表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/135

50.月光菩薩

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

「つまりは黄泉還(よみがえ)りというわけです、はいっ!」

 若返りの秘法についてAI五郎(あいごろう)が話をまとめた。

 まとめたはいいが、いろいろ端折(はしょ)りすぎだ。

 それでも満代(みつよ)さんと千衣(ちい)は何やら考え込んでいる。

 たまたまそうなっただけで二度とできるとは思えないし、やるつもりもない。


 オレたちは荒れ果てた閻魔堂(えんまどう)を閉め、冥府城(めいふじょう)に場所を移した。

 騒ぎにならないよう、最低限外装を整え、しばらく休業するとの張り紙を出しておいた。両隣には留守中よろしくと挨拶もした。しばらくは大丈夫だろう。


小鳥(ことり)を守れなかったこと、相済まぬ」

「親父もいろいろ忙しかったんだろ。しょうがないよ」

 合流した元閻魔の親父の謝罪をオレは受け入れた。

「故勇者が見つかったそうだな」

「いろいろあって今は生き返っているよ」

「そうか……よかったな……よかったなぁ」

 こんなことくらいで泣くんじゃねえ。涙もろくなったんじゃないか? 年のせいか?


「それより何故、小鳥が十字教に捉われなかったのか? そのあたりもっと詳しく聞きたい。光月(みつき)、説明を頼む」

 オレの言葉に光月は困った顔をした。

「んっとねぇ……わかんない」

 それはそうだろう。光月はまだ3歳なのだ。覚醒したとはいえ力を使いこなせているわけではない。だいたい前世の人格がそのまま残っていることが異例なのだ。

「代わってくれるか?」

 ひかりにではない。それ以外に光月に力を貸したものがいるはずだ。

「……うん」

 光月は頷いた。


 表情が変わった。

 あどけない幼女の顔から表情が落ちる。それは欠落というより超越した悟りの極致のような……同じ顔でありながら神々しさを感じさせる姿だった。


「高位の御仏(みほとけ)様とお察しします。この度は我が家族をお助け頂きましたこと恐悦至極にございます」

 オレは自然に拝礼した。最初に述べたのは光月や千衣、満代たち家族を救ってくれたことに対する感謝だった。

「冥界の王よ。そなたの秩序を守ろうとする働き、見せてもらいました。我が名は月光(がっこう)。縁あってこの娘を守護することになりました」

 光月に憑いていたのは月光菩薩(がっこうぼさつ)であった。


     *


「私の名は日色英雄(ひいろひでお)黄泉坂結弦(よみさかゆづる)の生物学的な父親だ」

 何を言っているのだろう、この男は。

 どう見ても高校生くらいにしか見えない。まさか赤ん坊のころにつくった子というわけではあるまいに。

 なぜ私は黄泉坂結弦という人が高校生だと言うことを知っているのか?

 わからない。

 なぜ、この日色という男がそれを伝えようとしているのかも


 私と話をしながらも男は黄泉(よみ)の国の兵を圧倒していた。

 一閃した刀から放たれた劫火が雷神を叩き伏せる。勝負の帰趨は明らかだった。

 女神にもそれがわかったのだろう。

 悔し気な表情を見せる。

「その娘は屍者(ししゃ)じゃ。生者などに奪わせるものかっ!」

 叫びとともに女神の体が崩れ落ち、陰に沈む。


 呆気(あっけ)にとられていたところを後ろから抱きすくめられた。

「いかぬ!」

 日色の叫ぶ声が聞こえたが、それより早く私は女神に取り憑かれていた。

 (あご)を掴まれ唇を奪われた。


 キスくらいで騒ぐ歳じゃない。女同士だしノーカンのはずだ。

 何かを口に入れられた。私は思わず飲み込んでしまった。

 血の味がした。


「あはははははははははっ……黄泉竈食(よもつへぐい)じゃ。これで娘も黄泉の国の住民じゃ」

 体が熱い。

「うぅ……うあ……ああああああああああっ!」

 体がバラバラにされるような感覚に思わず声が漏れる。

 それでいて圧倒的な力が湧き上がってくるようだ。


「いかん、吐き出すんだっ!」

「無駄じゃ」

 日色の言葉を女神が笑い飛ばす。

「その娘にはわらわの肉を与えた。いわば我が血族になったのじゃ。既に血となり肉となっておるわ。そなたにいくら力があろうと無駄じゃ」


「小鳥殿、そなたは小鳥殿であろう。ならば目を覚ませ! このまま黄泉の世界に捉われてもよいのか!? 思い出せ!」

 日色が私の腕を掴む。


 だが、私は自分の力を理解していた。

「そなたには名をつけてやろう。わらわの新たな娘としての名を……そうじゃ。黒闇姫(くろやみひめ)はどうじゃ。よい名であろう?」

「はい、お母さま」

 自然と言葉が出た。私は目の前の女神が母であることを受け入れていた。

「よい娘じゃ。さあ、黒闇よ。そこの邪魔な男を滅ぼしてしまいなさい。滅ぼしてなお姿を保っているようなら雑色(ぞうしき)としてこき使ってやろう」

「はい、お母さま」


 私は力を開放した。

「くっ……」

 開放したと言ってもほんの少しだけだ。

 私の力は疫病(えきびょう)を司ること。全力を開放したら黄泉の国全土に疫病が蔓延してしまう。まあ、みんな屍者なので問題ないだろうけど


 それでも生者である日色には十分だった。

 私の腕を掴んだ日色の左腕は疫病に(むしば)まれ黒く腐っていた。それでも日色は手を離さない。

「こんなところで貴女を奪われては結弦(息子)に申し訳が立たない」

 勇者の持つ絶対耐性で撥ね退けようとする。

 でも勇者と言っても所詮は人。神の力とは比べようもない。

「うわああああーーーー―っ」

 ほんのちょっと力を足してやっただけで日色の全身は腐り堕ちていった。

 肉体を失った日色はそれでも黒い靄になって私の右腕に絡まっている。鬱陶しいけど私の力は肉体を持たないものには通じない。

 放っておくことにした。


「両者とも、しばしお待ちを!」

 やってきたのは釣り竿を持ったおじさんと目がくらむような美女だった。


     *


「この娘はいずれ大きな役割を果たすこととなりましょう。縁あった私が力を貸すことになりました」

 光月に憑いたのは月光菩薩様であった。

「ご縁とは?」

「同じ字を名に持つものとして」

 結構、単純なご縁であった。だが、親父よ。ナイスだ。

 オレは心の中で名付け親の親父を賞賛した。


 月光菩薩とは薬師三尊の一尊で日光菩薩と主に薬師如来の脇侍(きょうじ)を務める仏様である。月の光を象徴する菩薩であり、日光菩薩と対になり薬師如来の教説を守る役割を果たしているという。間違っても月に代わってお仕置きなどしない。

 とにかく医薬を司る薬師如来様の最重要の側近なのだ。

 後にオレはこのご縁を生涯にわたって感謝することとなる。


「小鳥のことは光月から聞いておりました。()の雛鳥は必死に羽搏(はばた)いておりました。未だ空を舞うことはできなくともあきらめずに翼を広げ続けたのです。そして正しくあろうともがいていました。それはあなたの影響もあったのでしょう。それは幼い友(光月)を守ろうとしてのことです。光月への友情もあったでしょうが、あなたが大切にする存在を見捨てては二度とあなたの前に胸を張って立つことができないという思いが強かったように思います。怖かったことでしょう。それは力ない人の身には過ぎた望みでした。でもそれは私には好ましく思えました。己の欲に負けず正しさを求めることは仏に仕えるものとして十分な資格でありましょう。光月が願ってくれたこともあり、私は小鳥に手を貸すことにしました。ほんの少しですが、あの娘が己の矜持を守れるように」


 月光菩薩様の助力で小鳥はセラフィエルの支配を受けることなく逃げおおせたのだ。

「月光菩薩様のご助力感謝致します」

 それはオレだけではない。ここにいるみんなの思いであった。閻魔堂に集う人々は皆、小鳥のことが好きだったのだ。

 自然と合掌して拝礼する。溢れる感謝の思いだった。


「ですが、私の力でも仏の御許に招き寄せることは適いませんでした」

 申し訳なさそうに月光菩薩が言う。

「いいえ。ご助力は十分です。もとはと言えばオレが間に合わなかったことが原因ですから。小鳥はオレが取り返します」

「結弦、小鳥をぜったいたすけてね」

 光月の体をした月光菩薩に光月の心が顔を出す。

「ゆーくん、頑張ってね!」

 ひかりもだ。

「おお、任せろ!」


     *


「月光菩薩様、お願いがあります」

「なんでしょう、冥界の王よ」

 オレは鬼卒に命じて呼び出しておいた亡者を月光菩薩に紹介した。

「この者、アマビエと申す妖怪にございます。しかし物の怪とは申せ、疫病から衆生を救った功績がございます。下働きで構いませんのでどうか月光菩薩様の下においてやっては頂けないでしょうか」

 アマビエは畏れ入っていたが、功があるのなら報いなければならない。信賞必罰は世の習いだ。

「ふふふ……冥界の王が妖怪を救いたいと」

「はい。人ではないとはいえ、信仰は魂を持つに至りました。迷える魂であるのならその行く末を助けてやるのも王としての務めと思います」

 分の悪い賭けかもしれない。だが、信仰によって力を得ているのはオレたちだけじゃない。御仏だって同じなのだ。なら民を救ったアマビエだって救われていけない法はない。


閻魔(えんま)よ。そなたは面白い」

 月光菩薩はわかってくれた。

「いいでしょう。アマビエと申したか。以後、私の列に加わるように」

 アマビエは畏れ入って平伏していた。泣いているようだ。

 別にアマビエが特別じゃない。妖怪だろうが救える魂ならば救うだけだ。


 オレたちはアマビエを連れて天界に戻る月光菩薩を見送った。

 アマビエは恐縮しながらも嬉しそうだった。

 300年も人々を疫病から守ってきたやつだ。月光菩薩の下であと300年も修行をすれば弟子に取り立ててもらえるかもしれない。

 そんな日がくればいい。心からそう思う。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 光月を守ったのは月光菩薩でした。崇高な御仏の力で光月たちは守られました。そして死んだとはいえ小鳥もセラフィエルの支配を逃れることができました。さあ、今度は小鳥を取り戻す番です。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ