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48.覚醒 そして幼馴染との再会

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 閻魔堂(えんまどう)襲撃の一報を受け、結弦(ゆづる)()の国から急いで戻った。

 光月(みつき)は無事だったが、(かば)った小鳥(ことり)はセラフィエルの矢を受けてしまった。失って初めて結弦は小鳥が既に大事な存在になっていることに気が付いた。

 結弦は怒りに我を忘れ魔神と化した。


 なのになんだ……

 今のオレは身長20mを超す巨体となっている。(ひたい)からは(つの)を生やし暗黒の炎を纏い、宵が原(よいがはら)商店街を睥睨(へいげい)している。

 なのになぜ光月がオレの目線にいる。

 女神のような光月がほっぺを膨らませて結弦の前に立ちはだかっている。


 オレが何かしたのか?

 ああ、小鳥を助けられなかったから怒っているのか。


 光月がふるふると首を振る。

 違うのか……?

 オレが長いこと留守にしていたから()ねているのか。


 やはり光月は首を振る。

 違うのか……?

 まあいい。オレにはやることがある。後にしてくれ。

 進もうとする魔神にふくれっ面の女神は右手を上げた。そして……

「結弦、めっ!」

 ぺちんと結弦のおでこを(たた)いた。


 ぷしゅーーー

 力が抜けた。風船に穴を開けたかのように魔力とともに怒りまでもが抜け漏れる。

 高みから夜の街を見下ろしていた視線が落ちていく。やがて元の視界を取り戻したが、止まらない。

 いや、オレは元の体に戻っていた。ただ膝から崩れ堕ちたのだ。

 路上にへたり込んだオレを光月が下からのぞき込む。

 3歳児の光月は座り込んだオレより小さい。よちよちと膝に()い上がると両手を伸ばしてオレの頭を抱きしめた。

 それはいつもの甘える仕草ではなく、慈愛(じあい)のこもった女神の抱擁(ほうよう)であった。


「結弦……悲しいんだね。でも、悲しいときには悲しまなくちゃダメ。怒りで悲しみを忘れるのはもっとダメ。結弦はこのまま小鳥とお別れしてもいいの?」

 慈母(じぼ)の問いかけにオレは首を振る。

「そうでしょ。結弦はこれから小鳥を取り返さなければいけないでしょ」


 そうだ。光月の言う通りだ。

 オレは奪われた小鳥を取り返すんだ。


     *


 男は坂を下っていた。

 今の自分がかつての勇者日色英雄(ひいろひでお)であるのかどうかわからない。肉体は死ぬはるか前、勇者の魂を宿す前に戻っているのだそうだ。年の頃で言えば15、16歳くらいであろうか。久しぶりに会った息子とそう変わらない。

 かつての若さを取り戻し体調は万全だ。いつでも戦える。だが、心は違う。二度の死は魂に深く後悔を刻み付けた。昔のように強さだけを求め戦うことはできない。

 死とは敗北なのだ。少なくとも守るものを残して死ぬことは負けにほかならない。


 現世(うつしよ)に戻る結弦と同行しなかった。

 あっちは結弦がいれば何とかなるだろう。今の息子なら私の助けは必要ないだろう。

 なら、父親として自分にはやれることがある。


 確証があるわけではない。なぜ向かうのか説明はできなかった。もともと理屈で物事を考えることは苦手なのだ。勇者の勘で押し通した。

 息子も(こだわ)らなかった。いつか閻魔堂に寄るようにとのことだった。焼き鳥をごちそうすると

 非常に魅力的な提案だった。


 ならば手土産が必要であろう。

 男は果て見えぬ下り道を進む足を速めた。


     *


 はぁはぁはぁはぁ……はぁはぁ……はぁ……

 光月に(しか)られて結弦は平静を取り戻した。

 ふしぎな感じだった。

 自分よりずっと大人で(冷静に考えれば16歳は大人ではないのだけど)守ってくれる存在だった結弦が子供のように思えた。

 その一方でとても(いと)しくて抱きしめたくなるような感情も沸いている。


 変なの。だってわたしは今、結弦を抱きしめているじゃない……


 それはわかっている。それなのにもどかしくて切ない感情なのだ。

 光月はその感情がわかるような気がした。

 その俯瞰(ふかん)した感情が気持ち悪い。まるで自分が自分でなくなったようだ。少なくとも3歳の自分が考えるようなことじゃない。


 でも、そんなことよりわたしは結弦にいわなきゃならないことがあった。それは結弦にとってとてもたいせつなことで今つたえなければ結弦はきずつくことになるだろう。そうなったら光月はきっとこうかいする。

 でも、いいたくないという感情も光月の中にあるのだ。


 はぁーっ……

 腕の中で大きく息をつくと結弦は光月を抱き上げ立ち上がった。

「光月……お前の言う通りだ。助かったよ」

 そう言うと結弦はぎゅっと光月を抱きしめてくれた。


 よかった……いつもの結弦だ。戻ってくれた。

 そう思ったけど、そうじゃなかった。


「ヒト五郎!」

「はっ」

 結弦の呼びかけにごろーちゃんが(ひざまず)く。

「そこのゴキブリ(熾天使)を捕らえよ。決して死なせるな。浄化などもってのほかだ。小鳥の魂の行方を吐かせるのだ。十字教天界に召喚された小鳥の魂を取り戻すのだ」


 落ち着いたと見えたのは表面だけ。結弦の怒りは全然収まっていなかった。

 ヒト五郎が腕を振ると地中から地獄の縛鎖(ばくさ)が飛び出し、逃げようとするセラフエルを(いまし)めた。セラフィエルに地獄の仕置きを与えるのだ。


 ちょっと待って……そうじゃない。そんなことをしても小鳥は戻らない……


 光月が結弦を止めようとしたそのとき


 パーパーパッパッパーーーーッ♪

 荘厳(そうごん)なラッパの音が響き渡った。

 結弦は敵襲を警戒して焔魔刀(えんまとう)を構える。

 満代(みつよ)千衣(ちい)介抱(かいほう)していた十文字(じゅうもんじ)清志郎(きよしろう)が前に出て銃を構える。どうやら二人は無事だったようだ。


「遅いですよ。ミカエル」

 ヒト五郎の声に迎えられ、やってきたのは天使だった。

 純白の天馬に(またが)り戦旗を掲げ純銀に輝く鎧に身を包んだ男であった。

「お前の連絡が悪いからだ、ルシフェル」

 男の応えにむっとしたヒト五郎であったが、溜息をつくと矛を収めた。

「はぁ……あなたって人は……私はヒト五郎、ルシフェルなんて名は……まあ、あなたたち天使に人個人の識別など付かないのでしたね……」

 ヒト五郎の嫌味(いやみ)など気にも留めず男は結弦の前まで来ると下馬した。


「極楽教の地獄の王とお見受け致します。十字教筆頭熾天使(してんし)ミカエルと申します」

 十字教の天使、しかも筆頭熾天使ということは唯一神に次ぐ実質No.2だろう。そんな男が異教の神に正式な騎士礼を取るというのは異例のことだろう。

 だが、そんなことは後回しだ。

「ミカエルといったか……戦旗を掲げて戦場に乗り込むことの意味を知らぬわけではあるまい」

「誤解があるようです。私は十字教天界に(あだ)なす者の討伐に繰り出したまで。先の約定(やくじょう)に反することは行っておりません。そこな(ふひと)殿が証人です」

 結弦の威嚇(いかく)をミカエルは華麗にかわす。ついでにヒト五郎のジャブも打ち返してきた。

 ヒト五郎も(うなず)く。

「十字教天界から数千年振りの堕天があったとのこと、迷惑なので何とかするよう申し付けました」


「オレはそのゴキブリに用がある」

 結弦に十字教の都合は関係ない。駒は抑えた者勝ちなのだ。

「セラフィエルをお返し頂けませんでしょうか?」

「何故、堕天使の身柄に拘る?」

 丁重に交渉に臨むミカエルに結弦は問い返す。

「セラフィエルは規約違反により熾天使長の職務を一時的に停止されておりますが、堕天されたわけではありません」

「それはそっちの都合だ。オレはオレの眷属に二度までも害意を向けたそ奴を許すことはない」

「セラフィエルの行いお怒りはもっともと存じます。ですが、極東の神話に(うと)いセラフィエル単独でできたことではないと考えます」

「なにが言いたい」

「極楽教天界に手引きするものがあったと言うことです」

 それが本当ならこちらにも非があることになる。結弦は少し考え、条件を出した。

「わかった。セラフィエルの身柄を取り返したいというなら小鳥の魂と交換だ」


     *


「そうじゃないの、結弦!」

 思わず口を挟んでしまった。


 なんでわかってくれないんだろう。

 小鳥はただの人だけどその思いはたかが熾天使に奪われるほど軽いものではなかった。

 結弦は恋する女の子の気持ちに鈍感すぎ!

 それと同時にもう引き返せないというあきらめのような気持ちも感じていた。

 だけどこの心の持ち主は……黒鉄ひかりという女の子はそんな打算では動かない。恋する女の子の味方なのだ。


「どういうことだ、光月」

「小鳥は……小鳥の魂は十字教に(とら)われてなんかいない。結弦を好きな小鳥の思いは十字教にも極楽教にも捉われない。そう……それは恋という信仰なんだから……」

 極楽教の輪廻の輪でも十字教の天国でもない死者の行くところ……結弦はその行先に心当たりがあった。失ったと思った父が教えてくれた。

 その父は心当たりあり気に別行動をとっている。

()の国……」


 結局、セラフィエルの身柄はミカエルに(ゆだ)ねられることになった。

 ミカエルはセラフィエルが二度と極楽教に係ることがないことを固く誓った。

 今後はヒト五郎を窓口として情報交換することになった。


 小鳥の行方が掴めないうちにセラフィエルを返すことになったのは貸し一つだ。

 ミカエルは卑屈にならず正々堂々として悪い奴じゃないようだったが、正直もう関わり合いになりたくない。十字教が絡む度に魔神化してしまう。

 そんなことはごめんだ。


     *


 セラフィエルを天馬の後ろに積んだミカエルを見送るとと結弦は振り返った。

「光月……覚醒したんだな」

 結弦の言葉に戸惑いながら光月が応える。その表情はもう幼女の顔ではない。

「うん……でも、いろいろな思いがあってうまく説明できないの。だから代わるね」

 そう言った光月の表情は戸惑いから……喜びの爆発に変化した。


「ゆーくん!!」

 そんな真っ直ぐな感情をぶつけその呼び方で向き合う女の子など結弦は一人しか知らない。

「ひかり……」

 結弦は飛び込んでくる幼馴染の魂を優しく、そしてしっかりと受け止めた。

「ゆーくん……ゆーくん、ゆーくん……」

 光月の体をしたひかりは(あふ)れる感情にそれ以上言葉にならなかった。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 覚醒した光月の中で幼馴染ひかりの魂が目覚めました。切ない別れを経験した二人の再会に言葉は必要ありません。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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