている若者だ。

 だが……その願いはかなえられない。


「なんでだよ! 俺は確かに弱い。お前らみたいな強大な力なんて持たないただの鬼にすぎないんだからな。だけど、それでも、何かの役に立ちたいんだよ。俺はひかりを助けられなかった。覚醒していても役に立たなかった。でも、そんなの、もうたくさんだ。だから、小鳥は助けたかった……だが、俺は死んだ。何の役にも立たず殺された。

 わかってる。それは俺が弱かったからだ。俺は単なる衛兵にすぎない。お前たちみたいに神仏の力を振るうことなどできない。それでも何かの役には立てるはずだ。そう思って巡回に心血(しんけつ)を注いできた。今度こそ異変を見逃さないように。それで皆を守れる。そう思った……それは無駄だったけどな。

 それでも俺は役に立ちたい。この3年、磨き続けた索敵の技術は遠征の役に立つはずだ。だから、俺を連れていけ!」

 康太の思いは十分すぎるほどに伝わった。だが、オレの答えは決まっている。

「いや、お前はここに残ってくれ」

「なんでだよ! 俺が弱いからか!?」

 そうじゃない。康太、お前のことはよくわかっている。なにせ、生まれて17年の幼馴染なのだ。

 康太、お前は何と言った。巡回して異変を見逃さないようにと。そう言ったはずだ。それは攻めの力じゃない。

 お前を過小評価などしない。ひかりを失ったとき、お前は俺と同じくらい後悔を抱えていたのだから。だから……

「康太、お前の力は守りだ。だから、冥府を、みんなを守ってくれ」


 オレの思いは伝わっただろうか?

「……はぁ~、しゃあねえな。また、あいも変わらずの巡回の日々かぁ……まあ、俺は死んじまったから宵が原(よいがはら)には戻れねえしな」

 そうなのだ。今回の騒動で宵が原商店街を巡回していた康太は閻魔堂(えんまどう)を守りに急行していたところ、セラフィエルに遭遇し殺されたのだ。

「心配するな。(かたき)は取った」

「勝手に殺すな……まあ死んだんだけど……」

 オレたち地獄の番人、鬼の一族は死んでも冥府で(よみがえ)る。まあ、死者が現世をうろうろするわけにはいかないから、地上には戻れないのだが。

「後のことは頼んだ」

「おう、任せろ」

 康太は胸を張って答えてくれた。


     *


 結弦のやつは行ってしまった。

 あいつのことだ。なんだかんだで結局はうまくやるのだろう。きっと小鳥を連れて帰ってくるはずだ。

「……康太」

 椅子に腰かけうつむく康太の頭を小さな手が撫でた。

 この小さな手は光月(みつき)……いや……

「ひかりか?」

「うん……」

 小さな手は康太の頭を抱えて優しく抱きしめてくれた。

 昔とは違うのだ。

「康太は頑張ってるよ。康太が守ってくれるから私も安心する」

 こんなところも昔とは違うのだ。あの頃の康太たちは子供だった。何が大事なのかなんて気づきもせずにただ毎日を楽しくおかしく過ごしていた。

 だから見過ごしてしまったのだ。

「あの頃、俺はお前のことが好きだったんだぜ」

「あのねえ……はぁ~、いくら幼馴染でもスカート(めく)りなんかする男子を女子が好きになると思う?」

 康太の告白は瞬殺された。

「……はい。その通りです。スミマセンデシタ」


「康太は視野を広げるべきだと思う」

 ??

「ゆーくんを好きな子ばっかり好きになるのはどうかと思う。もっと周りを見渡せば康太を好きだった子もいたんだよ」

「ほんとか!? だれ誰?」

 お調子者なのは変わっていない。ひかりは安心した。

 『好き』も嘘ではないと思う。だが、恋愛での好きではないだろう。結弦の恋人を奪うなんてことが康太にできるはずがない。

 でも、釘を刺しておかなければならない。

「教えない。自分で探して。……あと佐治さん(小鳥)じゃないから」

「……わかってるよ」

 本当にわかってるかなぁ


     *


「小鳥ちゃんは根の国には来てないよ」

 根の国に入ったところでいきなり呼びかけられた。振り向くとそこには韋駄天(いだてん)がいた。

「韋駄天様!」

 (あきら)が駆け寄る。真っ先に死んだ(足の小指だけになって逃げおおせたのだが)韋駄天だが、初撃を逃れられたのは韋駄天が守ってくれたおかげだ。


 今回の遠征の供は明と哲也(てつや)だ。

 黒鉄明(くろがねあきら)はオレの幼馴染の兄貴分だ。親代わりだった黒鉄夫妻の長男でひかりの兄である。そして千衣(ちい)先生と結婚して光月を授かった。明と千衣はひかりの魂をオレの側に取り戻したく結婚した。

 それは打算だけでなく、千衣先生が惚れ込んだせいだと思う。

 悪魔の罠にはまり危なかった千衣先生を助けたのが明(にい)だった。白馬の王子様的なやつだろう。その証拠に光月が生まれてからも新婚のように仲が良い。夫婦円満で何よりだ。

 その縁もあって千衣と光月を守って(本人はさっさと死んだが)くれた韋駄天に明は恩を感じているらしい。


 鮫島哲也(さまじまてつや)はオレの実父である故勇者こと日色英雄(ひいろひでお)の仲間だった。兄貴分の妹である千衣を守ろうとしていた。こいつも妻帯者(仲間の亜里(あり)と所帯を持っている)なので恋愛絡みなど変な意味ではないだろう。

 まあ、千衣は光月を生んでからも変わらずかわいらしい。当時中2だったオレたちから見てもそうだったのだ。今でも人妻の色気など感じさせない(誉め言葉なのか微妙だ)。閻魔堂の看板娘だ(子持ちの人妻だが)。あとGカップの巨乳である。光月を生んでから、また更に大きくなったように思う。しかも垂れていない。まさに奇跡のおっぱいである……いや、これは閻魔堂の客どもの言っていたことだ。オレの感想じゃない。間違わないでくれ。


 ともかく、千衣の庇護者繋がりで明と鉄也の相性はよいと思う。清志郎(きよしろう)では妹ラブが強すぎて明に突っ掛かってばかりいる。千衣が明への不満など言ったことはないというのに……あいつは絶対シスコンだ。

 というわけで今回の遠征の従者に明と哲也を選んだわけだが


「小鳥が根の国にいないって、どういうことだ」

「知らないよ。おいらバカだから。頭使うのは閻魔(えんま)の仕事だろ」

 韋駄天はにべもなかった。そして明と哲也は頷いている。役に立たない奴らだ。千衣以外の女には興味がないのか?

 しょうがないので素戔嗚(すさのお)に会いに行くことにした。


「根の国には来てはおらん」

 素戔嗚の答えも変わらなかった。だが、始祖の神の末弟だ。脳筋だがバカじゃない。

「だが、日色は更に下に潜っていった」


 父さんが地下に潜っただと……

 オレはお父さんのことをよく知らない。生まれてすぐに親父に引き取られ人生の大半を地獄の眷属として過ごしたのだ。

 再会して和解してもお父さんと過ごしたのは半年にも満たない。ひかりの魂を救うためにお父さんは断罪されたのだ。幸いなことに一命はとりとめ再会はできたのだが、オレたちはあきらめていた。まさしく奇跡なのだ。それくらい地獄の裁きとは峻烈(しゅんれつ)だ。

 だが、奇跡を簡単に起こせるお父さんの勘は優れている。素戔嗚も認めるお父さんの野生の勘は間違えない。


「根の国より深くと言うと……」

 素戔嗚もわかっているのだろう。大きく頷いた。

黄泉(よみ)の国じゃ」


     *


 オレ、閻魔が支配する冥府とは古来からの死者の国ではない。

 それは人々の信仰が目に見える天津神(あまつかみ)国津神(くにつかみ)(土地神)から、精神上の存在である仏に移り成仏(じょうぶつ)という死後の世界をイメージしてできた、たった1,500年ほどの新しい信仰によって築かれたものだ。仏陀(ぶっだ)や古代インドの神々などルーツをたどればもう数千年遡れるが、それに意味はない。あくまでもこの国、日本としての信仰の形なのだから。


 根の国は違う。

 古来の神である素戔嗚尊(すさのおのみこと)という神の信仰心で築かれた精神世界なのだ。それは古代信仰の生き残りというより素戔嗚尊という荒ぶる神が上書きされた極楽教に(さら)されながらも耐え抜いてきた結果であろう。

 ぶっちゃけ、仏よりも素戔嗚の方が人気があるってことだ。


 だが、素戔嗚が根の国に放逐されたのは亡くなった母神、伊邪那美命(いざなみのみこと)を恋しがって暴れたためだ。伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が連れ戻すことに失敗した伊邪那美命は屍者の国の女王としていたはずだ。つまり……


「お主の言う通り。根の国は屍者の国ではあるが、仮初(かりそ)めのもの。ここに来た屍者はいずれ永遠の死か極楽教の輪廻転生(りんねてんしょう)により俗世に戻るかを選択せねばならぬ。根の国はそれを選べぬ魂の仮の住処じゃ」

 素戔嗚の言葉に納得した。

 死者の国と言いつ根の国の住人があまりに少ないこともそれで説明がつく。

 根の国の住民もかつては世俗を生きた生者だった。その頃の信仰心に従い悠久の安息か再生の転生かを選んでいったのだろう。


 成功した人生を送った者が悠久を選ぶとは限らない。挑戦して勝ち残ったものが安息をゴールとするとは限らない。次も勝つと願い再生(リトライ)を選ぶかもしれない。

 心残りを持った死んだ者が再生を選ぶとは限らない。絶望に打ちひしがれて再生の意欲を失っていることもあるだろう。

 オレたち地獄の門番は地獄の責め苦により強制的に選択させる。とは言え死者は一度は地獄に落ちるのだ。閻魔の審判で選ばれたもの(決して少なくはない)が極楽浄土に迎えられるのだ。

 これまでオレは心残りを地獄の責め苦で浄化させ、よき転生に繋げていると思っていた。

 だが、本当にそうなのか?

 一遍の曇りもない人生を送った者(そんな聖者がいたとしたらだが)を一旦とはいえ地獄に落すことは正しいのか?

 まあまあぎりぎり合格だった者(大抵の人はこうだろう)は地獄から極楽に招かれて勘違いしないだろうか? 人生この程度の正しさでいいのだと


 オレは納得できない。

 正しくあろうとしてもできないものもいる。悪に身を染めつつも正しくあろうと足掻くものもいる。

 その正邪を決めるのは行いよりも心がけなのではないだろうか……


「お主の探し人はどうなのだ?」

 決まっている。覚醒してからの小鳥は正しくあろうとしていた。

「なら決まりだな。迷わぬものは根の国には来ない。何かの意図があって古の黄泉の国に送られたのだ」


 (いにしえ)の黄泉の国……

 悠久の死を受け入れる屍者の国。屍者の女王である伊邪那美命の支配する国。


「何かの意図って?」

「普通ではありえんことじゃ。よほど強く主神を崇めておらなんだら直接行くはずのないところじゃ。何者かの意思を感じる」

「何者かって……」

 オレはとある予想を思い浮かべつつ素戔嗚に聞いた。

「何者かは知らん。だが、間違いなく(よこしま)な意志じゃ」

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 小鳥を探して根の国まで来た結弦たちですが、根の国に小鳥はいませんでした。どうやら古の黄泉の国にいるのではないかと推測します。次の目的地へ出発です。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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