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47.REX 恐怖の大王、再び

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 私は悲しい。

 便りが届いた。最も望まない便りだ。

 差出人は友であった。いや、かつて友であった。私たちの下を去り、敵となった。敵となった今でも友と呼ぶべき存在である。


 私は悲しい。

 友は求めていた。仲間を討てと。

 友の言うことが正しい。仲間だった者は彼以上に相いれない存在に()ちてしまった。

 仲間を救うためには振るわなければならないだろう。正義の鉄槌を

 私は悲しい。


 ミカエルは戦旗を掲げて立ち上がった。

 進軍ラッパが吹き鳴らされる。

 その音色はまるで鎮魂歌(レクイエム)かと思わせるほど陰鬱に聞こえた。


     *


吉祥天(きちじょうてん)様、地獄の予算復活、通りました」

「ご苦労様でありんす」

 首相官邸の応接室。ソファーに腰掛けお茶を楽しむ女神は館の主人からの報告におざなりに返す。

 加工品ばかりで下賤にしか感じられない地上界のものばかりだけれどお茶だけはちょっとはましね。

 宇治の最高級玉露も神々の舌にかかればこの程度の感想にしか過ぎない。


「それで、吉祥天様。これで地上の災厄は払えるのでしょうか」

 この館の主、新首相鷹沢(たかざわ)太郎が不安を隠しきれない様子で問いかける。

「神の言葉が信じられないとでも?」

滅相(めっそう)もない」

 だが、このひと月で起こったことはこの世の(ことわり)を超越したことばかりなのだ。神の気まぐれが信じられないのも無理はないだろう。

 逃げてしまった革新連合を排除して政権を取り返すのに時間を取られた。それもやむを得まい。この国は法治国家なのだ。最速を選んだが手続きを省くわけにもいかない。

 それもこの国の平和を取り戻すためだ。そのためならいくらでも泥をかぶろう。


 そんな鷹沢の様子をさも慈しむかのように眺める吉祥天。

 そんなものはフリにすぎない。この女神の性根は世の中を面白くおかしく過ごすことなのだから。


     *


 木造の小屋を異形(いぎょう)のものたちが押し込んでいる。

 元は土地神と呼ばれた信仰を受けていたものたちだ。信仰の争いに敗れ魔に飲まれたものたちだ。哀れに思う。かつてお前らを信仰していた衆生(しゅじょう)たちが見ればどのように思うだろう。

 だが、同情はしない。弱きものが悪いのだ。


 かつてセラフィエルも同じことをした。

 未開の土地に攻め込み、土地神たちを魔に落した。地均(じなら)しをした土地に唯一神様を迎えるのだ。

 崇高(すうこう)で絶対の唯一無二の我が神。自分には唯一神への忠誠しかないのだ。


 それなのになぜだろう。

 なぜ、私はこんなところにいるのだろう。辺境で魔物たちを操り異教の神を滅ぼそうとしている。これでは魔物の王ではないか……


 そんなことはない。

 昔はこうして未開の土地を折伏(しゃくぶく)してきた。新たな版図(はんと)(ひら)き、信徒を獲得することで神はお喜びになられた。

 だから私は間違えておらぬ


 十重二十重(とえはたえ)の攻囲網を一筋の光が貫いた。

 小屋の中で虫けらどもが(うごめ)いているのが見えた。しぶとく生き延びていたらしい。

 万全を期した包囲に穴を開けられたことでセラフィエルは激怒した。

「またしても貴様かーーーーっ、ルシフェルーーーーっ!!」


 今度という今度は許さん。貴様が守りたいものを奪ってやる。そして「私が間違っていました」と()いつくばらせてやる。

 そのためならたかが虫けらの命などいくらでも踏み潰してやる。


 セラフィエルは熾天使(してんし)のみに許された神聖長弓(ちょうきゅう)を引き絞る。

 わずかな隙間しかなかったが、熾天使の目にかかれば十分だった。小屋の中央で守られている幼子(おさなご)に狙いをつけ、(つる)(はじ)いた。放たれた矢は狙い(あやま)たず隙間を潜り抜け標的を捉えたはずだった。

 セラフィエルは茫然(ぼうぜん)とした。


 矢が幼子を捉えたと思った瞬間、女が立ちはだかった。矢は女の胸を貫き……幼子をかすめ床に突き立った。

 外しただと……

 戸惑いも一瞬だった。外したならまた殺せばよいだけのこと。

 再び矢をつがえた。

 襲い掛かる異形のものたちに穴は塞がれていたが、そんなものは関係ない。神聖長弓の威力は有象無象を蹴散らすはずだ。

 放たれた矢は異形の塊に突き当たると爆散した。だが、手応えが軽い。もう一矢、もう一矢……セラフィエルは次から次へと矢を放った。

 後ろから撃たれた化け物たちが何やら騒いでいるが関係ない。

 貴様らは私の踏み台なのだ。邪魔をせず、さっさと死ねぃ


 放った矢を爆風が跳ね返した。

 結界をも吹き飛ばして中から現れたのは異形の巨人だった。


     *


 なんだか変だった。

 いつものおみせだとおもってたら、おきゃくさんがだれもいなくなって……おばあちゃまとママがさけんでいた。

 結弦(ゆづる)……結弦はどこ……

 いつもまもってくれた結弦はいない。ゴローちゃんもいない。わたしのそばにいるのは小鳥(ことり)だけだった。

 小鳥は青い顔をしてガタガタ震えている。

 こわいんだ。


 そのとき、はじめてわたしはおみせがおそわれていることにきづいた。おそとにはこわいものがいっぱいいたの

 パパもいない。おじいちゃまもいない。

 わたしは死ぬんだとおもった。


光月(みつき)……」

 だれかがよんでくれたようなきがした。

「あなたは大丈夫です。あなたはあなたの大切な人を守りなさい」

 やっぱり、まちがいじゃなかった。しらないおんなのひとがわたしにはなしかけてくれている。そのやさしいこえをきいたらふしぎとおちついた。


 わたしのたいせつなひとって……ママでしょ。おばあちゃまでしょ。それから……小鳥だ。

 小鳥は真っ青な顔をしてふるえながらもわたしをだきしめてくれた。わたしをまもるといってくれた。だから、わたしは小鳥のあたまをなでなでしてあげた。

 小鳥がだれかに連れていかれなように……


 どっかーーーーんっ!

 とつぜん、すごいおとがしてなにかがとびこんできた。

 ゴローちゃんだ。

 これでもうだいじょうぶっておもったとき……

「光月っ、危ない!」

 わたしはつきとばされた。

 わたしの目のまえで小鳥はせなかから血をふきだしてたおれた。そしてにどとうごかなかった。


     *


 黄泉平坂(よもつひらさか)を一瞬で駆け抜けた。

 本当に光になったのかと思ったくらい一瞬だった。

 そんなわけない。それだけ気が(はや)っていたのだ。

主様(あるじさま)、次の分かれ道を右です。上り坂を越えたら閻魔堂(えんまどう)はすぐです、はいっ!」

 腕時計型AIのAI五郎(あいごろう)のナビのおかげでオレたちは最短で来ることができた。

 それにしても現世(うつしよ)だけでなく、黄泉(よみ)の国でも使えるナビってどうやっているのだろう?


 坂の出口を抜けるとそこは閻魔堂の中だった。

 懐かしい……たったふた月ほど離れていただけだったが、そこはオレの知っている閻魔堂ではなかった。

 壁は崩れ、戸口は打ち破られ、床には韋駄天(いだてん)(むくろ)満代(みつよ)さんも千衣(ちい)も満身創痍で膝をついている。清志郎(きよしろう)が駆け寄る。


 奥の座敷の中で光月が立ちすくんでいた。

 よかった。無事だった……


 ……そしてヒト五郎に抱きかかえられた小鳥。

 胸から血を流し、青い顔をして……眠っているようだった。

 その顔には微かな微笑み……満足そうな……


 なんだ……なにが起こった? なぜ小鳥が倒れている? ありえないだろう……小鳥はただのバイトだ。地獄戦役には関係ないだろう。なのに何故死んでいるんだ?

 ぷつん

 何かが切れる音がした。

「ふざけるなっ! お前はこの世の未練を無くすまで死ぬなって言っただろう!」

 光月を助けられたという喜びは霧消(むしょう)した。

 結弦は激高した。


 光月より小鳥が大事だったなんてことはない。そんなことじゃない。

 縁あって命を助け、自立できるよう背中を押してやった。ただそれだけだ。小鳥はそれに応えた。己の生を生きることに努力し、周りに認められ今の生活を掴み取った。

 それは新米閻魔大王として道を模索していた結弦を大いに勇気づけた。オレは間違っていなかったと自信の種となった。小鳥が生を楽しんでいるのを見て種は芽吹いた。光月と仲良くなっていくのを見て子葉(しよう)幼木(ようぼく)へと育っていった。

 だからこそ他人に手折(たお)られることが許せなかった。


 小鳥は悪戯(いたずら)に踏み潰してよい虫けらではない。

 小鳥は……小鳥は……

「小鳥はオレの家族だーーーーーっ!」

 結弦は叫んだ。


 何度叫んでも怒りは収まらない。

 怒りの圧力で肉体が弾けそうだ。

「主様、落ち着いてください。眷属を殺されてお怒りはごもっともですが、自棄(やけ)になってはいけませんです、はいっ!」

 AI五郎が何か言っていたが耳に入ってこない。無視した。


 ぼむっ

 限界を超えた肉体が膨れ上がる。(せき)を切った膨張は止められない。怨嗟(えんさ)の炎を纏った魔神が宵が原(よいがはら)商店街に降臨(こうりん)した。魔力の奔流(ほんりゅう)に閻魔堂を襲っていた異形のものたちは消し飛んだ。

「あ~れ~」

 腕時計のベルトが引きちぎれAI五郎が落ちていった。


 魔神は憤怒の形相に顔を朱に染め、鋭い眼光で周囲を睥睨(へいげい)する。

「ひっ……」

 その血走った視線の圧力に足元にいた虫けら(熾天使)が悲鳴を上げた。


 3年前、怒りに任せて天界を蹂躙(じゅうりん)したときのことを思い出す。

 あのときは毘沙門天に(いさ)められたな


 ……なんで止められたんだっけ……なんでもいい。あのときこのゴキブリを殲滅(せんめつ)しておけばこのようなことにはならなかったのだ。

 異教の熾天使(ゴキブリ)の矢で命を奪われたものは極楽教が司る輪廻(りんね)の輪には還れない。もう二度と小鳥の笑顔を見ることはできないのだ。

 もう、どうでもいいや


 自暴自棄になり、ゴキブリ野郎を踏み潰して終わりにしようそう思ったとき、目の前に女神がいた。

 ……光月


 何よりも大切で守らなければいけないもの。

 そんな幼い女神がほっぺを膨らませて結弦の前に立ちはだかった。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 韋駄天の急報を受け助けに向かった結弦ですが、小鳥を助けられませんでした。魔神と化す結弦の前に光月が立ちはだかるのでした。

 投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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